2005年01月31日

Day198 暖かい町にはホームレスあり

ダッカ発の夜行列車はわずか10分の遅れで7時にチッタゴンに到着。やるじゃないかバングラ鉄道。チッタゴンの駅は町の中心にあるので便利だ。リキシャの群れを無視して屋台のオヤジに昨夜駅で会ったバングラ人に勧められた安宿の名前・住所を見せると、そこ閉まってるよと言われた。しかたなくガイドブックを取り出し、近くの宿に入る。120TKを100TKに値切って決定。夜行着なのでまずはシャワーを浴び、続いて洗濯、そして仮眠。
今日が晴天ということもあるがチッタゴンはダッカよりかなり暖かく、朝から水シャワーでも平気だ。しかし、ここの水はちょっと濁っている。バングラデシュの宿はどこもペットボトルに水を入れて置いてある。最初に泊まったランプールの宿では熱湯を冷ましていると言ってたのでずっと飲み水として使っていたのだが、ダッカの宿で水がなくなったので、兄ちゃんに「水いれてくれー」と頼んだら、「ミネラルウォーター?」というので、そうそうとボトルを渡すと、廊下の隅からジャーと蛇口をひねる音。まさかと思い見に行くとやっぱり水道水をそのまま入れている。どこがミネラルなんだ(怒)。
「この水道って部屋の水道と一緒だよね?」
「Same, Same」
「飲んでも大丈夫なの?」
「No Problem(笑顔)」
「…」
ということがあったので、それ以来置いてある水は飲んでいない。もっとも飲んでいた間でも腹をこわしたことはなかったが…。
目覚めたらもう11時近くなっていた。チッタゴンはバングラデシュ第二の都市だが見所は少なそうだ。観光の前にランガマティ村へのパーミット取得手続に行く。道を聞きながらDCオフィスに行き所定事項を記入。それを現地のオフィスへFAXしてもらい終了。しかし、入域が許されるのはそれから72時間後と何だかよく分からないシステムになっている。
とりあえず、やらなければならないことは終わったので、町をぶらぶらする。今日は青空に美しいウロコ雲が出ていて気分爽快だ。歩いてるのは気持ちがいいのだが、この町本当に見所がなく、見所として紹介されているところがことごとくショボイ。しかもまだ3日間のハータルが継続しているらしくバザールは閉まっている。
チッタゴンは暖かく過ごしやすいからかホームレスが多い。駅を出たところから数人歩道で寝ていたし、街角でちょくちょくホームレスを見かける。あまり物乞いされることはないが、やっぱり気持ちいいものではない。特に子供が目立つ。子供がゴミをあさっていたりするのを見るとやっぱり悲しくなる。
今日とてもショックだったのは、幼児に母親が小石を投げつけたシーン。母親は石を(しかも女の子の額に)当てておきながら、泣いている子供を抱いてどこかへ行ってしまった。自分が見ていたものが信じられず呆然としてしまった。気狂いだ。どういう理由があるのか知らないが、まともな人間がやることじゃない。
そういうチッタゴンの町なので、明日午前中歩いてから次の町へ移動することにする。

↓ウロコ雲
ウロコ雲.JPG

Posted by kimkatsu at 21:05 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月30日

Day197 できてないの!?

今日は2時過ぎにロードパーミットをもらってから11時の夜行列車でダッカを出る予定。この町、勝手も分かってきたし、嫌いではないのだが、とにかく空気が悪すぎる(涙)。ここに来てから咳が頻繁にでるようになり、風邪気味かななんて思っていたが朝起きるたびに喉の痛みが激しくなるので、あぁこれは空気が悪いせいなんだと気づいた。それからはできるだけうがいをしているのだが、悪化はせずとも良くはならない。(汚い話だが)中国人のようにそこら中で痰を吐いているこの数日。数日の滞在でこんな状態なのだから、ここで生活している人の肺は皆相当すすけているだろう。
荷物をパッキングしてからフロントへ預けおととい見損なったオールドダッカの見所を回る。ハータルのためか、開いていないところも多い。幸いいちばんの見所であるラルバーグフォートは入場することができた。建物自体もさることながら敷地全体が「ガーデン」としてよく整備されている。これはこの国のポリシーのようで、パブリックな場所の多くは様々な花が植えられていてとても美しい。首相が女性だからかな?
その後立ち寄ったヒンドゥー寺院では何かセレモニーの準備をしていて主役の女性が美しく着飾っていたので写真を撮らせてもらう。実をいうと主役より脇役に美しい人がいて、バングラデシュに来て初めて目を奪われてしまった。バングラ女性のボニータ度が低いというわけではなく、イスラム国なので女性(特に若い娘)を見る機会が他の国より少ないうえ、目以外は完全武装の人も多いからだ。彼女からバラ一輪をプレゼントされ、それだけで今日一日ハッピーに過ごせてしまった。
いろいろ寄り道していたらパスポートオフィスに着くのが4時近くになってしまった。引換用紙を出してしばらく待つが帰ってこない。
…嫌な予感。

係官が帰ってきて
ごめん、明日来て!」
おいおい、あんたが今日来いって指定したんでしょ。ここで引き下がれないので
「もうダッカを出るように今夜のチッタゴン行列車を予約してるんです。何とか今日パーミットを出してください。」
と言ってチケットを見せる。
係官はチケットを確認してから、部屋を出て行った。担当者のところへ行ったのだろう。戻ってきて、待ってろという仕草。よかった。何とかなりそう。これがインドや中国だったら相手にされてないだろう。この対応には自分勝手なところはあるが基本的に親切というここの国民性がよく現れているような気がする。
30分くらい待って、係官が用紙を持ってきたので、やっとできたかと思ったら、空欄だらけ。何コレ?と聞くと、空欄を記入して持ってきてとのこと。それって、申請書を見てアンタ達が書くんじゃないの?と言いたかったが、ここでゴネては貰えるものも貰えなくなるので素直に従って提出。係官がそれを持って担当者のサインをもらって終了、と思いきや「これのコピーを4枚とってからまた来て」と言う。
コピーすら自分じゃしないのアンタ達…呆れた。
言われたとおり、一度ビルを出て近くの店でコピーをとって戻る。係官がそれにスタンプを押しオリジナル含め2枚を僕に渡し「Finish!」だと。
は~、何のために3日待ったんだか…しかも実際サイン以外の部分を作ったのは自分だし(涙)。とにかくこれでダッカを出ることができるのでよしとしよう。
あとはネット屋、市場などで時間を潰し、9時過ぎに駅へ行ってガイドブックを読む。が、隣に誰か来てはあれこれ質問され、結局そんなお相手で時間が過ぎてしまう。
列車はほぼ定刻に出発。二等だがビジネスマン風の人が多い。イスはぼろいが一応リクライニングもあり、座席のピッチはバスよりかなり広いのでかなり楽チンだ。しかし、盗難が頻繁にあるのか電気はずっと点けっぱなしで、たまに銃を持った警官が巡回してくる。

↓ラルバーグフォート
ラルバグフォート.JPG

Posted by kimkatsu at 23:41 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月29日

