今日から昆明郊外にある陸良の「彩色沙林」と宣良の「九郷溶洞」を見にいくため、一時昆明を離れることにする。昆明から120kmちょっとのところなので、朝から出かける必要はない。
午前中ゆっくりしてパッキング。2日ほどで戻る予定なので、大きな荷物は宿に預けていく。
午後、仲良くなった宿の小姐に見送られ東部バスターミナルへ行き、食事をしてから陸良行に乗る。バスは思ったより大きく快適。乗ったらすぐ眠って、目覚めたらもう石林を過ぎていた。ここから先の道はほとんど工事中でひどいガタガタが続く。胃がずーっと跳ねまくっている。ちょっと気持ち悪くなりそうなくらいだ。
こんな道が1時間半ほど続き、結局約3時間で陸良の町に到着。何の情報もないので、バスターミナル周辺を歩いて宿探し。幸い、旅社と名がつくものはいくつかある。しかし、どこもぼろそう…。比較的きれいそうな宿に入り、部屋を見せてもらう。ベッドとテレビだけのシングルで20元。ちょっと高いが、1泊だけだし、他によさそうなところもないのでチェックイン。
荷物を置いて、町歩きをしつつ彩色沙林へ行くバスを探す。幸い、沙林へは公共バスが出ていて、数もかなりあるらしい。
この町はバスターミナル・市場周辺の旧市街とそこから西へ伸びる道沿いに最近作られた(?)新市街に分かれるみたいだ。中国はどこも工事が多い。北京オリンピックへ向けて、国土大改造ということだろうか…もっとも、中国にはいつ来ても工事してる印象があるけど(笑)。市場は大きいが、特に珍しいものはない。
あえていえば。宣良名物「宣良ダック」用のアヒルが首をつられて並んでいるくらいだ。ぶらぶらしてたら暗くなってきた。地方の町は食堂が閉まるのが早いので要注意だ。砂鍋屋を見つけ、砂鍋飯を食べる。ちょっと高い(6元)が、砂鍋ははずれがないので好きだ。ここの砂鍋飯は、スープが別鍋でついてきたうえ、付け合せも無料だった。
ちょっと足りなかったので、ジャガイモ串揚げ(0.5元)を食べる。雲南はジャガイモが安くてうまい。芋畑は見かけないんだけど、どっかで作っているのだろう。
↓料理前の宣良ダック
昆明滞在8日目、そろそろここを出て他の町へ移動することにしよう。
今日はまずその準備をする。まず、雲南名物の千張肉を探す。いくつか食堂をあたって探すが、メニューにない。メニューにある店でも、今はないと言われたりした。高いレストランしかないんだろうか…と思い始めたとき、路上でまさにソレを見つけた。
千張肉は豚肉と高菜みたいな漬物を一緒に蒸したもので、ご飯と一緒に食べる。5元で購入したが、そこではご飯は売ってなかったので、ぶっかけ飯屋でご飯だけ買ってその店で食べさせてもらう。美味いが飽きる(笑)。一度食べればいいかな…。
それから郵便局へ行って、これまでに旅先で買って不要になったもの等を小包で日本に送ることにした。一番重要なのはホーチミンで病院にかかったときの書類だ。これがないと総額800ドルにもなった治療費を保険でカバーできなくなってしまう。EMS扱にしようかと思ったが、他にも結構な荷物を送りたかったので、普通の小包にして航空便で送ることにした。4.5kgで250元、ちょっと高いが仕方がない。
それから銀行で日本円T/Cの両替。たぶん中国銀行があればこの先でも両替できるとは思うが、念のためここでどさっとチェンジしておくことにした。だいたい1元が13.6円くらいだ。T/Cだと0.75%のコミッションがかかるが、レートは少しいい。結果的に現金とどっちがいいのかは調べなかった(日本円の現金を持ってないので…)。
続いて、明日から行こうと考えている場所(陸良沙林、九郷溶洞、哀牢山)へのルート調べ。持参しているガイドブックに載っていないので、本屋、旅行代理店、バスターミナル等をあたって、なんとか自力でいけそうな見当がついた。言葉が通じないところでのこの作業はけっこう大変だが、自分で道を切り開くような感じがして楽しい。
そうした雑用を終え、路上耳掻き屋がいたので、久々に耳掃除をしてもらった(2元)。そうそう、昆明でもキムタク出演の「2046」が封切られた(20元)。見ようかとも思ったが、たぶん中国語で字幕なしなのでやめる。どうせしばらくすれば盗撮DVDが出回るだろう。うまくすれば日本語字幕もついてるかもしれない。
そうこうしているうちに2時過ぎ。雲南民族博物館へ行く。ほとんど見ている人はいなかったが、とてもいい博物館だ。部分的に日本語の説明もあった(たまに変な日本語だったりするが…)。民族衣装、楽器の展示・パネルが非常に充実していて、少数民族に関心がある人はぜひ訪れるべきだろう。僕的には雲南省博物館より10倍いい。
そういえば、中国だけでなく世界の民族衣装を集めた博物館ってないのだろうか?あったらぜひ行ってみたい。もしないなら、web上ででもいいから作ってみたいものだ。
↓耳掻き屋
7時に起きて昆明から約80kmの所にある景勝地「石林(シーリン)」に行く。ガイドブックによれば、8時頃までバスターミナルや駅周辺で石林行ミニバスが客引きをしているということだったが、それらしいのが見当たらない。バスの客引きおばさんに石林に行くバスはないか?と聞くと、ずーっと離れたホテル近くに停車しているバスに連れて行ってくれた。往復30元。20元と聞いたいたのでちょっと高いが、あまり時間をかけているとバスがなくなってしまいそうなので、素直にOKした。
しかし、このバスが失敗だった…。
バスは8時過ぎに出発、一路石林を目指す…かと思いきや、30kmくらい行ったら玉器屋で停車、どうやらこのバスはツアーバスで、僕はその空席にうまくはめこまれたらしい。ガイドがついているが、もちろん中国語しか話さないので、僕的にはいてもいなくてもどーでもいい。くだらない買物に付き合わされる時間のムダが腹立たしい。約20分で買物タイム終了、再出発…かと思いきや、また別の土産物屋で停車(怒)。
中国人ツアー客も誰も買物している人はいないようだ。この店を出たときにはもう10時15分になっていた。直行バスなら石林に着いている時間だ(><)。
再出発したところで眠ってしまった。どこか駐車場に着いたようだったので、やっと石林かと思ったら「岩泉禅寺」とかいう寺だった。ここでも自動的に見学に加わることになる。幸い入場料を払う必要はなかったが、何の知識もない寺にいきなり連れて行かれても、面白くもない。そして、この寺がまた商魂逞しく、巨大線香130元だとか何かとモノ等を売りつけてきて金をとろうとする。おそらくこの寺からもリベートが入るのだろう。
12時半頃ようやく石林近くの町に到着。いよいよかと思ったら、昼食タイム。このツアーは昼食込のようで、他の人は2階へ案内されたが、僕は食べたくなければ待っていろと(要するに金を出さないとアンタの分はないよ、ってこと)言われ、その間何もない町をちょっとぶらぶらした。1時過ぎ昼食を終えた一行を乗せ、バスはようやく石林に到着。既に出発から5時間以上経過。何のために7時に起きたんだか…。
僕以外はツアー料金に入場料が含まれていたので、一人バスを降ろされ入場券を買う。入場料80元と激高だが、幸い学割があり55元で済んだ。石林出発は3時半ということなので、正味見学時間は2時間。ガイドが案内してくれるので、意味不明ながらみんなに付いていって一通り見学。
石林はもっとだだっ広いところかと思っていたが、きれいな庭園のようになっていた。ここだけなら確かに2時間あれば十分かもしれない。とがった石の間を縫って歩き回る。前半は大石林、後半は小石林と言われるエリアを回る。大石林はまさに石の林という感じだが、小石林は庭園の中に奇岩を配置したような雰囲気だ(実際は配置したのではなく、岩の間に芝をはったのだろうが)。 3時半に無事見学終了、天気もよく、まあまあ満足できた。
帰りは高速道路で昆明まで1時間、かと思ったら甘かった。帰りも眠って、気づいたら昆明の市バスが目に入ったのでもうそろそろかと思ったら、また土産物屋に停車!勘弁してくれ、帰りまでこんなアホらしいツアー客のショッピングに付き合わされるのか。1人でバスで帰ろうかと思ったが、現在地がよく分からなかったので30分我慢した。そして、再出発、が、5分後また今度は別の市場に停車し、買物。石林を見学している時間より買物している時間の方が長い。もう怒りを通り越してあきれてきた。ここを出たらもう5時半、6時頃帰ると聞いていたのでさすがにこれで終わりかと思ったら、どこかの病院に入っていく。ここで按摩のサービスと茶、漢方の買物…だと。これ以上は付き合いきれず、ここから市バスで帰ることにした。
このツアーはたぶん100元くらいだと思うので、入場料を抜けば安いのは理解できるが、石林見学の時間より買物の時間の方が長いっていうのはありえないだろう。こんな時間の無駄なツアーはない。石林へ行く方、可能な限り自力で行ったほうがいいですよ、アホらしいから。
あ、日記でも石林のことより買物のことを長く書いてしまった(笑)。
↓石林の風景
今日は昆明郊外にある西山森林公園に行ってみる。
