今日はいよいよチベット最終日。470km先のネパール国境までランクルで走り通す。
8時に宿に迎えにくる約束をしていたのだが、8時半になったも来ない。ホント中国人のいい加減なビジネスには腹が立つ。仕方なくオフィスへ行ってどうなってんだ?ずーっと待ってんだぞと言うと、強欲ババァがすぐ車が来るからここで待てと言う。同乗するネパール人二人は大人しく待っているので、しばらく車を待つ。
9時頃ようやくランクル到着…しかし、ほとんどアンティークって感じの車、大丈夫だろうか?ホテルで待つ日本人2人をピックアップして金を払いようやく出発、かと思いきや、もう一人乗るという。昨日はネパール人2人と僕ら3人と言ってたのに…最悪なことに横柄な軍人が乗ってきて二人掛けできる助手席を独占。後部座席に4人+荷台1人でぎゅうぎゅうなのにこのブタ野郎は何の罪悪感も感じないらしく、自分の荷物まで荷台に載せる。
ようやく9時半過ぎ出発、がシガツェ市内で止まってしまった。もう壊れたのか…この先の旅路に暗雲が漂う。ドライバーがバケツを持ってタクシーに乗って行ってしまった。しばらくすると帰ってきた。バケツにはガソリン!町を出る前からガス欠かよ~腹が立つのを通り越して呆れてしまう。さすがのトヨタもガソリンないと走れないよなぁと苦笑するしかない僕らだった。
10時近くに何とか出発。ポンコツランクルは平地の舗装道路ですら60km/hくらいしか出ない。シガツェを出るとすぐ未舗装道路になり、平均時速は約40km。これじゃ今日中に国境を越えるのはムリだろう。早くもあきらめムード。前の席ではブタ軍人が一人でテープにあわせて大声で歌いつづける(怒)。
茶色一色の風景が続き、サキャへの分岐を越えしばらく進むとラツェに到着。ちょうど今日の行程の1/3だが、もう2時近くになっている。ここで昼食をとって出発。すぐカイラス方面との分岐点。公安のチェックポイントと聞いていたが、姿はなかった。南への道をとって最高点であるラクパ・ラ峠まで上がるが、斜度が緩いためかさほど高度は感じない。
ここから下ってシェーカルへの分岐にある町で給油休憩し、すぐ出発。この先にチョモランマBCへの分岐があったが肝心のチョモランマは見えず。今日は少し雲が多いからだろうか?ティンリー手前で常設のチェックポイントあり、パスポートをチェックされる。昔の中国ビザを見て(笑)すぐ返却。ティンリーからはチョオユーを見ることができた。このルート、ヒマラヤ山脈の北を走っているのだが、周辺の山には雪がついておらず、僕はさほど感動を感じなかった。ヤムドク湖周辺の方がずっとよかった。
この先で日が暮れ、絶景といわれたラルン・ラ峠を越えたのは星空の下(涙)。朝は、ここで車停めてもらって写真を撮ろうとか言ってたのに…。このあたりランクルの平均時速は30km前後まで落ちており、全然進まない。ポジションをいろいろ変えるが尻の痛みは耐えがたいものになっている。
ニェラムの町に入るところにゲートあり、もう11時なのに公安がいてパスポートチェック。今度はめくりさえしなかった。ニェラムからダムまではヘアピンカーブの続く下り。道が凍っていて怖い。この辺り、もうランクルは限界が近いようで、下りなのに時速は20km、後ろから頻繁にプスプス音がし、ライトも急に暗くなったりしている。何とかあと30kmもってくれと祈る。
そして、ついにダム到着。時刻は夜中12時半、日付も変わり12月になってしまった(涙)。ランクル後部座席4人乗りを15時間…尻が痛い。ダムはヘアピンカーブが続く道沿いに古ぼけた建物が並ぶ日本の温泉街みたいなところだ。深夜にも関わらず意外と開いている店は多かった。シャワー屋10元、ビール8元と言われたので評判通り物価は高いようだ。寝るだけなので20元の安宿にチェックインして睡眠…しようとしたらいきなり窓から少年が顔を出して覗き込んできたので驚いた。何だったんだろう?
↓ティンリー近くでの夕焼け
8時頃目が覚めたのでちょっと早いが8時40分頃タシルンポ寺へ行く。まだ早朝なので、門は開いていたがチケット売場に人はいなかった。見つからないうちにそそくさと奥へ上がっていくとちょうど東の空から日が昇るところだった。少し霞がかかったシガツェの町に日が射してくる様子を眺める。この美しいチベットの日の出を見るのも今日が最後になるのだろう。
さて、ガイドブックによると8時頃から開いているはずの寺なのだが、9時になってもお堂の扉は閉ざされたままだ。巡礼者の数だけが増えていく。10時になってようやく扉が開き、既に200人以上にはなっている巡礼者の人波がお堂になだれ込む。波に揉まれるのは怖いので、落ち着くのを待って入場。最初のお堂には巨大な弥勒菩薩像があり、なかなかの迫力で巡礼者達を見下ろしている。ここから先、西から東へほぼ平行する建物に入っていく。見所は先代パンチェン・ラマ(10世)をはじめとするゴージャスな歴代パンチェン・ラマのチョルテンだ(5~9世はまとめて一つ)。阿弥陀如来の化身であるパンチェン・ラマはこの寺の僧院長であるため、ここでの存在感はダライ・ラマよりずっと強い。これはシガツェの町全体に言えることで、多くの店先でパンチェン・ラマの写真を目にする(チベットではダライ・ラマの写真は販売、公の場での掲示が禁止されているが、パンチェン・ラマはOK)。
見た目は非常に広いタシルンポ寺だが、見て回れる部分は意外と少なく、また順路が決まっているので1時間半ほどでほぼ見終わってしまった。ちょうどお昼に宿に戻る。
食事をしてから明日のネパール行に必要な車を探しに行く。期待していたツーリストバスはシーズンオフのため運行しておらず、ローカルバスは明後日発があるもののターミナルでは外国人にチケットを売ってくれない。乗合タクシー屋を数軒あたり結局250元/人で何とかランクルを予約。バスのチケットを買えない外国人相手では完全な売り手市場。300元の言い値を250元に負けさせ、宿まで迎えに来させるのが精一杯だった。
一休みして写真を撮りに町を一回りしてネット屋へ。2元/時間でラサより安い。そのまま夕食をとって宿に戻る。ちょっとぜいたくして珠峰酒店という宿にバスタブ付ツイン部屋40元で泊まっていたのだが、この宿ホットシャワーが8時半から1時間しか出ない。8時頃から待機してお湯が出るのを待つが、待てども一向に出ない。何度かお湯が出ない旨文句を言い、ようやく9時過ぎに出だしたが今度はぬるすぎ(涙)。また数回文句を言うが、ちょっと待ての繰り返しで一向に改善されない。最後の最後にきてこの中国人のまるで誠意のない対応に泣かされる。さらに、宿のオヤジも何度も文句を言う日本人客に腹を立てたらしく、10時半頃になって僕の一人利用ツイン部屋に(空いてる部屋があるにも関わらず)客を連れてきて、1ベッド空けろと言い出した。1部屋40元だろ~と言うと、1ベッド40元だから、1人で使うならあと40元払えと言い返してくる。さすがに腹が立ったので、俺は明日ネパールに行くから人民元はない、出て行くから金返せと突っぱねると、オヤジもあきらめて帰っていった。カネ・カネ・カネの中国人との交渉に明け暮れる1日になってしまった。あ~疲れた。
↓タシルンポ寺から見た朝のシガツェ
ギャンツェの夜も寒く、昨日9時過ぎトイレに行ったらもう凍って水が出なかった。8時過ぎに起床し、顔を洗おうとしたがやはり水が出ない。よく水道管が破裂しないものだ。お湯をもらって洗顔。パッキングをし、荷物を預けてからパンコル・チューデ(白居寺)に向かう。
ここにある巨大チョルテン「ギャンツェ・クンブム」がギャンツェに来た目的だ。いつものように平然と中央突破で無銭入場し、中央にあるお堂を見てからいよいよクンブムへ入る。外見は白いピラミッドみたいな感じ。1階にはお堂が20室、それぞれ仏像が祀ってあり壁画が描かれている。上の階もほぼ同じ造り、ひたすら隣の部屋へと仏巡りを繰り返しながら上がっていく。たまに大きな部屋があり、大きな仏像が置かれている。ここの壁画に描かれている仏(神?)を数えると10万に達するらしい。仏の迷宮に迷い込んだような気持ちになる不思議な空間だ。巡礼者的には個々の仏像にあまり興味はないらしく、足早に部屋を覗くだけで、次から次へと僕を抜き去っていく。このチョルテンは8階まであるらしいが、上の方は施錠されていて5階までしか上がれなかった。ま、それでも十分すぎるくらいだが…。
それからさらに上にあるお堂を見にいく。ここから見るギャンツェの眺めは素晴らしい。お堂から外へ出る扉が開いていたので、覗き込んだら横になっていた犬とばっちり目があい、その瞬間吠えて跳びかかってきたのであわてて扉をしめて逃げる。映画のワンシーンみたいだ(笑)。