Day196 「ハ-タル」

今日は土曜だがこの国では平日なので昨日できなかった両替をしにボナニ地区のAMEXオフィスへ向かう。が、町の様子がおかしい。9時を過ぎても昨日と同じように店の大半は閉まったまま、交通量も少なく、リキシャばかりが道路をゆうゆうと走っている。日本で一般企業は土・日休みが普通なようにここも金・土休みが定着しているのだろうか?
10時近くになってボナニに着くが、ここも閑散としており、いつもより武装した警官が多い。やっぱりおかしい。途中で見かける銀行も全て閉まっている。こりゃまた両替もお預けかなと半分あきらめつつAMEXに到着。入口にはしっかりと錠がかかっている。やっぱりダメか…と思ったとき、ガードマンが裏口へ案内してくれた。よかった営業してるぞ。
ここのレートはT/Cもキャッシュも同じ、コミッションも取らない。おそらく全ての両替所よりレートがいいと思う。T/Cを両替しながら、カウンターのおじさんに「何で今日は土曜なのにほとんどの店が閉まってるの?今日何かイベントでもあるの?」と聞いてみる。
おじさんは、知らないのか?といった表情で「おととい元閣僚が殺されたので、今日から3日間抗議のストライキだ。外出するときは気をつけたほうがいいぞ。」と教えてくれた。
はぁ~またストですか(涙)。どうしてこう廻りあわせが悪いのだろう。ま、ここが開いていただけでも不幸中の幸いと思い直す。
それからネット屋に行って(ここも開いていた)、ニュースを確認。毎日新聞のサイトによると「バングラデシュからの報道によると27日、同国北部で開かれていた野党アワミ連盟の政治集会で爆発物が爆発し、同党のキブリア元財務相ら少なくとも4人が死亡した。与党とアワミ連盟の激しい政争が続く同国では、アワミ連盟を狙った爆弾テロが続いている。同連盟『テロは政府の反対勢力抹殺の陰謀の結果』と非難した。」とのこと。
野党側主導のストなら国の機関には影響ないだろうと考え、国立博物館へ行ってみる。しかし、見事に閉館。やはりストのせいらしい。門をガードしている警官に明日は開くかと(英語で)聞いたら「英語はよく分からん。ところで、お前の名前は?国は?」…警官も一般人も全然変わらん(閉口)。
市内を走る車は市バスだけのようだ。一般車両は通行禁止なのか、危険だから乗らないのかは分からないが、いつもの渋滞がウソのように空いている。警官は多いものの、イスに座ってくっちゃべってたり、携帯で遊んだり人が多く、あまり緊張感はない。ネパールのバンダみたいなもので、きっとここでもストは頻繁に行われていて、皆慣れっこなのだろう。博物館のあとダッカ大学に行く予定だったが、大学はデモが行われたりしてるかもしれないのでこの案はキャンセル。
長距離バスは動いてないと思うので、列車の状況を確認しに駅へ行く。列車は問題なく動いていたので、明日ロードパーミットを取ってからチッタゴンへ移動できるよう夜行列車を予約。時刻表は英語表示のものがあり、チケットカウンターでは入力内容が客に見えるよう液晶画面がついていて(これも英語)、意外とあっさり発券してもらえた。
駅を出てバングラでいちばん大きいという仏教寺院へ行く。昨日は元上司(というか足軽だった自分にとっては御大将という方)の三回忌だったので、遠い国からではあるが、ご冥福をお祈りする。
ここは仏教寺院とはいっても、造りは全く寺らしくなく、普通の2階建ての建物だった。釈迦牟尼像はチベット的ではなく、タイのそれに近い。坊さん曰く、インドと同じだという。この坊さんから、お願いがあるんだけど…と言われ聞いてみるとauの携帯を取り出して、この言語表示を日本語から英語に換えてほしいと言う。はぁ~、何であんたこんなもん持ってんの?だいたいここで使えるの?と聞くと、日本の友人にもらったといって携帯に入った彼女の写真を見せてくれ、ご丁寧に僕も携帯のカメラで撮影してくれた(笑)。日本の女って気前がいいよなぁ。こんなことを途上国でしてたら、そりゃ玉の輿を狙うローカル男が現れるだろう。なお、この携帯、スロットのDIMカードを換えることでバングラデシュでも使えるらしい。
ここを出るともう3時過ぎ。今日はせっかく道路が空いてるのでいい機会だと思い、リキシャだまりにいた兄ちゃんに頼んで、自分でリキシャを運転してみる。兄ちゃんには座席に乗っていてもらったが、思ったほど重くはない。道がよくて平坦だったらそれほどきつくもないかな、とはいえ1km走って10円のリキシャマンにはとてもなれないが…。
この数日で分かったのだが、「リキシャは急に止まれない」のだ。1日2件くらいリキシャ追突事故を見ている。客が乗っているとかなり重いという物理的な理由に加え、人力ゆえに勢いがついたらできるだけ減速したくないという心理的な理由もあって追突してしまうのだろう。また、リキシャの数も半端ではないので、追突も「玉突き事故」になることが多く、(シートベルトなどないので)乗客が前に投げ出されてしまうことも多い。笑い事ではなく、事故なのだ(もっとも警察は来ないが…)。リキシャに乗るときは気をつけましょう。
両替ができたので、今日の夕食はリッチにくるくるローストチキン半羽(70TK=約140円)。しかし、あんた何日回ってたん?というくらい油が落ちきってパサパサ。とても残念。

↓ダッカの2階建て市バス(もちろんどこかのおさがり、ボロいです。)
2005_0129画像0030.JPG

Posted by kimkatsu at 20:40 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月28日

Day195 オールドダッカ

今日は金曜で多くの店は閉まっていて人(&リキシャ)通りも少ない。まずは宿を移り、それから朝食をとって、部屋でコーヒーを飲みながら今日の予定を立てる。
考えた結果、丸一日かけてオールドダッカを回ってみることにする。宿自体がオールドダッカの一角にあるので、決めたらすぐ歩き始める。
まずはヒンドゥー教徒が多く住む通称「ヒンドゥーストリート」へ。ここは金曜でもほとんどの店は開いていて、活気がある。ただ、ネパール、(少しだけど)インドから来てると今さらヒンドゥーに目新しさがないので、特別なものは感じない。ちょっと裏道に入ったヒンドゥー教徒が生活しているエリアの方が面白い。
歩いていると日本で働いていたというおじさんに会ってお茶をごちそうになり話を聞く。お決まりの政治腐敗の話などが中心。長くなりそうだったので、また後で寄りますといって失礼し、ショドル・ガットの桟橋へ行く。川が多いうえ、毎年の洪水で陸路移動が不安定なバングラデシュでは船による移動が昔からポピュラーだ。桟橋からは50隻くらいの停泊している船が見え、無数の手漕ぎボートが川を行き交っている。(アマゾンの)マナウスを思い出した。留まっている大きな船に乗せてもらい、いちばん高いところからこの巨大水上交通拠点の様子を眺め、それから渡しボートで対岸へ行ってみる(1TK)。対岸は完全なムスリムゾーン。9割以上店が閉まっている。こっちまで来る旅行者はまずいないようで、注目度はさらにアップ。人だかりを作りながら写真を撮って戻る。
あとは迷路のような旧市街の町並みを眺めながら露店のスナックを頬張り、モスクなど見所を見て回る。ここのムスリムはあまり厳しくないようでモスクの写真も撮らせてくれるし、女性でも(顔を隠している人はもちろん撮らないが)喜んで被写体になってくれる。
いろいろ見て回ったが、印象的だった建物はスターモスク、ラールバグ・フォートいったところ。旧市街といっても歴史を感じさせるようなものは少なく、ほとんどは古いだけの3~5階建ての建物だが、建物よりもむしろ生活感を味わって楽しんだ。かなり歩き回ったので疲れた。帰りはリキシャに乗って帰る。バングラ語で頑張って値切ってたらそれを見ていた別のリキシャマンが(商談成立したら)笑って、Good!と言って親指を立てた。

↓ショドル・ガット
渡し船.JPG

Posted by kimkatsu at 15:12 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月27日

Day194 首都散策

イスラム圏では金曜が休日なので、今日(木曜)ロードパーミットを取りにビザオフィスへ行く。8時過ぎに宿を出たが朝食を取ったりバスを探したりするのに手間取って着いたのは開館時間を過ぎた10時半近く。かなりの人が来ていたが、比較的スムーズに事が運んだ。途上国お決まりの「並ばない、横入りする、係官はスロー」という面は多少あるが、今までの経験したこの手の手続きをした国の中では割といい方だと思う。1時間半ほどで手続きは終了、受取は2営業日後(日曜日)の午後。
こういった事務手続きをする日はたいていそれで1日潰れてしまうのだが、今日はビザオフィスの近くにいくつか見所があったおかげで午後は十分観光をすることができ、久々にネットに接続することもできた。
観光は主に新市街の建物(国会議事堂等)にモスク。かなり広い町なので歩いて回るのは難しい。バスがたくさん走っているのだが、路線図を持っていないうえ、(路線番号の数字も含め)表示がベンガル語しかないので自力で乗るのは難しい。周りの人に聞けば、皆喜んで教えてくれるので何とかなるが、適当なことを言う人も多いのでやはり気を抜けない。ダッカは地方の町に比べるとかなり英語も通じる。
街を歩いて感じたのは、意外と物乞いが少ない、警察官が多い、ビニール袋がない(なぜ?)、街の構造が南北方向を走る大通りといくつかあるロータリー中心になっているので、方角が分かれば比較的歩きやすいことなどだ。昨日の第一印象通り雰囲気はバンコクに近い。歩道橋の上から車道の様子を写真に撮ってみたら、本当にバンコクそっくりだった。
4時頃大使館等が集まっているエリアに両替しに行くが、いくつかチェックした中でベストレートだったAMEXが既に閉まっていた(しかも明日も休み)ので、とりあえず1000円分だけキャッシングして明後日までこれでしのぐことにする。といっても、普通に使っても1日500円に満たないので、大きな買物さえしなければ全く問題ない。それからネット。さすがにメールがかなりたまっていたので2時間使ってしまった。いちばん安いところで20TK/h、ネパールよりは高いが、あまり時間を気にせず使えるレベルだろう。ただ、接続スピードはかなり遅い。
夕食後、近くでもう少し安い宿を探す。ちょっと狭いが40Tk安い宿があったので明朝宿を移ることにする。

↓国会議事堂(アメリカ人建築家ルイス・カーンの設計)
国会議事堂.JPG

Posted by kimkatsu at 15:01 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月26日

Day193 首都ダッカへ

昨日でバングラ北部の観光を終わりにして首都ダッカへ向かう。朝イチのバスで移動できればベストなのだが、国境で換えたバングラタカがもうほとんどないので、両替をしなければならない。8時過ぎに町の北にあるヒンドゥー寺院を覗き、朝食をとってから銀行へ行くが、この建物の裏にある両替所に行けと言われる。周りの人に聞いてガイドブックにも載ってない両替所を探す。幸い話は簡単について10US$分両替することができた。宿に戻ってチェックアウト。町の中心に数軒並ぶダッカ行バスオフィスに行くが、一番早いバスでも1時間待ちだったのでその間に散髪に行く。たまたま入ったパキスタン人の散髪屋は非常にクォリティが高く、45分かけて日本なら3000~4000円とるレベルの丁寧な散髪&顔剃りをしてくれた。25TKに値切ったのだが、チップの意味で言い値の30TK(約60円)払った。
バスは11時が予定出発時刻だったが、11時半近くに出発。途中でどんどん人を乗せながらも降りる人はほとんどおらず、道もよいので70km/hペースで順調に進む。しかし、ダッカに近づくにつれ対向車が増え、降りる人も現れ始めたのでスピードはがたっと落ち、結局5時間以上かかってダッカのガブタリバスステーション着。ここからすぐ市バスに乗ってグリスタンへ行き、そこから20分ほど歩いて予定していた宿に着く。今日は移動で終わってしまったが、暗くなる前に着けたのでよしとしよう。
バスから見たダッカは今までの地方都市とは比べものにならないくらいの都会だった。英語の看板も飛躍的に増えたし…。交通渋滞も含め(笑)印象としてはバンコクに近い感じ。
この宿(Hotel Al-Razzak International)には情報ノートがあり、相当量の書き込みがあったので読むのに2時間くらいかかってしまった。

おまけ:バングラデシュの乗り物(インドと大差ないかな?)

