5月11日、10ヶ月ぶりに日本に帰ってきました。
このLIVE旅日記もこれにて終了とさせていただきます。ご愛読ありがとうございましたm(_ _)mまだ、数日分UPができていない日がありますので、そのページだけは近日中に埋め、全ての日について記録を残しておくようにするつもりです。
なお、最近自動的にコメント欄に宣伝を打ち込んでくる「攻撃」を頻繁に受けたため、コメントを受けつけないよう設定変更しております。
また落ち着いたら違うBlogを作ろうと思っておりますので、そちらでお会いできれば幸いです。
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今日がついに今回の旅の最終日。思えば出発したのは7月、10ヶ月はけっこう長かった。
さて、海岸が東を向いているサヌールで日の出を見るつもりだったが起きれず…昨夜は(久々の帰国でちょっと興奮していたためか)なかなか寝つけなかったのでしょうがない。ずいぶん遅くなってしまったが8時過ぎに市場へ行ってみる。ローカル向けの普通の市場だ。海が近い割には魚が少ないのが意外。それから近くの屋台で食事をしてからビーチへ行ってみる。う~ん、ぶっちゃけイマイチなビーチだ。水も濁ってるし浜も狭い、砂もあまりきれいじゃない。もっと南へ行けばきれいなビーチがあるかもしれない。
一度宿へ戻り貴重品を置いて水着に着替えてから出直してくる。その前に散髪、120円床屋だから文句は言えないが切りすぎだ(涙)。ビーチ沿いには遊歩道があり、それに沿って南へと歩いていくがあまり雰囲気は変わらない。歩いていると物売りやマッサージと声をかけてくるおばさんがうっとおしぃ。俺は20,000Rpしか持ってきてないからマッサージなんかできないのに…。日本人は全然見かけないが物売りが日本語で声をかけてくるところを見るとシーズンにはそこそこ日本人も来ると思われる。
感想として、サヌールは古いビーチなのだろう。高級ホテルもないし来てるのはブヨブヨした腹をさらしてる白人の年寄りばかり。かなりガッカリだが、半日体を焼くだけだから別にいいか。しばらく水浴びをしてからビーチ沿いのレストランでビールを頼み、その店のデッキチェアに寝そべって本を読みながら体を焼く。日焼け止めを持ってないので少し控えめにしておかなければ…。
やや雲の多い日だったが南国の日差しはこれでも十分。3時間ほど寝ていたら思っていた以上に焼けてしまった。宿に戻りゆっくり水シャワーを浴び火照った体を冷やす。それからパッキングをして荷物を預け町の中心へ行ってみるが、ただ食堂や宿が並んでいるだけで面白くもない。安宿はこの辺りを探せばあったようだ。
5時半頃宿へ戻り荷物を引き取ってシャトルバスのオフィスでバスを待つ。その間に近くのDVD屋でDVD12本(10万Rp=約1200円)を購入。シャトルバスが空港に着いたのは7時過ぎ。フライトまで3時間近くあったがカウンターはオープンしていたのでチェックインしてゲートが開くのを待つ。Duty Free Shopにエビスビールがあったので(2.10US$)おばさんに頼んで冷蔵庫で冷やしてもらい45分待って飲む。やっぱりエビスは濃いなぁ。
9時半にゲートが開いて機内へ入る。こんなに日本人いたの???と驚いた。8割以上は座席が埋まっている。隣にも人が来たので空いている1列へ移動。機内ではひたすら酒を飲みながら日本の新聞、雑誌を読んでいた。日本便はスラッとしたいかにもCAという感じのお姉さんが多い。しかもほとんどの人がカタコト以上の日本語を話す(その代わり日本人CREWは乗っていないようだ)。夕食がサンドイッチしかでなかったので、もう1個食べたいといったらちゃんと持ってきてくれたし、なかなか感じがいい。雑誌を読みふけっていて3時頃まで起きてしまった。
↓サヌールのビーチ
今日はウブド最終日。午後3時のバスでビーチ沿いの町サヌールへ移動するのだ。朝食をとってからパッキングを済ませチェックアウト。巨大なバックパックを置いて出かける。近くのツーリストサービスで自転車を借り(半日10,000Rp)てサイクリングへ出発。まずは帰国前最後のメールチェック。バリはメールも高く、5分1000Rpが相場、しかも遅い(涙)。
ネット屋を出て一昨日バイクで通ったコースを辿ってテガラランへ向かう。このコースの景色が気に入っていてもう一度ゆっくり見たかったのと、他によさそうな所を知らなかったからだ。途中で祭礼の準備をしているお寺があったので見学させてもらう。初め、短パンで入ってしまったので、帽子をとりサルンを着るように注意されてしまった。ルールさえ守ればツーリストでも見学OKでコーヒーまでごちそうになった。こういった行事の際は村人総出で作業を行うようだが、やっぱり主役は女性のようだ。男性もいるが女性はその3倍くらいいる。英語を話せる人がいなかったので詳しい話を聞けなかったのが残念だったが、作業しているグループに挨拶して何枚か写真を撮らせてもらった。女性グループの中の一人、香坂みゆきをちょっとふくらませて、色を濃くしたようなかわいい娘と目が合った。他のおばさん達とは僕を見る目が違うような気がする。一瞬恋の予感でときめいた。でもこういうおばさんグループに作業をしているってことはやっぱり人妻なんだろうか???俺もあさってには日本だし…残念。以前日系企業に勤めていた友人の弟の話ではインドネシアに駐在した日本人男性が現地女性と結婚する例はかなり多いらしい。ただ、今まで観察したところでは、この国はあまりボニータ度が高くないようだ(^^;