ここは昆明湖とも言われるテン池(テンはさんずいに真→中国で5番目に大きな湖)湖岸にいくつか連なる山の中腹に作られた道に沿っていくつかの寺院があり、最後は龍門(中国語読み:ロンメン→Dragon Gate)という石窟に続く名勝だ。
朝食に雲南名物の過橋米線を食べ、少し離れたバス停から西山へ向かう。昆明市内はいつも渋滞だ。片道3車線くらいの大通りがたくさんあるのに立体交差が全然ないため、信号が長い。おまけに自転車やリアカーも交通の邪魔をする。この街の渋滞が解消される日は永遠に来ないのではないか。バス1つ乗り換えて、西山公園の入口に到着したのは、出発してから1時間15分後だった。直線距離は15kmくらいなんだけど…。
公園自体の入園料はとらないが、各寺院毎に入場料を設定している。比較的入口近くにある華亭禅寺だけが学割料金を設けていた。入口から最後の龍門までは道のり約6km、高低差約300mある。ちょっとした林道歩きだ。華亭禅寺と太華寺に寄って龍門入口に着いたのは1時間半後だった。龍門の入場料は20元と高いが、ここまできたらしかたがない。龍門までにはいくつかの道教寺院、祠(?)があり、それらが石の階段でつながっている。とても滑りやすいのでサンダルではちょっとやばかった。
龍門は切り立った絶壁に作られていて、すぐ下にテン池が見える。ちゃんと道沿いには手すりがあるが、高所恐怖症(の登山家?)である僕にはかなり怖い。石窟といっても道教なので、仏像が並んでいるわけでもなく、崖に道を切り開いて祠を作ったということのようだ。ちょっとイメージと違っていたが、来る価値はあったと思う。帰りは同じ道をミニバスで戻り、4時頃昆明に到着。近いところなのに意外と時間がかかるもんだ。
↓絶壁の龍門
今日は起きるのが遅くなってしまった。朝食後、ネットに載っていた情報をもとに巨大DVD・VCD市場を探しに出かけるが結局見つからず。帰り道は、昆明の西側の地区をぶらぶらしながら帰ってくる。この地区には靴や寝具など部門別に市場がいくつか形成されていた。これだけ店が集まっていると買うほうには便利だが、はたして売るほうは顧客獲得に苦労しそうな気がする。
午後は昨日の小姐の仕事が終わってしばらく筆談をして楽しむ。どうもステディな方へ向かいそうな感じで嬉しいような、ずるずる滞在が延びてしまいそうな不安が同居している。 夕方近くなって、PCでたまっていた日記、メールをHTMLに保存しなおす作業をした。
ご承知の方もいらっしゃるかと思うが、この旅日記は9月7日以降2週間以上更新されていなかった。地域でいえば、ベトナムのハノイを出てから更新ができなかったということになる。僕自身はほぼ毎日、日記を自分のPC上で綴っていたのだが
①ベトナム北部山岳地帯は観光客エリアでネットがハノイの2~3倍もしたこと、
②中国のネット屋はどこもLANケーブルを刺してIPアドレスをとれば接続できる仕組になっていないらしいこと、
の理由から日記を自分のPCからweb上にUPすることができなかったのだ。 ①は自分が金をけちっただけのことだが、②の問題はちょっと深刻だった。実際、試したネット屋は7~8箇所だが、いずれもNG。接続するためにはソフトによる設定が必要なのだろう。中国を数日で通過するなら、次の国でトライすればいいが、僕はたぶんあと2ヶ月は中国にいるだろう。それまで、わざわざノートPC持ってきてネットにつなげないのでは、宝の持ち腐れになってしまう。
困った困った…。
そこで、昨日フラッシュメモリーを買って(日本から持ってきておけばよかった…)、日記や写真の画像ファイルを移し、ネット屋のPCのUSBに刺して作業をすることにした。CD-RWに焼く方法も考えたが、CD-ROMドライブをつぶしてあるネット屋が多いので、ちょっと高いがフラッシュメモリーにした。昨日、早速ネット屋で試してみたところ、フラッシュメモリーの認識がうまくいったので、これで一安心と思ったらテキスト文書が全部文字化けしてしまっていた。
web上では日本語を表示できても、テキストはOSに依存して変換されてしまうらしい。意味不明な漢字の羅列も一度webに上げれば日本語に戻るかな?などといくつか試してみたがダメ。
またも困った困った…。
そして、テキストを一度HTMLで保存しなおす方法を思いついた。これならOSに依存されることはないだろう。そして、再度ネット屋でトライして無事にUPできたというわけだ。
いやぁ大変だった。
↓雲南名物「過橋米線」
昨日の日記が長くなったので書かなかったが、夜中にフロントの小姐が、アメリカ人が来て漢字が理解できないから助けてほしいとやってきた。
彼女とは筆談で少し話したけだったが、せっかちな中国人らしくなく、辛抱強く理解不能な僕に付き合ってくれる親切な人だ。彼女は外国人が押金(デポジット)を理解できてないだろうから、出発のときに返すことを説明してほしいようだったが、アメリカ人達はちゃんと理解していた。
それで彼女のその日の仕事は終わりだったようで、僕の部屋にきてしばらく筆談をした。筆談でもやっぱり分からない漢字が多く、辞書が必要だなぁと痛感した。もう遅いから寝なきゃと彼女が言った(書いた)とき、あわせて、明日の午後1時に仕事が終わるから遊びに行きましょうとお誘いがあった。もちろんOK。こんなこともあるもんだなぁ。よくこんな面倒くさい相手と半日も付き合う気になるもんだ。僕的にはすごくうれしいけど…。
翌朝、幸い食中りの症状は治まっていた。恐る恐る30時間ぶりに食事をしてから早速、辞書と自分のPCで作った文書をネット屋で使えるようフラッシュメモリーを購入しに行く。フラッシュメモリーはもちろん中国製だが、日本で買ったほうが安い(128MBで約3000円)。それから大きな書店に行ってみたが、本は思ったより高い。南米のようなコピー本はないみたいだ(コピー地図は多いけど…)。中国でもツアーでない旅行をする人が増えてきたようで、「自助遊(個人旅行)」用の旅行ガイドもかなり出ていた。1冊買いたかったが、7食分くらいするのでやめた。
午後、約束の1時を過ぎても彼女が来ない。意思の疎通に自信がないので、勘違い読みしていたのかなと思い、2時近くになって一人で出かけようとしたらちょうど廊下で彼女に出くわして、行きましょうということになった。
で、行先は…動物園にした。金がかからないし、近い、それに話題にも困らなそうだったからだ。でも、入ってから彼女になんで子供が来るようなところにしたの?と言われてしまった。ちょっと恥ずかしかったので、パンダを見たいと答えておいた。デートは最初から彼女が腕をくんでくるなど非常に積極的なラブラブモードだった。会って数時間で大した話もしてないのに…こんなことってあるのかなぁ?話がうますぎるから、どこかでドカーンと金を請求されるか、これから思いっきりたかられるのでは等等不安もでてきた。
しかし、不安は無用だったようで、僕らは話はよく分からないながらも楽しい時間を過ごせた。彼女が金を払ってくれたことも多かったし…。彼女は動物の名前を中国語読みでいちいち教えてくれた。中国語を少し知って、日本語の音読みがあまり通用しないことが分かってきた。この動物園の目玉は白虎(とても美しい)と動物達のショーだろう。彼女は昨日3時間ちょっとしか眠っていないので終始眠そうだったが、仕方がないだろう。
残念ながら彼女の仕事の都合で、パンダを見つけられないままちょっと慌しく5時過ぎに動物園を後にした。今までのデートはカラオケ屋の小姐とだったので、結局はお客さん付き合いだったわけだが、今回は商売抜きのデートという意味で大きな違いだ。これから僕はどうなるんだろう。
最後にはやっぱり騙されるのか、ハッピーエンド(ってあるんだろうか)が待っているのか…
※ちょっと汚い話なので、読み飛ばしてください※
5時頃に目が覚めて、腹が異常に張っていてうっすらと吐き気があるのを感じる。あのブタとラー油だとピンときた。
僕はかなり強靭な胃袋を持っているので、多少衛生状態の悪いものを食べても腹にくることはないのだが、どうも中国のラー油は受け入れられないらしい。そして、困ったことにこれが好きなのでついついたくさんいれてしまう。
しかし、昨日パックについてきた量はさすがに多いなぁと思っていた(50mlくらいはあった)。これを全部つけて食べたということはS&Bのラー油瓶半分くらい飲むようなもんなのだろう。我ながらバカなことをしたと後悔。
腹が張っているので、トイレに行くがこの時点では便は出なかった。8時頃再度起きると、腸がごろごろいっていて下痢の始まりだ。ちなみに中国語では腹を「どぅーず」といい、下痢を「らー(辛いの意味)どぅーず」というので、中国人でも辛いものを食べると下痢になることがあるのだろう。
吐き気はまだ大丈夫だったが、下痢は数十分間隔で痛みが襲ってきて動くに動けない。今日の外出はあきらめるが、宿だけ昨日見つけておいたところに移ることにした。冷や汗ものの移動を終え、新しい宿に入る。
下痢は全く治まらず、相変わらず頻繁に便意がやってくる。もうほとんど水がそのまま出てきているような感じ。体の中に水分ってこんなにあるんだなぁと感心しつつ、脱水状態にならないように水を補給。でも、多分それが数十分後そのまま出てきているんだろう、意味あるのだろうか?