ここを見てパンコル・チューデ見学を終了。他の寺と比べて見られるお堂の数は少ないがクンブムの存在感は際立っている。寺を出たらもう昼過ぎだったので昼食をとって、ギャンツェ城へ行ってみる。が、ここに上がる途中で入場券(30元)を買えといわれたのでそこから引き返す。ガイドブックには博物館は入場料が必要としか書いてなかったのに…。
1時過ぎ荷物を引き取ってシガツェ行ミニバスを待つ。幸いバスはすぐ来て、しかも昨日一緒だった日本人夫婦も乗っていた。シガツェまでは1時間半ほどで到着。バスターミナルに着いたので、そこでダム(ネパール国境の町)までのバスがあるか聞くと、明日あるが外国人にはチケットを売らないという理不尽な仕打ちをうける。最初からそういう情報を持っていたら変装してチケットを買ったのに…。それから数軒車の手配をあたるが押しなべて高く、結論には至らず。オフシーズンの移動は大変だ。
↓ギャンツェ・クンブム
まずは昨日の続きから… 夕方懲りずにまたジョカンへ行くがやはり山車はない。しかし、行列はかなり短くなっていたので並んでみることにした。
大勢横入りしてきたが、それでも20分ほどでジョカン入場。中庭に青いパンデン・ラモ像とタンカが置かれている。やはり皆これを拝みに並んでいたようだ。残念ながら坊さんと警官に急かされ5秒くらいしか見るヒマは与えられない。まぁ、こんなもんかという感じ。翌朝には2週間以上滞在したラサを出るのでパッキングをしてから睡眠。
さて、今日は7時に起床し8時前にチェックアウト。シガツェ行ミニバスが見当たらなかったので、高いが近くのバスターミナルから出る大型バスで出発(65元)。たまたま日本人2人と乗り合わせる。
現在、通常の中尼公路が工事で通れないため羊八井経由になると思っていたのだが、曲水から橋を渡ってカムバラ峠越え、ナンカルツェ経由だった。これは最高にうれしい誤算。このルートはぜひ通ってみたかったので65元も全然惜しくない。カムバラ峠の途中までは舗装道だったが、途中でダート道に変わる。峠の北側斜面には雪が残っており、道も凍っていてちょっと怖い。しかし景色は素晴らしい。
峠の標高は4800mくらいで、ここを越えると眼下に評判通りターコイズブルーのヤムドク湖が現れる。今までに見た湖で一番美しいかもしれない。筆舌に尽くしがたい絶景だ。バスは湖を半時計回りで進むので左側の窓側がいいのだが、残念ながら僕の席は右の窓側。それでも数枚写真を撮ることができた。このルートを通るということはギャンツェを経由してシガツェに向かうはずなので、ドライバーに確認して、ギャンツェで途中下車することにした。
ヤムドク湖は思ったより大きく、ナンカルツェに着いたのは1時過ぎ、ここで食事休憩をとってギャンツェへ向かう。ギャンツェまでも雪崩の跡が残る6000m級の山を見ながらの絶景ルートが続く。しかし、途中で腹が痛くなり、景色を楽しむのもつらくなってきた。ダム湖沿いの崖っぷちルートから下ると30分ほどでギャンツェの町に到着。午後4時半くらいになっていた。
腹痛が限界に達しようとしていたので、宿をまともに探すこともできず、一番近くの宿に入ってトイレを借り、20元で部屋をとる。腹痛も落ち着いてきたので、町を歩いていると一緒にギャンツェで下車した日本人に声をかけられ、一緒に夕食をとる。やっぱり中華料理は人数いたほうがいいなぁ。
↓カムバラ峠からのヤムドク湖
今日はパンデン・ラモ(チベットの守護尊である女神)祭の日である。
ガイドブックによるとバルコルに山車がでるということなので、見逃さないよう9時半頃にバルコルへ行ってみる。確かにいつもより人通りは多く、サン(香)が焚きまくられているが山車の姿はない。ジョカンからバルコル沿いにロープが張られて長い行列ができているので、ジョカンの中にパンデン・ラモの何かがあるのかもしれない。興味はあるが、普段ジョカン内にできている行列でさえ30分から1時間かかるのに、こんな外まで数百メートルも連なっている列に並ぶ気にはならない。でも陽気なチベタンは行列に並ぶことすら結構楽しそうにやってるように見える。なお、ここの人たちはちょっと油断すると平気で横入りするので、列はすき間をあけずぎっしりというのが普通だ。
とりあえずバルコルを1周して山車が出る様子はなかったので、明日の朝乗る予定のバスをチェックし、パーミット入手のため公安局出入境管理処へ行く。が、今日はやってないといわれる。さらに明日、明後日も(土日なので)開かないという。おーい一応警察だろちゃんと仕事しろ!今日は祭ではあるが、祝日じゃないのに…。
腹が減ったので宿近くにあるいきつけの食堂に行って朝食をとる。ここの小姐に写真をせがまれていたので先日デジカメプリントしてきた写真をあげたら、予想以上に大喜びしてくれたのでこちらもうれしい。
一度荷物を置きに宿に戻り、パンデン・ラモ祭っていつやるの?と聞いたら今やってると言われる。そうかとバルコルへ戻ろうとすると、小姐たちが今日は男が女に金をあげる節日だといって金くれとせがむ。少しなら…と思い、いくらと聞くと図々しく5元以上とかぬかす。調子に乗るなこのブタ!と言いたかったが、ここは抑えて「後でね~」と言って逃げる。一体今日という日は何なのだろう???
再びバルコルに戻るが、やっぱり山車はない。人の列は朝より長くなっている。ラサ最終日なので写真をたくさん撮っておきたかったのだが、あまりに人が多くそれも難しい。いったん、バルコルを離れラサお気に入りの場所であるポタラ宮前広場に行ってポタラ宮の雄姿をカメラに収める。ポタラ宮の写真を何枚撮ったろう、あそこに行って青空をバックにそびえる姿を見ると同じ写真と分かっていてもついシャッターを押してしまう。
ここでちょっとボヘーッとしてたら、小姐が道行くおじさん連中に金をせびっていた。宿の小姐のやってたのも作り話じゃなかったんだなぁ。しかし、客に金をせびるのはやはりどうかと思う。帰り道、バルコル近くで休んでいる巡礼者家族がいたので写真を撮らせてもらった。日差しが強く写真としてはイマイチの出来だが、すごくいい笑顔を見せてくれた。
↓チベタンスマイル
昨日寝るときに気づいた。
チベットに入って20日以上経ち、この寒さだといつかできるんじゃないかと恐れていたものができてしまった。
し・も・や・け
両足の中指から小指までの6本が痛痒い。小学生の頃は毎年できていたような記憶があるが、いつの間にかこれに悩まされることはなくなっていた。年をとるにつれ寒さを避けるようになるからだろう。確か血行をよくすれば治るはずだということで昨日より寝るときは足先を十分暖めてから裸足になることにした。
しもやけの話はさておき、今朝は7時半頃起床。昨日この部屋に入ったときは誰もいなかったが、夜戻ってきたらチベタン巡礼者でベッドが埋まっていた。みんな半分布団に入っていたので、このまま寝るものだと思い、僕もかなり早いが寝る準備をして寝袋に入ったのだが、彼らはしばらくしてから起きだして部屋で夕食をとり始めた。食後もずーっと歓談が続いたため、昨日はなかなか眠れない夜を過ごすことになった。悪気はないけど遠慮もないのが西蔵流だから仕方がない。
今日は1日かけてラサに戻るだけ。昨日、宿の小姐に聞いたところでは朝8時にバスが出ると言っていたが、8時はまだ薄暗くバス周辺には誰もいなかった。相変わらずいい加減な情報ばかり…。聞けば同室のチベタンも朝のバスでラサに戻ると言うので、彼らと一緒にいれば問題ないだろう。8時半近くにみんな出発したのでついていくと、バスに人が集まりだしたところだった。9時頃満席になって出発。行きは40元だったが帰りは35元だ(違うバス)。
来た道を戻ってツェタンまで行き、ここからユンブ・ラガンと昌珠寺に寄る。特にユンブ・ラガンは行ってみたかった寺なのでラッキーだ。イメージより小さい寺だったが、小高い丘のてっぺんに建つ姿はとても絵になる。各寺には一応チケットの値段が貼ってあるが、誰も払う人はいない。帰りのバスには1人白人が乗っていたが、彼も入場料を請求されることはなかった。
最後にネタン・ドルマ・ラカンに寄ってラサには5時近くに到着。1日経ち、雪はほとんど姿を消していた。荷物を引き取って前に泊まっていた部屋に入る。それからシャワーを浴び、しもやけの指をマッサージ。こないだ写真を見て「痩せたねー」というメールをもらったので、久々に体重計に乗ってみたら54kgしかなかった。確かに痩せてる。1日2食とはいえ中華料理を食べているので、体重はあまり変わってないとばかり思っていたが、4ヶ月で8kgも減っていた。かなりビックリ!
