ラトパニ→ラフガート、ベニ→バグルン(所要6時間)
食堂でチベタンブレッド(なかなかウマイ)の朝食をとってからベニへ向け下山開始。ずーっと谷沿いを歩くのでまた日陰が続くが、標高はだいぶ下がったので昨日ほど寒くはない。
東岸をほぼフラットにずっと歩く。途中、ポツポツとバッティや集落がある。1時間弱でマハビールの村に到着。さらに40分ほど歩くと吊り橋を渡りティプリャンへ入る。ここはロッジが多い。ティプリャンから少し行ったところに崖崩れゾーンがあり、いったん河原沿いを歩く。山腹ルートへ復帰し、ゆるやかにアップダウンのある道を20分ほど歩くと支流の橋を渡りベグ・コーラに出る。現在、ここまで4WDや乗合トラックが入っているようで、2台ほど客待ちをしていたが、しばらく出そうにもなかったので先へ進むことにする。
ここから先は未舗装ながら車道なので日本の林道歩きみたいなものだ。ゆるいアップダウンが続き30分くらいおきにバッティがある。車が入るので人通りはかなり少なくなる。1時間半ほど歩いたところにアーミーキャンプがあり、さらに20分ほど歩くとラフガートの村だった。ここまで約3時間半、意外と早く着いてしまった。ここからベニまでは乗合タクシーがあるので、半月に渡るトレッキングはここで終了。
商店街を抜けたところにあるヒンドゥー寺院前からタクシーが出る。最初の言い値は150Rsだったがローカル料金は20Rs。ベニの手前でポリスチェックがあった。ベニの町はかなり大きく、もうポカラと大差ないくらいに思った。バスパークに行ってポカラ行の出発時刻を聞くと、何とまたバンダ!今日、明日はバスが出ないという。マオイストいい加減にしろ~、昨日8時間半歩いたのはなんだったんだ(怒)。
とりあえず昼食をとって様子を見るが声をかけてくる闇タクもないので、さらに12km先にあるバグルンの町まで歩くことにする。そこまで行くと動いているミニバスなどあるかもしれない。1時半にベニを出て3時間弱。靴下が破れ足が痛む。ローカルでも12kmを歩いてる人はいない(涙)。
4時過ぎに疲労困憊でバグルンに着くが、やはりバス、タクシーは動いておらずここで泊まらざるをえない。手持ちがあまりなかったが、値切れたので町でいちばんいいホテルに宿泊、久々に肉を食べた。
↓石積みの家(バグルン近辺の村にて)
トゥクチェ→ガーサ→ラトパニ(所要8時間半)
トゥクチェの朝は寒い。寒気がきているようで天気もさえずアンナプルナもダウラギリも雲の中。8時20分に出発し、来たときと同じルートで河原に入る。心配していた向い風はさほどでもないが、ずっと日陰なので寒い。1時間強で河原を渡りきり、コケタンティへの道に入る。ここをさっと通過し10時過ぎにはカロパニ・レテ村に入る。今日はどこまで行くかはっきり決めていなかったのだが、このペースならタトパニまで辿りつけそうだ。
レテのチェックポストを過ぎ、ガーサへの道に入るが天気はよくならない。晴れていればダウラギリの写真を何枚か撮りたかったのだが残念だ。1時間ほどでガーサに入る。橋の手前でまたポリスチェック。この辺りからだいぶ暖かくなってきたので、防寒具を脱いで身軽になる。コプチェパニまで一気に下り橋を渡ったところで休憩。ここまでくればだいぶ先も見えてくる。
滝を越えてダナの村へ入る。マガール族の村に入ると家屋の屋根が石葺きになる。ダナからタトパニへの道であろうことか「ヒツジ渋滞」にはまって普段の半分のペースでしか歩けない。しかも雨までぱらついてきた。4時過ぎにタトパニに着いたが、もうしばらく歩けそうだったのでそのままもう1つの温泉であるラトパニへ向かう。再び橋を渡って15分ほど下るとラトパニの村に到着。着いたときにはもう暗くなりかけていた。
ロッジが心配だったが、開いているところがあったのでチェックインし、すぐラトパニの温泉へ。ここは無料で完全にローカル向けという感じ。英語の説明もない。なぜか非常に浅く、寝そべらないと肩までお湯に浸かることができない。日没までボヘーッとお湯につかり宿へ帰る。そして、ビール&チャン。頑張ったかいのある1日だ。
明日は半月ぶりに下界へ帰るぞ~!
↓ヒツジ渋滞(笑)
カグベニ→ジョムソン→トゥクチェ(所要5時間)
8時20分にカグベニを出る。まだまだ日が差し込んでくるには早いのでとても寒い。河原へ出ても日陰状態は変わらない。約30分でエクレバティ到着。ここはスルーして20分強で石垣小屋に到着、まだ寒いのでここもスルーして先へ向かう。休まないのは、この河原沿いは決まって川下側から強い風が吹いてくるので(つまり向かい風)風が強くならないうちにできるだけ先へ進みたいという理由もある。
この先、歩きながらアンモナイトの化石を探すが、化石らしい石はあるものの総じて硬くなかなか割れない。結局、化石を確認することができないまま2時間ほど歩いてジョムソンに着いてしまった。
旧村を抜け橋を渡って空港村へ入る。ここで来たときと同じように2箇所でパーミットチェックを受ける。
ジョムソンからマルファはシャンの集落を通らず河原沿いの道を行き、約1時間でマルファに到着。風がだんだん強くなってきたので、日が差してきても体感温度は低い。トゥクチェまでの道もずっと向かい風に耐えながらの歩きとなる。1時半頃トゥクチェ村に到着。
カグベニやジャルコットに住むタカリ族女性はチベタンらしい格好をしているが、トゥクチェ辺りから下流の村ではパンジャビドレスに布を羽織るといった服装が多くなる。
トゥクチェ産アップルブランデーは無色透明で、マルファのものと比べ、「もろアルコール」という感じ。香りもあまりなくおすすめしません。マルファ産を購入しましょう。
↓ジョムソンへの河原から見たダウラギリ
カグベニ→ジャルコット→ムクティナート往復(所要6時間)
さぁ今日はようやく目的地である聖地ムクティナートへ行く日だ。カグベニは標高の割に寒く、谷に位置しているので日が差してくるのも遅い。周りの景色や濃い青空を含めチベットに帰ってきたような気分になる。
さて朝食、コーヒーをとって(ディパックを持ってきてないので)スナック、水、地図等を食器袋に詰めて空身で出発。ニルギリビューホテル脇の道から入り、山腹を斬ったような大きなつづら折れを上がっていく。40分ほどで台地のようなところへ出る。ここからはダウラギリも見え、アッパームスタン方面の眺めもいい。尾根の向こう側から日が差し始めるとぐっと暖かくなる。
カグベニを出て約1時間でエクレバッティからの道と合流する。ここには標識がある。さらに10分ほど緩やかに登り山腹を左に巻いて進行方向が南東へ変わると目指すジャルコット、白い壁に囲まれたムクティナートさらに先にはトロンパスまで見えてくる。あとはひたすら目標に向かって歩くのみ。山腹のほとんど真っ直ぐな道を進むとロッジが数軒現れ、その先がキンガーの集落。ちょっと高いところにあるジャルコット村が砦のように見える。
30~40分ほど上がるとジャルコットに入る。この辺り川も半分凍っていて日陰は日中でも寒い。ジャルコットの村はカグベニと同じような構造だが、さらに道が狭く、入り組んでいるようだ。
ここからラニポワ手前にあるゲートまでしばらく登りが続く。ラニポワに入ると宿と土産物屋が道沿いに並び、それを抜けるとムクティナートへの最後の登りになる。ラニポワにはチェックポストがあったが、呼び止められなかったのでパスしてしまった。ヘリポートの脇を通って10分ほど登るとムクティナートに到着。数年前から囲いができたようだ。塀に沿って一周できるコルラ道がある。到着時門が閉まっていたので、しばらくトロンパス側からムクティナートを見下ろせる場所に座って昼食をとりながらゆっくりする。ここから見るダウラギリ連峰の眺めは素晴らしい。ムクティナートまで上がって初めてずっと山が連なっている様子が分かる。
ムクティナート内部は菩提樹とそれにかけられた無数のタルチョで独特の雰囲気がある。巡礼シーズンでもないので、他には白人トレッカーが1パーティー来ているだけで、閑散としている。ヒンドゥー寺院であるムクティナラヤンと水の壁を見てからジョムラキゴンパへ。これが今年の初詣だ。観音様に2005年がいい年になりますよう、家族が健康に過ごせるようお祈り。観音像の足下には天然ガスの炎が小さく燃えている。
一通り見て回って1時半に下山。とにかくダウラギリが絶景でずっと見ていても飽きることがない。周囲のチベット的な景観もいいし、また今度機会があればアッパームスタンまで行ってみたいと思う。
↓ムクティナートとダウラギリ
マルファ→ジョムソン→カグベニ(所要4時間強)
8時過ぎに昨日閉まっていた河口慧海記念館へ行ってみると掃除していたおじさんが門を開けてくれたので彼の部屋と瞑想室を見せていただく。それからパッキングをし、朝食にアップルパイを食べて出発。