午後、頑張って睡眠。2時間くらい眠って起きると便意はやや治まったようだが、吐き気の方が強くなってきたので、頑張って吐いた。もう15時間くらい経ってるのに、脂身がたくさん出てきた。もう今残っている力では消化できないのだろう。
30分くらい様子を見て、だいぶ落ち着いてきたので薬を買いに近くの薬局に行く。が、そこは薬局ではなく簡易(?)病院で、問診の結果「急性胃腸炎」と診断され、点滴を打つことになった。もう治まってきたので、薬でいいと言ったのだが聞き入れてもらえず、1時間で済むと言われシブシブ点滴のお世話になる。
ベッドでは既に2人が点滴の最中だった。それからさらに子供の付き添いで来ているらしいおばさんも具合が悪かったのか点滴(たぶんブドウ糖)を始めた。
それからドラマは始まった。点滴を始めて15分くらいしておばさんがもがき苦しみだして、嘔吐の連続。顔は汗ばんでいて、必死の形相になっている。医者、看護婦もあわてて点滴を変えたり、注射をしたり、脈を測ったりと対処を始めるが治まらず、別の医者にヘルプコールをしていた。さらに酸素吸入も開始、家からお父さんらしい人も呼ばれ、大変な騒ぎになった。ヘルプできた女医先生がしばらく対処して、ようやくおばさんは沈静、眠りについたようだ。
僕はすぐ近くで一部始終を見ていて、当然こう思った。これ医療ミスってやつじゃないの?さっきまで普通だったおばさんが点滴始めてから急に容態が悪化したんだぞ…そして当然のように「俺はこの点滴を続けていて大丈夫なのだろうか?」という疑念が浮かぶ。
幸い、僕の方は特に問題もなかったようで、その後もなかなか減らない点滴を眺めながら過ごした。結局、そのおばさんは落ち着いてから1時間くらいして救急車で別の病院へ運ばれたようだ。
医者に何が起こったのか聞きたかったが、英語ができなかった(中国では医者が英語できなくてもいいのか?)ので話を聞く事はできなかった。しかもこの先生、俺のことを他の患者に、こいつ言葉通じねえんだよ、たぶんウイグル人だろう、とか言っていた(怒)。結局、点滴は3時間におよび、僕の気分はだいぶよくなったものの、疲れ果ててしまったのだった。
朝食に数年ぶりの刀削麺を食べる。小麦粉の塊を金属片で薄く削ってそのまま鍋に入てゆでるものだ(確か山西省の名物だったと思う)。見ていてもなかなか楽しいし、ボリュームもあってGood。
宿に戻って日記を少し書いて、どこに行こうか検討。昨日の続きで街を探索して、雲南省博物館へ行ってみることにした。昆明は安い市バス(1元)がたくさん走っているのでムリして歩くこともないのだが、やっぱり歩かないと見落とすものも多いので方向感覚がつくまではひたすら歩くのが僕のスタイルだ。
方向感覚といえば、今回は電子コンパス付腕時計をしているので、非常に便利だ。あれっと思ったときは方角を確かめてみる。だいたいの地図は歩く前に頭に入っているので、向かっている方向が間違っているときはすぐ修正できる。
この街は確かに高層ビルもたくさんある大都会だが、深センのようなモダンさはない。ビルのデザインもさほど凝ったものではないし、高層マンションの類はまだほとんどないみたいだ。天秤かついで果物売ってるおばさんや炭火焼スタンドで串焼き売ってるウイグル人おじさんもたくさんいて、ローカルな味もまだ残っている。
いろいろ寄り道をして2時間くらい歩いたところでカルフール(carrefour→フランスの大型スーパー…ブラジル、アルゼンチンではよくお世話になったなぁ)発見。早速入ってみるとたくさんの人で賑わっていた。大量に買ってる人が多いので、多分この辺のスーパーでもいちばん安いんじゃないだろうか。ここで久々にポテトチップと夕食のつまみ用にブタの瞼スライス(?)を購入。
ここを出て、しばらく歩き雲南省博物館へ行く(10元)。入ってみると見ている人が白人ばかりで驚いた。昆明にも結構来るんだなぁ。中国は白人にとって一番難易度が高い国だと思うけど…ま、見たところツアー客が多いみたいだからさほど問題もないと思うが。ここのコレクションはあまり大したものはなかった。
博物館を出ると4時頃でもう1箇所行くには微妙な時間帯だったので、昆明駅近くにバスで帰っていい宿がないかあたってみる。宿捜してんのか?みたいなことを話しかけてくる兄ちゃんがいたので、興味半分でついていくと下町エリアの宿に案内された。さらに、小姐が登場、どうやらここに泊まってこのコを買えと勧めているようだ。今夜の宿はあるから今は必要ないと繰り返し説明するが、50元でいいからここでやっていけ、みたいな話との押し問答になる。
小姐も筆談で50元、安全第一とか意味不明なことを書いて迫ってくるが「不要(ブーヤオ)」を30連発してようやく解放された。
この後、久々に洗頭をする。気持ちいい~。中国で働いて月30万くらいもらっていたら俺はきっと自分で頭を洗うことはしないだろう(笑)。
夜は宿に戻ってシャワーを浴びて、ブタをつまみにDVDを見て過ごした。KILLBILLは単純なストーリーにB級映画的チープな作りがポイントなのだろう。面白いんだけど、映画館で1500円払ってみてたら不満だろうなぁ。100円DVDで見るのが正解だ(笑)。
↓昆明の街角
明るくなってきたのでバスを出ようと思ったが、荷物庫にカギがかかっていてバックパックが取れない。そのうちドライバーがまた来てくれるのだろうと待っていたが現れないので、近くの人に聞いたらドライバーが車内で寝てるんじゃないの、見てみな、と言われ後ろの寝台まで行ったらそのとおりだった(笑)。
早速起こして荷物を出してもらう。バスターミナルを出たはいいが、どうやら考えていたバスターミナルではないところに着いてしまったようだ。目の前の通りを地図で見ても見当たらない。コンパスと道路標識を見ながらしばらく歩いたらだいたいの位置が分かったので、予定していた昆湖飯店まで歩いていってチェックイン。
昆明は安宿がないとどの情報を見ても書いてあったが、実際には30元だせば宿は十分ありそうだ。昆湖飯店もシングル40元、トイレが中国式の隣が覗けるタイプだというのがちょっと気になったが、ロケーションがいいので許そう。
まずシャワーを浴びる。せっかく熱湯の入った魔法瓶があるので、朝食がてらお茶を買いに行く。ちょっと高級なジャスミン茶にしてみた。お茶を飲んでからしばらく昼寝。やっぱり夜行明けはだるい。
午後になって土地勘をつけるため町の中心部まで歩いていってみる。さすがに雲南省の省都だけあって広州以来久々の大都会だ。若者は都会的な格好をしている。ロン毛がはやっているようで、目にすることが多い。一人っ子政策の影響か、どうも都会にいる中国の若者を見るとひ弱な印象を受けてしまう。町の中心部に行って、アウトドアショップやスーパー、DVD屋などを覗いてみる。
昆明にはウォルマートやカルフールなど欧米資本の巨大スーパーがあり、とても賑わっている。アウトドアショップではガスカートリッジも入手できるし、GPSの中国語版まであった。けっこうきれいなOLらしき女性が登山靴を選んでいたので、キャンプや登山もポピュラーなスポーツになってきているのだろう。
DVD屋でUtada「Exodus」を発見。ダメモトで探していたのだが、数件あたってたら見つかった。発売1ヶ月も経ってないんじゃないだろうか。それが5元(70円)で売られてるんだから、海賊版は深刻な問題だと思う。
自分的には、レンタルする程度の聞きたさのものは、海賊って安くて助かるなと思うけど、数千円払っても自分のものとして買いたいものが海賊版で売っているとアーティストが気の毒に思ってしまう。我ながら勝手なものだ(笑)。
DVDはKILLBILLと岩井俊二作品集というのを買ってみた(1枚6元)。岩井俊二の方は音声だが1/2のスピードだったので別のものに換えてもらった。安いコピーDVDはまともに再生できなかったりするのも多いので、早めに再生して確認したほうがいい。
夕方からネット屋を何件かあたるが、やはりどこもPC持込では接続できない(またはさせてもらえない)。部屋でビールを飲みながらUtadaを聴いたが、ちょっと期待外れだった。英語のボーカルはさすがにほとんど違和感なく聞かせてくれるけど、楽曲が…。一通り聴いただけでは耳に残るようなメロディラインがなかったように思う。
日本ではどう評価されているのだろうか?聴きこめばよくなってくるタイプのアルバムなのかな???