↓サムイエ寺のマニ車
今日はサムイエ寺へ泊まりで出かけるので6時半に起床。準備を済ませ宿のドアを開けると
雪!ついにラサにも雪が降った。いよいよ冬の到来ということか。積雪は7cmくらい。予定通りバスが出るのか不安になってきたが、とりあえずバス停まで行ってみる。すると普通にサムイエ寺行バスに案内されたので、運行停止ということはないのだろう。しかし、7時に乗車したバスはなかなか出発せず(これが雪の影響なのか、いつものことなのかは不明だが)、氷点下のバス車内で2時間以上待たされる。
9時過ぎにようやく出発、このバスも巡礼者で満員。ラサ市内では朝からせっせと雪かきをしているが、歩道はともかく車道の雪が意外と溶けない。東京あたりで雪が降っても、車が通りだせば轍ができて車道から雪がなくなっていくものだが、ここは反対だ。それだけ気温、路面温度が低いということなのだろう。市内を走っている間にタクシー事故2件遭遇。こんな状況でもタイヤチェーンをつけている車などほとんど見当たらないから当然か…。自分のバスが事故らないことを祈るのみ。
しかし、ラサ市内を抜けるころ眠ってしまった僕が1時間後に目を覚ますと雪はなくなっていた。というか、ラサの南ではほとんど降っていなかったようだ。よかった~、バスも快調に走っていく。周囲の山には新雪がついていて寒々しいが美しい。曲水の町を過ぎ、シガツェ方面へと続く中尼公路と分かれると、あとはヤルンツァンポ川沿いに東へ進むだけ。数年前まではサムイエ寺に行く場合、対岸からボートに乗って川を渡らなければならなかったようだが、最近は橋が架かったためバス一本で行けるようになったらしい。
ゴンカルの空港まで2時間弱、チベタン巡礼者は飛行機が珍しいようで身を乗り出して滑走路を眺めていたが、残念ながら飛行機の姿はなかった。空港からサムイエは50~60kmくらいだと思うが、一向に橋が見当たらない。1時間半以上たち、どうなってるんだろー、と思ったらもうツェタンの町に入ってしまった。え~、サムイエ過ぎちゃったよ!と思ったが、それは早とちりで、実は橋がツェタンの先に架かっていたのだ。超大回りだが仕方がない。
橋を渡ったら未舗装道路に変わり、バスはガタガタと揺れながら進む。橋からサムイエまでは約45km。川の北岸は砂丘が多く、途中の集落は1つだけ(たぶん)。この道も完全にサムイエ寺のためにあるようなものだ。
3時前にサムイエ寺到着。皆が泊まる桑耶寺旅館に入ろうと思ったが、登記で混んでいたので先に昼食をとることにする。東門を出て、チベタン食堂で炒飯を食べ、宿にチェックイン。スプリングベッドのドミ部屋だが、巡礼者の中には寺の敷地内で野宿(焚き火&毛布だけ…)する人も多いので、とてもぜいたくはいえない。
持参したネスカフェを飲んでからいよいよサムイエ寺へ。ここは寺(本殿ではなく全ての建物で)自体がマンダラを表しているという非常にユニークなところだが、それは上から全体を眺めないと分からず、地上レベルだとやけに広々とした敷地に建物が点在しているなというくらいにしか感じない。メインの建物であるサムイエ・ウツェは5階建で見事な壁画が楽しめる。この寺の面白いところは寺の中に内部コルラ道があり、お堂の裏を回って1周するようになっているところだ(こんなの通ってみる人も少ないと思うが…)。内部コルラ周りにも壁画が描かれているのだが、暗くてほとんど見えないのが残念。仏像は他の寺に比べ立像が多いように思った。僕的には入口左にあるお堂の千手観音菩薩像が印象に残った。
サムイエ・ウツェを出て、コルラしつつ敷地内に点在するお堂やチョルテンを巡る。回っていて、そういえば今まで行った寺は(ジョカン以外)みんな斜面に建てられていたなぁと気づく。その点からもこの寺はジョカン並に特別な存在なのかもしれない。
ほぼ全ての建物を回り終わった頃、もう5時半を過ぎていたので、一度敷地の外に出て近くにあるヘポリ山に登り、この立体マンダラ寺を上から眺めることにする。ガイドブックには必見みたいに書いてあるが、ご利益を求める巡礼者の興味を惹くものではないらしく、誰も登っていなかった。おかげで僕はこの立体マンダラとヤルンツァンポ川、そしてさらに向こうに連なる雪山という絶景を独り占めすることができた。
↓ヘポリから見たサムイエ寺
今日は9時頃起床して洗濯、写真現像等雑用を済ませてからパボンカ寺、チュプサン尼僧院に行ってみる。前にセラ寺に行った帰り寄ってみようかと思いつつ、見るからに遠そうだったのでやめたところだ。
ミニバスを降りて、寺へ向かって歩き始める。村を越え、山の中腹にあるパボンカ寺までの道をゆっくり登る。今日は雲が多く、あまり日差しは強くないが、歩いていると汗がにじんでくる。40分ほどでパボンカ寺到着。思ったより早かった。
ここの見所は大きな岩の上に建てられた寺(パボンカ・ポタン)とソンツェン・ガンポ王が瞑想したお堂だが、内部は他の寺とあまり変わらない。パボンカ寺から右上に見えるタシ・チューリン寺までまた坂道を上がっていく。今日は寺巡りというよりもハイキングだ。パボンカ寺の標高は約3800m、タシ・チューリン寺はちょうど4000mくらいあり、さくさくとは歩けない。周囲には荒涼とした風景が広がり(ラサ郊外はどこもこんなだが…)放牧されたヤクがのんびりと草を食んでいる。タシ・チューリン寺までは約30分、そこからチュプサン尼僧院までは巡礼道を外れ、直線ルートを通って20分ほどで到着。遠めに見るより小さい尼寺だ。長髪の男を見て女と見分けがつかなくなることはまずないが、女が坊主頭にすると一見男に見える人も多い(ように思う)。チベタンだから???
1時過ぎに着いたのだが、坊さん(男)が説教をしていたので、入るのを遠慮していた。説教も終わり、読経になったので、尼さんの視線を集めながらいつものように堂内を一周してお参り。出ようとしたら、一人の尼さんに「ドコカラキマシタカ?」と聞かれた。その時点で向こうは日本人と見当がついているわけだが(笑)、日本と答える。そしたら、英語でバター茶を飲みますかと勧められたので、尼さんが並ぶ端っこの席に座らせてもらい、お茶をいただく。トリンレィという尼さんが英語を話すので、彼女としばらくこそこそ会話をする。その間も他の尼さん達の視線がこっちに集まっているのを感じる。
期せずして昼食時間になり、一緒に末席で昼食までご馳走になる。本日のメニューはご飯に麻婆春雨みたいな具をかけたぶっかけご飯。ベジタリアン用と肉入りと2種類が作られていて、肉を食べられますかと聞いてくれた。なかなかおいしく、勧められるままおかわりしたら、隣の尼さんがくすっと笑っていた。髪を剃ると年齢不詳になってしまうが、笑顔はかわいかった。さすがに三杯目は遠慮してチベット語で「もう結構(デクソン)」と言ったら周りの数人に受けたので、ちゃんと通じたようだ。食事中はみんな静かで、ワイワイ話をしながらという雰囲気はないので、僕らもこそこそ話す。こういったところは尼寺の方が普通の(男)寺より統制がとれているように思える。
食後、またバター茶をご馳走になる。感謝の気持ちをこめて、旅人(ワンダラー)名刺の裏にチベット語で「ありがとう」と書いてトリンレィに渡した。トリンレィもメアドを持っていて(!)僕に渡してくれた。みんなの食事が終わるとまた読経が始まったので、お礼をいって失礼する。とても楽しいひとときだった。
帰りにバルコルの露店で数珠を購入(12元)。香格里拉で買ったやつはぱっと見きれいだったが、実は白い石に塗装してあるやつで塗装がはげてきたうえ、昨日糸が切れてしまったのだ。数珠を買うときは壁など硬いところで表面を擦ってみて塗装モノじゃないかチェックして買いましょう。
↓岩の上に建てられたパボンカ・ポタン
今日はチベット仏教最大派閥であるゲルク派の総本山ガンデン寺へ行く。
6時過ぎに起床し、30分後には巡礼者でごったがえすバスに乗って出発。もちろん真っ暗、そして寒い!麓の分岐点までは1時間足らず、その後500mの標高差をジグザグに30分登る。結局、まだ薄暗い8時前に寺に着いてしまった。冬季は出発時間を変更するとか考えないんだろうか???