今日も晴天。マルファを出て少し下り気味に30分ほど歩くとシャンの集落に入る。最初の家々から少々登るとだんだん村らしくなってくる。対岸のニルギリが美しいが完全に逆光で写真にならないのが残念。シャンの村を抜け、川を渡って少し登り、切り通しを抜けるとすぐジョムソンの空港、滑走路脇に出る。さらに10分ほどでジョムソン空港村に到着。宿の他、商店が数多く並んでいる。チベットから運ばれてくるらしく「ラサビール」も売っていた。
空港村内にACAPとポリスのチェックポストがあり、両方でチェックを受けなければならない。この先、軍のキャンプを抜け吊り橋を渡って東岸へ出る。こっちがジョムソン本村。村を抜け河原へ降りる。あとは荒涼としたチベット的風景の中、河原をひたすら歩くのみ。マルファを出てからはほとんど緑はなくなり、気温も低く、風は強くなる。そして、空は濃いブルーとチベットに戻ってきたかのような錯覚に陥る。1時間強河原を歩くと石垣が現れ、それを抜けると1軒のバッテイがある。ここで昼食。
ここがエクレバッティかと思っていたが、実はもう少し先だった。バッティより先、川が東岸ギリギリを流れるのでいったん川岸ルートに上がる。20分くらい歩いて再び河原に降りるとすぐエクレバッティ。ロッジが数軒並んでおり、その先には目指すカグベニの村が見える。なお、この河原ではアンモナイトの化石が出るというので気をつけて歩いたが、結局アンモナイトを見つけることはできなかった。
エクレバッティをスルーして30分ほどでカグベニの村に入る。ここまでくると完全にチベット文化圏。おばさん達はたいていチベタンの服装をしている。大して広い村ではないが、真ん中に複雑な構造をした砦のような土壁の建物があり、独特な造りになっている。白人好みの村らしく、宿は多い。北にはアッパームスタンへのチェックポイントがあり、その先にあるムスタン王国にはパーミットなしでは入れない。しかし、ここから上流を眺めているといつかはその先へ足を踏み入れたくなる。
この村は今までの集落と比べ風が強く寒い。日中は暖かいが日が陰りだすとかなり冷えてくる。しかし、ここで泊まったアンナプルナロッジは今回のトレッキングで唯一シャワー(しかもソーラーで温水が出る!)・トイレ付のリッチな宿だったので非常に快適。
↓カグベニからアッパームスタンを望む
ガーサ→トウクチェ→マルファ(所要6時間)
ガーサ上村を出て15分くらいで次の集落カイクへ着く。ここからはダウラギリが見えるので、ガーサでヒマしてるならここまで来るのもいいかもしれない。ロッジも1軒あった。
カリガンダギ西岸の広い道を少し登り気味に進む。対岸は激しい崖崩れゾーンだ。ガーサを出て1時間強でレテ村の手前まで来る。道が上下に分かれるが、ここは石段を越えて上が正解。山腹の平行道を少し行くと吊り橋に出る。下を選ぶと河原まで降りて木橋でレテ・コーラを渡ることになる。僕は誤ってこちらへ行ってしまった。
橋を渡って数軒あるロッジを抜け、つづら折れを少し上がると"Welcome to Lete"の看板に出る。前にはダウラギリがその存在感をますます強くアピールするようにそびえ、左に絶壁が続いている。レテの村も道に沿って長く伸びていて、そのままカロパニの村に続いている。村の真ん中辺り、ゴンパを越えて少し行ったところにチェックポイントがあり、またパーミットを見せる。さらに10分ほどでいつの間にかカロパニに入り、村外れには吊り橋が2つ。奥のほうが新しい。ここを渡って集落を抜け、サマールート・ウインタールートと書かれた標識に出る。冬季は河原を突っ切ってコクタンティへの道へ入れるということだろう。河原の途中で少し休み、先へ見える登り加減の道へ入る。少し登ってまた河原へ降りる。20分ほどでコクタンティの集落に出る。ここは小さな集落でロッジが並んでいるだけ。集落を抜けるとまた登り。登りきった先を少しフラットに行くと道が上下に分かれる。下は対岸への吊り橋に続く。ラルジュン、コバン経由でトゥクチェに向かうならこっちへ、河原ルートで時間短縮を狙うなら上へ行く。上ルートをとって10分ほど歩くとまた河原へ出てしまうので、ここから先はトラクターの轍と馬の踏み跡を辿ってトゥクチェへ向かう。河原はちょっと歩きづらいがほぼフラットなので5~6km/hで歩けるだろう。河原に3軒並ぶバッティを越えさらに先へ。川が東岸ギリギリを流れる箇所があるので、しばらく川沿いの平行道に上がり、流れが西へ抜けたらまた河原に下りる。その先、河原に潅木が生えているところに出る。この先がサウルの集落だが、寄る必要はないだろう。
轍を追って徐々に広大な河原の真ん中へ向かう。対岸のトゥクチェへ着くためには細い流れを3回渡らなければならない。いずれも橋があるので、踏み跡から外れないように歩く。対岸から来る人がいたらそれを見て見当をつけておくといいだろう。河原を渡り切って10分強でトゥクチェ村に入る。道は石畳で立派な造りの家が多いが、ちょっと寂しい感じがする。なお、レテから先はトラクターが入るので道は広い。
トゥクチェを抜けたらあとは幅広い道を北へ歩くだけ。道はほぼフラット、対岸にはニルギリが見えている。15分ほど行くと吊り橋があるが渡る必要はない。その先5分行ったところ左に大きなマニ石がある。トゥクチェから1時間ほどサクサク歩けばマルファに着いてしまう。ここもかなり大きな村で、中心は入口からかなり先ジョムソン方面に進んだところになる。この村はリンゴの名産地で、アップルブランデーも作られている(100Rs)。見所としてゴンパ、河口慧海記念館、北西の山腹に白く塗られた岩(眺めよし)などあり。チベット的な家が建ち並ぶ雰囲気のいいところなのでぜひ1泊してほしい。
↓レテ村から見るダウラギリ
タトパニ→ガーサ(所要5時間)
7時過ぎに起きて温泉の写真を撮りに行ったらもう営業していて入浴している人がいた。この温泉は村でいちばん営業時間の長い施設だろう(笑)。朝、村でいろいろ雑用を済ましていると出発が9時になってしまった。
今日からアンナプルナラウンドルートに入るので、このトレッキングも(亡き長介調で)「後半出発!」という感じなのだ。タトパニの村を出て川沿いに15分ほど歩くと吊り橋があり「Narcheng, Danda」と書いてあったが、向こう岸に渡ったところでおじさんにDanaへ行くなら渡らんでいいぞと言われて引き返す。
このルートは隊商がとても多い。すれ違う人より馬の方が多い(笑)。途中にあるトゥクチェ村は交易で栄えたところらしい。橋から1時間くらいやや登り気味に歩いていくとダナの村に入る。点々と家が数軒集まっている所がだいぶ先まで続いている。西の山から流れてくる沢を越えてもまだダナの村らしい。沢からさらに30分くらい進むと今まで河原のある広い川だったカリガンダギがいつの間にか渓谷になり、向こう岸の道がはるか上になっている。大丈夫かな?どこかで橋を見落としたかなと不安になったが問題なしだった。
しばらく進むとルクセチャラの集落に入る。集落を抜けたところにルクセチャラの三段滝がある。滝の下の川を渡ると少し急登になる。一段落ついて少し行くと道が上下に分かれるので下に伸びるルートを進み、先に見える吊り橋を渡って渡って東岸に出る。
少し進むとコプチェパニの村に入る。村を抜けて登りに入ったところで昼食。
山腹を左に巻いていくとまだコプチェパニ村の続きがあった。これを過ぎると今日一番のきつい急登がある。崖崩れゾーンを高巻きすること約30分、登りきったところがバイロタプラの集落、ここからムスタン郡に入る。ここで迷彩服にマシンガンの軍人約20人とすれ違う。一瞬マオイストかと思いあわててGPSを隠したが、ネパール国軍でほっとした。彼らがここにいればしばらくマオイストに会うことはないだろう。彼らの身に危険がないよう、すれ違いながら"May The Force Be With You"と心の中で唱える。
30分ほどゆるいアップダウンを繰り返し、もう1つ崖崩れゾーンを越えると長い吊り橋がある。ここはたぶんカリガンダギにかかる橋でもいちばん高く、長いのではないかと思う。正直ちょっとビビった。渡ったところにまたアーミー。ここがチェックポストということで今回初めてパーミットのチェックを受ける。見たところ北上するトレッカーはほとんどいないようだ。
軍はこの橋周辺とガーサ下村にキャンプを造っているので、もうこのルートでマオイストに遭うことはないのではないか?チェックポイントから10分で"Welcome to Ghasa"の看板があり、ガーサ下村に入る。左には水路、右側に石積みの家が建ち並ぶ。この村も非常に長く、下村を抜けるのに15分、さらに間をおいて上村に着くには看板から30分かかった。ツーリストの姿は全くない。上村に入る手前でダウラギリが見える。この村あたりからタカリ族のエリアに入り、チベット色が出てくる。タカリ族の子供は風呂に入らないようで、髪ボサボサ、肌カサカサでいかにもチベタンといった様相だ(笑)。ここのNationalというロッジに泊まったが、ここがダニベッド(涙)。この後数日痒みに悩まされることになった。