お礼を言って寺を出て北へ進む。バイクに乗っていたときは感じなかったがこのルート、行きはかなりの登り。汗が吹き出てくる。今日も晴天で雄大な夏雲が広がっている。途中で写真を撮ったりしながら45分くらいかかってテガラランの村に到着。手頃な仏像を探したりしながら自転車をこぎ進む。村の外れ、棚田を過ぎた辺りからまた登り坂になったのでこの辺りで引き返す。1時頃、市場の食堂で昼食。チョップスイを食べていると、食堂の娘が日本語で「おいしい?」と聞いてきた。この娘もまたかわいく、こんなコが毎日インドネシア料理作ってくれたら幸せだろうなぁなどと想像してしまう。
帰り道、カゴを頭に載せたバリ女性をモチーフにした細長い置物(人形?)を発見。素朴でいい感じだ。木は軽く柔らかいので細工は簡単だろう。ということは安いはず、と踏んで値段を尋ねると、高さ60cmのもので40,000Rpという。やっぱり安い。よく見ると作品としてはしょぼいが、この値段なら悪くない買物だろう。大きさと格好が違うものを2つ購入して帰る。帰り道が下りでよかった。
荷物を引き取り予定通りサヌールへ移動。ここでは期待していた客引きはおらず、格安ロスメンは見つけられなかった。20分ほど歩いて1泊60,000Rpのホテルにチェックイン。見た目は中級ホテルだが部屋はウブドのロスメンの方が上だ。サヌールは一応ビーチリゾートなので安宿は少ないようだ。着いてシャワーを浴びてから昼寝、明日は丸一日ビーチで過ごせるので今日はゆったり宿で過ごす。明日は海岸で日の出を見たいのでインドネシア(多分)最後のビールを飲んで早めに睡眠。
↓祭礼の準備
8時頃朝食をとってしばらくテラスでのんびりする。どこからともなくガムランの音色が流れてきてちょっとしたリゾート気分に浸る。9時頃宿を出て市場へ行ってみる。ぱっと見は土産物市場なのだが奥には食品売場があり、カゴを頭に載せたおばさんが買物に来ている。バリの女性はたいてい荷物を頭に載せている。もちろんバリに限ったことではないが、ここでは特にその姿が目立つような気がする。
市場の脇にあるお寺を見て気がついたのだが、どうやらお供えをするのは女性の仕事らしい。今日は日曜だからかお供えものを運ぶ姿をよく見かけるのだが、それが例外なく女性なのだ。皆、一応正装している。なお、僕が見たところバリ女性の正装はスケスケのブラウス(笑)に帯、サルン(巻きスカート)というものだ。スケスケブラウスなので赤やどぎついピンクのブラをしたおばさんが多いというどうでもいい発見があったりもする(笑)。そうそう、お寺の注意書きによると生理中の女性はお寺に入ってはいけないらしい。いろいろ決まり事があるようだ。
さて、市場を出ると向かいの王宮からガムランが聞こえてきたので誘われるように入ってみる。と、その音楽はテープで、女の子達が大勢先生について踊りの練習をしている最中だった。小学生以下の子ばかりだと思うが踊っている姿は真剣そのものだ。プロの踊り子のステージでは自然な動きも習っている過程を見るとすごく難しそう。この子達は教養として習っているのかそれとも踊り子は憧れの職業で皆それを目指しているのだろうか?質問したかったが、英語ができそうな人がいなかったので聞けなかった。反対側の集会場では男の子達が同じように踊りの練習をしているがその数はずっと少ない。
ここを出てプリ・ルキサン美術館へ行く。日曜11時からバロンダンスのパフォーマンスがあるというのでお得だなと思っていったのだが、これが超ショボイ。演奏も踊りも子供によるもので、バロンダンスは5分くらいで終わり、後は「かごめかごめ」みたいな何だかよく分からない子供の遊びをベースにした踊り(?)が続く。これを紹介する「歩き方」の気がしれない。美術館自体は、展示数はさほどでもないが、バリ絵画(彫刻も少し)の地域や時代による様式の違い等日本語の解説もあってまずまずの内容。絵画のテーマはやはりラーマヤーナ、マハーラバータといった物語のシーン、それに農村や祭りの風景が多い。自画像や静物画といった西洋絵画によくあるテーマは見当たらなかった。
ここでたっぷり2時間使って町へ戻り、両替をする。T/Cで9420Rpと好レートのところがあったので100US$をチェンジ。この島の両替屋はレートがピンキリ。あまりいいレートのところはコミッションをとったり金額をごまかしたりするらしいので要注意だ。不思議なのはレートが悪い店の存在だ。1US$当たりで300Rpも低いレートの店に客が来るとは思えないのだが…。他の店のレートを見て調整しないのだろうか???
