2005年05月10日

Day 297 Finale!

今日がついに今回の旅の最終日。思えば出発したのは7月、10ヶ月はけっこう長かった。
さて、海岸が東を向いているサヌールで日の出を見るつもりだったが起きれず…昨夜は(久々の帰国でちょっと興奮していたためか)なかなか寝つけなかったのでしょうがない。ずいぶん遅くなってしまったが8時過ぎに市場へ行ってみる。ローカル向けの普通の市場だ。海が近い割には魚が少ないのが意外。それから近くの屋台で食事をしてからビーチへ行ってみる。う~ん、ぶっちゃけイマイチなビーチだ。水も濁ってるし浜も狭い、砂もあまりきれいじゃない。もっと南へ行けばきれいなビーチがあるかもしれない。
一度宿へ戻り貴重品を置いて水着に着替えてから出直してくる。その前に散髪、120円床屋だから文句は言えないが切りすぎだ(涙)。ビーチ沿いには遊歩道があり、それに沿って南へと歩いていくがあまり雰囲気は変わらない。歩いていると物売りやマッサージと声をかけてくるおばさんがうっとおしぃ。俺は20,000Rpしか持ってきてないからマッサージなんかできないのに…。日本人は全然見かけないが物売りが日本語で声をかけてくるところを見るとシーズンにはそこそこ日本人も来ると思われる。
感想として、サヌールは古いビーチなのだろう。高級ホテルもないし来てるのはブヨブヨした腹をさらしてる白人の年寄りばかり。かなりガッカリだが、半日体を焼くだけだから別にいいか。しばらく水浴びをしてからビーチ沿いのレストランでビールを頼み、その店のデッキチェアに寝そべって本を読みながら体を焼く。日焼け止めを持ってないので少し控えめにしておかなければ…。
やや雲の多い日だったが南国の日差しはこれでも十分。3時間ほど寝ていたら思っていた以上に焼けてしまった。宿に戻りゆっくり水シャワーを浴び火照った体を冷やす。それからパッキングをして荷物を預け町の中心へ行ってみるが、ただ食堂や宿が並んでいるだけで面白くもない。安宿はこの辺りを探せばあったようだ。
5時半頃宿へ戻り荷物を引き取ってシャトルバスのオフィスでバスを待つ。その間に近くのDVD屋でDVD12本(10万Rp=約1200円)を購入。シャトルバスが空港に着いたのは7時過ぎ。フライトまで3時間近くあったがカウンターはオープンしていたのでチェックインしてゲートが開くのを待つ。Duty Free Shopにエビスビールがあったので(2.10US$)おばさんに頼んで冷蔵庫で冷やしてもらい45分待って飲む。やっぱりエビスは濃いなぁ。
9時半にゲートが開いて機内へ入る。こんなに日本人いたの???と驚いた。8割以上は座席が埋まっている。隣にも人が来たので空いている1列へ移動。機内ではひたすら酒を飲みながら日本の新聞、雑誌を読んでいた。日本便はスラッとしたいかにもCAという感じのお姉さんが多い。しかもほとんどの人がカタコト以上の日本語を話す(その代わり日本人CREWは乗っていないようだ)。夕食がサンドイッチしかでなかったので、もう1個食べたいといったらちゃんと持ってきてくれたし、なかなか感じがいい。雑誌を読みふけっていて3時頃まで起きてしまった。