↓タトパニ温泉
ゴレパニ→タトパニ(所要5時間)
6時過ぎに起きてプーンヒルからの日の出を見るべく支度をする。歯磨きをしながら外を見るともう空が白んでいたので、6時25分あわてて出発。息を切らせながらプーンヒルへの坂を駆け登る。昨日かなりの距離を歩いたので足に疲れが残っているようだ。何とか30分かからずに山頂へ到着。予想以上の人が集まっていた。その数ざっと30人。7時前に着けたのでご来光には十分間に合った。日の出はとびきり美しく、1月3日ではあるけど気分は初日の出だ。幸い、今日は雲もなくマチャプチャレからアンナプルナ、ニルギリ、ダウラギリと完璧な眺めが楽しめた。さすがアンナプルナエリア随一のビューポイントだ。写真を撮りまくり1時間ほど景色を楽しみ、昨夜、白米を頼んで韓国海苔で作ったおにぎりをほおばる。が、これは失敗作。ネパールの米は時間が経つとポロポロになってしまううえ、氷点下の状態で半日おいていたのですっかり硬くなってしまった。今までの人生で一番まずいおにぎりだと思う。
他のツーリストが全員降りてから宿の若主人達と一緒に下山。ゆっくり支度をして9時半頃ゴレパニを出る。今日は下りだけだし10kmちょっとの行程なのでかなり気楽だ。
ゴレパニからしばらく樹林帯の中石段を下る。30分ほどでチトレの村に入る。眺めもよくなり、下りも緩やかな快適路になる。ここから集落が途切れなく続き、正面にはダウラギリをのぞみながらゆっくり下る。いつの間にかファラニダンダの村に入り、その下の方で休憩。ここからさらに45分ほど下るとシカの村に入る。ダウラギリが手前の尾根の影に入り始めだいぶ下にきたなと感じる。シカの村は非常に広く、上村に入ったところからガーラ近くまで30分近く家が続く。石畳に石造り、石葺き屋根の家はなかなか味がある。シカの村を抜けた辺りで昼食。
さらに下って巨岩が周りに目立つようになってくるとガーラの村に入る。茶色く塗られた家が目立つ。この辺り段々畑がとても美しい。特に菜の花が咲いているところは格別だ。
このルート、タトパニへ下る人ばかりだと思っていたが、道中抜かした人はゼロ。反対に登ってくる人は3~4パーティーほど見かけた。ロッジはかなりあるので2日かけてゴレパニまで上がる人が多いのだろう。また、なぜか他のルートに比べ(迷いやすいとは思えないが)標識が目立った。
ガーラの先、山腹を巻く道のカーブ先端がドゥルビンダンダ。宿がポツンと建っている。ここからタトパニへの急な下りが始まる。石段を下りること30分でベニとの分岐に出る。右へ進み橋を渡ってすぐドゥ・コーラにかかる大きな吊り橋を越える。ここからはやや登り。30分ほどでロッジが並ぶタトパニの村に到着。物価はまずまず安く、スーパーのような店もある。温泉は1回15Rs。お湯も十分熱く快適。風呂をあがってビール。正月気分を堪能する。日の出はきれいだったし、道中では50Rs拾ったし、いい年になるかも。
↓プーンヒルからのご来光
チョムロン→タダパニ→ゴレパニ(所要8時間)
7時頃目覚め空を見たらきれいな朝焼けだったのでカメラを持って外へ出たらもう消えていた(涙)。それから支度をして8時過ぎに出発。チョムロン村のきつい坂を上がって8時半過ぎにタダパニへ向かう山腹道に入る。初めはなだらかな下り。眼下にはキムロンコーラ、段々畑といい眺めだ。9時頃から久々の青空が西から広がってくる。もうちょっと早く晴れてほしかったなぁ。
しばらく下り、沢を渡った所から上りが始まる。途中道が上と下(横?)に分かれるが、ここは下が正解。細く斜度のある道を下るとカジロッジに出るが、ここは無人だった。ロッジを過ぎてすぐ道が上下に分かれるが、ここには標識がある。タダパニへは上の道をとる。ちょっと行くとまた分岐、ここは石垣を越えて真っ直ぐ行くのが正解。しばらく下り気味に歩くとグルジュンの集落に出る。最初のロッジ2つを過ぎると滝のある川を吊り橋で渡り集落の中へ入る。道沿いに並ぶロッジを抜けて小学校の先から100m以上下って川を渡る。このあたりで標高2000mを切っている。
ここからタダパニまで700m一気に登る。橋を渡ってすぐ急登でとてもしんどい。今日一番の難所だ。所々ロッジがあるが、いちばん大きく眺めがいいのがMount Discovery Lodge。ここまでつづら折れの急登約400mを40分ほどで上がる。ここでしばし休憩。再びマチャプチャレが見えるようになった。
ここから少し上にある大きな家の先からは森へ入る。薄暗い森の中をふらふらと40分強歩く。山賊でも出たら一発アウトだなとちょっと心細くなるところだ。しかも、かなり歩いてもなかなか村の気配が感じられない。最後は南へしばらく歩きタダパニのロッジ群に着く。ここの眺望も素晴らしく、アンナサウスやマチャプチャレを見ながら昼食。
食後、ゴレパニへ向かう。ロッジ群を抜け再び樹林帯の下りへ入る。初めはゆるいが徐々に急になり20分程下ったところで川を渡り、反対に急登が始まる。20分ほど登るとバンタンティの1軒目のロッジに出る。この先フラットな道を10分歩くと2軒目、さらに5分強で川沿いにあるロッジ群に到着。一番上のロッジの庭を抜けデオラリへの登りに入る。きれいな川沿いに上がって行く。初めはさほどでもないが、徐々に傾斜はきつくなる。40分位上がったところで川を渡り、その先に手すり付の石段が現れる。7~8分かけてこれを上がると小さな滝の上へ出る。細くなった川沿いにさらに10分強歩くとデオラリの1軒目のロッジに出る。ここから更に5分強でデオラリ着。見晴らしはよくない。
樹林帯を15分ほど上がると尾根に出る。15分ほど尾根歩きをすると樹林帯から開けたところへ出てすぐ下にはタルチョはためく石積みが見える。そこまで行けばゴレパニの村が右手先に見えてくる。25分ほど下るとゴレパニ下村、さらに10分登るとゴレパニ上村へ着く。さすがに最後はしんどかった。限界寸前という感じ。昨日に続いてビールを飲んでしまった。
↓ゴレパニから見た夕焼けのアンナプルナ
ABC→MBC→チョムロン(所要6時間)
ABCで新年を迎えたが、今日も完全な曇り空、昨日とほとんど変わりがない。
初日の出をアンナプルナ直下で見ようという新年最初の希望はかなわなかった(涙)。
ま、仕方ないのでさっさと村のあるところまで下山することにする。
今日は長丁場になりそうなので7時半に出発。昨日丸一日休養だったので出足は快調だ。40分ほどでMBCに到着、休まずそのままモディ・コーラ沿いに下る。
登ってきたときはあまり感じなかったが、ヒマラヤホテルまではほとんど一本調子の下り。鈍行で来て特急で帰るような感じでとばして歩く。そのため、標準コースタイムよりかなり早く進み、下りの連続でもさほどヒザにくることもなかった。
昼前にはチェックポストに着いてここで昼食。さらに30分ちょっとでシヌワ、最後チョムロンまでの登りがきつかったが、予定よりだいぶ早く2時前には今日の全行程を終了した。
お正月ということで、ちょっと贅沢して缶ビールを2本空け、さらにロクシーも飲む。宿で韓国人女性2人とちょっと話をしたら、たまたま同い年ということが判明。ロクシーをちょっと分けてあげたら韓国海苔をもらった。うれしー。
天気は悪いが2005年のスタートだ。いい年になりますように。
↓ガンナプルナとグレイシャードーム
ABC停滞
青空になってるかなと期待して目を覚ましたが、相変わらずの曇天。外へ出てみると昨日見えていたアンナサウスまで雲の向こうになってしまった。ちょっと迷ったが今日は大晦日だし、1日ここで停滞して年越し、願わくばABCでの初日の出を拝もうということにした。
ヒマなので、水場まで下りてみたり、氷河ゾーンすれすれまで行ってみたりしたが、それでも時間を持て余していたので持参した本を読んで過ごした。
僕はどうも何もないところでぼけーっと過ごすのは苦手だ。よっぽどの景色ならずっと見ていても飽きないということはあるけど、こんな状況はかなり苦痛だ。雪だるまでも作ろうかと思ったが、寒いし、手袋が濡れてしまうのですぐやめた(根性なし…)。
日本人、韓国人パーティーが上がってきたが高山病対策のためかABCには泊まらず散策だけして下りてしまった。大晦日のABCなんてご来光目当ての人でロッジも満員かと思っていたが、僕以外に白人2組が泊まっているだけだ。この道中、日本人にはほとんど会ってない。韓国人パーティーの方が目立つ。韓国の登山人口はどれくらいなのだろう、また高い山ってあるのだろうか?