寺が開くのは9時なので、巡礼者の後についてコルラ道を歩く。キチュ川を見ながら歩くこのコルラ道はとてもいい眺めなので、明るくなってからもう一度歩いてみよう。30分ちょっとで1周し、自然と寺の敷地内に入ってしまう。ということで、ここも無銭入場。おそらく寺もこの時期は観光客が少なく、巡礼者が多いのでチケットなんかあまり気にしていないのだと思う。
見晴らしのいいところに上がり、雪の残る山から上るご来光を眺める。まず光の筋が寺の方へ差し込んできて、それから太陽が現れる。その瞬間、寒さに凍える全ての生物にエネルギーが注がれる。光の筋が放射線状に広がってウルトラマンが出てきそう。なぜかそれを見ていたら、涙が出てきた。この数週間、太陽(そしてホットシャワー(笑))のありがたみをつくづく感じていたので、日の出を見てウルウルきちゃったのかなぁ。
9時になり寺が開いたので、見学開始。この寺はダライ・ラマを筆頭とするゲルク派ではあるが、ダライ・ラマの像はなく、開祖ツォンカパ&その高弟2人の3点セット仏像がとても目立つ。ここは文化大革命による破壊がもっとも激しかったところなので、まだ再建中の建物もあり、壁画や仏像もオリジナルはほとんど残ってないようだが、それでも見応えは十分ある。今までに行った寺と構造を異にする部分も多かった。一番ゴージャスなのはツオンカパの黄金霊塔で、ポタラ宮にあるダライ・ラマ5世のものには及ばないがかなりの大きさだ(なお、これもオリジナルは破壊された)。
2時間ほどで一通り回って、寺全体を見下ろせる丘に登ってみる。標高4400m近いので、呼吸は楽ではないが、眺めは素晴らしい。ここを下り、またコルラ道を歩いて帰りのバスを待つ。1時20分頃帰りのバスに乗ってラサへ。何となくワインを飲みたくなったので、チベットワインを購入。400円くらいだがなかなかうまかった。
↓ガンデン寺から眺めるご来光
ラサについて10日が過ぎたこともあり、久しぶりに宿を換えてみた。移った先は最近できたと思われるユースホステル。清潔なのに利用者が少なく快適。人の入ってないドミルームを選んで泊まり、実質シングル利用で20元。ここも洗濯無料のうえ、ネット1時間無料という特典付だ。ドミだとカギをくれないので、いちいち小姐に言って開けてもらうのがちょっと面倒。寒いのはどこも一緒だから仕方ないだろう。
今日は日曜で寺にも行かなかったので、本の感想でも書いておこう。ディクンティゴンパへ行っていた間と昨夜で遠藤周作の「深い河」を読んだ。旅行者にはよく読まれている本らしい。「転生」が一つのテーマになっているので、そんな本をここラサで読むことになったのことに何かの縁を感じる。また、舞台はインドのバラナシなので、これからそこへ向かう身の自分にとって楽しみが大きくふくらんだ。
特に印象に残った部分は「玉ねぎがヨーロッパの基督教だけでなくヒンズー教の中にも、仏教の中にも、生きておられると思うからです。」という一節だ。いろんな所に行っていろんな宗教の人々に会い、そして宗教の違いがもたらした悲劇の遺産をいくつも目にして、僕なりに思ったことも同じようなことだ。いろんな宗教において、それぞれの神を持っているが、人々の心の支えという意味では同じような存在なのだろう。ただ、いろんな場所、時代で神の子や預言者が現れて、その時代の人々の心をさらっていってしまう(そして、今でも新興宗教といわれる名前でいろんな宗教が生まれている)というのはとても不思議だ。また、なぜそれらの多くは他の宗教を認めないのだろう(この点は宗教を運用する人間に問題があるのかもしれないが…)。
「玉ねぎが今、生きていたとして、こも憎しみの世界には何の役にも立たない」その通りだと思う。しかし、信仰を持つ人々の心の中に玉ねぎは生きていて、救済を与えているのだろう。物語はヒンドゥー教の聖地であり、物乞いがあふれ、毎日多くの人々が行き倒れになるバラナシという地が舞台になっているが、信仰という点では、ラサの巡礼者を見ていてもいろいろ考えさせられることはある。楽しそうに五体投地を繰り返す人々、一心不乱にご利益を求めて額を仏様に擦りつける人々、物乞いをしながら巡礼を続ける人々。彼らを動かしているのもやはり信仰なのだ。
なお、これを読み終わった後で、宇多田ヒカルのDeep Riverを聴いてみたら「何度も姿を変えて…」なんて歌詞があったので、もしかしたらHikkiもこの本を読んだのかななんて思った(←CDの解説に書いてあったら失礼)。
↓洟垂れチベタン少女
8時半頃起きて、外の様子を見るが、人通りもなく、まだ店も閉まっている。バスが来そうな雰囲気は全くない。ただ、いつ来てもすぐ出られるように荷造りだけしておく。連れの子は昨日から寒い寒いばかり繰り返している。それでも僕が荷造りまでしているのを見て何とか寝袋から出て支度をしていた。氷点下の部屋でぼけーっといつ来るか分からないバスを待つ。何度か外へ出てみたが車が通る気配はない。
10時近くなって下の食堂が開いたので宿代を払うついでに寄り、暖をとりつつ朝食。10時半頃、いくら待ってもバスが来ないので、とりあえず温泉への分岐点まで歩くことにして食堂を出る。するとラサ側からバスがやって来た。しかし、このバスは今日ラサへ戻るのだろうか?と思って見ていると100mほど先でUターンしたので、すかさず駆け寄ってどこ行き?と聞くとラサの返事。早速乗り込む、これで1日ムダにしなくて済んだ。隣のチベット人はチベットGood、中国Badと盛んに言っていた。車内にいるのはみんなチベタンだからいいが、下手に同意するのも危ないなぁなんて思って半分聞き流す。
来たときと同じルートを通ってメルドグンカルでしばらく停車。車内の人はほとんど降りてお菓子を買って食べている。僕も降りてしばらく足を伸ばしていたが、連れの子は車内に残っていた。バスにほぼ全員戻って来たころに彼女は「いいなぁ、みんなおやつ食べて…」なんて言ってるので、だったら買ってくりゃいいじゃんと言うと、もう微妙な時間みたいだしいいと言う。この子は一人旅に来ていて、いちいち人にオファーを受けるのを待ってるのだろうか?僕は昨日あたりから一人で来なかったことを少し後悔していたが、今日になって本当にイヤになってきた。(遠慮もあるのかもしれないが)自分で行動できないなら一人で旅になんて来なければいいのにと思う。チベタンと話したいなら、本に書いてある程度のチベット語、中国語を覚えて話せばいいのに、そんな努力はせず何言ってるのか分からないと聞いてくる。だったらツアーに入ってガイドにでも聞いてくれ…。
普通の「優しい男」ならこういう時こそとばかりに、気を配って親切に振舞うのだろうが、僕にはそんな真似はできない。自他共に認める「女心の分からない男」だから仕方がない。
バスが発車して30分ちょっとでガンデン寺の麓に着く。ラサに帰る途中にこの寺があるので、寄って行こうと話していたのだ。寺は山沿いに建てられていて標高差500mもある。もう2時だったので、歩いて行く時間はないかなと思って、先に寺への道までさっさと歩き、車をヒッチできないか待つが、さすがに時間が遅すぎるようだ。彼女はとぼとぼと歩いてきて、数分後到着。歩ける?と聞くと、ダメ、帰りますというので、一緒にラサへ戻ることにする。
幸い、すぐラサ行のバスが来たのでそれに乗って帰る。昨日から彼女の荷物を持っていたので宿まで送っていったが、彼女も気まずい雰囲気を感じていたらしく、荷物を受け取ると挨拶もそこそこに部屋へ帰っていった。やっぱり俺は一人がいいや。環境が苛酷であればあるほど、誰かと一緒にいると疲れるということを再認識した。もちろん、気があって自分と同程度の能力がある相手なら大歓迎だけど…。
↓雪が降る前後の景色
7時過ぎに起床、外へ出ると一面の雪景色だった。積雪は数センチだが、見渡す限り真っ白の世界になっている。11月下旬にして銀世界を見ることになってしまった。美しいけど寒い(涙)。
雪はちらほらと舞っている程度だったので、明るくなるのを待って 鳥葬場へ行ってみる。昨日の後遺症はないようで普通に歩くことができた。連れの子はとぼとぼと歩くので、少し行っては待ち、また歩き出すを繰り返す。
30分ほどコルラ道を歩くと、大きなハゲワシ達が尾根上で羽を休めているのが見えてきた。やんでいた雪が再び降りだし、風も出てきて耳が痛い。さらに10分ほど歩いて尾根線上の鳥葬場の囲いに到着。
雪のためか遺体がないからかは不明だが、この日は鳥葬は行われていなかった。しかし、鳥葬を見に来たにも関わらず、銀世界の中に黒いカラスの一団が固まって遺体の残りらしきものをつつきあっているのを見たら、見なくてほっとした気持ちになった。きっと、大きな塊をまずハゲワシが食べ、その残りをカラスが食べるのだろう。人間も生きている間は他の動植物を食べるだけ食べ、死してようやく食物連鎖に加わるのだなぁと思った。火葬になってしまえば、消費するだけの動物でしかないのだが…。鳥葬場とすぐ上にあるタルチョを眺めていたら、自然と手を合わせていた。鳥葬の習慣も近い将来この世界からなくなってしまうのだろう。
雪と風が強くなってきたので、ハゲワシをカメラに収め少し急いで戻る。しかし、最近のデジカメはよくこの寒さの中でまともに動くものだ。感心しきり。俺がカメラだったら絶対ムリ。帰りがけに上がってきた中国人の観光客グループに出会う。彼らも鳥葬を見にきたということだが、今日はないよと教えてやった。彼らの足跡を辿って、来たときとは別の道を通って寺の旅館に戻る。すっかり冷え切ってしまったので、しばらく火にあたってお茶をいただいてから昼近くになって部屋へ戻る。
雪はまだやまないので移動はできない。しばらく昼寝して、1時頃目覚めたら日が差していて、雪もかなり消えていた。太陽の力は本当にスゴイと思う。ぬくぬくとした日が入る部屋でしばらく日記を書いたりして過ごす。連れの子はずっと寝ていた。
3時になって、(自分達が乗ってきた)ラサを朝出て翌朝帰るバスが来ないので、宿のオヤジに聞くと。今日はもう来ない、明日の朝、下の町から出ると言う。下の町を見てもバスが止まっている様子はなかったが、明朝暗いうちから移動するのは寒く、かったるいので荷物をまとめてオヤジ達にカギを返して下の町へ移動。
門巴の村には宿が3軒あったが、どこも見た目は開いていなかった。食堂併設の招待所の部屋を開けてもらい、15元を値切って10元/床でチェックイン。荷物を置いて少し村を見て回り、お湯をもらって部屋へ戻る。隣の大部屋に電気ストーブがあるのを発見し、暖をとりながら持参のカップラーメンを食べる。冷えないうちに寝袋に入る。
↓寒さに震える(?)ハゲワシ
今日は鳥葬で有名なディクンティゴンパへ行く。まだ星が輝く6時半に起床、洗顔、パッキングを済ませチェックアウト。荷物預かりは無料だったが、朝早く起こされめちゃめちゃ機嫌が悪そうだったので、この宿ももうやめようと思う。
7時に連れの日本人(女)と待ち合わせのバス停で会い、15分ほどバスターミナル行ミニバスを待つが、来ないのでタクシーを使う。ディクンティゴンパ行バスのチケットを買おうと窓口に並ぶが待てと言われて20分。切符を買わないままバスに連れて行かれると既にほぼ満席になっていた。
さらに数人が乗り込み満席+数人で8時半頃出発。客は僕ら以外は全員チベタン。車内は寒いが、道は舗装道で快適に東へと進む。1時間ほどでメルドグンカルの町に到着、その先ディグン・ゾンで食事休憩をとって2時過ぎにディクンティゴンパ到着。
谷沿いにずーっと進んできたが、ゴンパの少し先にある村でこの道も終わるようだった。地の果てに来たような寒々しい景色が広がる。ゴンパは斜面に建てられていて、見晴らしは最高だ。ただ、寺自体は入口に大きなお堂があるくらいであまり見て回るようなところはなかった。
まだ時間が早いので、10数キロ離れたところにあるテルドム温泉へ行ってみる。寺併設の旅館に荷物を置いて下の村(門巴)まで、近道を下り、そこから温泉方面への分岐点まで歩く。風が強くて耳がちぎれそうに痛い。分岐に着いてヒッチトライ。数分すると公安の車が来て無料で乗せてくれた。こんな幸運は滅多にない。しかも、彼らも温泉に行くところだったので、休憩部屋も一緒に使わせてくれた。
そして楽しみにしていた温泉へ。まさに天国、超気持ちいい~(^^A お湯は澄んでいて、下からぶくぶく湧いている。少し温めだが深いので肩までゆったりつかれる。チベタンの親子がいたが、子供は風呂に慣れていないからか湯につかるのを嫌がって泣いていた。習慣というのは面白いもんだ。僕には天国のように思えるこの温泉がイヤでたまらない人もいるのだから。
中国人に付き合って長湯をしてしまい、風呂から上がったら、くらくらっと意識が遠くなってその場にしゃがみこんでしまった。少しのぼせることはあってもこんな体験は初めてだ。周りの人に介抱され、ベンチに座らせてもらい、毛布を体に巻きつけた状態で落ち着くのを待つ。あ~カッコ悪い日本人…。吐き気もあって、時間がたてば元に戻るのかすごく不安だった。しばらく休んだら、何とか歩ける程度になったので、部屋へ戻りそのままの状態で横になって休む。公安の人たちはとても親切で薬や水をくれ、休んでろと言ってくれた。
1時間くらい休んでようやく回復。また彼らに送ってもらいヒッチした場所に戻る。もう6時で少しくらくなりつつある。寺に向かって歩いて帰っていると、トラックが来たのでまたヒッチ。今度もタダで乗せてくれた。今日はとてもラッキー日だ、それとも女の子がいるとこんなもんなのだろうか???
