ゴラクシェプ→ペリチェ→プンギテンガ(所要8時間半)
さて、後は下るだけ。といっても先は長い。ゴラクシェプはやっぱり寒い。朝晩に外で水の入ったペットボトルを振ってると氷が張ってくる。
昨夜はなかなか寝付けなかった。この数日疲れているのに寝付きが悪いのはやはり高度のせいか。脈は正常だと思うけど。普段はあきれられるほど寝つきのよい僕なのだが…(^^;A
さて今日も長丁場になりそうなので8時前に出発。昨日と同じ道をゆっくり戻る。少し疲れが足にたまっているようで太ももの裏側が張っているような感じだ。登りの足取りが重い。何度か振り返ってプモリの写真を撮る。登りとほぼ同じ時間かけてロブチェに到着。この少し下流で顔を洗い、薄いズボンに穿きかえる。しばらく進むと河原が広くなっているところに出てゾンラ方面と分岐する。トゥクラへは川を渡って左岸を行く。少し進むとエベレストで遭難したシェルパ達のチョルテンが並んでいる丘に出る。エベレストに散った日本人や白人登山家は自分が企画して失敗したわけだから仕方ないと思うが、「労働力」として参加し、命を落としたシェルパ達は本当に気の毒だと思う。しばし黙祷。
ここからトゥクラへは一気の下り、意外と早く着いたのでトゥクラはスルーして橋を渡り、少し下って広い川沿いの道に出る。このあたりから潅木も増えてきた。しかし、平坦道になってから先に見えるペリチェまでがなかなか着かない。
11時半過ぎペリチェ着。かなり大きな村でロッジばかりだが泊まってる人はいなさそう。ここの村はずれで昼食。
12時に出発。橋を渡ってから少し上り。ずーっと下りが続くとちょっとの上りでもこたえる。この先アマ・ダブラムの見晴らしがいい丘にまた遭難碑が立っていた。ここでまた写真を数枚撮る。暖かくなってきたのでデジカメのバッテリーも復活した。
ここからパンボチェまでは谷沿いの山腹ルートが続く。途中ショマレという村があり、意外と大きくて驚いた。このあたりで標高4000mを切って森林限界のようだ。徐々に木が増えてくるが、それでも燃料には足りないらしく薪を運ぶシェルパ族と次々すれ違う。こんなに木を切り倒して大丈夫なのだろうか…ヒマラヤの将来が不安になる。外国人トレッカーの存在が自然破壊に直結しているならそれをカバーするだけの金を徴収すればいいと思う。正直いってソルクーンブのパーミットが1000Rsというのは貧乏旅行者の僕ですら安いと思う。
さて、登山道に戻り、しばらく下るとパンボチェの村。下村と上村があって地図上では上村ルートに入ってしまうとそのままポルツェまで行ってしまうので、下村ルートへの入り方を探すが結局分からず。村人に聞いたところ、上村ルートをそのまま行けば、下に降りて橋に出るということだった。パンボチェから橋まではチョルテンやマニ石が多い。すれ違う薪広いのシェルパ族はますます増えるばかりだ。
橋を渡って森林地帯に入る。少し登ってミリンダの村。さらに、ここからは少し下ってデボチェに到着。ここからタンボチェまでは標高差100m以上の登り。今日はすでに15km以上歩いているので足取りは重い。
3時頃タンボチェのゴンパ(チベット寺院)着。マニ車を回してからお参りに行く。典型的なチベット寺院の造りだ。読経中に入ったのだが、その最中にフラッシュをたいて写真を撮るブタ白人がいた。坊さんが何も言わなかったので僕も黙っていたが、このブタ野郎はキリスト教教会でもミサの最中フラッシュをたくのだろうか?
タンボチェの白いチョルテン脇から一気の下り。400mくらい下るとプンギテンガの村に到着。店・ロッジが数軒あったが開いているのは1軒だけ。そこで部屋はあるかと聞くと、橋を渡った先にある村のほうがいいだろうと言われる。実際そのとおりだった。もう4時過ぎなのでここで宿泊。
↓ロブチェからプモリを望む
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