1.リキシャ 基本的に2人乗り。庶民の足、後ろにナンバーがついている場合が多いので認可制かも?相場は1kmで4TK(8円)
リキシャ.JPG

2.バンガリー リキシャと違って屋根がなく、座席がただの荷台になっている。最大6人乗ることができるので、下手すると400kgくらい乗せて走ることになる。ナンバーなし。
2005_0125画像0040.JPG

3.ベビータクシー 乗合のオート三輪。いつも満席にならないと動かないし、座席に8人以上乗せるのでかなり窮屈。道が悪いと自転車並みのスピードしか出ない。
ベビー.JPG

Posted by kimkatsu at 18:59 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月25日

Day192 パハルプール遺跡

今日はボグラから50kmほど北西にあるパハルプールという8世紀頃の仏教・ヒンドゥー教寺院を見に行く。可能であればその手前にあるマハスタン遺跡もあわせて見たいので8時前に出発。バスターミナルまでリキシャで行き、そこからバスを乗り継いでパハルプールに着いたのは11時過ぎ。バスの料金を他の乗客に確認したにも関わらず、車掌はかなり執拗にボッてきた。この国は旅行者だからぼるというよりも、もともと運賃というものをきっちり決めていないようだ。法外な金額でなければ普通の乗客もある程度言い値で払っているように見える。
そして、今日もまた親切さんが現れた。途中のバスで一緒になったおじさんはバス代を出してくれたうえ、遺跡まで付き合ってくれた。
パハルプールはレンガで造られた寺院とその周辺の僧坊跡が残っており、出土品を展示した博物館も併設されている。入場料2タカ(約4円)。外国人観光客が大勢来るような国ではないので外国人料金はない。しかし、外国人と見るや、勝手にガイドがついてきて説明をする。金はないよと念を押したにも関わらず、"Up to you"と言ってついてきて同じような話を何度も繰り返す。正直為になるというよりはうざったい。
博物館に展示してある石像は予想以上に精緻な出来で感心。10世紀以降に造られた像の大半はヒンドゥー神。ここはもともとは仏教寺院で外国からも多くの僧侶が学びにきていたところだが、徐々にヒンドゥー教に席捲されてしまったらしい。中心にある寺院は3階建てで、3階部分だけ屋根がついていたとのこと。もっとも今では崩れかけたピラミッドのようにしか見えない。寺院跡を見たところで連れてきてくれたおじさんは帰り(というか一緒にいると気を遣ってゆっくり見れないので、帰っていただいた)、ガイドにもわずかなチップを払ってお引取り願った。それから、さらに1時間くらいゆっくり遺跡全体を歩いて回る。残っているレンガの部分で大体の構造は想像がつく。かなり大規模な寺院だったのだろう。時代も場所も宗教も全く違うが、赤レンガの廃墟という点でパラグアイのトリニダー遺跡を思い出した。
1時頃ここを出て、もと来た道を戻る。もうマハスタンに行く時間はないので、途中の町で食事をし、茶店のオヤジに茶をごちそうになったりしながら帰る。帰りのバスでもまたぼってきたが、もうほとんど相手にしない。ここのボッタクリストは口調はかなり強いが、ベトナムのようにどうしても金をとるというのではなく、バスを降りるときには「お前もなかなかやるな」といった感じの苦笑をしていた。
ボグラの町に着いたらもう夕方。近くをぶらぶらして食事。今日はバングラ名物壷入りヨーグルト(ドイ)を食べてみた。表面だけが茶色なのかと思っていたが、中もコーヒー牛乳みたいな色だった。かなり甘いが美味しい。バングラは甘味類が非常に充実している(というより何でも甘い…)。これは(酒を飲まない)イスラム国に共通した特長といえるだろう。

↓パハルプール遺跡
パハルプール.JPG

Posted by kimkatsu at 19:17 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月24日

Day191 久々の移動

今日もイードが続いているのかかなりの店が閉まっている。"Bangladesh is poor country. Japan has a lot of money."とか言って旅行者に金をせびる前に自分達がもうちょっと働いたらと言いたくなる。ま、概して途上国の人間は貧しさを環境のせいにしがちなので、ここも例外ではないということだろう。
昨夜、国境に向け出発したWさんが11時頃に部屋を訪れロードパーミットがないという理由で出国できなかった、ワイロも通じなかったと疲労困憊の様子で帰ってきた。今日でバングラデシュビザが切れるので何とか1日でコルカタに抜けなければと言っていたので、ちょっと早起きして見送ろうと思っていたのだが珍しく起きれなかった。8時過ぎに起きたらやっぱりもう出発した後だった。ゴメンナサイ。
さて、僕も今日は移動しなくては。朝食をとってパッキングしてチェックアウト。バスターミナルへ向かう。ガイドブックの地図ではそんなに遠くなさそうだったので歩いていったが、実際は多分2km以上あってかなり時間がかかった。
今日は久々に気持ちのいいいい天気だ。ボグラ行バスのチケットを購入して出発を待つ。なかなかきれいなバスで定刻通りに出発。ドライバーもいい人で(一応座席指定なのだが)自分の後ろの席に座れと言ってくれた。おかげで美しい田園風景を眺めながら2時間ちょっとのバス旅を楽しめた。
ボグラのバスターミナルに着いてリキシャに乗る。10Tkを8Tkに値切って乗ったにもかかわらず、到着してから10Tk要求するので「No」と言ってたら人だかりができてしまった。英語の話せるおじさんが仲介に入って「ぼってるわけじゃなくてローカル料金でも8~10Tkなんだよ、2Tkくらい大した金額じゃないだろ」という。「いや俺も2Tkが惜しいというわけじゃないが、自分が言った金額なのに後になってもっとよこせというのがおかしいから払いたくないんだ」と僕。「気持ちは分かるよ、でもこういうことはここではよくあるんだよ」といったやりとりをする。人だかりの中から別のおじさんが自分の2Tkを出してくれたりするので、もういい加減みっともないかなと思い10Tk払って退散。
それからガイドブック片手に宿を探す。数軒あたったが、どこも薄暗い部屋ばかりでイマイチだ。天気のいい日は窓のある部屋で明るく過ごしたいのに…。バングラデシュはあまりディスカウントに応じないみたい。宿なんて部屋を余らせていても仕方ないんだから…と思うのだが、ほとんどのところは「高いから他行くよ」と言ってもディスカウントのオファーをしてこない。旅行者相手でない宿はシーズンによらず宿泊者が安定供給できているからだろうか?何とか80Tkで納得の宿を発見しチェックイン。今日くらい暖かいと水シャワーでも気持ちよくあびれる。数日振りのシャワーでさっぱりしてから洗濯を済ます。
ガイドブックを読んでから街へ出る。やっぱり都会になればなるほど外国人への注目度は下がるようで、ここではさほど道行く人の視線を感じることはない。まず、宿のすぐ近くにある宮殿に行ってみる。宮殿というほど大きな建物ではないのだが、ここは博物館になっていてバングラデシュの宮殿で唯一当時の装飾や家具を再現しているところだという。宮殿といっても地方領主の館なので、アラブのスルタンのものと比べるとかなりシンプルだ。こんなもんかという程度。博物館周辺は小規模ながら遊園地になっている。家族連れがしょぼいアトラクションで嬉々としている様子を見ていると(娯楽のない生活に)何だかかわいそうな気持ちになった。田舎ではまだ街角テレビ状態だし、国境からランプールまでの道で見たテレビは全て白黒だったので放送自体がカラー化されていないのかと思ったくらいだ(町に着いたらカラーで見ていたので、テレビが白黒だったわけだが)。
市場などをぶらぶらしてから、夕食をとる。この国の食堂はご飯1皿いくら、チキンカレー小皿いくらと単体価格になっていて、内容はネパールと似たようなものだが、基本的におかわりするとその分金がかかる(とはいえ満腹食べても100円することはまずないが)。このシステムだと(言葉が通じないのに)いちいちこれはいくら、ご飯はいくらと確認するのが面倒くさい。そして、困ったことに勝手に卵をつけたりデザートを持ってきたりする。皿に盛って運ばれてくると、ちょっと「いらない」とは言いづらいものだ。

↓ボグラ市場の少女
ボグラ少女.JPG

Posted by kimkatsu at 19:24 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月23日

Day190 いい奴らだぜ、バングラ人

8時前に起きて町に出てみるが、昨日と同じように町は静か。イーダは1日では終わらないようだ…。ただ、昨日は全て閉まっていたバス会社のオフィスがいくつか開いていたのでなんとかバスは動くようだ。どうしたものかと思いながら宿に帰ると階段で日本人旅行者(以下Wさん)に会った。一緒に朝食をとっていろいろ話を聞く。Wさんはすでにバングラデシュ1ヶ月以上いて、もう出国するというのでロンプラ(Lonely Planet Guidebook)「Bangladesh」をいただいた。入国直前に唯一の情報だったコピーを没収されたので、本当に助かった。食後、彼の部屋でさらに2時間くらいバングラ情報を教えてもらったりして過ごす。11時過ぎ、Wさんは僕がおととい越えてきたインド国境に向け出発し、僕は部屋でロンプラを読みながら予習。
今日はどんよりとした曇で気温も低く、時折雨も降っている。この3ヶ月間、降っても雪だったので雨は久々だ。午後2時頃、雨があがったのでロンプラ片手に初めて行き当たりばったりでない観光に出かける(笑)。昨日と比べるとだいぶ営業している店も増えている(それでも9割方閉店だが…)。このランプールという町は観光地ではないので大した見所もないのだが、19世紀に建てられた屋敷やヒンドゥー寺院などを見て回る。もっとも、それよりも線路沿いに建ち並ぶトタンでできた掘っ立て小屋(低所得者の家なのだろう)やいかにもB級な映画のポスター、そこら中で見かけるウ○コ中の幼児、座りションをするバングラ人(バングラ男性は座って小便をする)等を見ているほうがよほど興味深い。