両替も済んだところで、「歩き方」オススメの3時間散歩コースを歩いてみる。観光客通りから離れたところにもギャラリーが数多くあってこの村の芸術家(?)人口に改めて感心させられた。観光客だけではなくバイヤーも相当数来るのだろう。じゃなければ需要に対して供給過剰になっているはずだ。
ギャラリーゾーンも抜けるとのどかな田園風景になる。青空に白い夏雲が映える。インドネシアの家は茶色い瓦屋根の家が多いので、庭にハイビスカスが咲いていたりする風景は沖縄を思い出させる。バロン像はシーサーの代わりだ(笑)。行程の半分を過ぎた辺りで木彫りで有名なニュー・クニン村に入る。工房を数軒あたっていい仏像がないかと探したがどうもイメージと違う。この村はどちらかというと質より量・安さというタイプの商品が多いようだ。遠目にはすごく細かい彫りに見えるものでもよく見ると安物の彫りはそれなりだということが分かる。
5時過ぎ宿に戻りしばらく休憩し、夜はケチャ(伝統舞踊の一つ)を見に行く。「ケチャでは楽器を使わず100人以上の男の声が伴奏になる」と言われても実際見るまではイメージが湧かなかったが、大勢の男達が火の周りを囲むように座り、体を揺らしながら「ケチャ・ケチャ」(と聞こえた…だからケチャというのだろうか???)を繰り返す(僕にはそれが虫の集団が鳴いているように聞こえちょっと気味が悪かった)。ア・カペラで「ボン・ボン・ボン」とバックで歌っているようなものだろう。たまにリードボーカル(?)のじいさんがメロディーを入れる。その男達の円の中でダンスが行われるのだが、それはおまけという感じ。火の明りだけなので暗いし、スペースもないので一昨日見たテイルタ・サリほど魅力的なものではなかった。興味深いものではあるが、満足度としてはイマイチ。一度見ればいいかなという程度。
↓踊りの練習をする少女達
昨日客引きしてきたおっちゃんが強く勧めるので彼のバイクでウブド周辺の見所を回ることにした(80,000Rp)。9時に出発してまずはテガラランへ向かう。村をちょっと離れるとのどかな田園風景が広がっていて田んぼの緑がまぶしいくらいだ。この周辺の田んぼは稲が3ヶ月で収穫できるので3期作が可能だという。確かに田植えしているところがあればもう穂が大きくなっているところもある。水が豊富で年間を通じて温暖な気候のおかげだろう。所々で神々の彫刻とそれにお供え、祈りを捧げる人々の姿を目にする。ジャワ島とはほんのわずかな距離でしかないのに人々の生活様式は大きく異なっているようだ。
テガラランには木彫りの店が多い。ここでは複雑、精緻な芸術性の高い彫刻よりも大雑把な土産物用の彫刻が中心のようで猫やマスクなど同じものが店先に大量に並んでいる。村を過ぎてしばらく行くと最初のポイント「棚田」に出る。雲南のような大規模なものではないが、とにかく熱帯の緑が美しい。田んぼの中にヤシの木が生えている風景が東南アジアを象徴しているようだ。ここを出てスバトゥ村にあるカウィ・エンプルというヒンドゥー寺院へ行く。きれいな泉とそれに付随する沐浴場、その奥に祠が並ぶという構成。泉の水は青く澄んでいて魚がたくさん泳いでいる。祠は新しく修復されているものが多い。普段なら修復されたものには歴史的な価値がないのであまり関心を持たないのだが、この島では祠や神像は皆「現役」であり、古くなったら当然のように修復されている。そして、それが彫刻師などの芸術家を産み出す力となっているのだろう。チベットで見たとにかくお賽銭やバターを捧げてご利益を求める「仏にすがる」姿とはまた違った「神とともに生きる」ような宗教観がここにはある。とにかくお祈り、お供えといった宗教行事が特別なものではなく自然に人々の生活に溶け込んでいる。それがバリらしさなのだろう。僕自身、この自然さがとても気に入った。生活してもいいなと思ったほどだ。
この後、タンパシリンの村へ行き、ティルタ・エンプル、グヌン・カウィといった寺院、遺跡を見て、南にあるゴア・ガジャ遺跡を見学。どこも入場料は一律で4100Rp。約50円だが数行くとばかにならない(場所によっては交渉し学割で半額)。
とにかくウブド近辺はどこへ行っても熱帯の瑞々しい緑と澄んだ水がある。緑、水、そして神がこの島には欠かせないのだ。また、観光が大きな産業となっているこの島ではどこに行っても土産物屋が軒を連ねているが、それさえも何となく自然でもう島の一部となっているような気がする。そのためなぜか他の町ほど気にならない。