明日は2005年元旦、晴天で迎えられるのを祈り床につく。
↓ABCからのマチャプチャレ
ジヌー→チョムロン→ヒマラヤホテル(所要6時間半)
今日もまずまずの晴天!部屋でラーメンを食べて8時過ぎにロッジを出る。ジヌーのロッジ数軒の庭先を通ってチョムロンへの石段を上がる。朝なので快調に登って45分ほどでチョムロン一番手前のロッジに到着。かなり汗をかいたので、ここでレモンティーを飲んで一休み。チョムロンの村はとても広く、ロッジの多い上村と民家中心の下村とに分かれており、石段でつながっている。端から端までゆっくり歩くと30分かかり、その標高差150m以上というトコロ。下村にあるTrekkers Shopping Center(少し違うかも?)は定価販売の店で山中にしては非常に良心的な値段でいろんな商品を扱っている。缶ビール70Rsなど下界の1.5倍くらいの価格だ。
チョムロン外れの橋までくるとさっき上がってきた最高点から200m近く下りてしまう(涙)。スゴロクで「ふりだしに戻る」マスに止まってしまったような気分だ。この川の上流には昨日からずっと見えていたアンナサウスがあるが、ここでしばしのお別れ。次に会うのはアンナプルナBC(以下ABC)になる。
さて、ここからまた上りが始まる。上り坂部分は石段、フラットな部分は土の道だ。30分ほどでシヌワに着くが、シヌワのロッジも2カ所に分かれていて、上のロッジまではさらに30分登らなければならない。今日はとても暑く、Tシャツで歩くがこの上りはかなりしんどく、汗だくになって登った。右前方にはマチャプチャレがその名の由来である「魚の尾」の様子を見せている。
シヌワを越えると樹林帯に入る。勾配は緩やかになってだいぶ楽だ。アップダウンを繰り返しながら着実に上がっていく。約45分でACAPチェックポストに着くが、もう使われていないようで無人だった。せっかく2000Rsも出してちゃんとパーミットを取ってきたのに未だノーチェック。
この先またガツーンと100m以上下ってしまう。下りきって川の音が近づいてきたらすぐバンブー着。バンブー手前からはその名の通り竹が目立つようになる。シヌワからABCまでは村がないので宿は専業ロッジで値段も高くなる。バンブーにはロッジ数軒あり、ほとんどは営業しているようだった。この先5分ほど歩いたところで小川を渡る。ここで昼食。
橋を渡ってまた上り、再び樹林帯に入る。坂のきついところは石段、他は土と同じような道が続く。景色はジャングルっぽくなり、だんだん湿った部分が多くなる。45分ほどでドバン着。ここはロッジ3軒だが営業しているのは1軒だけ。少し休んでヒマラヤホテルへの上りへ。この辺り、石段登りが足にきていてしんどい。日陰には残雪がポツポツ残っていて上るにつれて目立つようになってくる。ちょうど1時間でヒマラヤホテル着。ここはロッジ2軒だが、営業しているのはやはり1軒だけ。
↓チョムロンの村
ポタナ→ランドルン→ジヌー(所要5時間半)
今日は待ちに待った晴天!5~6時間の行程なのでゆっくり朝を過ごし9時に出発…しようとしたら近くのSee You Guest Houseの兄ちゃんが眺めがいいからちょっと休んでいけと庭のテーブルでお茶をふるまってくれた。彼は英語が達者なのでいろいろ話をする。彼曰くこの近くにはゴリラがいて往復1時間半ほどあれば見にいけるというが、ゴリラってアフリカにしかいないんじゃなかったっけ???
彼は兄弟が埼玉にいるということで日本語もけっこう話す。ギターを持ってきて「上を向いて歩こう」や「Knockin' On Heaven's Door」等を弾き語りしてくれた。この辺りに住むグルン族はなかなか気さくでノリのいい人が多いようだ。そうそう、ポタナとダンプスの間には県境があって電気はダンプスまでしかきていないらしい。
と彼の話を聞いてたらもう10時、別れを告げ出発する。また石敷きの道が始まる。いくつか分かれ道があるがずーっと右、右へと進めばいい。緩やかな上りを30分ほどでデウラリ。デウラリは「峠」の意味なので、この先も数箇所が同じ名前の場所がある。ここで標高2100mくらい。アンナサウスの吊尾根が真正面に、マチャプチャレが右にそびえている。
ここから今まで貯めてきた貯金を使うようにガツンと下りが始まる。20分ほどでベリカルカ着、この先川を渡ったところで一休み。下りはじめるともうマチャプチャレはその姿を消してしまう。この辺りに限らないが、アンナプルナ周辺のルートは標高がさほど高くないので緑が多く、小鳥のさえずりが絶えない。歩いているといろんな種類の鳥が姿を現しては去っていく。
さて、休みを終え、川から山腹を左に巻くように15分ほど歩くとトルカの村に到着。まだ1時間ちょっとしか歩いてないので、休まず先へ行くつもりだったが、宿のおばちゃんに呼び止められお茶をごちそうになって、ついでに地酒などを買っていくことになった。トルカの村はかなり広く、段々畑が広がっている。川を挟んだ対岸の山腹もずーっと段々畑。ここから先ランドルンまでは山歩きというより村の道を歩くような感じだ。前述のとおり、グルン族はとてもフレンドリーでしゃべってるときりがないくらいだ。顔つきが日本的な人も目立つ。
1時間ちょっとでランドルン着。この区間の道は山腹を少し下り気味に歩くのだが石敷きで歩きやすく行く手にはアンナサウスがドーンとそびえ、道の周りは段々畑、そしてたくさんの笑顔とソル・クーンブとはまた違った魅力にあふれている。シェルパ族は黙々と働いているイメージが強いがグルン族はもっと外向的な人たちのようだ。
ランドルンも大きな村でロッジも多い。村を突っ切って下りに入りずっと奥まで行くと左ガンドルン、右チョムロンの標識があり、右へ下っていく。
ここまでで村の幹線道路は終わり(笑)。少し心細い道になる。モディ・コーラまでずっと下っていく。30分ほど下ると一度河原に出るが、またすぐ右の山腹ルートに入る。10分ほど進むと右に小さな滝があり、ニューブリッジの1軒目のロッジに出る。この先、分岐を左に行くとその名のとおりニューブリッジがあったのだと思うが、僕はまっすぐ行ってしまい河原沿いにしばらく歩き、雨季には水没するであろう小さな木橋を渡って対岸をよじ登りニューブリッジのロッジ群に着いた。
ここからしばらく久々に汗をかくような上りになる。30分弱登ると民家が数軒あり、前方上、川を挟んだところに目指すジヌーのロッジが見えてくる。コムロンへの分岐標識を無視して直進、また登った分下って河原へ出る。橋を渡ってからは急登。20分ほど汗をかきかき登るとジヌーに到着。左へ温泉への道があり、15分ほど下ると河原にコンクリート浴槽の小さな温泉がある。残念ながらお湯はかなりぬるい。誰もいなかったので裸で入ってのんびりする。なお、温泉の近くにはロッジはないのでジヌーに泊まるなら宿に荷物を置いていった方が楽。ジヌーにはロッジ5軒くらいあり、坂道に沿って建っている。翌日のことを考えるなら上の宿の方が少し楽かも。
↓ジヌー温泉
ポカラ→ペディ→ポタナ(歩行約2時間)
あまり早く出発する必要もなかったので7時過ぎに起きて8時半頃チェックアウト。近くの店でガスカートリッジを買っておく(300Rs)。残念ながら今日は今までで一番悪い天気。いつ雨が降ってもおかしくないような雲行きだ。
市バスでバグルンバスパークへ行き、近くの食堂で朝食をとってから9時45分にバスでペディへ向かう。車内にトレッカーの姿はないが、ローカルで席はいっぱいだ。途中、ポカラを出てすぐのところでポリスチェックあり、約1時間でペディ着。
ここは何軒か食堂、商店が並んでいるだけ。橋の手前からダンプスへの道が始まる。道は石段になっていてずっと上りだが段差が低いのでさほどきつくはない。村へ続く道なので人通りも多い。たまに民家へ入る道が分かれるが、普通に歩いていれば迷うことはないと思う。30分ほどで集落に出る。Y字路を右へ行くと小学校に出る。これを右へ巻いてさらに上がっていく。この辺の店は全く英語の看板を出していないので本当にトレッカーが通る道なのだろうかと心配になる。
この集落に限らないが、アンナプルナ周辺の村は石畳の道、平石積みの石垣・家屋が多く、はるか彼方ペルーのインカトレイルを思い出させる。空中階段まであったのには驚いた。
集落からさらに30分ほど石段を登るとダンプス着。ここで標高1800mくらい。登山口が1400m弱だったのでかなり上がってきたことになる。
ここまで来ても天気は全く変わらず。青空のかけらも見えず、気温も低い。うっすらガスっているので視界も悪い。ダンプスでの眺望をあきらめ、進路を左へとりそのままポタナへ向かう。ダンプスには電気が来ており、学校やアーミーキャンプがある。道沿いにはロッジが数軒点在している。
村外れからまた石段が始まるが、傾斜はゆるいので楽勝。45分くらい歩いたところで石敷きの道はなくなり、山道らしくなってくる。ダンプスから約1時間でポタナ着。ここはロッジが数軒あるだけの集落だ。まだ1時過ぎだったが、天気も悪いし明日はジヌーの温泉泊まりにしたいので、ここで泊まることにする。歩行時間約2時間…軟弱だ(笑)。
寒いので宿の家族と一緒に火を囲んで長い午後を過ごす。英語を話すのは子供だけだが、ティータイムにはお茶をふるまってくれたり、ポップコーンを出してくれたりと親切な家族だった。夕方、急に晴れ始め今までどこにあるか見当もつかなかった山々が姿を現す。部屋から見えマチャプチャレやアンナサウスの夕焼けいい赤に染まりとても美しかった。空の色が赤から青へと変わると今度は満月が昇ってきて、月明かりでも山がはっきり見えた。
↓ダンプスの空中階段
プンギテンガ→ナムチェバザール→ルクラ(所要約7時間半)
いよいよ最終日。昨日16km歩いているので太ももに筋肉痛がありちょっと不安。昨夜の宿は部屋とダイニングが同棟のため部屋でコンロを使いづらく朝食抜きで7時半に出発。