元陽で3泊したので、今日の午後昆明に移動することにする。
残念ながら今日も天気は曇&霧、いまにも雨が降りそうだ。おとといとは別の地区にある棚田に行ってみようかと思っていたが、この天気では見えそうもないので、ちょっと様子を見る。
市場の上に安食堂街があるのを発見したので、そこで朝食。小姐だけでやっている店があり、そこに誘われたので、少し話してみる。最初は写真も恥ずかしがっていたが、最終的には勝手に撮っていいよになった。
食後、いつもの商店街を歩く。ここを何往復したことだろう。店先で毛糸球を作っていた少女と目が合って、微笑んだら微笑み返してくれたので、挨拶して写真を撮っていいかと聞いたら、OKしてくれた。あぁ、こんな出会いを待っていた。理想的な展開だ。
写真を1枚撮って見せてあげたら、座っていきなよと店に招いてイスを勧めてくれた。しばらく筆談を交え話していると、お姉さんが出てきて、勝村の棚田はもう見たかと言われる。そこに今朝行くつもりだったのだが、天気がよくないので行ってないというと、ぜひ行くべきだと勧められた。
時間はもう微妙なところだったが、天気は少しよくなってきたので行ってみることにした。あまり時間がなかったので、あまり先まで入らず乗合バスで30分弱のところで下車。近くに展望台があるのを見つけ、ここから景色を楽しむ。
ここの棚田は深さこそ一昨日の所に劣るが、稲がもうほとんど黄色に変わっていてコントラストがはっきりしており、また、テラスがなだらかでとても美しかった。
こちらの方が絵になるだろう。当然、写真を撮りまくる。ここなら被写体が独特で美しいので、誰が撮ってもいい写真ができるだろう。しばらくこのあたりの景色を楽しみ、さっき来たバス道を引き返しながら眼下の棚田を楽しむ。
バスの出発まで1時間を切ったのに元陽へ帰る乗合バスがつかまらずちょっと焦ってきた。結局5kmくらい歩いて、主要道との分岐点まで行ってバスを待つことになった。
宿に戻り荷物を拾ってバスターミナルに着いたのは出発の15分前。ちょうどよかった。急いで屋台のぶっかけご飯をかきこんで乗車。昆明行は寝台バスなので楽だ。出発して10分でもう寝てしまった。途中、建水に停車し早朝昆明に着いたが、まだ暗かったのでそのままバスの中で寝ながら明るくなるのを待った。
↓元陽の棚田
昨日の夜、安い白酒(400mlで2元、約40度)を買って飲んでたら、急に酔いが回って吐いてしまった。
二日酔いではなく、その日のうちに吐くなんて学生時代以来のような気がする。安酒にもほどがあるということか…。
起きても何となく気分がすぐれない。天気もよくないので、二度寝して昼近くに起床。洗濯をしてから広場近くで食事。平日なので人影もまばらだ。ここでよく見かける茶色い物体の網焼きは何だろうと思っていたのでトライしてみたら豆腐だった。ようするに焼き豆腐。タレにつけて食べるとなかなかうまい。1個2角(約2円50銭)くらい。100個食べても200円ちょっと(笑)。
食べてる間に雨が降り出したので、ネット屋へ行く。おととい日本語をインストールしておいた台を選んだのに全部消えていた。中国のネット屋はどこも同じようなソフトを入れているようで、LANケーブルを刺しただけではネットに接続できないし、インストールした情報も消えてしまうようだ。困ったもんだ、何か打開策を考えないと、わざわざPCを持ってきている意味がなくなってしまう。
ネット屋を出たら雨が激しくなっていたので宿に帰り、また昼寝。夕方近くなってまた広場へ出かけるが、特に改めて見るべきものもなく、食事をしてゆっくり宿に戻る。田舎の村では天気が悪いとすることがなくなってしまうんだよなぁ。
書くことがないので、雲南省物価でも…(1元=約14円)
安宿:10元~
食事:麺2元~、その他3元~
ビール:大瓶3元~
ネット:2元/時
水→宿でお湯をくれるので不要
↓網焼き豆腐
今日は日曜日。どこか近郊の村でマーケットをやっているのではないかと当たりをつけ、老孟という村へ行ってみる。食事をとって、乗合バンに乗って待つがなかなか人が集まらない。10時近くなってようやく出発。帰りはよさげなところから棚田を見ながら帰ってくるつもりなので、道沿いの景色をチェックしていく。
しかし、ここの棚田はスゴイ。間違いなく世界一の規模だろう。5000段あるというのはホラだと思うが(1段50cmでも2500mになる→ここの標高は1500mくらい)、山の斜面から谷底までが田んぼになっている。緑の等高線が引かれた山を見ているような感じ。
昔、高校の文化祭で作った発泡スチロール製白馬岳立体模型を思い出した。アンコールワット以来、久々の感動を味わう。ハニ族って信じられないものを作るなぁ。平地から追われて来たのだろうか???
老孟に近づくにつれ、標高は下がっていく。ここは元陽から60kmくらい離れているらしいので(GPSで見た直線距離は26km)、車で1時間半くらいかかった。マーケットの気配はあるが、どれくらいの規模か分からない。人の流れに逆らってしばらく進むと、予想以上に大きなマーケットに出た。大成功!
ハニ族がたくさんきている。観光客は全くいないので、土産物を売っている人などだれもいない。完全にローカル向けマーケットだ。そんなとこでも、ギャンブル屋台が出るのが中国らしい。民族衣装の中に混ざると、普通の洋服を着ている自分の方が目立つようで、カメラを構えるとけっこう目ざとく見つかって、シャッターチャンスを失うことが多い。何人か写真撮らせてと頼んでみたが、OKしてくれた人はいなかった。
でも、写真屋では記念写真を撮ってたりするので、本当に嫌いなわけではないのだろう。1時間ちょっとぶらぶらして食事をして帰る。
ハニ族は元陽とは反対側の村方面から乗合トラックで来ているようで、僕が帰る頃にはトラックの出発ラッシュだった。
さて、僕は元陽へ帰る途中にある集落(漢字が日本語にない)で下車して、道路沿いに棚田を眺めながら歩いた。今は刈入れがちょうど始まった頃のようで、田んぼが少し黄色く、畦道沿いの草が緑になっていて、多少コントラストができていた。11月になると刈入れも終わり、田んぼに水が張られて幻想的にまで美しい景色に変わるらしい。
よく見ると、ずーっと下のほうで稲刈りをしている姿が見える。道沿いでも数人、農作業をしている人たちにあった。変な顔で僕のほうを見ているが、警戒心はないようだ。ここもできるだけ観光化してほしくないところだ。
農業をしている(こんな不便なところで米を作って暮らしているのだから)人々は貧乏のはずだし、観光客がどっとやってきておいしい土産物ビジネスにでも染まりだしたら、田んぼを作るのが馬鹿馬鹿しくなってしまうのではないか。
中国政府はこの棚田を世界遺産に申請しているので、もしかしたら近々ブレイクして日本からも世界遺産ツアーが来るようになってしまうかもしれない。そっとしておいてほしいと思うのだが…それは自分が見つけた宝物を人には見せたくないっていう独り善がりな気持ちなのだろうか。でも、金じゃなくて、人並み以上の好奇心と気力、体力、時間がないと見れないものがあってもいいじゃないか。
さて、棚田を見ながら10kmくらい歩き、日も傾いてきたのでオート力車に乗って元陽へ帰る。帰ってみて気づいたが、昨日(=土曜)は元陽(新街鎮)がマーケットデーだったからあれだけの人と屋台が出ていたのだった。今日は昨日に比べ、ずっと人が少ない。知っていれば、昨日頑張って写真を撮ったのに…。
↓ハニ族の女の子
何もない河口の町から棚田で有名な(まだ無名か?)元陽へ向かう。
バスが6時発なので5時過ぎに起きてパッキング。まだ真っ暗だ。15分前くらいにバスターミナルへ行ったが、町は街灯すら消えていてホントに真っ暗だ。バスターミナル近くの宿にしていてよかった。
チケット(34元)を買って案内されたおんぼろバスに乗って待つ。6時5分過ぎ、ドライバーがやってきて出発。満席になるまで待たされたらいつ出発するか見当もつかなかったのでほっとした。まだ周囲は真っ暗なので睡眠。
気づいたら7時過ぎで、流れが激しく濁った元江沿いの道を走っていた。バスはこの後もほぼずーっと元江に沿って走ることになる。雲南は山ばかりと聞いていたが、まさにそのとおりだ。途中、例によって大きな荷物を持った人たちが乗り込んできて満席超になった。元陽までは8時間くらいかかるかと思っていたが、12時頃到着した。
最後の町、南沙から元陽(新街鎮)までの急坂はすごく、あっという間に標高が上がるとともに徐々に棚田も見えてきた。
元陽は町自体が山にへばりつくようにできているようだ。荷物が重いので、バスを降りてすぐ目に入った新しい旅館を訪ねてみる。きれいなシングルが20元で、宿のおじさん、おばさんも熱烈歓迎って感じだったのでここにチェックイン。一休みして町歩きへ出かける。