最後に木彫りで有名なマス村へ行って、作品や作業の様子を見学。ここはテガラランと違って職人芸中心。店というよりは彫刻ギャラリーといった感じだ。一体の神像を彫るのに数ヶ月かかるのもざらで値段もそれなり。いい仏像、観音像があったら買おうと思っていたが、やはりどれも数万円単位で手が出ない。50cmくらいの観音像の値札が380US$、いくらなら買うんだというので正直に50$と言ったがさすがにそこまでは下がらなかった。
↓カウィ・エンプルの沐浴場
4時頃目覚めたら車掌が何か言っていて、乗客の半分くらいが降りていった。何だか分からないが不安だったので確認してみるとジャカルタの到着バスターミナルが数箇所あるため別のバスと調整をしているようだった。自分が目指すターミナルの名前が分からなかったが、近くの地名を言ったらそれならあっちのバスだと移された。移った先のバスは1列5人掛けなので狭い。しかし、すぐにまた眠りについてしまった。
次に目覚めたときはもう6時過ぎ。ジョグジャを出たときはあまり早く着いても困るなぁ、なんて考えていたが6時を回ってもまだ着かず、しかもちゃんと予定していたバスターミナルに着くのかも分からない状況になると余裕かましてた自分を後悔し始めていた。というのは11時半のフライトでバリに飛ばなければならず、ジャカルタの恒常的な渋滞を考えると9時過ぎには友人宅を出なければならなそうだからだ。
7時半過ぎにバスターミナル到着。しかし、友人宅からは遠く離れたターミナル。ここで、再度行先を確認すると、これから次のバスターミナルへ向かうという。後は渋滞に巻き込まれず早く着いてくれることを祈るだけだ。8時20分ようやく予定していたターミナル到着。すぐタクシーを拾って友人宅へ。運悪くボッタクリタクシーに当たってしまい、指摘するまでメーターを倒さないし、メーターも細工してあったようだ。急いでいるので1区間だが高速を使う。出口から友人宅は500mも離れていないのに、高速出口では6800Rpだったメーターが着いてみると19500Rpに跳ね上がっていた。そしてドライバーの要求額は2万Rs(怒)。さすがに切れて5000Rp札2枚だけを彼に投げつけて一方的に車を降りて去った。
さて、友人宅に入ると、幸い、昨日スマトラに帰る予定だった彼が今日の午後発に予定変更していて在宅だった。再会を喜ぶのもつかの間、フライトが11時半だというともう30分ちょっとで出ないと危ないという。シャワーを浴びる間もなくパッキングを済ませ朝食をとる。午後の便に変更できれば一緒に空港に行けるので、可能かどうか聞いてもらうがチケットをFAXしてその確認ができてから判断するという。通常、フライトをミスしたら次のフライトに振替えになるだけなのに事前に聞くといろいろ確認が必要になるなんて変な話だ。結局、FAXして回答を待つ時間もないので、9時半過ぎお世話になった友人とその家族に別れを告げ空港に向かう。しかし、予想通りの渋滞。数km先のBlockMまでに45分かかり、そこからエアポートバスに乗るが空港は遠い。時間はどんどん過ぎ胃がキリキリするような時間を過ごす。結局、空港のチェクインカウンターに着いたのは出発時刻2分過ぎ。しかし、該当のカウンターは開いていたのでフライトが遅れたのかと思ったら、やはり「11時半の便はもう出たので次の便になるぞ」と言われる。あぁやっぱりダメか。だったらもっとゆっくりしてくればよかった。次の便の出発までは約1時間、大した待ち時間でもないのでバリの予習をして過ごす。
1時過ぎ、バリ行のフライトが出発。機内では昨夜なくしてしまったインドネシア語カンペを作り直していた。1時間半ほどでバリ島到着。この空港、タクシーしか交通機関がないという非常に不親切なところだ。しかも、そのタクシーが数km先の町クタまでで25,000Rpもとる。しかし、他に選択肢もないのでタクシーでクタへ。車から見るクタは多くがオージーと思われる白人だらけだ。完全な白人ツーリストタウン。また嫌気がさしてきた。クタに滞在する気はないので、内陸の村ウブドへ行くシャトルバスのオフィスへ行く。ここで最終4時半のバスを予約。1時間余裕があったので荷物を置いてクタの町を歩いてみる。日本語のインフォメーションがあったので入ってみると日本人の女性がいていろいろ教えてもらった。ふと、4時半のバスでウブドへ行くと言ったら、彼女が「え、もう5時ですよ。ジャカルタから1時間時差があるから…」と言う。え~!知らなかった。あわててオフィスに戻るとちょうどバスに乗客が乗り込んでいるところだった。ウブドまでは1時間強の道のり。宿を決めていなかったので客引きのバイクに乗って1泊朝食付35,000Rpの部屋を見る。コテージ風の造りで部屋も広くグッドバリューだ。400円でこのレベルの宿に泊まれるならそこら中にある100ドル以上する宿はどんな部屋なんだろう???