すぐに急登だが朝イチなのでさほどきつくもない。いくつか集落を経てキャンヅマの見晴らしのいいところでインスタントラーメンをそのまま食べる(ネパールのラーメンは日本でいうチキンラーメンタイプが多いみたい)。
今日は山に入ってから初めて雲の多い日だ。これから山に入る人は残念でした~。キャンヅマからナムチェまではほぼ水平道、途中チョルテンがいくつかあった。1時間半ほどしてナムチェの村が見えてくる。村に入ってビスケットを食べ10時に出発。
ナムチェから橋までは下りでも楽ではない。さすがに疲れが足にきてるのを感じる。ジョルサレまで1時間40分かかって降りる。ジョルサレゲートでも帰りはチェックなし。
あとは持久力と忍耐力の勝負。ひたすらルクラへの道を前進する。けっこう登りの箇所も多かったが思ったより早く3時過ぎにルクラ到着。さすがに疲労困憊。足もつらいが最後のほうは肩がきつかった。YetiAirのオフィスが開いていたので、翌朝のフライトを予約。幸い空席があったようだ。
これで一安心。タシデレロッジという宿にチェックインし、久々に体を洗いスッキリ。それから行きに寄ったチベタン食堂に行って帰還の挨拶をし、ビール&トゥクパをいただく。さらに近くの売店でウィスキーも購入。180mlで100Rsだったのでビールよりずっとお得(笑)。5時過ぎに宿の食堂でダルバートを食べる。100Rsと山中のロッジに比べるとだいぶ安くなった。おばさんが火鉢をだしてくれたのもありがたい。ここで地酒「チャン」を飲む。どぶろくみたいな感じだっでちょっと酸っぱい。
↓パンボチェのマニ石
ゴラクシェプ→ペリチェ→プンギテンガ(所要8時間半)
さて、後は下るだけ。といっても先は長い。ゴラクシェプはやっぱり寒い。朝晩に外で水の入ったペットボトルを振ってると氷が張ってくる。
昨夜はなかなか寝付けなかった。この数日疲れているのに寝付きが悪いのはやはり高度のせいか。脈は正常だと思うけど。普段はあきれられるほど寝つきのよい僕なのだが…(^^;A
さて今日も長丁場になりそうなので8時前に出発。昨日と同じ道をゆっくり戻る。少し疲れが足にたまっているようで太ももの裏側が張っているような感じだ。登りの足取りが重い。何度か振り返ってプモリの写真を撮る。登りとほぼ同じ時間かけてロブチェに到着。この少し下流で顔を洗い、薄いズボンに穿きかえる。しばらく進むと河原が広くなっているところに出てゾンラ方面と分岐する。トゥクラへは川を渡って左岸を行く。少し進むとエベレストで遭難したシェルパ達のチョルテンが並んでいる丘に出る。エベレストに散った日本人や白人登山家は自分が企画して失敗したわけだから仕方ないと思うが、「労働力」として参加し、命を落としたシェルパ達は本当に気の毒だと思う。しばし黙祷。
ここからトゥクラへは一気の下り、意外と早く着いたのでトゥクラはスルーして橋を渡り、少し下って広い川沿いの道に出る。このあたりから潅木も増えてきた。しかし、平坦道になってから先に見えるペリチェまでがなかなか着かない。
11時半過ぎペリチェ着。かなり大きな村でロッジばかりだが泊まってる人はいなさそう。ここの村はずれで昼食。
12時に出発。橋を渡ってから少し上り。ずーっと下りが続くとちょっとの上りでもこたえる。この先アマ・ダブラムの見晴らしがいい丘にまた遭難碑が立っていた。ここでまた写真を数枚撮る。暖かくなってきたのでデジカメのバッテリーも復活した。
ここからパンボチェまでは谷沿いの山腹ルートが続く。途中ショマレという村があり、意外と大きくて驚いた。このあたりで標高4000mを切って森林限界のようだ。徐々に木が増えてくるが、それでも燃料には足りないらしく薪を運ぶシェルパ族と次々すれ違う。こんなに木を切り倒して大丈夫なのだろうか…ヒマラヤの将来が不安になる。外国人トレッカーの存在が自然破壊に直結しているならそれをカバーするだけの金を徴収すればいいと思う。正直いってソルクーンブのパーミットが1000Rsというのは貧乏旅行者の僕ですら安いと思う。
さて、登山道に戻り、しばらく下るとパンボチェの村。下村と上村があって地図上では上村ルートに入ってしまうとそのままポルツェまで行ってしまうので、下村ルートへの入り方を探すが結局分からず。村人に聞いたところ、上村ルートをそのまま行けば、下に降りて橋に出るということだった。パンボチェから橋まではチョルテンやマニ石が多い。すれ違う薪広いのシェルパ族はますます増えるばかりだ。
橋を渡って森林地帯に入る。少し登ってミリンダの村。さらに、ここからは少し下ってデボチェに到着。ここからタンボチェまでは標高差100m以上の登り。今日はすでに15km以上歩いているので足取りは重い。
3時頃タンボチェのゴンパ(チベット寺院)着。マニ車を回してからお参りに行く。典型的なチベット寺院の造りだ。読経中に入ったのだが、その最中にフラッシュをたいて写真を撮るブタ白人がいた。坊さんが何も言わなかったので僕も黙っていたが、このブタ野郎はキリスト教教会でもミサの最中フラッシュをたくのだろうか?
タンボチェの白いチョルテン脇から一気の下り。400mくらい下るとプンギテンガの村に到着。店・ロッジが数軒あったが開いているのは1軒だけ。そこで部屋はあるかと聞くと、橋を渡った先にある村のほうがいいだろうと言われる。実際そのとおりだった。もう4時過ぎなのでここで宿泊。
↓ロブチェからプモリを望む
ロブチェ→ゴラクシェプ(所要1時間半)→エベレストBC(往復2時間45分)
→カラパタール(往復1時間45分)
7時に起床、ラーメン&コーヒーをとって8時に出発。ゴラクシェプへ向け谷沿いのゆるやかな登りを北へ北へと進む。徐々に行く手にそびえるプモリの姿が大きくなってくる。冷たい風が上から吹きつけてきてかなり寒い。歩いていて寒いと感じたのは今回初めてだ。野球帽から耳をおおえる毛糸帽子にチェンジして再出発。行程の残り1/3くらいから登っては下りを何度か繰り返し、氷河側(向かって右)へ巻くように歩く。1時間半ほどで白砂のくぼ地に数軒ロッジが建つゴラクシェプに到着。
思ったより早く着いたので荷を解いてからエベレストBCへ行くことにした。氷河の上を歩くので防寒具を着込みスパッツをしていったが、実際雪や氷の上を歩く箇所はなく、結果的には不要だった。
エベレストBCへは正面に見えるカラパタールへの道ではなく、右手にある凍った池の脇を通ってしばらく行くと標識があり、氷河沿いに北上することになる。道はしばらくアップダウンを繰り返し、氷河の左岸、小高いところについたルートに出る。あとはこのルートをほぼ真っ直ぐに2kmくらい歩く。氷河沿いの道に出れば緩やかな登りではあるがきつくはない。おかしいなと思ったら積み石を探せば大丈夫。ルート脇に巨岩&その上に積み石
があったらその先100mくらい行ったところより氷河へ下っていく。50mくらい下って氷河上に出る(といっても岩場を歩くことに変わりはない)。この先道はぐねぐねとなるので積み石に注意しつつ、先に見える氷ゾーンの方へ進む。10~15分でタルチョのかかった巨岩のあるところに出る。この先で積み石がなくなるので(標識はないが)ここがエベレストBCなのだろう。小屋から約3km、所要1時間半。冬なのでキャンプをしているパーティーは皆無。なお、BCからエベレストは見えない。そのかわりヌプツェの氷河をすぐ近くから眺められる。
今日はダブルヘッダーだ(笑)。3時まで休息し、15分に夕日のエベレストを見るべくカラパタールへ向け出発。標高差400mなので100mを15分のペースでゆっくり上がる。途中からヌプツェの影になっていたエベレストが顔を出す。ゴーキョピークといいカラパタールといい、まさに(通常の登山道からは見えない)エベレストを見るための天然の展望台だ。
カラパタールへの登りは下から見ていたとおり向かって右へ巻き気味になっている。東側の斜面に入ってから岩石ゾーンになりちょっときつい。ここから山頂のタルチョが見えるが結構遠い。積み石を目印に一歩一歩上がっていく。1時間10分ほどで到着。山頂は(GPSの高度計によると)5600mを超えていた。肩に荷物を置いて一番高いところまで上がり少し景色を楽しんでからまた肩のところまで戻る。このあたりの方が足場が安定していて安心だ。あとは日が沈んでエベレストが赤く染まるのを待つだけ。エベレストも美しいが、ヌプツェは雪の陰影がくっきりと浮き出るように見え、それ以上に印象的だった。5時頃赤に染まった東の峰をカメラにおさめ5時15分に急いで下山。25分で下まで着いてしまった。
↓エベレスト(左)とヌプツェ
ゴーキョ→チョラパス→ロブチェ(所要9時間)
今日は長丁場なので6時に起床。部屋でラーメンを食べ7時15分に出発。おばさんがミルクティーをサービスしてくれた。今日も快晴、昨日登ってきた道を戻りチョラパスへの分岐へ行く。ここまで約30分。
ここから氷河を渡って対岸(?)のドラブナクへ行くのだが、この氷河意外と幅があり、ルートを見失った箇所もあったため渡るのに40分以上かかってしまった。氷結した湖の上を渡るのはちょっと緊張。
ドラブナクからチョラパスへの道は沢沿いについている。沢の左岸を登ること40分で沢が2本に分かれる箇所に出る。左の細いほうの沢に道がついており、さらに10~15分くらい登ると傾斜もゆるくなり見晴らしのいい広いU字谷になる。この先進路は右手、尾根に向かって上がることになる。下から見ているより実際は距離がある。尾根に上がると大きな岩とタルチョがあり目指すチョラパスはじめ行く手を阻む高峰群がドドーンと現れる。たぶん、これを見たの多くはどこをどう行ったらこの山々を越えて反対側へ行けるのだろうかと思うに違いない。それほどまでに大きな壁なのだ。
とにかく目前の道を辿っていくしかない。ルートを外さないよう慎重に岩石ゾーンを進み、チョラパスの直下には11時過ぎ到着。ここまで来てもどう登っていけば峠を越せるのかよく分からない(笑)。ガレ場を一歩一歩慎重に登っていく。幸い後ろからきているパーティーはないので少し気楽だ。両手両足を使いながら急なガレ場をよじ登りながらきつかった去年のアコンカグア山頂への登りを思い出した。途中ルートを見失うが積み石を見つけ復帰。登りの途中で反対側から降りてくるパーティーとすれ違う。