ここについてはガイドブックもないので、中心部がどこかもよく分からない。しばらく坂道を上がると市場があり、その先には大きな政府招待所と広場があった。ここが中心部らしい。ハニ族の民族衣装を着た人がたくさんいて非常に華やかだ。しばらくぶらぶらして町の様子をつかむ。(中国にしては)思った以上に小さい町だった。
それから食事、ぶっかけ飯が3元で食べられる。しかも丼がデカイ!特盛もびっくり、2合近く入ってるんじゃないか?さすがに米の産地だから安いんだろう。それから一度宿へ戻る。帰りは歩行者用の道に沿って商店が並んでいる通りを使ってみた。これがメインストリートらしい。通りにはたくさん屋台が出て人であふれている。ありがたいことに観光客らしい人は見当たらない。
宿でPCをとって、広場近くで見つけたネット屋に入る。が、ノートPCをLANケーブルに接続してもネットにつながらない。しかたないので、ネット屋のPCに日本語をインストールして棚田の情報等を収集。気がついたら8時近くになっていた。ここはかなり寒いので熱いシャワーがとても気持ちいい。
ベトナム出国期限が明日に迫っているので、余裕を持って今日出国することにする。
7時頃起床し、洗濯物を見る。だいたい乾いていたのでパッキング開始、ある程度できたところで朝食と買物に出かける。朝食は今日も市場でフォー。
しかし、これだけ白人がいるのに市場で食事をしているのは見たことがない。バケーションで来ている比較的リッチな旅行者ばかりということか。
買物に興味はなかったのだが、ベトナムドンが余るので少し物色。デジカメケースにちょうどいい入れ物があったので、これと100円ブレスレットをモン族のおばちゃんから購入。一人から買物をすると次から次へと私からも買ってーと群がってくるので大変だ。
それから、山で余ったガソリンとラーメンを知り合いになったバイタク兄ちゃんとホテルのねえちゃんにあげて準備OK。
10時過ぎにラオカイ行ミニバスを捕まえ出発を待つ…が、なかなか人が集まらず出発しない。結局、車の中で2時間待つはめになった。アホらしい。
2時頃ラオカイのバスターミナル到着。駅に行ってくれるものと思っていたので誤算。駅前のネット屋でメールをチェックしておきたかったのだが、残念。
予定変更して、近くの市場で食事。ラオカイは観光町ではないので物価が安いようだ。目いっぱいの定食で8000ドン。食後、バイタクで国境へ。実はバイタクに乗るまでもなく、橋を渡ったらもう国境の建物が見えていた。
イミグレ内でベトナムドンを人民元に両替。このためにベトナムドンの小額紙幣を使い切ってきたのに、両替は人民元100元単位しかしてくれず、お釣りがドンで返ってきてしまった。レートもよくない(><)。
ベトナム~中国の国境は3箇所あるが、1ヶ月の間に全部通ることになった。要領はどこも同じで非常にスムーズ。橋を渡ると中国側の町、河口に到着。
イミグレを出ると角刈りの怪しい兄ちゃんが日本語で話しかけてきてバスターミナルまで連れて行ってくれた。元陽に行きたかったが、バスは朝しかなく今日はここで泊まることにする。さっきの兄ちゃんが自分のホテルだと言ってひとつ紹介してくれたが、周りにはいくらでも安宿があったので、他も見るからといって断った。結局、近くの安宿に狭いシングル20元でチェックイン。
宿のおやじは筆談で今夜の小姐はいらないか?かわいいぞ!とわざわざ聞いてくれたが、それ以前にあんな小さな部屋じゃ不可能じゃないかとお断り。
概して国境の町は風俗が発達するようだ。やっぱり他の国で試したくなる男心がそうさせるのだろうか? 荷物を置いてしばらく町をぶらぶらする。中国にしてはとても小さな町で、1時間ほどで中心部は概ね歩いてしまった。市場近くで呼び込みの女の子に洗髪を誘われた(10元)。なかなかかわいくて巨乳だったこともあり、久々に洗髪をしてもらう。
しかし、頼んでもいないのにひげをきれいに剃られてしまった。ほとんど彼女の好みでやっているっぽい。シャンプーを流して頭を拭いて終了かと思ったら、三楼へ行こうと巨乳を押しつけてきた。
金もないし、筋肉痛でそれどころでもないのでお断り。チューしてきたり耳元で何かささやいてきたりとさらに積極的な攻撃を受けたが、結局NOを通した。金とって今までの愛想はどこへやらでバイバイって追い出されるかと思ったら、さらに10分ほど上半身をマッサージしてくれた。実はとてもいいコだったようだ。出るときまで、くっついてきて明日も来てとか囁いていたが、残念ながら明日はこの町を出てしまうのだ。そう言ったつもりだったけど、伝わらなかったみたい。
それからシャワーを浴びて少し昼寝。夜になってから食事に出かける。炒粉とビールで7元。中国に帰ってくると食事のボリュームが一気に増える。気をつけないとまたすぐ太ってしまいそうだ。
食事中、後からきた子供とおばあちゃんが買ったばかりと思われるVCDを店のプレーヤーで再生した。すると聞き覚えのあるメロディーが流れてきた。遠く輝く夜空の星に僕らの願いが届くとき~♪ウルトラマンエースじゃないかぁ。テレビが僕の方を向いてなかったので、しばらく聞いていたが吹き替えだった。分かったのは北斗(星児)が「ベイト」と中国語読みになっていたのと、了解が「明白(ミンバイ)」になっていることだけだった。店の兄ちゃんがよかったら見ていけよとイスを勧めてくれたので、お言葉に甘えて2話見てしまった。
ファンシパン最終日。
初日と同じルートを降りるだけなので7時過ぎに起床。起きたら足だけでなく、腕まで筋肉痛になっていた。体がなまっているなぁ。登りに5時間かかったので下りは4時間くらいで行けるだろう。
9時前にテント撤収、昨日のレンジャーに一応下山の挨拶をしてから出発。初日200m近く下った道を登り始める。朝イチなので体力に比較的余裕があり、意外とサクサク歩ける。40分くらい上がったところで、何となくこんなとこ通ったっけ…という思いがして時計の高度計を見ると2200mを越えている。おかしい…最後のピーク下の水場で2150mくらいしかないはずだ。あわててGPSを出して位置を確認。やっぱり初日に通ったルートからかなり外れている。普通にトレイルを辿ってきたはずなのに、どこから間違ったのだろう。ただ、方向的には目指すピークとさほど離れていない。どうしよう…戻るか、もうしばらく行ってみるか。
まだ、朝で体力・時間とも余裕があったので、この道を上がってみることにした。30分近くかかってピークに着く。標高2260mくらい。このあたりは牛の糞と踏み跡だらけでルートだか、牛が通った跡だか訳が分からない。
GPSで見たところ、本来向かうべきピークは1つ向こうに見えるやつで、直線距離は約400m。その方角へ向かう踏み跡もあるようなので、何とか間にある谷まで降りてルートに復帰できないだろうかと考え、やってみることにした。歩きやすそうなところを選んで慎重に谷へ向かっていく。
が、しばらくいくと踏み跡はなくなり、完全なやぶこぎになった。しかも、谷は思っていたよりずっと深く、傾斜も急なようだ。結局、直線距離で100mほど行って断念。これ以上進んで滑落でもしたら取り返しがつかないことになると思った。一人でやぶこぎをしたのは初めてかもしれない。道を作るということは考えていたよりずっと大変なことなのだと実感。人の先を行くという意味で、登山に限らず全てにおいて先駆者(パイオニア)と言われる人は大変な苦労をしてるのだろう。プロジェクトXを思い出したりした。
さて、再びやぶこぎをしてさっきのピークまで戻る。シャツ、ズボンは破け、腕は切り傷だらけになってしまった。ここからさっき来た道を辿って、ルートを外れた地点まで戻ることにする。
しかし、一度ルートを外れると戻るのはなかなか大変だ。GPSがあったので、楽して中途半端なところから戻ろうとしても思ったとおりに進まない。きっちり間違えたところまで戻るのが結局は一番の近道だと痛感。まさに「急がば回れ」を地でいっていた(笑)。
1時間半近くかかって何とか初日のルートに復帰。さすがにほっとした、と同時に疲れがどっと出た。さっきまでは、気が張っていたのであまり疲れは感じなかったのだが…。
ここから先は気を引き締めてこまめにGPSで位置をチェックしながら進む。 30分ほど稜線を歩いて、最後の下りに入る。このあたりはトレイルが非常に怪しかったのでかなり注意して歩いたのだが、それでも2回ほどルートを外れてしまった。GPSがなかったら遭難していたかもしれない。下ってきて改めて、このルートがノーマルルートではないと確信した(笑)。ほとんどケモノ道だ。GPSを見ていても本当にこんな道でいいの?と思ってしまうくらい。
何とか最初の水場まで戻ってくる。ここまで来ればもうちょっとだ。トレイルもはっきりしているのでサクサク下り、2時20分シンチャイ村到着。無事下山!