途中何度か道を聞きながら歩いたのだが、その間いろんな人に親切にしてもらった。
A君:探していた寺まで連れて行ってくれ、雨宿りも兼ねてお茶をおごってくれた。
Bさん:駅までの道を聞いたら、自分の自転車の荷台に乗せて送ってくれた。途中、お茶もおごってくれた。
Heart Atackというアマチュアバンドの連中:1曲演奏してくれたうえ、お茶とお菓子、軽食をおごってくれた。
Cさん:リキシャを待ちつつ雨宿りしてたら、雨の中出て行ってリキシャを探してきてくれた。

僕もおごってもらう気ではないので自分の分はお金を出すのだが、彼らは受け取らなかった。彼ら自身も珍しい出会いを楽しんでるのだろうが、親切にしてもらえるというのはやっぱり気持ちがいい。ボッタクリ連中ばかりの国ですさんだ心が癒された。とはいえ油断は禁物。99%の一般人がどんなに親切であっても、やはり一部には犯罪者がいて被害は発生するものだ。
真っ暗になってから、昨日と同じ店で食事。この数日、カレーは手で食べているのだがなかなか優雅に手を使って食べるのは難しい。どうしても(こぼれそうになるので)顔を近づけてがっつくようにすすりながら食べてしまう。また、その様子を皆が見てるのもちょっと気まずい。でも、皆が見ているから、僕が何かを探してるような素振りをするだけで誰かが察して塩を取ってきてくれたり、おかわりを持ってきてくれたりといい面もあったりする(笑)。

↓タージハット宮殿(というよりお屋敷)
タージハット.JPG

Posted by kimkatsu at 19:28 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月22日

Day189 バンダの次はボンド!

ランプールで一夜明けたら、町は昨夜の喧騒がウソのように静まり返っている。まるでゴーストタウンのようだ。8時を過ぎてもほとんどの店は閉まったまま。何かおかしい。バス会社のオフィスも閉まっている。
とりあえず開いている食堂で朝食をとって町をブラブラしてると、リキシャが一定の方向へ走っているのに気づく。何かあるなと思い、その方向へ歩いていくと学校の校庭みたいなところにムスリムが大勢集まってお祈りをしている。遅れてきた人が続々慌ててやってきてはその中へ加わっていく。離れてみていたが、学校の管理人みたいなちょっとインテリ風のおじさんがいたので、英語で何をやってるのか聞いてみたところ「イード」というイスラムの祝日だ、自分はヒンドゥーだから関係ないけどねとのこと。なるほど~やっぱりという感じ。昨夜の騒ぎもこのせいだったのだろう。集会の様子をよく見るとちゃんとメッカの方向(西)にお祈りしている。
人が集まるところには「need」が生まれる。校庭の入口では子供相手の風車(これがハンドメイドの紙製というのがバングラらしい)や風船売り、そして物乞いがたむろっている。しばらく様子を眺め、別のリキシャの流れを辿って同じような集会をしている場所をもう1つ見つける。集会は9時半くらいに終わったようでムスリム帽子をかぶった人達がさっきと反対の方向へ次々と帰っていく。
集会からの帰り道で茶を飲んでいる人達と少し話し、勧められるままに噛みタバコ(?)を試してみたが、やたら苦い。よくこんなもの噛んでられるもんだ。舌は真っ赤になるし…。普通、噛みタバコとセットでタバコを吸うらしい。セットで2タカ(約4円)。
宿に戻ってバスは動いているか聞いてみたが、やはり今日はないとのこと。明日は動くという。ちなみに「休み、閉鎖」はベンガル語で「ボンド」という。ネパールのバンダから解放されたら今度はボンドにあたるとは…(涙)。ネパール、ヒンドゥー、ベンガルそれぞれの言語は親戚みたいなもので同じような言葉が多い。スペイン語とポルトガル語の関係みたいなものだ。バンダとボンドも同じ語源なのだろう。
ガイドブックもないし、店も開いてないし、外は曇りで昨日に比べずっと寒いので後はほとんど部屋で本を読んだり、PCに向かったりして終日過ごす。夕方近くになって、宿のスタッフ部屋を訪れ、食事は大丈夫か?このあたりで1軒だけ開いてる食堂があるから教えにきたという。おぉ、バングラ人いい奴じゃないか。昼食もとってなかったので、その足で食事に出かけることにした。彼は店まで道案内して、うちの親父より片言の英語でメニューの説明等をして帰っていった。お礼ついでに帰りに甘味屋で団子みたいなもの(名前聞いたが忘れた)を買ってあげた。バングラデシュの食事は(今のところ)ネパールやインドと同じようなもの。大皿にどかっとライスがのってそれに小皿でカレー、野菜や豆スープがついてくる。カレーは好きなので問題ないが、夜行くとカレーが温かくないことが多いのが残念賞。

↓バングラ映画のポスター
映画.JPG

↓洋画もやっている(左上はルーシー・リュウ(笑)
洋画.JPG

Posted by kimkatsu at 19:36 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月21日

Day188 最悪のインド国境、そしてほのぼのバングラデシュ

7時に宿を出てバスターミナルに行く。バングラデシュ国境の町ハルディバリ行バスを探すが別のところから出ると言われ、橋を渡った先にある道沿いのバススタンドからバスに乗車。冬の北インドはよく霧が発生し、そのせいで列車やバスがキャンセルされたり遅れたりすることが多いようだが、ここでもかなり濃い霧が出た。2時間ほどでハルディバリ到着。田舎町なので人も素朴でいい感じだ。お茶と小皿入りカレーにチャパティ2枚で7Rs(約20円)で済んだ。シリグリから60kmくらい離れるだけで看板から英語がほとんどなくなり、英語を話す人も激減、道を聞くのも一苦労だ。何人かにバングラデシュ国境への道を聞きながら歩くが、途中で国境が閉まっていることが判明(涙)。早くも情報不足が露呈、まいった。
仕方ないので、また人に聞きながらバスでジャルパイグリの町まで戻り、そこからもう1回乗り換えてもう1つの国境の町チャグラバンドラに向かう。着いたら時刻はもう11時。バスターミナルから歩いて国境へ行き、イミグレで出国スタンプをもらう。続いて税関でチェックを受けてから最後にゲート手前でポリスの荷物検査を受ける。
こいつらが最悪で荷物をあれこれとひっくり返したあげく、手荷物に入れていたバングラデシュガイドブックのコピーを没収、さらにまだフィルムの入ってるカメラの蓋をいきなり開けやがった(怒)。英語をほとんど話せないくせに"It's not allowed"だけは話す。お前らのやってることの方がよっぽど許されないぞ、このブターと言いたがったが、さすがに相手がポリスなのでそこまでは言えなかった。英語のできる係官を呼んで文句を言ったが、ガイドブックはいいがインドに関係するコピーはダメだという。本当かウソか分からないが理解できない話だ。何とかインドに関係ないページだと散々説明して一部は回収したが、一番重要な地図は没収されてしまった。
怒りおさまらないままゲートをくぐってバングラデシュ入国。ここでも荷物検査を含む3ヶ所で手続きを受ける。国境から首都ダッカ行のバスはあるが、他の町へ行くには12km先にあるバススタンドに行かなければならないと言われ、やむなくリキシャに乗る(30Tk=約60円)。僕はどうも自分が楽するために人を使うという考えに抵抗があって、リキシャやポーターなどを使うのは極力避けているのだが、ここでは他に交通の足がないので仕方がない。バングラデシュのほのぼのとした農村風景を眺めながらリキシャに揺られているとさっきの不愉快な思いも自然と洗い流されていく。嫌な思いをいつまでも抱えていては楽しい旅はできない。1時間弱でバスターミナル着。
この国では旅行者が珍しいらしく、道行く人が皆、僕に「何者なんだろう?」という視線を投げかける。それでも"Hello"という一言の英語すら知らない人が多いらしく、ほとんどの人はじっと見つめるだけだ。たまにベンガル語で何か言ってくる人もいるがさっぱり分からない。デジカメで写真を撮りながら町を歩いていて、ふと振り返ると20人くらいの人が珍しそうにカメラの画面を覗いていた。しかも、ほとんどがいい年した大人(笑)。アフリカやイランで人だかりを作ったことはあるが、たいていついてくるのは子供だったけど…。
さて、バスに4時間くらい乗ってランプールの町に到着。道は舗装されているが交通量はとても少ない。すれ違うのはほとんどバスだけ。こういう所では「人間よ そこのけそこのけ 車が通る」という状況になりがちだが、ここも例外ではなくバスはクラクションを鳴らしつづけながらスピードを落とすことなく走り続けた。
バングラデシュに入るとホテルですら看板はベンガル語表記しかないので、人に聞かないと宿を探せない。しかし、ガイドブックもなく、英語表記がなく、英語を話す人がほとんどいないという状況でも不安をほとんど感じずかえって楽しめるとは我ながらだいぶ旅慣れたものだと思う。
5軒くらいのホテルに断られた(部屋がないということはないと思うのだが…外国人を泊めたくないのだろうか?)あと、ようやく安宿を見つけチェクイン。トイレ、水シャワー付で1泊60Tk(約120円)安い。宿の1階にある食堂で夕食をとる。ここでも他の人の視線を痛いくらいに感じる。さすがに食事しているときや爪楊枝でシーハーしてるときの注目にはちょっと戸惑う。
食後、少し町をブラブラする。とにかくリキシャだらけ。自転車に轢かれてしまいそうだ(笑)。なぜか布地屋や金物屋がやたらと多く、キオスク(売店)が少ない。サンダル屋に人だかりができているのが暑い国らしい。僕もサンダルを購入し、麗江以来3ヶ月ぶりに靴下なしの生活に戻る。しかし、ガントクから丸一日でここまで来ると亜寒帯から温帯を通り越して亜熱帯に入ったみたいだ。蚊も多い。
ネパールの夜は早かったが、バングラデシュの夜は遅いようで9時を過ぎても道は人やリキシャで大混雑。12時を過ぎても外は騒々しい。