一休みして7時過ぎにバリの古典舞踊を見に行く。ティルタ・サリという有名な舞踊団のショーで驚くほどの観客であふれていた。2列目に1つだけ空いていた席に陣取ってダンスを見る。ジャワの音楽がソフトでスローな癒し系なのに対し、バリの音楽は時に激しく、音も金属的で対照的。ハチャトゥリヤンの「剣の舞」を思い出したほどだ。ダンスは近くで見て大正解。美しい踊り子(おばさんが2名いたが…)が指先から眼球まで使って物語を表現するもので、動きは非常に大胆かつ素早くリズミカルだ。ほとんど目を離すことができないまま5部構成2時間のショーを堪能。僕的には大満足。ただ、時折入るコミカルな演出は好きではない。あくまでトラディショナルなものを見せてほしかったが、白人家族連れなどにはユーモラスな味付けが必要なのかもしれない。珍しいのは女形のパフォーマンス。男性が女装してガムランを演奏したり踊ったりするのだが、歌舞伎のほっそりとした美しい女形と違い、ここのは一歩間違うとお○まちゃんショーになってしまうような普通のおじさんだった(笑)。
↓ティルタ・サリの舞踊
ジョグジャ滞在も今日まで。しかも夜行バスでジャカルタに戻るので夕方くらいには出発しなければならないだろう。というわけで、ジョグジャもう一つの遺跡プランバナンへ行くのはあきらめる。チェックアウトをして、荷物を宿のばあちゃんに預け、クラトン(王宮)へ向かう。
クラトンは南北に分かれていて、入口が二つあるだけでなく、中もつながってない。北側はほとんど見るべきものがないので入る必要なし、でもそれをちゃんと自覚していて入場料も安い(笑)。南側はスルタンの博物館があって、それなりに展示は充実。中庭で伝統音楽の演奏と舞踊も行われていたが、踊りは10分ほどで終わってしまったのでちょっと残念。
クラトンを出てから鳥やペットを売っているガスン市場へ行ってみる。ここは旅行者もほとんど来ないローカル市場。かごに入ったコオロギがたくさん売ってるので鈴虫みたいに飼うのかと思ったら鳥のエサだった(笑)。珍しい動物としては、猿やサソリ等。ふくろうの子供は産毛フサフサでかわいかった。店の女の子がエサコオロギをくれ、餌付けをさせてくれた。そのうえ、サソリまで出して手に乗せてくれたが、こっちはあまりうれしくない。
それから、タマン・サリ(水の宮殿)まで歩いてみるが、意外と入場料が高かった(5000Rp)ので入らず。腹減ったなぁと思いつつブラブラしてると、クラトンのセキュリティーをしているというおじさんが話し掛けてきて、物売りは観光客と見るとぼってくるからいい買物をしようと思うなら自分で探していきなさいというので、でも探すったって安い店知らないから探せないよと答える。すると、おっちゃんはバティックを買うなら政府系の店、学生の作品を置いているギャラリーがあるからそこがいいと言う。さらに、ベチャ(前に乗客を乗せる三輪自転車)は1kmで1000Rpくらいで十分だという。え~「歩き方」には1km→4000Rpが相場って書いてあったぞ!
で、そのおっちゃんがベチャを呼んで例のバティック屋まで交渉してくれたので1.5kmくらい離れた店まで本当に1000Rpで行けてしまった。安い!着いた店は一昨日客引きの兄ちゃんが連れてきたところだ。あの兄ちゃんも良心的なヤツだったんだと悟る。安い店というので、せっかくだし買う気で真剣にいいものを探す。値段はピンキリだが、安いものでも探せばまあまあのクオリティのものが混じっている。1時間くらいかけ選びに選んで3枚購入。バティックは荷物にならないのでおみやげにはちょうどいい。ただ、額から外した瞬間、作品が布に変わってしまうような気になる。
もう3時近いのでバスターミナルへバスの予約をしに行かなければ。行きに乗ったバスは非常によかったのでこの会社のバスを探すが、今日はもうないと言われる。ジョグジャのターミナルはジャカルタと違ってバス会社ごとのロケット(窓口)になっておらず、代理店が各社のチケットを扱っているようだ。4つくらいあたってみるが、やはり目指すバスはなく、しかも全体的に値段も高い。6時頃出るエアコンバスがいいというと、エアコンバスは4時が最終だという。え、もうギリギリじゃん。荷物を宿に置いているので往復1時間以上はかかってしまうだろう。あわててチケットを買って、バスで町へ戻る。荷物を取ってバスターミナルへ戻ったのは出発10分前。危なかった~。
↓ジョグジャのベチャ 1km12円で営業中(笑)
今日は世界三大仏教遺跡の一つ「ボロブドゥール」に行く。そもそもジョグジャカルタまで来た目的はこの遺跡を見るためなのだ。早起きするつもりだったが目覚めたらもう8時過ぎ。どうもパキスタン出国以来睡眠時間が長くなっている。暑さで熟睡できていないからだろうか???