最後まで疲れる山だった。川で汗を流し、少し休んでからそのまま歩いてサパまで戻る。途中、カットカット村に寄ってみたら、最後に石の階段が続いていて、すごく疲れてしまった。5時過ぎサパに到着。宿に戻り、シャワーを浴びてから洗濯。それから待ちに待ったビアホイ。一人で登頂を祝し乾杯。最高にうまい。
↓ファンシパン山頂
6時過ぎに起床。朝は晴、気温は15℃くらい。
食事をとってテントを撤収して7:45頃出発。が、1分ほど歩いたら大きなビニールシート張の小屋があり、ローカルが5人くらい食事の準備をしていた。幸い、1人英語ができる青年がいたので話を聞くと、ここはレンジャー小屋らしく、レンジャーのおじさんがパーミットを見せろと言ってるらしい。
パーミットをとってないので、その旨告げると、パーミットなしでの登山は許されないので、ここからサパへ下山するか、パーミット代10万ドンを払うかどちらかにしろという。サパで聞いた話ではパーミットは4US$前後ということだったので、10万ドンはぼりが入っているだろう。そんなに高いはずはない、ちゃんとレシートをよこせと主張しても、ここにはレシートはない、イヤなら降りろの一点張りなので、必要経費と割り切ってしかたなく要求通り10万ドンを払う。
彼に山頂までの所要時間とルート概要を聞いておいた。ここから山頂まで登り4時間・下り3時間だから余分な装備はここに置いていったほうがいいというので、テントは置いていくことにした。昨日の時点で分かっていたら、テントを撤収する必要もなかったのに…。
さて、いよいよ山頂へ向け出発。実は、ここから先のルートがトリッキーだ。ぶっちゃけ、彼らに教えてもらわなかったらずーっとここで迷っていた可能性大だ。レンジャー小屋前にある小川沿いに左へ続く踏み跡を辿ると沢へ下る道に出る。これをまた降りていくのだ。5~10分ほどでまた川にぶつかる。ここが山頂までの最後の水場だった。この川地点がほぼ標高2000m。
川の右岸をちょっと遡行したところで左に踏み跡が見えるはずなのでここで川を渡る。分かりづらいので要注意。あとは両手両足を駆使して、川から垂直に尾根までよじ登る。すごい急登、かつ滑りやすい。今までの登山でこんなに手を使ったことはほとんど記憶にない(笑)。約1時間で少々落ち着くが、その後もジャングルゾーンの登りが続く。
この山には毒蛇がいるらしいので、これも気になって精神的にもとても疲れる。この急登の間に高度を稼ぎ、標高2600m前後からようやく傾斜も落ち着いてジャングルからだんだん竹が多くなってくる。2650mあたりにテント場(2~3張)があり、ここで休憩。あぁ疲れた(><)
ここから先はかなり歩きやすくなる。30分くらい歩くと尾根に出てロープが2ヶ所連続してついているちょっとした岩場がある。この岩場下に右へ進む分岐があったので、これがノーマルルートなのかもしれない。なお、このあたりが森林限界のようで、岩場をよじ登ると先の道筋が見えるようになる。この先、道は泥でグチャグチャになるが、ほぼまっすぐ尾根線を山頂へ向かって進むだけだ。じきに標高も3000mを越え、山頂も目の前だ。岩場から30~40分で山頂着。出発からちょうど4時間の正午前だった。
山頂には三角点がある。残念ながら僕が到着したとき、そこは雲の中だった。サパで聞いたときは360度見渡せて、遠くは中国まで見える絶景…と言われていたが、中国はおろか50m先も見えなかった。しかし、シンドイ登りだった。
昼食も兼ね30分ほど休憩して同じ道を下る。最後の川までの下りでは、改めて我ながらよくこんなとこ登ってきたなと感服してしまった。下りもほぼ予定通りの3時間でテント場着。さすがに疲労困憊だ。
☆お断り☆僕は単独で登りましたが、正直なところルートを外れたことも数回あり、GPSがなかったらやばかったです。初めてこの山に挑戦する人はガイドを雇うことを強くお勧めします。
今日から登山開始だ。7時前に起床して市場で朝食をとり、昼食用のパンを10個買って準備OK。宿で余分な荷物を預かってもらいバイタクでシンチャイ村へ向かう。途中、カットカット村への入村料(通行料)5000ドンをとられる。カットカットには行かない、ファンシパンに登るのでそのパーミットが欲しいといってもダメだった。
約15分でシンチャイ村に到着。ちょうど学校の前で降ろされたので、子供達が大きな荷物を持ったガイジンを見に大勢集まってきた。なんで田舎のガキは皆洟タレなんだろう?ま、かつては自分もそうだったが…。
先生に大雑把な登山口を教えてもらい、いざ出発。
しかし、実際山に近づくと農道なのか登山道なのか区別がつかず、初めから路頭に迷う(笑)。農作業中のモン族のおじさん・おばさん数人に道を尋ね、ようやくそれらしい道にたどり着く。登り口は釣り橋を渡って水力杵屋を越え少し行って右側にある滝の左にある道だった。(後日談:しかし、これがノーマルルートというわけではなかったようだ)前日の雨のせいで道はとても滑りやすい。しかも、最初からいきなり急登が続く。湿度が高いので汗が噴き出てきて、シャツを絞ると汗がたれてくるほどだ。このあたりはローカルが薪取りでよく歩くためかトレイルははっきりしていて迷う心配はないだろう。40分ほど登ると水場に出てここで最初の休憩。
水場から先、ほぼファンシパンへ向け直線的に急登が続く。トレイルがだんだん分かりづらくなってきて、ほとんどやぶこぎに近い状態になる(おそらくマイナールートに入ってしまっている)。この区間が今日では一番きつく、また、(こんな道でいいのかと)非常に心細いところだ。景色はほとんど見えず、GPSの衛星もなかなか捕捉できないようなジャングル道が続く。たまに開けたところに出ると、もうシンチャイ村がずっと下に小さく見え、かなり登ったことが分かる。
1時間半ほど休み休み登ると稜線に出て視界がぐっと開ける。稜線上の小ピークで休憩。ここから30分ほど快適な尾根線歩き。思えばこのあたりが一番快適な道だった…。
この尾根線の途中で標高2000mを超える。最後の小ピークを越えると、こんどは一気に下りになる。再び鬱蒼としたジャングル歩きに戻る。この辺で鉄砲撃ちの兄ちゃん2人とすれ違う。単独行だとこんな遭遇でも(いきなり魔がさして山賊に早変わりして、鉄砲を突きつけられたらどうしようとか)ちょっとドキッとする。
下り道は何ヶ所か水場を越えながら1時間くらい続く。途中、登山道すぐ左脇の木に蜂の巣があり、あやうくニアミスしそうになった。要注意。
少し下がると右に巻き道ができていたので回避。尾根線で2200mくらいまで上がっていたのに2050mまで下ったところで大きな川にぶつかる。ちょっと上流に丸太橋があり、渡ったらテント場になっていた。まだ2時だったのでもう少し歩きたかったが、雨が降っていたし、この先どこまで上がると次のテント場があるかも分からなかったので幕営とした。10張くらい可能なテント場だが他には誰も来ていなかった。暇なので昼寝をして6時ころ食事。6時半にはもう暗くなりつつあった。
↓シンチャイ村の子供達
僕がサパに来た目的はベトナム最高峰ファンシパン岳に登るためで、このツーリストタウン自体にはあまり興味がない。土産物売りのモン族も「観光」少数民族だと思うとコミュニケーションをとってみようという気もなくなる。だから、彼らの売り込みも無視してファンシパン登山の準備に専念する。
まだ、雨季が終わっていないようで、午後は雨が降る日が多い。何人かのツアーオフィスで話を聞いたところでは、天気がよくないので勧めない、行くならガイドを雇わないとムリ、パーミットが必要、といったところだった。たまたま1人明日山に入る予定のカナダ人がいてメンバーを探している。参加するなら40$でいいというところがあったが、せっかくテントやGPSも持ってきているのに高い金を払ってツアーに入る気もなかったので断った。
ファンシパンは標高3143mでベトナムのみならずインドシナ半島で一番高い山だ。通常、サパから2泊3日で登るらしい。登山口の標高が1300mくらいあるので、実質1800mの登り。さほどきつくはないだろうという判断で単独登山とした。あとは準備をするだけ。まず、ザックの肩ヒモ(?)部分の糸が切れかかっているので、刺繍をしていたモン族のおばさんに補修してくれと頼む。
何とこのおばさんはけっこうまともな英語を話す。日本語も挨拶程度はできる。エライという気持ちもこめて言い値通り1万ドン払ってあげた。どのくらいもつかは疑問だけどやらないよりいいだろう。
それからパーミットを取りに警察へ行くが、昼休みのためか誰もいない。それでいいんか…警察に泥棒入られるぞ(笑)。
パーミットは登山口に行く途中で入手できるとも聞いたので明日にする。続いて、ストーブ用のガソリンと食料、水購入。サパは観光地なので物価が高い。普通5000ドンの水が8000ドンする。観光客ゾーンだと、下手するとハノイの倍以上の値札をつけていることもある。食事も市場以外だとフォーで8000ドン…何とかしてくれ。
これで準備はOKかな。宿に戻って持っていく荷物と置いていくものを分けパッキングをする。持っていく荷物はたぶん15kgないだろう。大した重さじゃない。
夜は鶏雑炊にビアホイ1.5リットル(1万ドン)。ここはハノイやホンガイみたいなビアホイサーバーがなく、ペットボトルに詰められたものしかない。ま、水が8000ドンだから、ビアホイ1万ドンでも妥当なところか。でも、やっぱりちょっと多すぎる。
↓「忍び」のようなサパの黒モン族
日曜日はいろんなところでマーケットがある。まずは中国国境に近いシマカイに行ってから帰りの途中の村(名前忘れた)を見て、最後にバクハを見ることにする。