↓振り返れば人だかり(笑)
人だかり.JPG

Posted by kimkatsu at 19:44 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月20日

Day187 カルマパ to ルンテック

騒々しい宿で、7時頃廊下からの話し声で目が覚めた。今日は小包を出して、20kmほど離れたところにあるルンテック僧院を訪れてからシリグリへ帰るという忙しいスケジュールだ。しかし、起きると喉が痛く、体もだるい。風邪をひきかけているようなので、ビタミン剤と風邪薬を飲んでおく。
小包を作り、その他の荷物のパッキングを済ませ8時半頃チェックアウト。まずは市場へ行って小包を包む布を購入。「歩き方」にへ2~3mで10Rsくらいと書いてあったが、実際は50Rs。値切って40Rsが精一杯、ガイドブックに10Rsと書いてあるといっても、誰がそんなこと言ったんだと相手にされない。
それから箱を開けた状態の小包と布を持って郵便局に行くが、封をして布で包んでから持ってこいと言われる。じゃ、あんた達中身チェックできないじゃん?と聞くと、申告書を書いてもらうとのこと。インドってゆるいんだなぁ、こんな国初めて。いつも小包を送るときは(簡単でも)郵便局で中身をチェックしてから封をしてたけど。
また中心街に戻って裁縫屋を探し、持参した布で包装してもらう。その間に3000インドルピーをキャッシング。この町では両替に100Rsのコミッションを取るのでキャッシングの方がよさそうだ。
包装を終え再度郵便局へ持ち込み、申告書を書いて料金(6.5kgで1130Rs=約2800円)を払い終了。これでちゃんと届くのだろうか?自分で布に書いた住所以外には行先を書いた小さなシールが貼られているだけ。切手もなければ、申告書の写しも貼られない。ま、考えても仕方ないのでもう小包のことは忘れ、ルンテック僧院へ向かう。
ルンテック行の乗合ジープ(25Rs)が出たのは11時半頃。約45分でルンテックへ到着。この僧院はチベット仏教4大宗派の一つカルマ・カギュ派の総本山であるが、カルマ派の最高位の僧であるカルマパ(現在17世)は数年前にチベットのツルプ寺からインドに亡命し、現在ダラムサラに滞在しているのだが、インド政府がシッキム州にパーミットを発行しないため、まだルンテック僧院を訪れたことはない。ルンテックはいわば「主なき総本山」となっているわけである。建物は比較的新しいが、かなり規模は大きい。首座にカルマパ17世の写真が飾られているのが悲しく感じられる。僧坊にも行ってみたが、かなりの数の青年僧がいるようだ。ガントクの町やここにも"Karmapa to Rumtek"のキャンペーンポスターが貼ってある。早くこの寺に主が帰ってきてほしいものだ。
カルマパ16世のチョルテン等を見て2時前にはタクシースタンドに戻り、遅い昼食を食べる。それから、乗合ジープで帰ろうと思ったら、これ貸切だから乗せられないと言われ、歩いてガントクへの道を戻る。途中でジープを拾えたので3時半にガントク着。荷物を引き取って4時発のバスでシリグリへ。シリグリの町に着いたのは8時過ぎ。風邪が本格化しそうな感じだったので、バスを降りてすぐ目の前のホテルに入る。明日はバングラデシュInの予定なので、バスの時刻を確認して宿に戻り休む。

↓ルンテック僧院
ルンテック.JPG

Posted by kimkatsu at 19:52 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月19日

Day186 シッキムIN

7時頃起きてパッキングをしてチェックアウト。昨夜は少し雪が降ったので、山のほうは白くなっているが、町は道路が少し湿っている程度で問題なし。タクシースタンドに行ってガントク行の出発を待つ。8時前に行って、8時半のチケットを買ったのだが結局ダージリンを出発したのは9時10分。しかも、他の乗客のピックアップをし、10時過ぎには朝食休憩とまともに進まないまま時間だけが過ぎていく。
ダージリンからしばらく上るが、後はシッキム州に入る辺りまで下り気味。シッキム州はまだ外国人が自由に旅行することができない所だ。最初の町、Rangpoで入域登録を行う。パーミットは事前にとってあったので特に問題なくすぐ手続き終了。ガントクの町には1時半頃到着。ここも山腹に広がる町で坂道が多い。坂を登って予定していた宿を訪ねるが、ちょっと値上がりしていたので他をあたる。しかし、どこも高い。しかもあまり商売っ気がないようで、値段を聞いて「高いからいいや」と去っても、「お~待って待って、ディスカウントするよ!」と声がかかることがほとんどない。久々に宿探しで苦労したが、なんとかめちゃ狭い部屋ながら50Rs(約125円)で探すのに成功。
一休みしてチベット学研究所とその近くにあるゴンパを訪問。研究所は思っていたより展示は少なくちょっとガッカリ。けっこう距離があり、帰ってきたらもう5時近くなってしまった。その足で町をぶらぶらする。ダージリンに比べると物価は高め。この町のいいところは酒屋、バーがたくさんあること。インドはヒンドゥーの国なのであまり飲酒は好まれないが、シッキムは問題ないらしい。シッキム産のビール、ブランディー、ウィスキー、ラム等が酒屋に並んでいる。ラムを75Rsで購入。
真っ暗になってから宿へ帰る。この宿、期待してなかったのだがアツアツのシャワーが出て感激。外の食堂も結構高いので、宿で食事。これもなかなかよかった。
ここの標高は約1300m、ダージリンに比べるとだいぶ暖かいがやっぱり夜は寒い。寝袋を出して眠る。

↓ガントクの大チョルテン
ガントクチョルテン.JPG

Posted by kimkatsu at 19:57 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月18日

Day185 トイ・トレイン

6時過ぎに起きて外へ出てみるが、雲が多くヒマラヤは全く見えない。幸い昨日ほど寒くはなさそうだ。コーヒーを飲んでから早朝の町を歩いてみる。昨日は荷物を解き、体を洗って一休みしたらもう暗くなっていて近くまで食事に出ることしかできなかったのだ。
ダージリンは山腹にへばりつくように町が広がっていてとにかく坂道だらけ。雲南の元陽を思い出した。1時間ちょっとかけて一通り歩くが、多くの店が開くのは9時過ぎのようなので朝食をとってから一度宿に帰り洗濯をすませる。ダージリン滞在予定は今日だけなので行くところを決めて再び町へ。
まずは、チョウラスター広場から展望台・ヒンドゥー寺院に寄り、ヒマラヤ登山学院、動物園へ行く。山の斜面には名産の茶畑が広がっているが、茶摘の時期ではないらしく人影は見えない。動物園入口に着いて入場料10Rsを払うと100Rsだと言われる。よく見ると窓口の脇に外国人は100Rsと書いてあった。高すぎ(><)、学割もないというので入らず。インドも外国人料金を設定してるのかぁ、先が思いやられる。100Rsを日本円にすれば250円だが、宿代と同額を動物園と博物館に払う気にはならない。
動物園の先を大回りしてチベット難民センターに行ってみる。チベタンのおばあちゃん達が糸を紡いだり、カーペットを編んだりしている。タシデレと声をかけると皆笑顔で返事してくれるのでうれしい。写真も快く撮らせてくれた。英語ができるお姉さんに話を聞くと、このエリアで約600人のチベタンが住んでいるということだ。ここの公用語はチベット語、2月9日がチベット暦の正月(ロサール)でここでもお祭りをするそうだ。何も買ってあげられなかったがお礼を言って退出。続いてブータン寺に寄り、町の中心部へ帰ってくる。
もう1時近くなっていたので昼食をとり、郵便局や銀行をチェック。それから市場を回ってバススタンドへ行き、明日のガントク行の料金を確認しておく。
2時過ぎに駅へ行ってダージリンとシリグリ近くを結ぶ小さな登山鉄道「トイ・トレイン」のチケットを購入。この列車、小さいだけでなく歴史も古く世界遺産にも登録されている。こんなものも世界遺産になるのかぁ。
ダージリン発は1日2本、午後発の方がずっと安い。牽引車は蒸気機関車とディーゼル車があり、15時の列車は蒸気だった。おかげで初めて蒸気機関車に乗ることができた。客車は2両で車両間の行き来はできない。そして検札もなかった。列車は定刻に出発、ディズニーランドの列車並みのスピードで町を抜け道路の右を行ったり左を行ったりしながら進む。1日2往復なので踏切もない。歩くよりは速いが走るよりは遅いくらいのスピードなので、道路からいきなり少年が走って乗ってくるなど列車の常識を覆す列車だ(笑)。45分ほどで次の駅グームに到着。ここで下車し、この町にあるチベット仏教寺院を2つ訪れてから、ダージリンへの帰路途中にある日本寺に行ってみる。途中の道から夕焼けで赤く染まったカンチェンジュンガを見ることができた。立ち止まって美しい世界第3の高峰をしばし眺める。
日本寺には大きな仏塔があり、日本人のお坊さんもいた。少し話をして、ちょっと太鼓を叩いていきませんかと誘っていただいたが、もう暗くなりつつあり帰り道が不安だったのでお断りしてダージリンへの道を急ぐ。
久々にめいっぱい観光したような気がする。以前はこれが普通だったのに、いつの間にかスローなバックパッカーになっている。インドは見所が多いのでハイペースで進まないと時間がいくらあっても足りなくなりそうだ。