町の北へ延びる通りからバスを拾う。乗車時にボロブドゥールに行くか確認しているにも関わらずずっと手前までしか行かないバスに2本乗ってしまう。この国もかなりの「いい加減」国家らしく、平気で適当なことを言って金を取ろうとする。金は取り返すが時間を無駄にしてしまう。3本目のバスでようやくボロブドゥール到着。もう10時を過ぎている。外国人料金があると聞いていたがチケット売場には何も書いてないので、ダメモトでしれっとインドネシア語で「チケット1枚」と言ってみる。売場のオヤジはちゃんと顔を確認しているようで「どこから来た」と返された。この時点で失敗は決まったようなものだが、一応「ジャカルタ」と言ってみた。するとインドネシア語であれこれ言われるが、聞き取れず。ジェスチャーで身分証を出せといってると分かった。「ない」と言うと、別の建物でチケットを買うように言われた。やはりインドネシア人には見えないようだ。外国人料金は10US$or90,000Rp、インドネシア人は7,000Rpなので10倍以上だ。取り過ぎ(怒)。幸い学割があり、大人の6割でチケットを購入できる。学生証の期限が3月で切れているので心配したがバレずに54,000Rpで買うことができた。
この先で荷物チェックを受けいよいよ遺跡へ。小学生の集団が多くてうざったい。ここはアンコールの遺跡群とは違ってピラミッドのような巨大な石積みの寺院があるだけだ。石の大きさはピラミッドのように巨大なものではなく、コンクリートブロック程度だが、全体の大きさは半端ではなく相当離れないとカメラのフレームにも納まらない。階段を数段登って時計回りに回廊を歩く。ローカル観光客のほとんどは回廊には全く興味を示さず、そのまま頂上へと上がっていく。回廊の幅は約2m、内側にレリーフがあり、仏教に関する様々なストーリーが表現されている。特に第一回廊は内側の段が高いため、レリーフが2段に分かれており、外側にもレリーフがある。上段のレリーフでは仏陀の生誕から説法を始めるまでの場面が描かれており、いくつか「あ、この場面だ」と分かるものもあった。当然だが下の階ほど距離が長いので第一回廊をゆっくり見るだけで30分くらいかかってしまう。第二回廊から第四回廊まではほぼ同じ造りで両側にレリーフが続く。内側のレリーフは一段のみ。各階の間には仏像がたくさん置かれているが、頭の欠けているものも多い。この遺跡は 世紀に建造されたらしいが20世紀になってオランダ人によって発掘されるまで土に埋もれていて全く手つかずだったという。これは遺跡にとってはすごい幸運だったと言えるだろう。なぜなら普通に遺跡の存在が認識されていたらイスラム教の浸透に伴いムスリム達によって破壊されていたに違いないからだ。
第四回廊の次はストゥーパ群がある階となる。菱形の窓がある各ストゥーパの中には仏像が置かれている。この菱形ストゥーパ階が2段続いた後、四角窓のストゥーパが1段、最後、頂上は大ストゥーパになっている。上層階に来ると視界が開け眺めがぐっと良くなる。ストゥーパが仏教徒にとって神聖なものであることすら知らないローカル連中がストゥーパに登って休んでいたので、何人かに降りろと注意する。本来ならちゃんと監視をつけるべきだと思うのだが…。そもそも禁煙になっていないことが不愉快だ。イスラム国家だから仏教遺跡に対する敬意が欠けているのだろうが、世界遺産なんだからちゃんとしてほしいものだ。
2~3時間かけて寺院見学を終了。見応えは十分だったが、やっぱりスケール、彫刻のレベルなどの点でアンコール遺跡群には敵わない。階段を下り、出口へ向かう。わざと出口を遠くに設けぐねぐねした商店街をずっと歩かせるようになってある。ショッピングに関心のない僕には非常に煩わしい。ようやく外に出て、1.5kmほど先にある 寺院へ行くがここはしょぼかった。近くで昼食にガドガドを食べさらに先にあるムンディッ寺院へ。寺院の外観はヒンドゥー的なのだが中には大きな仏像が三体ある。外壁のレリーフもなかなかのものだ。
ここからジョグジャへ戻るバスに乗るが、来た時と同じように適当なことを言われ、やはりバス3本乗り継ぐことになった。しかもものすごい大回りをしたため2時間半以上かかってしまった。
宿に戻ってシャワーを浴びてから伝統芸能の一つ「ワヤン・クリッ」という影絵芝居を見に行く。ガムランなど数種類の楽器による演奏をバックに影絵師が数十種類にも及ぶ人形を一人で操り、物語を展開していくものである。影絵なので人形はペラペラだが、水牛の皮で作られており強度は十分、激しい動きにも耐えられる。また、きれいに着色されておりそれ自体が芸術作品でもある。ゆったりとそして透明感のある演奏の中で影絵師が両手を使って人形を操りつつ、固定マイクでストーリーを語り、さらにクライマックスでは足の指で鐘(?)をカンカン鳴らして盛り上げるという八面六臂の活躍を見せるすごい芸だ。なので、影絵(シルエット側)も美しいが、裏で人形使いの技を見るのも楽しい。これが観光客向けではないものだとオールナイトで影絵が繰り広げられるというからスゴイ。ただ残念なのは口上が全て現地語なのでストーリーが分からないこと。演劇と違って人形の動きは少ないのでそれからストーリーを察することは難しく、言葉が分からないと中国語で紙芝居を見ているような状態になってしまうのだ(涙)。そういう僕も2時間のプログラムだったが、途中退屈になり1時間ちょっとで出てしまった。