15分ほど上がると峠のタルチョが見え出すが5400mの標高ではなかなか足が進まない。何とか12時ちょうどに峠に到着。反対側の斜面は雪一色でびっくりした。尾根の北と南でこんなに違うものなのか…。この先踏み跡がはっきりせず、しばらく尾根上で立ち往生する。上へ向かう足跡らしきものがあったので少し上がってみるが違うようだ。結局、雪渓のど真ん中を行くのが正解らしい。何とかさっきすれ違った人たちのものと思われる新しい足跡を見つけそれを頼りに下る。ゴーキョのおばさんがこの数日暖かい日が続いているといってたことと、もう午後でだいぶ雪が緩んでいることが気になる。雪渓の薄いところで雪が緩み、そこを踏み抜いたら…と思うとぞっとする。踏み跡を見失わないように慎重に下る。30分ほどで雪渓の端、積み石がたくさんあるところへ着いた。ここでようやく一息ついて昼食。行く手にはこれから進むべき道がずーっと伸びている。その向こうにはアマ・ダブラムの雄姿。
ここからしばらく岩石ゾーンの急な下り。15分ほど気を抜けない下りが続いた後、傾斜がゆるくなりゾンラの村への下り道となる。石がごつごつしていてあまり歩きやすい道ではない。ゾンラには2時到着。これから凍った湖の西岸を高巻きしてロブチェへ向かう。
標高的には大して登る必要はないのだが、さすがに疲れているので足どりは重い。ロブチェまでの道は予想以上に遠かった。湖は見た目より奥に長く、でっぱり尾根をいくつか越えなければならない。1時間歩いてようやくトゥクラの上部に到着。ここからさらに山腹を30分ほど歩くと河原に出てトゥクラからの道と合流。さらに1.3kmほどゆるい登りを上がるとようやくロブチェ。出発後ちょうど9時間。小屋が見えたときはさすがにほっとした。
↓チョラパスの北斜面
マッチェルモ→ゴーキョ(所要2時間半)→ゴーキョ・ピーク(往復約2時間)
7時過ぎに起床。昨夜はなかなか寝付けなかった。標高4500mくらいなので高度のせいかもしれない、少し不安だ。相変わらずコンロの気化が悪く何度も点けなおしてるうちにカンボジアで買ったライターが壊れた(涙)。ま、火花は飛ぶのでコンロへの点火は大丈夫そうだ。
ラーメンに加えオムレツを食べてから8時半に出発。昨日通った道をまた歩いて30分ちょっとでパンガへ。今日も快晴だ。
ここからGPSをONにして川沿いに続くルートを登る。急登というほどではなく、歩きやすい道ではあるが高度はかなりあるので足の行きたがるペースで歩くと息が切れてしまう。
ゆくりと先に見える川の流れ口を目指して上がっていく。石段を登り切って橋を渡るとゴーキョまでの登りはほぼ終了。
賽の河原みたいに積み石が見え、その先には1つ目の小さな湖がある。こんなとこにも鴨がいるというのはオドロキだ。この湖の右を通り過ぎ20分ほど歩くと2つ目の湖に出る。この手前にチョラパス方面への分岐があるので、偵察に行ってみる。その間にも5~6人が峠へ向かっていった。現在のところ峠越えに際して問題はないようだ。
偵察を終え、元のルートに戻る。2つ目の湖は大きく、ほとんど凍っていた。西の湖岸はチャドテンから切れ落ちている崖で歩けないので右岸を通っていく。前方左にはゴーキョピークのルートがくっきり見えている。ゴーキョのロッジはその真下にあるのだろう。
2つ目の湖を越えまた川の右岸をしばらく進むと3つ目の湖ドゥード・ポカリに出て東岸奥にロッジの屋根が見える。タルチョのゲートをくぐって11:25ロッジ着。この時期でも営業している宿のほうが多いようだが宿泊客は少ないみたい。付近はかなり風が強い。
しばらく部屋で休んで2時過ぎに外へ出て様子を見る。相変わらず風は強いが雲は出ていないようなのでゴーキョピークへ上がってみることにする。遠目にはほぼ一直線に道がついているように見えたが実際歩いてみると細かいつづら折れの連続。かなりの急登だ。特に上り始めの傾斜はきつい。
しかし、空身なので楽勝(笑)。ゆっくり息が切れない程度に上がっていくだけでどんどん高度を稼げる。一息ついて振り返ると湖がだいぶ下になていた。45分で標高5000mを超える。ルート周辺には積み石がたくさんあり道に迷う心配はないが、ある意味ちょっと不気味な光景だ。
休憩もなし85分でピーク着。山頂にはやはりタルチョが張り巡らされている。風が強くじっとしてると体温を奪われるのでヤッケを着る。落ち着いてから眺めを楽しむ。雲もなく360度ヒマラヤの山々の連続。まさに「世界の屋根」だ。見ていると今までの疲れもふっとぶ。改めて地図を見て山の位置を確認。初めて見るエベレストは思ったより近くにあった。手前(西側)斜面には積雪はなく、イマイチ絵にならない(笑)。1時間ほど山を眺めて過ごしてるうちに西の峰に日が沈んでいった。まだ、エベレストを含む東の峰は明るかったが時間が経つにつれ赤味を増していく。本当に刻一刻と色が変わっていく幻想的な風景だ。東の空は徐々に赤から深い青に色を変えていく。その移り変わりも素晴らしい。
写真をたくさん撮りたかったが寒すぎてカメラのバッテリーが消耗状態になってしまう。高所対策を考えなければ。
5時過ぎに下山開始。下りながらも何度も立ち止まってエベレスト、チョオユー方面を眺めてしまう。色彩の変化から目が離せないのだ。空が闇の一歩手前、深い群青色に変わり道も見づらくなってから急いで下る。帰りは40分で下りてきた。
↓ゴーキョピークから夕日に染まるエベレストを眺める
ポルツェ・タンガ→ドーレ→マッチェルモ(所要4時間)
7時過ぎに起床、朝食に一人利用のドミ部屋でラーメンを作る。8時半過ぎに出発。すぐ樹林帯の登りに入る。15分ほど上がるとチェックポイントの小屋に出るがここはクローズしているようだった。小屋を過ぎると傾斜はさらにきつくなり、急登をえっちらと登っていく。宿から50分くらいのところで左に二段の滝があり、ここで一本。出発したときは曇っていたがいつの間にか晴れていた。
滝の先を巻いて少し上がるとトンバの小屋、ここを過ぎて山腹の道を少し歩くとドーレに出る。ドーレの手前で森林限界を超えるので、このあたりの山腹ルートは高原的な雄大さの中とても気分よく歩ける。対岸にはポルツェとナ・ラを結ぶ道が山腹を一直線に横切っている。あさってにはあの道を歩くことになるのだろう。…長いなぁ。
ドーレまでコースタイム半分の1時間半できてしまった。もう標高は4000mなので、垂直的には今日の半分を超えている。
ドーレロッジ裏の急登を上がり再び山腹の道へ出る。このあたりまたしばらくきつい登りになる。上に見える巨岩&タルチョ(旗)のあるところがラバルマのロッジ。ここを過ぎもうちょっと進むとドゥード・コシからチョオ・ユーを眺めながらの快適水平道になる。これをサクサク歩いていくとルザの村に出る(ロッジあり)。村で少し下ってから再び登り水平道から尾根を一本巻くとゲートのようにタルチョが張られている丘に出る。このすぐ下にマッチェルモの村が広がっている。マッチェルモの谷から西を見ると左にキャジョ・リー、右にマッチェルモピークがそびえている。
ここで15分くらい休んで、またロッジ裏の急登を上がる。先にはパンガのロッジの屋根が見えている。ほぼフラットな道を20分ほど歩いてパンガ到着。ここで宿泊
…と思ったら、2軒あるロッジは両方とも閉まっていた。進むか退くか考えたがゴーキョまではまだかなり距離があるのでマッチェルモに戻ることにした(涙)。マッチェルモも一部のロッジは閉まっていて、安い部屋を探すのに一番手前の宿まで戻ることになった。森林限界を超えると燃料(薪)の調達が大変なのでトレッカーが少ないところは閉めてしまうのだろう。
↓マッチェルモ手前の丘よりチョオユーを望む
ナムチェバザール→シャンボチェ→モン・ラ峠→ポルツェ・テンガ(所要4時間半)
7時過ぎに起床。かなり寒く部屋でコンロをつけるがなかなか気化しない。朝食、パッキングを済ませ8:50に宿を出る。
ゴンパ裏の分岐を左へ進み(標識あり)つづら折れの急登を上がりシャンボチェを目指す。朝なので比較的調子がいい。40分ほどで下から見えていた建物(ロッジ)に到着し、その先少し行くとシャンボチェの飛行場だった。その先にはチョルテンがあり、右の丘からはタムセルクが間近に見える。
白いチョルテンから100mくらい先にまたチョルテンがあり、そこからクムジュンの村が見える。クムジュンまでは少し下ってマニ石の並ぶ道を通っていく。両脇には学校があるが、子供達はトレッカーなど見飽きてるようで全く注目を集めることはなかった(笑)。
クムジュンまで1時間半で到着。昼食には早いのでこの村は通過することにした。マニ石の道を抜け突き当たりの広場を右に進みモン・ラ峠を目指す。
村はずれにある四角いチョルテンを過ぎ青い屋根の家のところで左折、ここから山腹を巻いてモン・ラへの道に入る。しばらく下ってサナサからの道と合流し峠へと200~300m上がるのが一般ルートだ。けっこうしんどい。これとは別にマイナールートながらクムジュンの外れからモンラ近くまで伸びるフラットな巻き道があるはずだが見つけられなかった。
12時モン・ラ着。峠にはチョルテンがあり、周囲の景色は素晴らしい。目前にタウツェ、右奥にはアマ・ダブラムなどなど高峰がそびえている。なお、峠にもロッジ、レストラン数軒あり。
モン・ラでビスケットの昼食をとって川へと一気に下る。樹林帯の中、標高差500mを30分ほどで抜けるとポルツェ・タンガに到着。ロッジは2~3軒。まだ1時だったが、この先まで行くとドーレまでまた500mの登りになるので今日はもう行動終了としよう。
暖かいうちに水場で体を拭いて、Tシャツ、靴下等を洗濯、午後は本を読んで過ごす。
↓シャンボチェからの眺め
ルクラ→パクディン→ナムチェバザール(所要約7時間)