↓トイ・トレイン牽引の蒸気機関車
2005_0118画像0051.JPG

Posted by kimkatsu at 20:01 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月17日

Day184 インド入国

6時過ぎに起こされてバスを出てネパールイミグレに行くがまだ開いてなかった。しかたないので、バスターミナルへ戻り掘っ立て小屋食堂で朝食をとり、両替商で余ったネパールルピーをインドルピーに交換。このレートはほぼ固定されているようでどこでも1.6ネパールRs=1インドRsになる。要するにネパールルピーはインドルピーの相場に連動しているということなのであろう。インドルピーはネパール国内で受け付けてもらえるが、反対はNGらしいのでほぼ全額チェンジしておく。
それからイミグレへ。今度は7時も過ぎていたのでオープンしていた。出国カードを記入し、パスポートにDepartureシールを貼ってもらい手続き終了。歩いて橋を渡りインドへ入国。ゲートを2つ越えてイミグレへ。ここのインド役人も感じ悪かったが、落ち着いて対応し無事入国スタンプをもらう。ここで昨日のバス車内で一緒になったバングラ人と再会したので一緒に少し先のスリグリまで行くことにする。
国境に連なるトラックの列を通り過ぎ、バスでシリグリへ(約1時間、15Rs)。ネパールから入ったのであまり周りの雰囲気は変わらない。英語表記の看板が増えたなぁという程度。ただ、やっぱり人は多い。シリグリの町までの間もあまり途切れることなく店が続いている。シリグリの町に着いて、僕に駅はもうちょっと先だよ言いつつバングラ人が先に降りた。僕は(遅いし高いから)列車に乗るつもりはなかったので、バスの兄ちゃんにバスターミナルは?と聞くともう過ぎたと言われ、慌てて下車。今来た道を引き返す。インド名物リキシャの兄ちゃんが早速声をかけてきたが、相場が分からないのでとりあえず歩く。
バスターミナルに行く前にシッキム州への入域許可証をもらいにツーリストオフィスへ。ここのオヤジも感じよくなかったが、20分ほどでパーミットが出た(無料)。それから近くにいた少年にダージリン行バスターミナルの場所を聞いたら、歩くと10分くらいかかるからリキシャに乗れという。彼はリキシャマンだったのだ。10Rs(約25円)というので乗ると(一方通行があったためリキシャは大回りしたが)何のことはない、バスターミナルは目と鼻の先だった。早速、インド人の狡い商売にはまってしまった。人を騙す輩に金を払うつもりはないので、少年にそう告げて金は渡さず足早にバスターミナルへ消えた。少年なのでちょっと良心が痛む部分はあったが、ボッタクリストに情けは無用だ。
ダージリン行バスはすぐ出発。ここから70kmの距離だが紅茶の産地として有名なダージリンは標高2130mの高地にあり、昨日に引き続き山腹の道を時速15km走行が続く。4時間以上かかって3時頃ようやく到着。この山沿いの町は霧がよく出るらしいが、今日も例外ではなく視界はかなり悪い。近くを見るには問題ないが、とてもヒマラヤを見渡せるという状態ではない。しかもめちゃめちゃ寒い。標高が高いので当り前だが、チェックインした部屋に入っても息は白いままだ。ラサ以来の寒さかもしれない。明日はいい天気になりますように。

そうそう、今日は阪神淡路大震災から10年の日(だと思う)、改めて亡くなられた方々の冥福を祈るとともに復興に力を尽くした方々の努力に敬意を払う。

↓ネパール~インド国境の橋
インド国境.JPG

Posted by kimkatsu at 20:11 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月16日

Day183 慌てて出発

今日はネパール出国予定なのでいろいろ済ませるべきことがある。郵便局が開くのは10時らしいので、9時前にタメル地区の旅行代理店に行き読み終わった本の交換をしてもらう。あわせてカカルビッタ行バスの値段を聞いてみると、明日からまたバンダだという。どうやらバンダは週明けに行われることが多いようだ。ということは今日出発しないとまた数日間足止めになってしまう。今日の状況を聞いてもらうと12時発のバスに1席だけ空きがあるという。う~ん、昨日聞いた情報でバスは3~4時発しかないと思っていたので、12時バスターミナルとなると予定が大幅に狂ってしまう。小包を送るヒマもない。
迷ったが、安全策をとってその場で12時発のバスを予約してもらった。それからカトマンドゥ土産としてショール&マフラーのセットを購入。小包料金のつもりで残していたネパールルピーが余ってしまうので(酒が入手困難と思われる)バングラデシュで飲む用にウィスキーを購入。そして宿に戻ったらもう10時40分。あわてて小包を壊してバックパックに詰め直し、15分でチェックアウト。バスターミナルまでタクシーで急ぐ。結局、出発30分前にはカウンターに着いて食事をする時間もとれた。
バスは満席のはずなのにガラガラで定刻出発。どうせいろんなところに停まってカトマンドゥを出るのは3時頃になるのだろうと思っていたら。予想通り10分も行かないうちにある旅行代理店の前で停まってそのまま1時間半停車(笑)。その間数人が乗ってきたが、彼らも12時半にここを出るように聞いていたので、何で出発しないのか分からないと言っていた。
そして、1時40分、数台のタクシーが停まって団体が乗り込んできた。これであっという間に満席。一番最後にチケットを買った僕は最後列のリクライニングのない席に追いやられた。しかもそこに6人掛け。これから15時間以上バス旅が続くというのにこれはキツイ。先が思いやられる。
2時前に出発、ポカラへの道と分かれ南下、ネパール東西を走る幹線道路のポイントであるヘタウダを目指し山道を走る。途中ポリスチェックがあり、そこでこのバスの乗客は大半がバングラデシュ人であることが判明、ということは途中で降りる人もいないのだろう(涙)。ヘタウダまでの道は久々の悪路。標高2000m以上の峠まで上がっては下るを2回繰り返した。しかも途中から道は未舗装になり、最後列の僕は何度も体が浮くジャンプを味わいちょっと気分が悪くなるほどだった。しかも、山腹道なのでずっと崖っぷち、対向車とギリギリのすれ違いを数十回こなす。精神衛生上も非常につらい時間だった。
時速15km走行で7時間ほどかかってヘタウダ着。この先で食事休憩をしてからは快適フラット舗装道路になったので速度は60km/hくらいで走るようになった。これで一安心。キツイ席ながらも何とか眠る。
そして5時前に終点カカールビッタに到着。まだ真っ暗なので明るくなるまで車内で仮眠させてもらう。

↓カトマンドゥの朝焼け
カトマン朝焼け.JPG

Posted by kimkatsu at 20:18 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月15日

Day182 カトマンドゥへ戻る

予定通り7時半発のツーリストバスに乗ってカトマンドゥへ戻る。バスはポカラへ来たときと同じように数人のツーリストにたくさんのネパーリを乗せたエセツーリストバス。
食事休憩を2回もとり、7時間かけて午後3時近くにカトマンドゥ着。バスが出たところに到着するものと思っていたら全然違うところでちょっと戸惑う。
ツーリストエリアじゃないところに泊まりたかったので、客引きのオヤジにタクシー代を出してもらいちょっと離れたところの宿にした。
荷物をばらして、コーヒーを飲んだらもう4時過ぎ。明日予定しているインド国境行バスの値段、スケジュールを確認しに行く。値段は思ったより高かったがとりあえずバンダでバスが出ないということはないようでほっとした。
続いて明日送る小包用の空箱を探すが、なかなかいいサイズが見つからず1時間近く商店巡りをしてしまった。もう暗くなってから宿の近くで食堂を探すが、近辺は普通の住居エリアで、あるのは看板も出てないローカル飲み屋ばかり。米を食わせてくれるところが全然見つからない。
仕方ないので、キャベツと玉ねぎを買って部屋で炒め、パスタにからめて食べた。カートリッジの燃料もなくなったのでちょうどよかった。
夜は発送用の小包作り。ネパールやインドで小包を出すときは箱を白い布で包んで縫い合わせ、さらに縫い目に封印をするなど手続きが煩わしいらしい。スムーズにできるといいけれど…。

Posted by kimkatsu at 20:24 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月14日