↓ボロブドゥール
バスは予定通り7時頃ジョグジャカルタ(以下ジョグジャ)に到着。バスターミナルは新しい場所に移転していたが、おっちゃんに中心部へ行くバスの番号を聞いて問題なく安宿街まで移動、そこからは客引きに任せ約2ドルの部屋にチェックイン。
評判通りジョグジャの物価は安いようだ。I曰く、ここは人もいいということだったので楽しみ。ただ、日本人というとやはりぼられるようなので、Iのアイデアで自分はカンボジア人だということにしてみた。が、やっぱり顔が日本人なので、結局顔を見て「コンニチワ」「ヤスイヨー」等々声をかけられてしまう(笑)。
客引きの兄ちゃんが、絵画のコンペをやってるから連れて行ってやるというのでついて行くと、まず作品を作ってるところから見たほうが言いといって早速バテイック屋に案内されてしまった。バティックにあまり関心はなかったが、3人の女の子が丁寧にロウで模様をなぞっているのを見ると大変な作業だなぁと素直に感心してしまう。ま、来たばかりなので値段だけ聞いて店を出る。と、さっきの兄ちゃんがいなくなっていたので、近くの食堂で朝食。魚唐揚げ+野菜定食で3000Rp(約35円)安くてウマイ。食後、今日の予定を考えたが、夜行明けで眠いのでとりあえず午前中は寝ることにした。
起きたらもう1時過ぎ。早速街歩きに出かけると、さっきの兄ちゃんが、今夜プランバナン寺院の野外劇場でラーマヤーナ舞踊があるので見たほうがいいと言って旅行代理店へ連れて行く。もともと滞在中に見るつもりではあったのだが、できれば明日がいいなと思っていた。しかし、スケジュールを見ると5月から10月は毎週火・木の2回だったので、チャンスは今日しかない。一番安い席で30,000Rp、加えて送迎が往復30,000Rpで計60,000Rp、思っていたより高いが仕方がない。5時集合なので、午後の自由時間があまりなくなってしまった。
今日は、町の中心マリオボロ通り周辺をブラブラしたり、市場へ行ったりして活気ある町の雰囲気を楽しむ。たまたま本屋街を見つけたのでしばらく辞書を探す。インドネシア語はアルファベット表記なので辞書があれば自分で言葉の意味を調べることができる。いろいろ迷った末、100円くらいの辞書を購入。気づくともう5時近くなっていて慌てて宿へ戻り、準備をして集合場所へと急ぐ。
会場までは30分強、開演時間の1時間前に着いてしまった。寺院脇の屋外劇場なので雰囲気もいい。伝統音楽の演奏をしていたので、しばらく横で聴いて、楽譜を見せてもらったりした。ラーマヤーナのあらすじを書いた日本語のパンフレットも用意してあり、とても便利。値段ごとに分かれたエリア内では自由席なので見やすいところを選んで座る。
英語とネシア語での前説の後、いよいよ開演。セリフはないので言葉が分からなくても問題ないし、動きも大きいので多少距離があっても楽しめる。(当たり前だが)あらすじのとおりに物語は進み、クライマックスの白猿ハヌマンが宮殿に火を放つシーンでは本当に藁葺きのセットを炎上させるという驚きのパフォーマンス。ここで第一部が終了し、しばらく休憩。第一部終了時でストーリー的には既に2/3以上きているので、第二部は30分ほどで終わってしまう。とても満足の2時間だった。実は今日の公演が今シーズン最初の屋外公演、11~4月までの屋内公演ではあんな炎上は見られなかっただろう。いい時に来ることができた。
↓ラーマヤーナのクライマックス「宮殿の炎上シーン」
今日の夜行バスでジャワ島中心部にある古都ジョグジャカルタへ移動する。ジャカルタ→バリのフライトを予約してしまったのでそこで2泊してまたジャカルタに戻らなくてはならないのが面倒くさい。インドネシアのフライトを予約するとき、情報がほとんどなかったので、まさかジャワ島のジョグジャから海を渡ってバリ島まで1本のバスで行けると思っていなかったのだ。
Iに調べてもらったところでは、ジョグジャへは列車の方が早いが寝台車でもないのに17万Rpと高いのでバスにする。I宅から近いバスターミナルへ行って5時のバスを予約、77,500Rpだった。
昼近くからI達と一緒に昼食&買物に出かける。I姉の子はマクドに行きたいと言い張るので、女性と子供はマクドで、インドネシアまで来てマクドに行きたくなかった僕とIは近くのローカル食堂に入った。ココナツミルク味のカレーで煮込まれたチキンは定番料理だがいかにも東南アジアのテイストでウマイ。
食後、マクドで合流してIが現在住んでいるスマトラのバタムへ帰るためのチケットを探しに行く。途中、高級住宅街ポンドックインダーを通るのだが、豪邸が立ち並ぶ通りの中、1軒だけボロイ空家がある。そこは本物の「お化け屋敷」で、住む人住む人必ずお化けに遭うのでいまや誰も買い手がつかなくなってしまったらしい。お化けが出る理由もちゃんとあって、昔この家は白人の新興宗教集団が所有していて、そこで幼児わいせつが繰り広げられ、挙句に殺された子供もいたらしい。そして、お化けはその子供たちの霊というのが地元の通説だ。門は施錠されていて入れないようになっているが、仮に開いていても僕に入る勇気はない。