門巴の村から寺まで近道(急登)を通って歩く。しかし、連れの足どりは重く、あっという間に日が暮れてしまった。たまたま持っていたマグライトが役に立った。僕も最初は普通に連れを引っ張って登っていたが、だんだん意識が遠くなるような感覚と吐き気が出てきた。標高4400mくらいで高山病になるなんて…さっきの温泉が体に影響しているのだろう。
何とか8時過ぎに寺に到着。ベッドにへたりこんでしまった。
↓温泉のある村
今日は水曜日、水曜は街の至るところで香(サン)が焚かれ、とても煙い(ダライ・ラマに関係するいわくのある日らしい)。特にジョカン周辺はいぶされているような状態になる。そういえば、先週ここに着いた日もこんな煙い朝だった。ちょうど1週間たったんだなぁ。
朝、再びジョカンに行ってみると、前回訪問時よりずーっと長い行列ができていたので内院へ入るのはあきらめる。
昨夜は日本人3人でちょっとリッチな夕食&ケーキを食べ、至福の時を過ごす。それから、彼らの持っていた新しいガイドブックを見せてもらったら、今日行くつもりにしていた寺院のお目当ての活仏(仏の生まれ変わり)が4年前にインドに亡命していることが分かり、だったら行ってもしょうがないなぁと予定変更したのだった。というわけで、本日は特にどこへ行くと決めていなかった。
ジョカンを出てヤクホテルの掲示板を見ていたら、昨日一緒だった日本人がヤクに移るということで来ていたので、チェックインに付き合い、それから一緒に朝食を取る。美味いイスラム系食堂を発見したので、そこで朝食にした。
食後、彼女に新しいガイドブックを借りたので、宿の日なたでそれをしばらく読んでから再び街へ。今まで行ってなかった近くの小さな寺をいくつか回り、チャンポ山裏にある岩絵を見てから、ポタラ宮裏にある巡礼路を半分コルラする。それだけで3時間近くかかってしまった。
明日は泊りがけで鳥葬を見に行く予定なので、スーパーで買出しをして帰る。これからのスケジュールをいろいろ考えたが、とりあえず26日にある祭りは見てみたいので、それまでラサ滞在し、27日からシガツェ方面へ下り、ネパールを目指すことにした。
あと1週間以上あるんだよなぁ…。
↓巡礼に来た女の子達
今朝は早起きして7時のバスでツルプ寺へ行くつもりだったが、布団から出れず、9時起床。
洗顔をすると頬が痛い。ここの強力な紫外線と乾燥で肌がやられているのかもしれない。気をつけなければ、チベタンほっぺ(タケちゃんマンみたいなもの)になってしまう。
近く食堂で情報ノートを見ながら朝食。チベットの情報ノートは貴重だと思うが、なぜか情報が少ない。店を出たら、昨日会った日本人の女の子とバッタリ。11月26日に祭りがあるという情報を得る。あと10日…微妙だなぁ。
それからセラ寺へ行く。ここはデプン寺と並ぶ巨大僧院でかつては5000人くらいの僧が在籍していたという。日本人で初めてチベットに入った川口慧海もかつてここで学んでいる。こないだデプン寺に行ったとき、坊さん自身が入場料は政府の収入と言ってたので、無銭入場にも罪悪感がなくなった。今日も入場券売場のある門に直行せず塀を回るコルラ道に向かい、どこかから入れないか探す。たまたま来たのだが、寺の裏山には多くの岩絵が描かれており、その中の1つは自分の持っているガイドブック(ロンプラ)の表紙に使われているものだった。
3/4周したところで入口発見。こっそりと寺の敷地へに入る。あとはいつものように寺を右回りで見ていく。途中で坊さんにふかしイモをごちそうになった。河口慧海を知ってるかと聞いたら「知らん」と言われガッカリ。日本人にとってはヒーローでも、こっちの人には知られていないようだ。一番奥の僧院に日本の坊さん(?)が寄贈した河口慧海の仏塔があり、日本語の説明もつけられていた。
今日この寺で、実はチベット寺院はほとんど同じ造りなのだなぁということに気づいてしまった。見た目も中もほとんど基本的な構造は同じ。違いは何が祀られているかということにつきるみたい。そのため、デプン寺に行ったときの熱心さが自分にないのが分かる。もっと仏教について詳しく知っていれば、面白さも違ってくるのだろうが…。あぁこの仏像はマンジュシュリ(文殊菩薩)だな~、右がダライ・ラマ5世かな、なんて具合に仏像や壁画を見てどの仏なのか分かるようになれば、ちょっとは楽しいかな。坊さんは皆それくらい分かるのだろうか?たまに仏像を見ていると、グル・リンポチェだよとか教えてくれる人もいるが、あれは自分の管轄仏像だから知ってるのか、あるいは見りゃどの仏かくらい分かるのだろうか?今度、聞いてみよう。
3時前に見学終了。寺周辺にはチベタン食堂が多かったので、チベット餃子「モモ」を食べてみる。見たまんまの皮厚餃子だった(笑)。チベット語を使って注文してみて、小姐にも受けていたが、会計したらしっかりぼられていた(涙)。茶一杯で5角もとるなよ。値段確認しなかったから仕方がないけど…。
チベタン小姐はなかなか可愛いコが多い。紫外線で肌がボロボロになる前に日本に連れてきたいなと思う少女も見かける。でも、写真はなかなか撮らせてくれないのが残念。
食後、ある商店の看板に「あゆ」が使われているのに気づく、昆明以来のあゆ看板だ。これってちゃんと第5季とかいう清涼飲料と契約してるんだろうか、やっぱり合成かな。ここは中国だから…。
↓ラサの町で見かけた「あゆ」:中国名 濱崎歩(ビンチー・ブー)
今日は月曜日、まずはネパール大使館へビザを取りに行き、それからセラ寺へ行くことにする。
9時半頃出かけようとしたら来客。本を交換してくださいという張り紙を見て来てくれた日本人だ。彼がこれから行こうとしているルートは僕が来たルートだったので、しばらく情報交換。
今、ラサにはほとんど日本人旅行者はいないようだ。彼は現在ユースホステルの24人部屋に1人で滞在しているとのこと(涙)。
1時間くらいしゃべっていたので、11時近くなって大使館へ出発。そして、ネパール大使館に着いたら、何と30人くらいの列!旅行者以外でネパールに行く人がこんなにいるとは思わなかった。中国人も外国人も同じ扱いらしく、中国の公安に最後尾につくよう言われる。しばらく待っていると公安が去った。すると、行列は堰を切ったように部屋へなだれ込み、大混乱状態になった。まさに中国人根性むきだし無秩序さ。ここの公安は非常に不親切(というか嫌がらせ?)で他の人が持っている申請用紙をくれない。自分で取れとかいう。あれだけの人間が窓口に殺到しているのに取りにいけるかこのブター!しばらく様子を見ていたが、あまりの大混雑に大使館のオヤジが窓口を閉めてしまった。時刻はもう11時半、受付は12時までなのでどうやっても今日はムリだろう、あきらめて帰る。ネパールビザは国境でもとれるらしいが、国境では大きな荷物もあり、さっさと越えたいので事前に取得しようと思ったのだが、この有様では…明日早く来てもどうなるか分からないので、国境で取ることにする。なお、この混雑は、前の金曜がネパールの祝日で、たまたま三連休明けだったから異常な状態だったのかもしれない。
セラ寺へ行こうと思ったが、ちょうど昼休みにあたりそうだったので、今日はやめてツーリストレストランで昼食をとって情報ノートをチェック。感想文ばかりで思ったほどの情報がない。時間があったので、雲南~ラサルートの情報を記入しておいた。
今日は日差しが暖かいので一度、宿に帰って1時間くらい布団を干しながら読書。この宿は部屋の向きが日当たりの悪いほうに向いているのがもったいない。それからバルコル周辺で昨日博物館で見たナイフ&箸セットのアンティークを探す。数点見つかったが、言い値で250元以上…30元くらいで買えないかなぁという目論見は完全に外れた。
あとは夕方まで町をブラブラして過ごす。ラサの町もチベタンエリアは大体行きつくした感じだ。
↓お坊さん(もしかしたら尼さん?)