Day181 ネパール出国計画

さて、ネパール滞在も1ヵ月半になり、目的のトレッキングも終えたのでそろそろ出国に向けいろいろ計画を立てる。ネットでインドのお祭りスケジュールもだいぶ分かったので、昨夜それに合わせ2月上旬までの大雑把な日程を作った。
明日、一度カトマンドゥに戻って小包を送ってからカカルビッタ国境までバスで移動。ダージリン、ガントクなどざっと回ってからバングラデシュに入国、1週間から10日滞在しコルカタへ2月初めに入る計画だ。インド南部チェンマイ周辺は津波の被害を受けていそうなので、今回はパスすることになるだろう。バングラデシュの湾岸部に影響が出ているかどうかがよく分からない。ダッカまで行って日本大使館で確認するのがよさそうだが、どうせ行くべきではないと言われそうな気がする。
インドビザがダブルエントリーしか取れなかったのがイタイ。パキスタンに入ったらインドに戻るのにビザが必要になってしまうからだ。ま、そのへんは追々考えるとしてまずは明日の移動。バンダが多いのでスムーズに進むかどうかよく分からないし…。
まずは宿でカトマンドゥ行バスの値段を聞くとちょっと高かったので、直接バス会社のオフィスに行って200Rsで購入。なお、ポカラ発カカルビッタ行のローカルバスもあったが750Rsと高いし、夜行だとチトワンで1泊しなければならないというので大回りだが一度カトマンドゥに行くことにした。
それから、この2日間と同じように午後になってネット屋へ行き日記更新やメール送信。Biglobeのメールが届かなかったのは、1通巨大な添付ファイル付メールが届いていてそのせいでメールボックスの容量が一杯になっていたのが原因と分かった。でも、それを削除しても入りきらなかった分のメールが届くわけではないらしく、約10日分のメールが消えてしまったようだ。
ポカラ滞在も通算6日になるが、ツーリストエリアとローカルエリアの物価が違いすぎて安く済まそうと思うといちいちバスで町まで出ないとならずとても面倒。ツーリストエリアは何の面白味もないし、天気もイマイチの日が続いている。ポカポカ陽気の時期にのんびりするにはいいところなんだろうけど、今の僕にはどちらかというとごちゃごちゃした町の喧騒の方があってるみたいだ。もうちょっと早く出てもよかったけど、宿の居心地がいいのでついつい長くなってしまった。

↓カメラに向かってナマステ~
ナマステ坊や.JPG

Posted by kimkatsu at 21:00 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月13日

Day180 「今」に追いつけ

6時頃目が覚めたが、今日はゆっくりできるので二度寝をして8時頃起床。昨日のチキン1kgがまだ胃の中に残ってる感じ、ちょっと胸焼け気味。
午前中は洗濯をして昨日チェックしたメールの返事を書いて過ごす。さすがに2週間以上の空白、しかも挨拶メールの多い時期だけに結構な数だ。連絡いただけるのはありがたいので、基本的に返信は必ずするようにしている。
旅行中でも町にいる間は何となくでも情報は入るし、週に1回以上はネット屋でメールやニュースをチェックするのであまり「取り残されてる」という意識は感じないが、山に入っていると気になるのは天気くらいで、世の中で起きていることなどどーでもよくなっている。そして、久々に町に戻ると「取り残されてる」という気になってしまう。
普通に旅行しているときの状態に追いつくにはかなりの時間が必要だ。幸いノートPCがあるので丸一日ネット屋にカンヅメという必要はないので助かる。
2時頃にはだいたいレスが書けたのでPCを持って町へ出る。ついでに今後の予定を組むべくタンセン行バスのスケジュールを聞くが、現在バンダ中との回答。これでタンセンへ向かう案は消えた。おとなしくカトマンドゥへ戻り、そこからダージリンへの国境へ向かうことにしよう。でも、そっち方面もバンダだったらどうしよう…。ま、それはカトマンドゥまで行ってみないと分からないだろう。
ネット屋で全てのメールを出した後、バッテリーが切れるギリギリまでいろいろ調べもの。どうもBiglobeのメールBOXに問題があるらしく、メールが入ってこなかったり、サーバーがビジー状態がずっと続いたりしている。前橋にいるときに取ったアドレスだからもう10年以上使っているが、こんな状況になるのは初めてだ。スパムもやたら多いのでもうアドレス潰そうかな~。
さて、町を出て夕食は日本食屋でメンチカツを食べたが、メンチの肉が水牛だったようで肉が黒くてビックリした(笑)。味もイマイチ。やっぱり普通のビーフがいいな。

↓ネパール定食「ダルバート」
ダルバート.JPG

Posted by kimkatsu at 21:03 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月12日

Day179 久々の町

7時前に起きてパッキングを済ませ、7時半にはチェックアウトしてバスターミナルへ向かう。どこ行きか見当はつかないがバスは動いている模様。一安心だ。
この村では英語を話す人を探すのに一苦労する。バスのチケットカウンターの兄ちゃんでもあまり通じない。とにかくポカラ行は8時に出るらしい。
バスが来るまで茶とローティーで朝食。そして、やってきたバスは8時半頃出発。ここからポカラまでは3時間弱の予定、昼前にはポカラに着けるなと考えていたが甘かった。20分ほど快調に走った後、バスのスピードが落ちた。何だろうと思い先を見ると、車が5台ほど連なっており、一番先頭には軍人を乗せたトラックがノロノロと走っている。さらによく見るとその前では訓練なのか5人くらいの軍人が走っている。軍人の訓練を邪魔してはならないのか、後続の車はそのスピードに合わせて進むしかないらしい。軍人が力を持つのは怖いなぁと思った。極端にいえば、(戦時中のように)逆らうものは死という論理がまかりとおりかねないからだ。
そんな状態が1時間半以上続き、さらに途中ポリスチェックも2回ほどあった。それからいつの間にか先頭の軍人はいなくなったが、その頃にはバスは超がつく満員状態かつ登りが続く道に入っていたので、結局時速20kmでの走行がずっと続くことになった。不要な食事休憩もあって結局ポカラに着いたのは午後1時半。5時間かかってしまった。
市バスで荷物を置いてある宿に着いたときは本当にほっとした。それから昨日草稿を作っておいた帰還メールをPCで作成し、4時頃町のネット屋に出かける。
2時間近くメールのDLや調べものをして店を出たらもう暗くなっていた。今日はがっつり肉を食べたかったので、帰り道、目に入ったチキンを1kg衝動買いしてしまった。ついでにニンニクと玉ねぎ、塩も買って、さて帰ろうと思ったらもうバスがないという。まだ7時になったばかりだというのに…。
タクシーは吹っかけてくるので1時間近く歩いてレイクサイドの宿まで帰る。シャワーを浴びて、ビールを飲み、そしていよいよ食事。久々に心ゆくまで肉を食べることができる期待で胸がふくらむ。山で使い切らなかったガスコンロにコッフェルを載せ肉を炒めるが、量があまりに多く、なかなか火が通らないので、表面に焦げ目がついたところでコンソメとお湯を入れスープ風にしてしまった。味は期待したものとは違ったが、2時間くらいかけて腹いっぱい肉を食べささやかな幸せを味わった。

↓泣きながら体を洗われるマガール族の子(本文と関係ないけど…)
マガール坊や.JPG

Posted by kimkatsu at 21:08 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月11日

Day178 足止め滞在

今日は帰りたいのに(バスが出ず)帰れない状態なのでひたすらヒマなのだが、7時過ぎまどろんでるとホテルのマネージャーが朝食のメニューを持って現れた。激しく値切ったから飯で金をとろうという算段なのだろう。ホテルの飯が安いはずはないのでメニューも見ずにいらないと断る。
しばらくしてちゃんと起床。まず破れたズボンの修繕を頼み、その間にサモサで軽い朝食をとる。続いてタライを借りて、山で汚れた服を時間をかけ洗濯。今日はいい天気なので厚手の衣類もちゃんと乾くだろう。洗濯を終えてから念のためバスターミナルに行ってみるが、やはり状況は同じ。バスは明日まで出ないという。
部屋に戻るとき、朝のマネージャーに呼び止められる。飯は食べないのか?と聞くので外で適当に食べてるよ、と答えると。腹が減ってるなら無料で飯を出してやるとの言葉。どういう理由での親切か分からない。考えられるのは料金の交渉をするとき、山から下りてきてその日のうちにポカラへ帰るつもりだったので持ち合わせがないと言ったので、よほど現金に困ってると気を遣ってくれたことか。
さらに炒飯なら食べれるか?とまで言ってくれたので、1泊150円しか払ってないのに申し訳ないといいながらもありがたくご好意を受けることにした。ベランダに出してあるテーブルで食事をいただいてからしばらく今後のプランを立てたりして過ごす。そして3時頃から昼寝、今日は村全体的にのんびりしてるような気がする。田舎町でもバンダの影響があるのだろうか(後で知ったが、実はこの日は祝日だった)?
夕方、また町をブラブラしてから夕食をとって8時頃には床につく。ほとんど何もしてない1日だったが、トレッキングの疲れを取るにはちょうどいい休養日だと思うことにしよう。

↓バグルン中心部の家
バグルン町.JPG

Posted by kimkatsu at 21:13 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月10日

Day177 アンナプルナトレッキングDay15

ラトパニ→ラフガート、ベニ→バグルン(所要6時間)