ルクラへのフライトは7時なので5時50分頃宿を出る。まだ外は暗く、そして寒い。タメル地区には早朝からタクシーが客待ちをしており空港までの足は問題なし。空港まではタクシーで10分ちょっと(200Rs)。ターミナル入口でチェックイン荷物のX線検査があったがガスカートリッジは問題なしだった。
空港税165Rsを払ってレシートをもらい、チケットと一緒にチェックインカウンターで提出、搭乗券をもらってセキュリティチェックを受ける。ここで手荷物は全て開けられ検査される。手続きに大して時間はかからなかったので30分前に着いても十分だった。
ルクラ行の飛行機は15人乗り、外人は窓のある前部、ネパール人は後部に座るようになっているようだ。外人料金はローカルの3倍するのでこれくらいの優先は当然か。一応キャビンアテンダントがいるが、キャンディと耳栓用の綿をくれるだけ(笑)。緊急時の説明などは一切なし。機体はなぜか他のエアラインのものだったがほぼ定刻に離陸。左にヒマラヤが見えるのでこっち側の一番前がベスト(翼が視界に入らないので)だと思われる。谷間には雲が沈んでいて雲海ならぬ雲川ができていた。
40分ほどで谷間に無理やり作ったようなルクラの空港に到着。滑走路が短いので一瞬ぶつかるー!と思った。
荷物を引き取ってすぐルクラの村へ。ここでガスカートリッジをもう1個購入するため探すが中古ばかり。中には平気で地中から出てきたとかいうサビサビのものを売ろうとする奴もいる(笑)。何とか使えそうなものを見つけ、それからチベタン食堂で朝食。ここで既にモモ50Rs、揚げパン15Rsなどカトマンドゥの倍くらいする。食事を済ませ手荷物をザックに詰めなおして出発。結構重たい。
ルクラの商店街を抜けるとすぐナムチェへの道になる。初めは下り加減で楽勝。すぐにチョブルンの村、そこを越えて1時間ちょっとでタドクシ。ここの橋向こうにクスムカングルが見える。ここからパクディンまでも同じような楽チンな道が続く。途中マニ車のあるチョルテンがあったので、道中の無事を祈願。2時間と少しでパクディンに着いてしまった。当初の予定ではここで泊まるつもりだったが、ちょっと早すぎるので先へ進む。村はずれの橋を渡ると岩が多くなり、登り加減に変わってくる。この橋のあたりが最低点かな。
この先登っては川に差しかかり橋の前後で下るという繰り返し。何度か川を渡って右岸から少し登るとチュモア、その先1kmくらい歩くとモンジョの村に出る。このあたりロッジも多く、一般的にはここで1泊となるのだろう。
モンジョを越えて少し進むとジョルサレのチェックポイントがあり、パーミットをチェックされる。滞在予定期間と行先を聞かれる。この先橋を2回渡ってしばらく河原を歩く。岩にペイントなどはないが、通る人は多いので迷う心配はないだろう。3つ目の橋が先に見えるあたりから本格的な登りが始まる。荷物がずっしりと重い。
橋の手前で休憩、ここで2つの川が合流する。ナムチェへは左の沢右岸を登っていくことになる。このあたり標高2900mから3200mくらいまで急登が続く。とてもしんどい。初日で荷物が重かったせいもあるが、ここは全体を通してきつかった部分の一つ。3100mあたりにちょっとしたビューポイントあり、この先でつづら折れは終わりナムチェ方面へ向かって道が伸びていく。右に大きく曲がったところでナムチェの村が見え始める。しかし、登りはまだ続く。水汲み場脇からの石段がツライ。足がつりそうな予感。ここを何とか上がりきるとナムチェバザール到着。
今日はThawa Lodgeに宿泊。ツイン部屋50Rs、ダルバート150Rs、ホットシャワーやランドリーサービスもあった。
↓ナムチェバザールの村
今日はバックパッカー(特にグリンゴ)に人気の虎跳峡トレッキングに行く。ここに来るまではあまり歩く気もなかったのだが、中甸に行く途中だし、絶賛している人もいるので行ってみることにした。もちろん、いつものように単独行。
以下、日記ではなくトレッキング記録として書く。
はじめに:今回、橋頭~中峡客桟(+中虎跳峡往復)まで歩いた。虎跳峡ハイルートは大渓谷の崖につけられたルートだが、特に危険なところはなかった。馬も通る道なので、幅もかなりあって歩きやすい。むしろ危険なのは中虎跳峡までの道で、谷底へ一気に降りるので傾斜はきつく、途中長いハシゴもある。
しかも、トレッキングをしない一般のツアー客も(一部ですが)来る。上から石なんか落とされたら…考えるだけでゾッとする。ここは少し注意して歩くべし。
事前準備:地図(麗江のバックパッカー向けカフェに客桟が作ったものが置いてある)、食料&水(ルート上は約2時間おきに客桟あるので、金があれば少しでいい)、金
記録:橋頭を7時20分に出発。日の出頃から営業している食堂もあり、包子など軽食はとれる。橋を渡って道なりに400mほど進むと右側に虎跳峡の料金所がある(門票30元)が、ゲートはない。早朝越えたので人がおらず、徴収なしだった「狙い通り~♪」(traveling by Hikki)。料金所から数百m行くと中学校があるので、ここを入ってバスケコート、サッカー場を抜け、その先に見える集落を目指す。ここではまだ山道に入らないので注意。下からの車道と合流し、集落の中を抜けて進む。小学校を左に見ながら更に進むと徐々に坂道になり、右下では川が分岐するポイントに出る。この辺りまで30~40分。更に10分ほど進むと日出小屋、徒歩客桟に出る。車道はここまでで、ここからいよいよ左手に見える斜面を突っ切る山道に入る。山道に入ってしまえば、道の脇にはしつこいほどゲストハウスの案内ペンキがついているので迷うことはないだろう。
しばらく快適な山歩きが続き、山道に入って40分ほどで古馬客桟への分岐点、その先少し登ると集落に出て、さらに進むとナシファミリーGHがある。この先にビューポイントがあり、玉龍雪山が望める(僕が行ったときは雲がかかっていたが…)。ここから見る金沙江はまだゆったりと流れていて、この先激流になる雰囲気は感じられない。
ビューポイントから5分くらい歩くと28bendと呼ばれるつづら折れの急登が始まる。が、急登といっても馬も歩く道なので歩きやすく、さほどきつくはない。だいたい50分から1時間で標高2250mから2650mなで上がることになる。途中に2ヶ所ビューポイントあり、2つめを過ぎるとすぐ最高点。地図には頂上と書かれているが、山頂ではなくただ単に道の最高点というだけ。景色は楽しめない。下りは竹やぶを越え、森林ゾーンに入るのであまり景色は見えない。普通の山歩きという感じ。傾斜は急ではないが、約45分で2300mくらいまで降りる。ビューポイント、滝を過ぎると集落に出て、ここに茶馬客桟がある。
茶馬客桟から中途客桟まではほぼフラット(若干登り)な道が続き、右側を見ると、上に玉龍雪山の絶壁がそびえ、下には虎跳峡の激流が音をたてているという景色が望める。このコースのハイライトだろう。この区間、非常に気持ちのいい山歩きだ。
1時間15分ほどで中途客桟着。道はその先もフラット。20分ほど進むと、崖を流れる滝が見えてくる。この辺りもとても眺めがいい。滝を越え10分ちょっと歩くと電柱と小屋があり、その辺りで少し登りになる。ここを越えたらあとはロールート(車道)に向けて降りていくだけ。30分ほどで中峡客桟に着く。これで終了。
大具まで行く場合は車道をしばらく進んで渡し船に乗るようだ(中虎跳峡から川沿いに行く道もあったが、危険かもしれない)。
中虎跳峡へは、中峡客桟から先、橋を渡って中峡望江GHを過ぎ、右側に小屋(売店)があるところから降りる。一気に谷底まで降りるので、傾斜はきつい。途中ハシゴが何箇所かあるが、天梯と名づけられたものは特に長い(20m以上はあるだろう)ので注意。ここにグループがいるとしばらく待たされる…。谷底までは約30分、売店があるが、ここでハシゴ修繕費といって10元請求される。入口では金額を書かずにここでいきなり10元を請求するというエグイ手口を使う。僕は理解できないフリをして払わず逃げた。
中虎跳峡は大迫力。疲れるけどやっぱり見に来る価値はある。峡谷を堪能したらあとは同じ道を登るだけ、いちばんシンドイのが最後にきてしまう(笑)。ハシゴ修繕費を払っていないと登りでも途中、門があるところで請求される(下とトランシーバーで連絡をとっている…セコイ連中だ、僕はもっとセコイのでここも相手にせず突破)。30分で車道まで戻ったが、普通はもっとかかるでしょう。
まだ5時になっていなかったが、もう橋頭に戻る乗合タクシーも来なさそうだったので車道沿いの客桟に泊まる。中途客桟前後に数軒客桟あり、ドミ10元~シャワーも浴びれる。
翌朝、客桟の人達が橋頭に行くのに同乗して戻る。2004年10月現在、上虎跳峡近くで崖崩れの岩除去が済んでおらず、この区間を挟んで車はピストン運行になっている。実はこの崖崩れゾーンを歩くのが一番怖かった(笑)。上を見ると巨大な岩がオーバーハングしてるし、小石はパラパラと落ちてくるし…急いで通り抜けるにこしたことはない。
中虎跳峡~上虎跳峡は約11km、上虎跳峡~橋頭は約8km。乗合でそれぞれ10元、5元とられた(交渉はしたが、それでもぼられているかもしれない)。
今日はカンボジア最終日、ベトナムのチャウドックへ向かうボートは午後2時発なので、午前中は最後の観光トゥールスレーン博物館に向かう。ここはポル・ポトが刑務所(兼拷問所)として使用した場所で、延べ約2万人が収容され、ほとんどの人が拷問のうえ処刑された。元々は校舎だった建物を刑務所に使用していたもので、教室を細かく仕切りいくつもの独房を作ってある。収容者の写真も数多く並べられており、ここで行われた残虐な行為を思い浮かべると、匂うはずのない死臭を感じるような気がして息苦しくなってくる。南アフリカの政治犯収容所であったロベン島が世界遺産になっているのだから、ここなどはずっと優先順位が高くて然るべきだと思うが、カンボジア政府は申請する気がないのだろうか?