今日は日曜で寺院が開いてるか分からなかったので、のんびり起床し洗濯をしてからバス情報をチェックにバスターミナルへ向かう。
まず、東BTへ行く。ここで、予定していたディクンティ・ゴンパ行があることを確認、それからノルブリンカ、博物館へ向かうべくミニバスに乗る…が、乗客の集まりが悪かったせいかよく分からないが、ラサホテル近くで全員降ろされてしまった。おかげで2元浮いて、歩いてノルブリンカへ行く。途中、ムスリム食堂で干伴麺を食べる。新彊のラグ麺みたいで懐かしい味、しかも5元と安かった(^^)。
しかし…その後が悪かった。持参のLonelyPlanetによれば日曜は1元のはずのノルブリンカなのだが、行ってみると日曜割引も学割もなく、なんと60元!
その瞬間、行くのをやめる。中国政府の観光地入場料の決め方にはホントに頭にくる。それでも金払って入る漢族がいるからしょうがないんだけど…。多分、今の漢族ツアー旅行者は一昔前の日本人旅行者グループと同じで、行きたいところはあるけど自分では手配できない(だから言い値で金を払う)という集団なのだろう。
ノルブリンカをやめ、すぐ向かいの西蔵博物館へ行く。ここは一般30元だが、学割で5元、助かるなぁ…ラサで唯一残っている学割ポイントじゃないの?モダンで英語の説明もあり、なかなかいい博物館だったと思う。しかし、2時間くらいいたが、客は僕含め2人。あのジョカンの混雑は何だったんだ…芸術としてチベット文化を見る人はよっぽど少ないのだろう。毛沢東からダライ・ラマへの書簡なんて貴重だと思うんだけどなぁ。
ここを出て長距離BTに寄って、バス情報チェックその2。ナムツェ、ヤムドク湖行バスはなしとのことだ…残念。
ラサ観光スポットの値段は高すぎる。
主なところは以下のとおり。
ポタラ宮…100元
ノルブリンカ…60元
ジョカン…言い値(チケットブースはあるが概ね無料)
ラモチェ…20元
デプン寺…35元
タラルグ寺…15元
博物館…30元(学割5元)
などなど日本円にすりゃ大したことないじゃんと言われればそれまでだが、現地の物価と比べると取りすぎだと思う。雲南省では、一番高かったのが石林の80元(学割55元)だったかな。
帰りがけ、The North Faceのヌプツェ(ダウンジャケット)を買おうと数軒で値段交渉をする。180元でいいとこかなと思い、今、金ないから明日また来るよと言って宿へ帰った。そしたら、宿のメイドのおばさんが全く同じものを着ていたので、いくらで買ったか聞くと「これよくないよ~。安いけど、毛がどんどん出てくる、見てみな。買わないほうがいいよ!」とのお言葉…購入意欲が失せたのは言うまでもない。ニセモノだから質なんか関係ないじゃんという気もするが、(本物を知らない)ローカルがダメ出しするくらいだから、よっぽどダメなんだろう。
↓デプン寺の壁画
昨日、珍しくなかなか眠れなかったので、今日はゆっくり起きてラサ郊外にあるデプン寺に行くことにする。ここはかつて1万人もの僧が学んだ大きな僧院だが、例にもれず文化大革命後、僧は激減、現在は500~600人ほどらしい。
ミニバスで寺の麓まで行って、そこから20分くらい歩くと駐車場があり、左に入口がある。入口とチケット売場が離れていたので、チケット買わずに入ってみる。問題なく入れた。後でここの青年僧に聞いたところでは、入場券の収入は政府のものなので寺はあまり気にしてないらしい。それよりもお賽銭収入の方が重要なのだろう。
寺の敷地は広く、最初の建物に入るまでにかなり坂道を上がらなければならない。途中で水力マニ車(笑)を発見した。マニ車は人が回さないと意味がないと思うけど…。
ポタラ宮ができるまでダライ・ラマの居城だったガンデン宮殿を出て大集会場(ツォクテン)へ。今ではこの大きな集会場を使うことはほとんどないらしいが、ここにかつて1万の僧が集まってお経を読んでいた風景を想像してみる。寺の様子は昔も今も大して変わらないんだろう。
僕的にはここは今まで見たチベット寺院の部屋の中で一番気に入った。まず、かなり明るい。たいていの寺は小さな窓から差し込む自然光(これが香の煙にあたるとくっきりとした光線になりとても美しい)にしょぼい白熱球、それにバター灯明の明りしかないので、かなり暗い。そのため、壁画などはあまりよく見えないのだ。この寺はわりかし明るく、ガイドブックを読みながら壁画に描かれている仏を確認したりすることができた、また、巡礼者も少なく落ち着いて回ることができた。仏像も魅力的なものが多い。これからラサ見物をする人はポタラ宮やジョカンに行く前にここを見て寺院の様子を知っとくのがいいかもしれない。
ここがメインの建物で、後は大学(学堂)が4つ、その他こまごまとしたお堂がたくさんあり、ゆっくり見ていたら全部回るのに4時間近くかかってしまった。僕もチベット寺見学に慣れてきたので、数珠を片手に、大事な仏には額を擦りつけ、適度にお賽銭(基本は1角=約1.4円)をあげ、1角札がなくなったら賽銭箱から両替したりと、すっかりエセ仏教徒ぶりが身についてきた(と思う)。
見学途中で少し話をした青海省から来たチベット人青年(多少英語を話す)とその友人(ここの青年僧)と出口でまた会い、ラサの印象などを話す。彼らが僧坊に招いてくれたので遠慮なくお邪魔してお茶とチベットパンをごちそうになる。彼の部屋は4畳半くらいでスペースは狭いが、ちゃんとプロパンガスとコンロがあって何か作ろうか?と言ってくれた。僧侶は共同生活かと思っていたが、ここでは一人一部屋与えられるんだそうだ。また、チベット仏教に限らず仏教の僧侶がきたら無料で宿泊、食事ができるらしい。その他にもチベットにまつわるいろいろ興味深い話を聞かせてくれた。日本の地震はどうだった?と聞かれたのにはちょっとビックリ(笑)。
お礼を言って彼らと別れ、近くにあるネチュン寺というもう一つの寺を見る。ここは密教的な雰囲気が漂う面白い寺だったが、もう5時近くで閉館の雰囲気だったので、そそくさと見て帰る。いい1日だった。
↓バター灯明
今日はいよいよポタラ宮へ行く。昨日、ドミで同室だった白人の話だと、仏教に通じている人なら非常に興味深いものなのだろうけど、一般の観光客としてはどうかな、見ることができる部分はほんの一部だし…100元はとりすぎだよ、ということだった。ま、ここまで来て見ないという選択肢はないだろう。学割があれば50元だし。
8時過ぎに起きて出発。歩いていったら意外と時間がかかり、入場口に着いたのは9時半近くなっていた。途中、揚げパンを買ってかじりながら行ったら、物乞いの子供が来たので一口ちぎってやった。すると、それを見ていた他の子がどっとやって来た。お前らみんなにやったら俺の食べるとことなくなるだろ、と振り切って逃げる。ポタラ宮の周りも朝から巡礼者がコルラをし、正面では五体投地をする人あり、そしてただ座って手を差し出す物乞いの集団ありという状態だ。
さて、入場券を購入しようとしたら、学割「メイヨウ」だと言う。去年夏の情報で学割OKということだったのに…。100元かぁ高すぎ。何で炒飯5元で入場券100元なんだよ。やめよっかなーと帰りかけると、窓口のおばさんが呼び止め、団体料金の70元で入れてやるからあのグループについて行けという。70元でも十分高いがせっかくなので入ることにする。
昨日予習したガイドブックとは観覧ルートが変わっていてしばらくどこを見ているのか理解できなかった。ポタラ宮は紅宮と白宮に分かれていて、ここを造ったダライ・ラマ5世が建てた部分が白宮、その死後摂政サンギェ・ギャンツォが建て増したのが紅宮である。
現在の順路は紅宮の1階からスタートする。内部は暗く、詳細は見えにくい。仏像やストゥーパが並ぶ部屋がいくつかあり、一番の見所は高さ14m、3700kgの黄金が使われたダライ・ラマ5世の霊塔だ。さすがに豪華絢爛だが、暗いのでタイの寺院のようなきらびやかさは感じられなかった。2階は全面閉鎖、紅宮は3階、4階が開放されているが、基本的にお堂を見て回ることになる。もう一つの見所ダライ・ラマ13世の大仏塔は閉鎖、屋上も閉鎖されていた。
10時頃から巡礼者が逆回りルートでやってくるようになったので混んできてなかなか落ち着いて見ることができない。ゆっくり回って1時間半弱で紅宮見学終了。紅宮4階と白宮の屋上がつながっていて、ここから白宮に入る。白宮で開放されているのはダライ・ラマの居室であった東日光殿くらい。ここを見て、階段を下ると中庭に出て見学終了。う~ん、これだけ広いのにあっけないもんだ。
50年前まではここにダライ・ラマがいてチベットの中心だったというのに、今はすっかり過去のものになってしまっている。さほど多くの僧がいるわけでもなさそうだし、999あるとか言われる部屋のほとんどは空室なのだろう。100元払ってここに来るなら、しっかり予習してから巡礼者が来る前、朝イチで入ってじっくり見るのがいいと思う。