7時前に起床し、昨日話をつけておいたバイタクに乗ってシマカイへ。
今日は曇りで寒いので、バイタクで標高の高いところに行くとかなり冷える。シマカイはバクハから30km近く北の村でバイタクでも1時間近くかかった。ここは中国に近く(国境が開いているかは不明)、ホテルなどはなさそうだが、カンカウと違って常設の市場があり日曜マーケットはその敷地プラス道路沿いで行われていた。
ここのマーケットは花モン族度ほぼ100%のカンカウと違い、普通の格好をしたベトナム人や別の少数民族の人も来ていた。バクハのマーケットと重なるからか観光客は誰もいないようだ。ラッキー。
バイタクを待たせて1時間ほど見物。民族によって食べ物が変わるようで、昨日は見たことのない蒸しパンみたいなものを花モン族じゃないおばさんが売っていた。まだまだ人は増えそうだったが、他のマーケットも見たかったので早々に切り上げてバクハへの帰路につく。
途中の村でまたマーケットが開催されていたので、またバイタクを待たせて30分くらい見物。基本的にどこのマーケットでも売っているものは大差ないし、雰囲気も変わらないようだ。少し写真を撮るコツも分かってきた。
バクハに戻ってきたときはもう10時半を回っていた。市場に行くまでもなく昨日までと雰囲気が違って、活気がある。市場はすごい人ごみになっていて、平日はなかった出店がたくさん出ている。土産物屋もいくつかあって、ハロー、ハローとさかんに観光客に声をかけている。
そして、いろいろ買物をしている観光客もけっこういる。日本人らしき人も含め観光客は30人くらい来ていたようだ。幸い、ここに来ている花モン族のほとんどは観光客の存在は大して気にせず、自分達の買物に一生懸命になっているようだ。あまりに混んでいて、写真もなかなか撮れない。いつもの食堂で食事をとって、ラオカイ行バスの時間を確認してから宿へ帰る。
バクハもこれ以上観光客が増えて、写真に対して金を払うようになるともうその魅力は半減してしまうだろう。少数民族の人たちは何とか変わらないで、観光客に無関心でいてほしいし、珍しい衣装の写真を撮りたいだけの観光客はもうこれ以上増えないでほしいと願う。
宿で荷造りをして午後2時のバスでラオカイへ。マーケットの日なので、来たときとはうって変わって大混雑になっていた。おかげで(?)ローカル料金で乗ることができた。乗客が多いからか、山から下りるのに所要時間はほとんど同じで約3時間。
ラオカイの駅前からちょうどサパ行が出るところだったので、すぐこれに乗る。サパに着いたのはもう暗くなった7時ころ。宿をどうしようかと思っていたら、ミニバスの姉ちゃんがごひいきのホテル前で降ろしてくれた。言値は10万ドンだったが、結局5万ドンで泊まることができた。
サパはバクハ同様、週末が混雑する。バクハのマーケットを見て、夜行列車でハノイに戻る観光客が多いので、日曜夜はもう空室がたくさんできているようだ。案内された部屋はとてもきれいでグッドバリュー。
熱いシャワーを浴びてから町へ食事に出かける。もう夜なのにモン族がたくさん土産物売りに励んでいる。ここは完全なツーリストタウンで、ほとんどの店に英語の看板があがっている。そして、当然白人がたくさん歩いていて、モン族の売り子が彼らを取り巻いている。カタコトながら英語を話して布などを売っているようだ。改めて、バクハにはこうならずに踏みとどまってほしいと思った。
↓花モン族の少女
土曜日。ようやくマーケットを見に行くことができる。
今日のマーケットはバクハの北約20kmのところにあるカンカウで開かれる。7時半にカンカウを通って北へ行くバスがあると聞いたので、それにあわせて起きるが、バスは10時だと言われる。
やむなく、バイタクと交渉。往復7万ドン、片道38000ドンの提示。相場がよく分からないが、高いといっても値切れなかったので片道でOKする。道は舗装道だが、山を巻いたり、アップダウンを繰り返したりするので、40分くらいかかった。途中の道沿いでも花モン族をかなり見かけたが、カンカウに着いてその数と華やかさに驚いた。
グアテマラのマーケットもウイピルが美しかったが、ここはほとんど全ての女性が花モン族でその衣装はさらに華やかだ。幸い、観光客はほとんどいない。
前にグアテマラに行ったとき、一緒にいた友人と「いずれ民族衣装というのはなくなっていまうのだろうか」という話をして、友人が「女性は自分達の服が美しいと思って着ている人も多いとはずだから、急になくなったりはしないんじゃないか」って言っていたのを思い出した。
確かに、現在民族衣装を着ている少数民族を見ても、男は普通の洋服になってしまったが、女性だけは華やかな衣装を着ているというパターンが多い。
花モン族の彼女達もなかなかおしゃれだ。真剣に新しいスカートを見たり、アクセサリーを試したりしている。概ね地色以外は同じにデザインに見える衣装だが、よく見ると違いがある。でも、なぜか靴はみんな同じ茶色いサンダル(笑)。
こういうところでたくさん写真を撮りたいのだが、みんな写真は嫌がる。カメラを向けてとっていいかと聞くと、みんなそっぽを向いたり、隠れたりする。言葉の問題もありそれ以上はできないので、ちょっと遠目から気づかれないように(罪悪感を感じながら)撮るしかなかった。
でも、しばらくやっていて本気で嫌がってるというよりは、恥ずかしいorよく分からないという人が多いように思えてきた。ただ、子供の写真を撮られるのは母親としては非常に不愉快なものらしい。
デジカメなので、何人かに撮った写真を見せてあげたが、それはけっこう受けていた。それを消せとか怒る人はいなかったので、やっぱり恥ずかしいのだと思う。
グアテマラあたりだと写真をとられると魂が吸い取られると信じている人も多いようだが、ここはそんな理由ではないようだ。
でも、写真嫌いはまだいい。最悪なのは観光客が写真を撮って金を出すことを覚えさせてしまうことだ。白人はそれがチップだと思っているのかもしれないが、それは彼らの生活を変えてしまいかねない問題だと思う。実際、観光客が多くなると今まで地道に農業をしていた人たちも土産物売りや写真で金をかせぐ「モデル」になっていく。実際、サパの町ではそれが進んでいる。そうなってくると、言葉は悪いがサファリパークみたいなものだ。
さて、カンカウのマーケットを2時間以上堪能し、帰りはバクハ行のバスに乗って帰る。
が、問題発生。バクハまで15000ドンというので、そんなに高くないだろ、周りはそんなに払ってないだろうというと、集金のオヤジが逆ギレしてベトナム人は1万ドンだけど、おまえはベトナム人じゃないから15000ドン払え、さもなくば降りろ(以上、内容は推定)と怒り出した。
堂々と、ボッタクリを主張してる奴に素直に金を払うのは不愉快極まりないので、しばらく粘ったが、またも結局バスからほっぽり出されることになった。ここからバクハまで14km。ま、3時間も歩けば着くだろう。3時間くらいの山歩き、俺にとって何でもない。
景色もいいし、ぶらぶら歩くことにする。途中、子供達や牛飼いなどちょっとした出会いもあってそれなりに楽しい。素朴な人たちもいるのに、ベトナム人は金がからむとイヤな奴が多くなる。ホントにむかつく。
1時間半、9kmほど歩いてバクハの町が遠くに見えてきたころ、トラックが停まってくれて、助手席に乗っていけという。
いつも、嫌な目にあって、その国の人を嫌いになりかけたとき、いい人が現れて印象を変えてくれる。うまくできているよなぁ。誰か、空から俺のこと見てるんじゃないの。
↓カンカウのマーケット風景
バクハ滞在2日目。
しかし、今日もマーケットはないので、近くの山沿いに入って棚田を見に行くことにする。まずは市場で朝食。昨日のフォー2000ドン店のおばさんはとてもいい人で、ぼらないし、お茶を入れてくれたり、酒をちょっと勧めてくれたりする。滞在中、ほとんど全ての食事をこの店ですることになる。
さて、食後、パンを2つほど買って散策開始。こっちの方に行ってみたらと、公園にいたおっちゃんが言ってたので、それに従って適当に山のほうへ向かって歩く。一応GPSもONにしていった。 15分くらい歩くと舗装道路が切れ、家の間隔も広くなってくる。さらに行くとけっこう大きな学校があり、子供達が家路についているところだった。
一人の男の子がハローと声をかけてきたので、ちょっと話すがハローとワン、ツー、スリー…くらいしか英語はできないらしい。俺のベトナム語よりダメじゃん。
12歳の彼は学校で英語の授業があるらしく、ちゃんと英語の教科書を持っていて、それを見せていろいろ指差して見せた。しばらく一緒に歩いていたが、じき彼の家に着いた。じゃあな、と言おうと思ったら、家によんでくれた。母、兄、妹がいたが、笑顔で迎えてくれたので、遠慮なく家にいれてもらうことにした。彼の家はこの辺では普通の農家らしい。土間がそのまま部屋になっている。寝るときしか靴脱がないのかな???
家でもまた英語の勉強の続き。といっても、彼は教科書を指差してるだけで、読むのは俺。これで勉強になっているのだろうか???彼らの習う英語は耳で覚えるだけらしく、アルファベットをどう読むかなんか分かっていないようだ。これじゃ教科書を使う意味がないような気がするが…おそらく、先生も大して英語なんかできないんだろう。さすがに、ずーっと英語を読まされているのにも疲れたので適当なところを見計らって脱出。
さらに先に行ってみたが、この集落はもうおしまいらしく、犬に吠えられ、引き返さざるをえなかった。バクハの町は放し飼いの犬が多く、たまに吠えかけられる。なんで僕だけ吠えられるのか分からない。犬にもローカルとガイジンの違いが分かるのだろうか???