なお、ここでは午前10時と午後3時の2回ポル・ポト時代を描いたドキュメンタリーフィルムが上映されるが、英語でなかなか聞き取りにくい。正直、字幕はともかく、ナレーション部分はほとんど理解できなかった。
1時過ぎチェックアウトして、ボート乗り場へバイタクで向かう。
しかし、「船は満席だ」と言われる。昨日、宿で手配を頼んでいると言ったが、実際にはやっていなかったらしく昨日の時点で既に満席だったと言われ、あきらめる。やむなく、翌日のチケットを購入して、また宿に帰る。
しかも、帰ったら前に泊まっていた部屋が既にうまってた(@@)、ちょっといい部屋を同じ値段で使わせてもらう。
うーん、どうしよう。もう観光しようと思ってたところは既に行きつくしてたので時間を持て余してしまう。この先の旅程などを考えながら過ごし、5時頃からカメラを持って町をぶらぶらする。2~3日前から太ももの裏の虫刺されが化膿してプクーッと膨らみ、いよいよ痛みが激しくなってきたので、薬局で薬を購入。効いてくれるといいな。
なんとなく街角のサッカー賭博屋を覗いたら、見慣れたブルーのユニフォームが目に入った。おぉ、今日だったのか、日本VSバーレーン戦。店のオヤジに席を勧められ、遠慮なく観戦。いやぁ、大変な試合だった。前の試合も延長まで戦ったのに、先制点を取られたうえ、遠藤の退場で一人少ない試合を強いられる。バーレーンもけっこう、スピード、テクニックがあり、本当に厳しい戦いだった。日本に賭けているローカルと共に、一喜一憂が続く。俊輔は周りがよく見えているようでいいプレーをしていたが、やはり彼がボールをキープすると攻撃のテンポがスローダウンし、相手にディフェンスを固める時間を与えてしまう。この総力戦の中で、日本の選手全員がいいところも悪いところも見せたように思う。実際、集中力を切らしてピンチを招く場面もかなりあったが、1人少ない状況で、かなりの時間帯リードを許すという展開の中、延長戦まで戦い抜き、勝利を収めることができたのは、アジアチャンピオンになるという勝利への執念の強さに他ならないと思った。
鈴木も決定機を逃し、点こそ取れなかったが、最後までボールを追い続けた。全員一丸となって、あきらめないサッカーをする、この苦しみの中で手にした勝利は後々大きな意味を持ってくるはずだ。
でも、このチームはきっと今回の勝利だけでは満足しないだろう。
決勝戦は、イランが相手であってもアウェー状態での戦いを強いられるだろうし、2戦連続の延長戦で選手達の疲労は極限に達しているに違いない。
それでも、苦しみぬいてここまできたのだから、もう一戦、最後の力を出しきってぜひアジアチャンピオンの勲章を手にしてほしいと切に願う。
PS:もしよかったら、今日ベンチでちらっと映っていた松田直樹を出してくれないでしょうか、ジーコ監督。
昨夜、久々にテニスを見た。ウィンブルドン女子シングルス決勝マリア シャラポワVSセリーナ ウィリアムス戦。
一昔前なら、ロッキー4のようにアメリカvsロシアということだけで、注目を集めたりもしたが、今では誰もそんなことは気にしない。冷戦が終わってもう10年以上経つんだもんな、時の流れは早い。
さて、試合を見たのは途中からだったが、第9ゲームの攻防は本当に素晴らしかった。ウィンブルドン決勝という大舞台であんなに落ち着いてロブをさらっと決められる17歳は末恐ろしい。パワーもあるし、素晴らしい集中力も持っている。
彼女には、かつてヒンギスが築いたような一時代を作る力が十分あるように思った。ただ、その美しさゆえにクルニコワのようにちやほやされ、テニスへの情熱を失ってしまわなければだが…。
テニス習ったこともないので、試合についてはここまで。
しかし、183cm、59kgってすごいよなぁ。足メチャ長いし、顔は小さく、そして美しい。モデルとしても働いているのも当然だ。でも、試合が終わって父親の所まで観客席を駆け上がっていったり、コート上から携帯で母に電話しようとしたりするところは、やっぱり17歳らしいなとかわいく思えたりもした。そして、そんな感想をもらしてしまう自分はオヤジっぽいなぁと思う(笑)。
試合後のインタビュー。ロシア人というので、英語できるのかなぁと思って聞いていたが、アメリカ英語をスラスラ話していた。へぇ~と思って調べてみると、彼女は
「シベリアの片田舎に生まれた。チェルノブイリの放射能汚染から逃れるため、2歳のときにソイチに移り住んだ。転機は6歳のとき訪れた。モスクワの大会に出場していたマルチナ・ナブラチロワに才能を見初められ、米国移住を勧められたのだ。母を残し、父と娘は900ドルの貯金をはたいて米国へ渡った。余分な蓄えなど1ドルもなかった。英語もしゃべれなかった。」ということだ。今はフロリダに住んでいるらしい。
その瞬間、僕の持っていた寒々しいシベリアのイメージが一変した。トナカイしかいないところかと思っていたが、実は美女の産地なのかもしれない。
旅先でシベリア鉄道の話を何度か聞いたが、あまりに長く退屈そうなので興味がなかったが、彼女の存在を知って、僕の好奇心が湧き上がった。
シベリア行きたい。
昨日、横浜国際競技場にJリーグ最終節マリノスVSアントラーズを観にいった。
僕は(たまにスタジアムに足を運ぶ程度だが)マリノスファンなので、優勝の瞬間を見るのを楽しみにしていた。
今年になって初めて見るJリーグの試合だったが、とにかく暑くて参った。開場直後の12時過ぎに入場し、試合開始までの3時間で倒れるかと思うほどだ。上半身裸で見ていたので、かなり日焼けしてしまった。
3時過ぎに試合開始。マリノスがやや押し気味だったものの、なかなか決定機が作れず、イライラしてくる。ジュビロがリードしている状況だったので、(勝たなくては優勝できないため)とにかく早く1点がほしかった。
前半終了。自分達が陣取ったホーム側でマリノスのゴールを見ることはできなかった。残念。
そして、後半。奥が入り、久保も投入され、1点を取りに総力戦となる。
本山の退場後はさらにマリノスペースになった。アントラーズは引き気味になり、負けることはないだろうと思ったが、この試合、引き分けの意味は負けに等しい。
後半15分。ついに待ちに待った1点が入った。奥からのパスを受けた安貞桓がビシッと決めてくれた。会場は大興奮。その後は、ボールの支配率が高かったので逃げ切れるだろうとは思ったが、やはり1点では心許ない。ハラハラしながらタイムアップを待った。
そして試合終了。紙テープが飛び交い、マリノスの1stステージ優勝が決まった。
この試合、Man of the matchは、決勝ゴールを決めた安貞桓だった。安をスタジアムで見るのは初めてだったが、フィールドにいる選手の中で一番がっしりとした太ももをしていた。運動量も豊富だし、チームの勝利のために一番頑張っていたのが彼だと思った。事実、試合終了後のウィニングランを見ていて、