僕的には(外見に比べ)ちょっと期待外れ(><)
↓ポタラ宮(内部は原則撮影禁止)
聖都ラサに来る巡礼者の目的地は実はポタラ宮ではない。ジョカン(大昭寺)という聖なる寺院がラサの中心にあり、彼らはジョカン詣でにここまでやってくるのだ(もちろんポタラ宮にも巡礼に行くが、第一の目的地ではない)。ということを知ったのは、ここに着いてガイドブックをちゃんと読んでからなのだが、実際ジョカンに行って彼らの真剣さというか熱気に触れて納得した。
当然といえば当然なのだが、僕ら観光客と巡礼者が寺院に訪れる目的は根本的に違っている。観光客は寺院を「見に」くるが、巡礼者は「祈り」にくる。言い換えれば、ご利益を求めてくるのだ。
ジョカンは大雑把に言って、マニ車が並ぶ外側の巡礼路とお堂が並ぶ内側の巡礼路に分かれている。外側の巡礼路には壁画とマニ車があり、巡礼者はひたすら時計回りに何度も回っている、しかもかなりのスピードで…。彼らにとって壁画なんてどーでもいいのだ。回る(コルラする)ことにだけ意味があるのだ。
ジョカンに入って壁画をゆっくり見ようなんて思っていた僕は、そんな巡礼者のスピードに急かされ、壁画を見る間もなく1周してしまった。そして、内側の巡礼路に入ると大渋滞。列がずらーっとできていてほとんど進まない。巡礼者はご利益を求め、灯明にバターを注ぎ足し、お賽銭を捧げ、そして額を仏像になすりつける。さらに時間があればそこら中触りまくる。僕なんかだと、そういうのって貴重な文化財だから触るべきじゃないんじゃない…なんて思ってしまうが、彼らにしてみれば触ることでご利益がある(と信じている)から、構わず触りまくる。もちろん、保護されるべき部分はガラスで区切ってあったりするので、仏像が壊されたりするわけではないが…。彼らには壁画なんて目に入ってないようだし、お堂の外にある数体の仏像にも関心がないようだ。芸術品として仏像を見ているのではなく、その仏像の持つ由縁が大事なのだ。
小さなお堂を5つくらい回り、ついにご本尊「釈迦牟尼」像まで来ると彼らの真剣な祈りも最高潮、一心不乱に額をこすりつける。警官が急かして次から次へと進ませる。僕も真似して額をつけてきた。そして、釈迦牟尼像を過ぎたらいままでの真剣さはどこへやらという感じで大半の巡礼者は他のお堂は簡単に覗く程度で行ってしまう。だから渋滞はここで一瞬にして解消される(笑)。
二階や屋上にも上がれるのだが、そんなところに行くのは観光客だけだ。寺院というのは祈るための場所であり、祈る人のためにある。見るだけの人は脇役でしかないのだ。そんな当り前のことをここに来て気づかされることになった。
↓チベタンの子供達
昨夜は遅くラサに着いたので、実質的には今日がラサ初日。(ラサは外国人開放都市なので)とにかく公安の目を気にしないでいいのがうれしい。
仮の宿から町の中心にあるヤクホテルに移る。歩いている人こそチベタンが多いが、店の看板は中国語がメインだし、通りの雰囲気はさほど中国の町と変わらない。 PCがあるのでドミ部屋は避けたかったが、シングルはないようなので仕方がない。
荷物を置いてまずは食事。昨日は10時過ぎの到着だったので夕食は部屋でカップラーメン。まともな食事は30時間ぶりだ。炒飯が5元、まあこんなものだろうか。食事中に物乞いが5人来た。これは他の町ではなかったことだ。「自分よりも他者の幸せを願う」というのが仏教の基本的な考えの一つであり、チベット仏教もこれを色濃く反映している。そして、乞う者も与える者も混在しているのがこの町なのだろう(自分としては、物乞いしてまで巡礼に来るというのがいいことには思えないが…)。
食後、聖都ラサの中心にあるジョカン(大昭寺)を囲むバルコルを歩く。巡礼者も多く、宗教都市の雰囲気は十分だ。すっかり漢化されてしまったと聞いていたが、まだまだチベットの匂いにあふれている。ジョカンの前では五体投地を繰り返す人達が数十人、しゃべったり休んだりしている人もいて、さほど苦行めいた雰囲気もない。写真を撮っても、ふざけんなという雰囲気はなかった。
ジョカン周りをぶらぶらしてから、一度宿に戻り、ガイドブックを持ってポタラ宮の方へ行ってみる。宿から20分くらい歩くと、紺碧の空をバックにあのポタラ宮が姿を現した。テレビのドキュメンタリー番組のように「おぉ」と声が出てしまった。チベットに来たんだという実感がぐっと湧いてきた。僕にとって(特に理由はないが)この建物ほどある地域を象徴しているものはない。肩を並べるとすればピラミッドくらいのものだろう。
ポタラ宮の見学は午前中なので、今日は向かいにある広場から眺めるだけ。天気もいいのでここでガイドブックを読みつつチベットでの大雑把なスケジュールを組んで過ごす。それからいくつか近くの寺を覗き、スーパーやアウトドアショップを探索。物価はやや高めで、店によってけっこう値段が違う。また、この町は麗江以上にアウトドアショップが多い。売られているNORTH FACE等はニセモノとしか思えない値段なので、ニセモノなのだろう。いくらなんでもNFのダウンジャケット2500円はありえないだろ(笑)。ニセモノも一昔前は分かりやすかったが、最近のは質もなかなか良さそうだ。別にこれでもいいじゃんという気になる。
ついでに近くの宿をあたり、シングル30元だったので明日からバナクショーホテルに移ることにする。ヤクホテルで評判のホットシャワーをバッチリ浴びて部屋で数日分の日記を打ち込んで就寝。たまたまこのドミ部屋には日本人はいなかった。
↓五体投地をする人々
7時半に起床し、8時前にランクル乗場になっている広場に行く。ランクルは4~5台停まっていたが、公安の姿もあったので、しばらく遠目に様子を伺う。ここの公安は仕事熱心らしく、8時前には制服姿で大通りを隊列で走っていた。
公安がいなくなったのを見計らって、八一行の値段を聞くと100元との答。情報では80~100元ということだったので、こんなもんかと思ったが、一応他の車も聞いてみることにして保留。とにかく車には乗れそうなので宿に荷物取りに行くと、途中で別のランクルドライバーから80元で行くぞとオファーを受けた。その車は満席に見えたので、交渉しなかったのだが、席あったんだなぁ。もちろん快諾、荷物を取ってきて後ろのトランクルームに載せると、お前も乗れという。はぁ?と思ったが、よく見るとランクルのトランクルームに横向き座席がついていた。そういうわけか…ま、かえって見つかりにくいからいいかもしれない。
8:15に波密を出発。ゲートはなし。しばらくは舗装道だったが、30分くらいするとダート道に変わった。ここからルナンの手前まではほとんど全面工事中という状況で、かなりの悪路。今日は座席じゃないので、曇ったリアウィンドウ越しに過ぎ去っていく眺めを見るしかない。ずーっと川沿いの道だが、森林ゾーンなので見通しがイマイチ。ここは新緑の季節に来たほうがいいかもしれない。しばらく行くとコンクリートの橋で川を渡る。ここにゲートがあったが、ドライバーが書類を書くだけで済んだ。このあたりで標高2000mくらい。かなり下ってきたことになる。この先ひたすら川沿いにダート道を進むのみ。
4時間くらい走ってようやく舗装道路に戻る。さすがにほっとした。車酔いこそしなかったが、胃が跳ねまくって変になっている。食欲もない。その先、ルナンは店が10数軒並んでいるだけ、周りには畑が広がっている。
ここからセチラ峠に向けジグザグ道を上がっていく。この峠越えはこのルートのハイライトの一つだろう。今日は珍しく雲が多く、遠くの山は見えないのが残念だ。晴天ならナムチャバルワ峰が見えるらしいが、分からなかった。峠は標高5000m近く、北側の斜面は道路にも積雪がある。1台落っこっている車があった。ランクルだから大丈夫だと思うがやはり怖い。峠周辺には展望台が数箇所あるが、当然停まってくれない。
タルチョはためく峠を越えると快適な下り、林芝を2時頃通過。八一手前で並木道になるが、そこにゲートがあり、ドライバーに隠れろと言われる。幸い停車させられることはなく通過できた。乗車人数オーバーの車を見るためのチェックだったようだ。
休憩なしで八一には2時15分に到着。八一は近代的な団地まである大きな町で道路も広くいかにも計画的に造りましたという感じだ。バスターミナル前にランクルが着いたらすぐラサ行バスの客引きおばさんが来た。今日ラサまで行くつもりはなかった(行けると思ってなかった)が、公安の姿もなく、バスもほとんど満席ですぐ出発しそうだったので乗ることにした。ラサまで400km以上あるのに料金は60元と安い。ちなみにバスは16人乗りのIVECOだ。
2時40分バスは出発、町出口にはゲートなし。八一は公安厳しいという話だったが、滞在時間が短かったせいか姿は見かけなかった。あとはひたすらニャンチャ川沿いにラサを目指し突っ走るだけ。途中、2ヶ所ゲートあったがドライバーが書類を記入して済んだ。西へ来るにつれ標高は同じくらいでも雪がついた山が多くなってくるような気がする。ラサへ行く道沿いも周囲には雪山が多い。