Iの嫁さんはBlockM近くの通りに建ち並ぶ旅行代理店を数軒あたって安いチケットを探し歩く。I達は車の中で留守番&昼寝。僕には車内が暑すぎるので、Iの嫁さんと一緒にエアコンの効いている店に入って涼む。(何度も言っているが)渋滞の街ジャカルタではどこに出かけるにも時間がかかる。チケット屋をあたっているうちに時刻はもう3時をまわり、ちょっと不安になってくる。4時前、ようやくチケットを購入して帰路に着くがまた渋滞にはまる。家に戻り、あわてて支度をしてまたIと嫁さんと一緒に車でバスターミナルへ。
ターミナルに着いたのは5時ギリギリで僕はヒヤヒヤだったが、Iはここのバスは最低でも30分は遅れて出発するから大丈夫と落ち着いたものだ。チケットを見せてバスに案内してもらう。スンベル・アラム社という会社のバスは新しいボルボのエアコンバス。もっとショボいバスを予想していたのでうれしいビックリだった。Iの言うとおり出発は30分以上遅れて5時45分頃、出発まで残ってくれたI夫妻に見送られてジョグジャへ向かう。出発してすぐ水とスナックが配られる。おぉ、トルコ並みのサービス。インドネシアやるじゃないか。バスは高速道路にのって東へと走る。僕はすぐに睡眠。9時頃夕食&お祈り休憩で停車。ミーアユム(3000Rp)を食べる。バスは30分後に出発し、再び東へ向かう。途中、道が一車線になったのであまりスピードを上げられないようだ。前後にも数台バスが連なっている。そんな夜の道路を眺めているうちにまた眠ってしまった。
今朝早く、Iの弟Cと一緒に従姉妹宅からIの家へ帰るが、I母のリクエストですぐに魚を買いに行くことになった。ここの(全てではないだろうが)魚屋は魚をいけすで飼っていて、客の注文を受けてからいけすから網ですくって売っている割烹屋のような店だ(しかし、魚は鯉)。刺身を食べるわけでもないのだからそんなに鮮度にこだわらなくてもよさそうなのに…。
今日あたりからIの家族がぽつりぽつりと各家に帰って行く。午前中にIの妹夫婦、3番目の弟が帰って、この家もだいぶ人が少なくなった。Iは昨夜もお泊りだったので、弟Cがジャカルタの人たちが週末によく出かけるアンチョルというビーチ&遊園地に連れて行ってくれることになった。まずは、近くのスーパーでビールを買ってから高速にのって北へ向かう。概して高速道路は混んでいないことが多い。ジャカルタでタクシーに乗るならできるだけ高速を使ったほうがいいと思う。
しばらく走ってアンチョルに到着。週末を家族と過ごす人達で賑わっており、駐車場もほぼ満車。僕らは車を停め、ビールを飲んでから海へ向かう。海は濁っているし、砂浜は人工的に作られたごく一部の箇所しかない。金沢八景の海の公園よりずっとショボイ。本当に都会に住む人達用に作られたビーチという感じ。島から成り立つインドネシアでこんなビーチが作られていることに(逆の意味で)驚きを感じた。が、それでも家族連れやカップルなど人は多く、思い思いに週末を楽しんでいる。ボートに乗らないかと声をかけてくるおっちゃんが少しうざったい。一通り海岸沿いを歩いてからソーマイという屋台の料理を食べる。なお、イスラム国だから子供は水着だが、水着ギャルはいなかった。
ここにいる間にIから電話があり、この近くで待ち合わせをしてジャカルタの南、ボゴールに近いプンチャ峠に行くことになった。Iと合流して再び高速にのって南下、1時間ちょっと走ってプンチャ方面へ下りようとしたら道を閉められていた。I曰く、週末のプンチャは混雑するので、夕方以降上りが混雑するのを避けるために警察がブロックしてしまうことがよくあるらしい。やむなく次のICで下りてアップダウンの続く裏道を通りプンチャへ向かう。途中、何度となく道を聞くが、(道を示すという)それだけのことでチップを要求してくる連中が非常に多い。そして、Iもかなりの人に500~1000Rpを払っていた。インドネシアではショッピングセンター等で駐車場に車を停めるだけで交通整理係(?)が勝手に車を誘導してチップを要求してくる。そして、ドライバーは皆チップを払っている。金を払うに値するような行為とは思えないが…車を持てるくらいの金がある人は比較的貧乏な人たちに喜捨をして当然ということなのだろう。I自身、インドネシア人はアドバンテージにつけこんでくると言っていたので、外国人である僕にこの状況を見せるのはあまりうれしくないようだった。僕もこの手の「親切の押し売り→チップ要求(→払わないとキレる(笑)」輩は好きになれない。生きる知恵かもしれないが、やっぱり図々しいとしか思えない。まだ、黙って手を差し出してくる物乞いの方が好感を持てる。
さて、裏道を1時間近く走って幹線道路に出る。周囲は茶畑が広がっていていい景色だ。また、ここはだいぶ標高が高いので涼しい。カーブの連続する坂を登って頂点がプンチャ峠。近くに大きなレストランがあり、そこでお茶を飲んで、日が暮れていく様子を眺める。夕日で染まった空とその後、闇の向こうに点々と見える街の明かりは美しかった。お茶を飲んでしばらくして帰路へつく。
↓夕暮れのプンチャ峠
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