犬は好きなんだけど、さすがに過去2回も噛まれた経験があると、ちょっと怖い。日本なら噛まれてもしれてるけど、こんなところで噛まれて狂犬病でも持っていたらシャレにならない。まだ1時間くらいしか歩いていないので、別の脇道へ入り山へと向かう。
こんどの道はちょっと本格的に山へ上がっていく感じだ。途中、水牛が道に寝そべってじーっとこっちを見つめていたので、急に起き上がって突進されたらどうしようと思い、脇を通るのが怖かったが、幸い寝そべったままでいてくれた。アフリカでバッファローはライオンより危険だと言われていたが、水牛はおとなしいらしい。
さて、道を登るにつれ、だんだん美しい棚田が見えるようになってきた。棚田はちょっと離れて上から見ないとその美しさが分からない。近くだとただの田んぼだからだ(笑)。このあたりに住んでいるのは花モン族らしく、美しい衣装を着て鎌で草刈りをしている姿がポツポツと目に入る。道を歩いているとはいえ、ある意味勝手に彼らの生活エリアに入ってきているので、気を悪くしているのじゃないかとちょっと気になったが、道であった数人の花モン族は手を振ったら笑顔で振りかえしてくれる人が多かった。
期待した以上の景色を見ることができ満足したので、町へ戻ることにする。来たときと別の道を通って下っていくと、稲刈りをしている人たちが見えてきた。稲刈りや田植えを近所みんなで一緒にやるのはどこの国でも同じらしい。
ここにはトラクターなんてものはないので、鎌で刈った稲を担いで庭に集め、穂を叩いて米を落とす。庭におじゃましてしばらく作業を見せてもらった。「せんばこき」はベトナムにはないらしい。昔ながらの手作業が行われているが、つらい労働をしているようには見えなかった。作業しているみんなとてもいい笑顔だ。きっと豊作なのだろう。実りの秋を実感。
そういえばもう9月半ば近いんだなぁ。日本でもそろそろ稲刈りが始まるのかな。
↓バクハの棚田
ラオカイ駅にも定時到着。車掌に起こされ数分後にはホームに着いていた。列車を降りると白人観光客が100人くらいいて驚くと同時にウンザリする。白人って少数民族とか好きだよなぁ。無遠慮に写真も撮るし…。
駅前には20台くらいサパ行のミニバスが停車していて、彼らを引っ張り込んで次々と出発していく。あっという間に観光客はほとんど全員いなくなった。
僕はと言うと、サパとは反対側のバクハという村で宿をとって、さらにその先にあるシマチャイという村で木曜マーケットがあるらしいのでそれを見に行く予定だ。駅近くのレストランの兄ちゃんが少し英語を話すので、バクハ行バスを聞くと7:30頃駅前を巡回するというので、彼のところで洗面を借り朝食をとってバスを待つ。
7:40頃予定通りバス到着。他に観光客は皆無だったがぼられる。1日数本しかないバスの場合、言い値とは分かっていても向こうも強気なので、なかなかNOとは言えないものだ。売り手市場だから仕方がない。やむなく、たぶんローカルプライスの倍と思われる6万ドンを払う。不愉快だったが、バスが山奥に入るにつれ景色がよくなってきたので、気分も晴れてきた。
途中で花モン族のおばあちゃん3人が乗ってきて、1人が僕の隣に座った。こんなに早く少数民族に会えるとは思ってなかったのでうれしかった。彼女達は車に乗る機会が少ないので乗り物酔いしやすいのだろう。3人とも力強く前の座席を握り締めていたが、しばらくすると気持ち悪そうな表情になってきたので、窓際の席を譲ってあげた。
2時間と少しでバクハ着。ホテルも多く、思っていたより大きな町だった。ほとんどここの情報がないので、宿の相場もよく分からなかった。どこに入ろうか考えていると、おっちゃんがやってきて、すぐ目の前のホテルで6万ドンというので、5万にしてといったらあっさりOKだったので、部屋を見せてもらい即チェックイン。バクハの町は日曜マーケットで有名なので、平日は訪れる観光客もほとんどいないらしい。この宿も見た感じ他に泊り客はないようで、窓際の一番いい部屋にしてくれたようだ。ここの宿の家族は非常に親切で、顔を見るとお茶をすすめてくれる。娘さんしか英語ができないのが難点だけど…。
荷物をほどき、シマチャイのマーケットは今日?と聞いたら今日はどこもマーケットやってないと言われ、ガッカリ。仕方ないので、いつものように町を適当にブラブラする。バイクだらけの都会に比べると落ち着いていてずっといいところだ。もっと早くくればよかった。たまに花モン族の女性を見かけるが、おばあちゃんが多い。若い人はもう民族衣装を着ないのだろうか???
しばらくして市場を見つけたので、食堂でフォーを頼む。ベトナム最安記録更新の2000ドン(約15円)。ここで滞在するだけなら1日500円で快適に暮らせる。今日は夜行明けだったので、宿に戻って昼寝をする。目が覚めたら6時近くなっていたので、また出かけるが市場の食堂はもう終わっていて他の食堂も全然人がいないので食事しそびれてしまった。ま、食事のあとは寝てただけだからいいか。
今夜の夜行列車でラオカイへ行くので、ハノイは今日が最終日だ。正直、やや期待はずれな街だった。バイクが多すぎるからか、見所に大したものがないからか…。アオザイ姿の女性もほとんど目にすることがない。もう行ってみたいところも大してないので、たまたま手に入れた"ベトナムスケッチ"(日本人向フリーペーパー…日本人の多いホテル等で入手可能)に、ハノイの建築物特集が載っていたのを思い出し、それを見に行くことにする。北門教会等ガイドブックには載っていないところが多かったが、(建築は詳しくないが)スゴイと思わせるところはなかった。ハノイは迷いながら街歩きをするしかないのかなぁ。
中心街に戻ってきて、ファンシパン登山に備えて(サパの町でどの程度モノが手に入るか分からないから)少し買物をしておく。それから郵便局に行って、海外旅行保険関係の書類と写真を焼いたCD-ROMをEMSで送ろうとしたが、文書以外のものがあると高くなるらしく、思っていたよりずいぶん高額になったのでやめ、中国から送ることにする。
夕方からまたスコールになった。雨宿りを兼ね夕食をとる。久々にフォーではなく、ラーメンみたいな麺を食べた。そういえば、ベトナムでも「味の素」は有名かつ大人気で、フォーなどにも大抵入っている。宿に戻ると、W杯予選ベトナムVS韓国の試合をやっていたので、宿のスタッフ何人かと一緒に見る。ベトナムが先制し、韓国は退場で10人になったので大丈夫かと思ったが、最終的には2-1で勝利していた。ただ、どうも韓国のサッカーは美しくない。悪く言えば草サッカーを見てるような感じだ。弱いわけではないのだろうが、落ち着いて見ていられないところがある。このあと日本戦が見れるだろうかと思っていたが、残念ながら放送していないようだった。やむなく、ネット屋で速報を見ていたが、前半30分で0-0のところまでしか確認できなかった。楽勝かと思ってたのに、大丈夫か???
ラオカイ行列車はON TIMEで出発。3段寝台の一番上の席(一番安い)をとったのだが、予想以上に窮屈だった。ホント寝るしかできない(笑)。でも、エアコンはバッチリ。しかし、本を読み終えしばらくしたらいつの間にか眠ってしまった。
↓ハノイの北門教会
ベトナム独立の父ホー・チ・ミンの顔はよく見かけるのでもちろん知ってるし、サイゴンがホーチミンシティに改名されたことからもベトナムにおける彼の功績が非常に大きかったことは僕も理解している。が、自分が生まれる前には亡くなっていたし、学校で勉強する世界史において中国以外のアジアはほとんど無視に等しい扱いを受けているので、彼がどういう人でどのようにベトナムを独立へ導いたのか、なぜ彼がこんなにも未だに国民に慕われているのかはよく知らない。
そんな自分だけど、今朝はホー・チ・ミン主席の遺体が安置されているホー・チ・ミン廟へ行ってみた。ここは朝10:30までしか開いてないので、少し早起きして出かける。途中にはフランス植民地時代の租界と思われる西洋風の建物が並んでいる通りがあったりしてごちゃごちゃした下町とはやや違った雰囲気だ。
廟が見えたので、フェンスを避けて敷地に入ろうとしたら、警護の警官に笛を吹かれて大きく迂回しろと言われた。この廟は警戒厳重で荷物持込・写真撮影はもちろん、立ち止まって見ることも許されないのだった。そのため、入口もちゃんと管理していて金属探知機をくぐってから、列になって入ることになっていたのだ。僕はそれを知らずに廟へ反対側から直進しようとしたため怒られたらしい。
10時前に廟に入ると、そこには冷凍保存されているのか肖像で見かけるヒゲの「ホーおじさん」がガラスのケースに入った状態で安置されていた。棺を見るだけかと思っていたのでビックリした。北京の毛沢東もこんな感じなのかな?前に行った時は混んでいたので入らなかったんだけど…遺体まで見えるなら行っておくんだった。ここを出て、近くの市場を覗いてからホー・チ・ミン博物館へ行った。市場は田舎の方が面白い。ハノイで市場に行く必要はないだろう。
ホー・チ・ミン博物館は、抽象的なアートとホー・チ・ミンの遺品、パネル等が混在していたが、どうも見にくくて面白くなかった。もうちょっと彼についての予備知識があれば興味を持って見ることができたかもしれないが、予習不足だった。
今日は雨が降ったりやんだりの天気なので、駅へ行って明日のラオカイ行チケットを購入して宿に帰り、websiteの更新をしたりする。それから、日本人向けフリーペーパーにベトナムの民間療法という記事が出ていたのでそれを試してみようと宿の姉ちゃんにどっかでできないか?と聞いたが、ハノイにはないと言われた。ホンマかいな?
まだ雨だったので昼寝。起きてからネットカフェに行って、数日分ためていた日記のUP、Website更新を一気に行う。日本のニュースもチェックしたが、大した事件はないようだ。明日はサッカーW杯予選のインド戦だ。こっちでも見ることができるだろうか。夜にはチェックアウトしてるし、宿のロビーのTV占領して見るしかないか。
今日は月曜でハノイの博物館系は全て閉館。行くところが限られてしまう。あまり地図を気にせず、適当に南へ歩いてみる。もう9月になったからか、前回よりは観光客も少なくなったようだ。
ホアンキエム湖に出たので、ハノイ名物「水上人形劇」場に寄ってみる。入場料一等席4万ドン、二等2万ドンなので見る価値あるんかいと迷っていたのだが、今夜の回でいい席とれるか?と聞いたら3列目が空いてるということだったので、つい奮発して一等席をとってしまった。
それからまた南へとぶらぶら歩いていく。ハノイの町は細い通りが多いうえ、それが全く碁盤目状でも放射状でもなく意味不明につながっているので、方向感覚を保つのが非常に難しい。また、旧市街は同じ通りでも途中から名前が変わるからさらに大変だ。
気づいたら町の中心部を越えて、かなり南まで来てしまった。せっかくなので近くのレーニン公園へ行ってみる。だだっ広いうえに入園料を