食堂でチベタンブレッド(なかなかウマイ)の朝食をとってからベニへ向け下山開始。ずーっと谷沿いを歩くのでまた日陰が続くが、標高はだいぶ下がったので昨日ほど寒くはない。
東岸をほぼフラットにずっと歩く。途中、ポツポツとバッティや集落がある。1時間弱でマハビールの村に到着。さらに40分ほど歩くと吊り橋を渡りティプリャンへ入る。ここはロッジが多い。ティプリャンから少し行ったところに崖崩れゾーンがあり、いったん河原沿いを歩く。山腹ルートへ復帰し、ゆるやかにアップダウンのある道を20分ほど歩くと支流の橋を渡りベグ・コーラに出る。現在、ここまで4WDや乗合トラックが入っているようで、2台ほど客待ちをしていたが、しばらく出そうにもなかったので先へ進むことにする。
ここから先は未舗装ながら車道なので日本の林道歩きみたいなものだ。ゆるいアップダウンが続き30分くらいおきにバッティがある。車が入るので人通りはかなり少なくなる。1時間半ほど歩いたところにアーミーキャンプがあり、さらに20分ほど歩くとラフガートの村だった。ここまで約3時間半、意外と早く着いてしまった。ここからベニまでは乗合タクシーがあるので、半月に渡るトレッキングはここで終了。
商店街を抜けたところにあるヒンドゥー寺院前からタクシーが出る。最初の言い値は150Rsだったがローカル料金は20Rs。ベニの手前でポリスチェックがあった。ベニの町はかなり大きく、もうポカラと大差ないくらいに思った。バスパークに行ってポカラ行の出発時刻を聞くと、何とまたバンダ!今日、明日はバスが出ないという。マオイストいい加減にしろ~、昨日8時間半歩いたのはなんだったんだ(怒)。
とりあえず昼食をとって様子を見るが声をかけてくる闇タクもないので、さらに12km先にあるバグルンの町まで歩くことにする。そこまで行くと動いているミニバスなどあるかもしれない。1時半にベニを出て3時間弱。靴下が破れ足が痛む。ローカルでも12kmを歩いてる人はいない(涙)
4時過ぎに疲労困憊でバグルンに着くが、やはりバス、タクシーは動いておらずここで泊まらざるをえない。手持ちがあまりなかったが、値切れたので町でいちばんいいホテルに宿泊、久々に肉を食べた。

↓石積みの家(バグルン近辺の村にて)
0110バグルン民家.JPG

Posted by kimkatsu at 02:57 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月09日

Day176 アンナプルナトレッキングDay14

トゥクチェ→ガーサ→ラトパニ(所要8時間半)

トゥクチェの朝は寒い。寒気がきているようで天気もさえずアンナプルナもダウラギリも雲の中。8時20分に出発し、来たときと同じルートで河原に入る。心配していた向い風はさほどでもないが、ずっと日陰なので寒い。1時間強で河原を渡りきり、コケタンティへの道に入る。ここをさっと通過し10時過ぎにはカロパニ・レテ村に入る。今日はどこまで行くかはっきり決めていなかったのだが、このペースならタトパニまで辿りつけそうだ。
レテのチェックポストを過ぎ、ガーサへの道に入るが天気はよくならない。晴れていればダウラギリの写真を何枚か撮りたかったのだが残念だ。1時間ほどでガーサに入る。橋の手前でまたポリスチェック。この辺りからだいぶ暖かくなってきたので、防寒具を脱いで身軽になる。コプチェパニまで一気に下り橋を渡ったところで休憩。ここまでくればだいぶ先も見えてくる。
滝を越えてダナの村へ入る。マガール族の村に入ると家屋の屋根が石葺きになる。ダナからタトパニへの道であろうことか「ヒツジ渋滞」にはまって普段の半分のペースでしか歩けない。しかも雨までぱらついてきた。4時過ぎにタトパニに着いたが、もうしばらく歩けそうだったのでそのままもう1つの温泉であるラトパニへ向かう。再び橋を渡って15分ほど下るとラトパニの村に到着。着いたときにはもう暗くなりかけていた。
ロッジが心配だったが、開いているところがあったのでチェックインし、すぐラトパニの温泉へ。ここは無料で完全にローカル向けという感じ。英語の説明もない。なぜか非常に浅く、寝そべらないと肩までお湯に浸かることができない。日没までボヘーッとお湯につかり宿へ帰る。そして、ビール&チャン。頑張ったかいのある1日だ。
明日は半月ぶりに下界へ帰るぞ~!

↓ヒツジ渋滞(笑)
0109羊渋滞.JPG

Posted by kimkatsu at 02:50 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月08日

Day175 アンナプルナトレッキングDay13

カグベニ→ジョムソン→トゥクチェ(所要5時間)

8時20分にカグベニを出る。まだまだ日が差し込んでくるには早いのでとても寒い。河原へ出ても日陰状態は変わらない。約30分でエクレバティ到着。ここはスルーして20分強で石垣小屋に到着、まだ寒いのでここもスルーして先へ向かう。休まないのは、この河原沿いは決まって川下側から強い風が吹いてくるので(つまり向かい風)風が強くならないうちにできるだけ先へ進みたいという理由もある。
この先、歩きながらアンモナイトの化石を探すが、化石らしい石はあるものの総じて硬くなかなか割れない。結局、化石を確認することができないまま2時間ほど歩いてジョムソンに着いてしまった。
旧村を抜け橋を渡って空港村へ入る。ここで来たときと同じように2箇所でパーミットチェックを受ける。
ジョムソンからマルファはシャンの集落を通らず河原沿いの道を行き、約1時間でマルファに到着。風がだんだん強くなってきたので、日が差してきても体感温度は低い。トゥクチェまでの道もずっと向かい風に耐えながらの歩きとなる。1時半頃トゥクチェ村に到着。
カグベニやジャルコットに住むタカリ族女性はチベタンらしい格好をしているが、トゥクチェ辺りから下流の村ではパンジャビドレスに布を羽織るといった服装が多くなる。
トゥクチェ産アップルブランデーは無色透明で、マルファのものと比べ、「もろアルコール」という感じ。香りもあまりなくおすすめしません。マルファ産を購入しましょう。

↓ジョムソンへの河原から見たダウラギリ
2005_0108画像0161.JPG

Posted by kimkatsu at 21:33 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月07日

Day174 アンナプルナトレッキングDay12

カグベニ→ジャルコット→ムクティナート往復(所要6時間)

さぁ今日はようやく目的地である聖地ムクティナートへ行く日だ。カグベニは標高の割に寒く、谷に位置しているので日が差してくるのも遅い。周りの景色や濃い青空を含めチベットに帰ってきたような気分になる。
さて朝食、コーヒーをとって(ディパックを持ってきてないので)スナック、水、地図等を食器袋に詰めて空身で出発。ニルギリビューホテル脇の道から入り、山腹を斬ったような大きなつづら折れを上がっていく。40分ほどで台地のようなところへ出る。ここからはダウラギリも見え、アッパームスタン方面の眺めもいい。尾根の向こう側から日が差し始めるとぐっと暖かくなる。
カグベニを出て約1時間でエクレバッティからの道と合流する。ここには標識がある。さらに10分ほど緩やかに登り山腹を左に巻いて進行方向が南東へ変わると目指すジャルコット、白い壁に囲まれたムクティナートさらに先にはトロンパスまで見えてくる。あとはひたすら目標に向かって歩くのみ。山腹のほとんど真っ直ぐな道を進むとロッジが数軒現れ、その先がキンガーの集落。ちょっと高いところにあるジャルコット村が砦のように見える。
30~40分ほど上がるとジャルコットに入る。この辺り川も半分凍っていて日陰は日中でも寒い。ジャルコットの村はカグベニと同じような構造だが、さらに道が狭く、入り組んでいるようだ。
ここからラニポワ手前にあるゲートまでしばらく登りが続く。ラニポワに入ると宿と土産物屋が道沿いに並び、それを抜けるとムクティナートへの最後の登りになる。ラニポワにはチェックポストがあったが、呼び止められなかったのでパスしてしまった。ヘリポートの脇を通って10分ほど登るとムクティナートに到着。数年前から囲いができたようだ。塀に沿って一周できるコルラ道がある。到着時門が閉まっていたので、しばらくトロンパス側からムクティナートを見下ろせる場所に座って昼食をとりながらゆっくりする。ここから見るダウラギリ連峰の眺めは素晴らしい。ムクティナートまで上がって初めてずっと山が連なっている様子が分かる。
ムクティナート内部は菩提樹とそれにかけられた無数のタルチョで独特の雰囲気がある。巡礼シーズンでもないので、他には白人トレッカーが1パーティー来ているだけで、閑散としている。ヒンドゥー寺院であるムクティナラヤンと水の壁を見てからジョムラキゴンパへ。これが今年の初詣だ。観音様に2005年がいい年になりますよう、家族が健康に過ごせるようお祈り。観音像の足下には天然ガスの炎が小さく燃えている。
一通り見て回って1時半に下山。とにかくダウラギリが絶景でずっと見ていても飽きることがない。周囲のチベット的な景観もいいし、また今度機会があればアッパームスタンまで行ってみたいと思う。

↓ムクティナートとダウラギリ
2005_0108画像0131.JPG

Posted by kimkatsu at 21:39 | コメント (0) | トラックバック

2005年01月06日

Day173 アンナプルナトレッキングDay11

マルファ→ジョムソン→カグベニ(所要4時間強)

8時過ぎに昨日閉まっていた河口慧海記念館へ行ってみると掃除していたおじさんが門を開けてくれたので彼の部屋と瞑想室を見せていただく。それからパッキングをし、朝食にアップルパイを食べて出発。
今日も晴天。マルファを出て少し下り気味に30分ほど歩くとシャンの集落に入る。最初の家々から少々登るとだんだん村らしくなってくる。対岸のニルギリが美しいが完全に逆光で写真にならないのが残念。シャンの村を抜け、川を渡って少し登り、切り通しを抜けるとすぐジョムソンの空港、滑走路脇に出る。さらに10分ほどでジョムソン空港村に到着。宿の他、商店が数多く並んでいる。チベットから運ばれてくるらしく「ラサビール」も売っていた。
空港村内にACAPとポリスのチェックポストがあり、両方でチェックを受けなければならない。この先、軍のキャンプを抜け吊り橋を渡って東岸へ出る。こっちがジョムソン本村。村を抜け河原へ降りる。あとは荒涼としたチベット的風景の中、河原をひたすら歩くのみ。マルファを出てからはほとんど緑はなくなり、気温も低く、風は強くなる。そして、空は濃いブルーとチベットに戻ってきたかのような錯覚に陥る。1時間強河原を歩くと石垣が現れ、それを抜け