約4時間で松多に到着。ここはトラックステーションで、食堂・商店が並んでいるだけ。食事休憩後、7時頃出発。ここからすぐ最後の峠越え(標高4900m)、もう暗くなっていたので景色はよく分からなかった。峠から下り2時間半ほどで、ラサの町の明りが見えてきた。朝から14時間近く車に乗りっぱなしだったので、さすがにほっとした。ラサに入る直前、ラサ大橋手前でポリスチェックがあったが、乗り込んではこなかった。
10時にラサ東ターミナルに到着。とりあえず近くの招待所に泊まる。捕まる心配がないという解放感と達成感に包まれ眠りにつく。めでたしめでたし。
↓道中はウイグル人に変装

ドミ部屋でこっそり7時に起き、15分後には部屋を出て道路へ。さすがにこの時間では検問もやっていない。今のうちに検問ポイントより先に行ってトラックを待つ。ここの標高は3800m前後、30分くらいすると体が冷え切ってしまう。ヒッチは嫌いじゃないが、この寒さの中ではさすがにツライ。
チベタンを荷台に乗せたトラックが1台通過しただけで、全然車が通らない。今日もヒッチは厳しいかもしれない。9時半くらいまで待って車を止められない場合は(検問の設置場所にもよるが)行先をチャムドへ変える方が確率が高そうだ。
7時半頃から明るくはなっているが、太陽はまだ山の向こうで直射日光が差すのはしばらく先。ようやく9時近くなって日があたるようになる。太陽パワーのありがたみをこの数日で強く心に刻むことになった。
9時15分ランクルが来たので停める。ラウォまでの料金を聞くと150元との返事。とてもじゃないが高すぎる。高すぎる、不要と言ったら一度は行ってしまったが、バックして戻ってきて80元のオファーを出してきた。それでも高かったので、試しに波密までの値段を聞いたら100元という。これならいいか、もうここで車を待つのは耐えがたいし…と乗車。
このランクルは乗合では二人しか乗ってなかったので、後部座席でゆったり、快適だ。30分ほどで峠(4800m)を越えて、ゆるやかに下っていく。この辺り舗装はされていないものの、道幅も広く、よく整備されているのでいいスピードで進んでいく。途中、チャムド-八宿、チャムド-波密のバスとすれ違う。
約2時間で八宿着。けっこう大きな町だ。標高も2500mくらいで暖かい。ここで2人は食事。僕は車で待っていた。12時過ぎに出発。しばらく川沿いの舗装道を進む。このあたり寝てしまい、気がついたらもうラウォのすぐ近くにきていた。この区間は90kmくらいあるが1時間半もかからず着いてしまった。ラウォはラウォ湖畔にある小さな町で、周りは雪山に囲まれた美しいところだ。ここで泊まろうと思っていたのだが、ま、眺めるだけでもいいか。ラウォ出口にゲートあったが、半分開いていたのでランクルはくぐって通過。
ラウォから先は湖に続く川沿いを進む。針葉樹が多く、たまに緑の畑があったりする。雪山も見え、なかなか美しい景色が続く。
波密までは2時間強。途中にゲートがあったがドライバーが書類を書くだけで済んだ。今日はランクルなので峠越え含む300kmの道のりを6時間半くらいできた。快適な移動だった。途中、前の二人に話しかけられて意味分からず、こいつホントにウイグル人かよみたいなことを言ってたようなので、違う意味で危なかったが…。
波密は徳欽を出て以来の規模の町だ。情報通り公安の姿が目立つ。ここで捕まってしまうかもなぁと不安がよぎる。
まずは食事をして荷物を置いて宿探し。宿は6~7軒あったが、ガイドブックに載っていた宿はなくなっていた。そして1つは外国人は泊められないと言われ、2つめにあたってみた交通旅館という宿に泊まることになった。普通に登記簿を書かされたので受付のおばさんは外国人非開放ということを知らないのかもしれない。少し暗くなるのを待って町をぶらつく。雪山に囲まれ、町の裏には川が流れるいいところだ。公安がいなければ1泊したいのだが、リスクはとりたくない。
ここで数日振りにシャワーを浴びる。超気持ちいい。けっこう埃をかぶったので、シャンプー3回しても泡立たない(笑)。
そして、この数日寒くて飲む気にもならなかったビールを飲んで寝る。今夜も公安に通報されずに済んだ。
↓波密の町から見た雪山
7時に起床し、狭い部屋で洗面、歯磨き、パッキングをして7時半にバスターミナルへ行ってみる。
公安の姿はなかったので、8時のチャムド行バスチケットを購入。今日も問題なく買えてしまった。値段は90元、思ったより高い。
部屋に戻り荷物を持ってきてバスに乗り込んで出発を待つ。公安が来ないかとドキドキだったが、幸い現れず8:30頃荷物と人満載で出発。
町外れにゲートがあったが乗客はノーチェック。マルカムの町近辺は舗装道路だったが、町を出るとすぐ終わり、登り坂になる。ジェットコースターのように峠までエッチラオッチラと登り、下りに入るとけっこうなスピードで砂利道を下っていく。この辺りはいかにも高原といった感じでたまに家がありる。
しばらく下ると川沿いの道になり、1時間45分くらいでチュカに到着。ここには宿も温泉休暇村(!)もある。チュカを出ると再び登り始め、谷沿い道から山をよじ登るジグザグ道に変わる。30分ほどで第2の峠(3800m)越え。しばらく下り、再び川沿いの道を登り始める。この登りはジグザグではなくU字谷に沿って上がっていく感じで、周囲の山には雪がかかっている。外はかなり寒く、川も表面は凍っている。いつの間にか標高は4000mを越え、峠は5000mだった!このルートの最高地点かな。峠から下りていくと道は舗装道に変わり30分ほどでゾゴンの町に到着。
意外と大きな町で左貢賓館という高級ホテルもできていた。ここで昼食。他の人が食べていたモツ煮込みみたいなのとご飯を食べたら14元もとられた!
この町でチベタンが10数人乗ってきた。皆1ヶ月以上は風呂に入っていないように見えたが、覚悟していたほど臭わなかった(笑)。
ゾゴンを出ると快適な平坦道が続く。標高は3800~4000mくらいの高原で植物はほとんどない。約2時間でポムダ(というか分岐路)に到着。ここで下車、バスはチャムドへと去っていった。
ポムダは川蔵公路の南路とチャムド方面との分岐になるところで、10軒くらい食堂があるだけだ。着いたのは4時頃でまだ明るかったので、できれば先へ進みたかったが、進行方向の八宿側では公安が検問をやっていて全車両チェックしている。遠目にその様子を見ながらここで泊まる準備をする。食堂の入口には住宿と書いてあるのに、どこも部屋は「メイヨウ」という。さすがに公安と同じ建物の宿には泊まりたくないし…。またも絶対絶命。
チベット語の看板しか出ていないストーブのある家に入って部屋はないかと聞いたら、10元でこの部屋で寝ていいよみたいな話になった。そこで、しばらくお茶を飲んでいて、薪を部屋に入れるのを手伝ったりしたら、ベッドのある別の部屋へ連れて行ってくれた。こんなところなので登記もなし、ウイグル人ということでなんとか通しつづけた。
しかし、夜は寒い。お湯をもらってペットボトルを湯たんぽにして眠る。夜中2時過ぎに、4人くらい入ってきて起こされる。
↓大渓谷(こんな景色が続く)
7時に起きパッキングをして7時半に宿を出る。昨夜、雪が降ったようで町がうっすら白くなっている。気温的にはいつ雪になってもおかしくないんだろうが、乾季なので雲がほとんどない日々が続いている。
8時の塩井行バスはちゃんとバスターミナルに停まっていた。寒さでエンジンがかからないので、皆で押しかけ。町中で何度か人や荷物を乗せ、8時半頃出発。だまって乗っていたら特に外国人とばれることもなかった。もっとも、運転手はおととい検問のことを聞いたオヤジだったので、僕が外国人だということは知っているが…。
出発して15分ほどで梅里雪山展望台を過ぎるが、もちろん停車はしない。9時前だったがもう雲がかなりかかっていた。おとといくらいの雲は少ない方なのだろう。ラッキーだった。ここから谷を左に見ながらゆるやかに下っていく。道が凍っているので日陰はちょっと怖い。30分くらいで明永氷河への分岐を過ぎる。ここから未舗装道路になる。
ずーっと谷沿いに下りつづけ、出発して2時間、標高2000mくらいのところで川を渡る。この辺り、谷底から数十mのところを走り続ける。たまに家も見えないところから人が乗ってきたり、また降りたりする。谷の反対側や山の斜面にも道がついていて、なんでこんなところに住むんだろうと不思議になる。都会がいいとは思わないが、人里離れるにも限度があるだろう…。
20分くらいでまた川を渡り、しばらくいくと佛山の村に到着。ここで、数人乗客が降りたり乗ってきたりして15分ほど停車。そして、再び出発するが、またすぐ停まった。また誰か乗ってきた、と思ったら公安!おとなしく座ってれば大丈夫だろうと思っていたら、「<