↓サヌールのビーチ
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2005年05月09日

Day296 サイクリング

今日はウブド最終日。午後3時のバスでビーチ沿いの町サヌールへ移動するのだ。朝食をとってからパッキングを済ませチェックアウト。巨大なバックパックを置いて出かける。近くのツーリストサービスで自転車を借り(半日10,000Rp)てサイクリングへ出発。まずは帰国前最後のメールチェック。バリはメールも高く、5分1000Rpが相場、しかも遅い(涙)。
ネット屋を出て一昨日バイクで通ったコースを辿ってテガラランへ向かう。このコースの景色が気に入っていてもう一度ゆっくり見たかったのと、他によさそうな所を知らなかったからだ。途中で祭礼の準備をしているお寺があったので見学させてもらう。初め、短パンで入ってしまったので、帽子をとりサルンを着るように注意されてしまった。ルールさえ守ればツーリストでも見学OKでコーヒーまでごちそうになった。こういった行事の際は村人総出で作業を行うようだが、やっぱり主役は女性のようだ。男性もいるが女性はその3倍くらいいる。英語を話せる人がいなかったので詳しい話を聞けなかったのが残念だったが、作業しているグループに挨拶して何枚か写真を撮らせてもらった。女性グループの中の一人、香坂みゆきをちょっとふくらませて、色を濃くしたようなかわいい娘と目が合った。他のおばさん達とは僕を見る目が違うような気がする。一瞬恋の予感でときめいた。でもこういうおばさんグループに作業をしているってことはやっぱり人妻なんだろうか???俺もあさってには日本だし…残念。以前日系企業に勤めていた友人の弟の話ではインドネシアに駐在した日本人男性が現地女性と結婚する例はかなり多いらしい。ただ、今まで観察したところでは、この国はあまりボニータ度が高くないようだ(^^;
お礼を言って寺を出て北へ進む。バイクに乗っていたときは感じなかったがこのルート、行きはかなりの登り。汗が吹き出てくる。今日も晴天で雄大な夏雲が広がっている。途中で写真を撮ったりしながら45分くらいかかってテガラランの村に到着。手頃な仏像を探したりしながら自転車をこぎ進む。村の外れ、棚田を過ぎた辺りからまた登り坂になったのでこの辺りで引き返す。1時頃、市場の食堂で昼食。チョップスイを食べていると、食堂の娘が日本語で「おいしい?」と聞いてきた。この娘もまたかわいく、こんなコが毎日インドネシア料理作ってくれたら幸せだろうなぁなどと想像してしまう。
帰り道、カゴを頭に載せたバリ女性をモチーフにした細長い置物(人形?)を発見。素朴でいい感じだ。木は軽く柔らかいので細工は簡単だろう。ということは安いはず、と踏んで値段を尋ねると、高さ60cmのもので40,000Rpという。やっぱり安い。よく見ると作品としてはしょぼいが、この値段なら悪くない買物だろう。大きさと格好が違うものを2つ購入して帰る。帰り道が下りでよかった。
荷物を引き取り予定通りサヌールへ移動。ここでは期待していた客引きはおらず、格安ロスメンは見つけられなかった。20分ほど歩いて1泊60,000Rpのホテルにチェックイン。見た目は中級ホテルだが部屋はウブドのロスメンの方が上だ。サヌールは一応ビーチリゾートなので安宿は少ないようだ。着いてシャワーを浴びてから昼寝、明日は丸一日ビーチで過ごせるので今日はゆったり宿で過ごす。明日は海岸で日の出を見たいのでインドネシア(多分)最後のビールを飲んで早めに睡眠。

↓祭礼の準備
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2005年05月08日

Day295 女性の仕事?

8時頃朝食をとってしばらくテラスでのんびりする。どこからともなくガムランの音色が流れてきてちょっとしたリゾート気分に浸る。9時頃宿を出て市場へ行ってみる。ぱっと見は土産物市場なのだが奥には食品売場があり、カゴを頭に載せたおばさんが買物に来ている。バリの女性はたいてい荷物を頭に載せている。もちろんバリに限ったことではないが、ここでは特にその姿が目立つような気がする。
市場の脇にあるお寺を見て気がついたのだが、どうやらお供えをするのは女性の仕事らしい。今日は日曜だからかお供えものを運ぶ姿をよく見かけるのだが、それが例外なく女性なのだ。皆、一応正装している。なお、僕が見たところバリ女性の正装はスケスケのブラウス(笑)に帯、サルン(巻きスカート)というものだ。スケスケブラウスなので赤やどぎついピンクのブラをしたおばさんが多いというどうでもいい発見があったりもする(笑)。そうそう、お寺の注意書きによると生理中の女性はお寺に入ってはいけないらしい。いろいろ決まり事があるようだ。
さて、市場を出ると向かいの王宮からガムランが聞こえてきたので誘われるように入ってみる。と、その音楽はテープで、女の子達が大勢先生について踊りの練習をしている最中だった。小学生以下の子ばかりだと思うが踊っている姿は真剣そのものだ。プロの踊り子のステージでは自然な動きも習っている過程を見るとすごく難しそう。この子達は教養として習っているのかそれとも踊り子は憧れの職業で皆それを目指しているのだろうか?質問したかったが、英語ができそうな人がいなかったので聞けなかった。反対側の集会場では男の子達が同じように踊りの練習をしているがその数はずっと少ない。
ここを出てプリ・ルキサン美術館へ行く。日曜11時からバロンダンスのパフォーマンスがあるというのでお得だなと思っていったのだが、これが超ショボイ。演奏も踊りも子供によるもので、バロンダンスは5分くらいで終わり、後は「かごめかごめ」みたいな何だかよく分からない子供の遊びをベースにした踊り(?)が続く。これを紹介する「歩き方」の気がしれない。美術館自体は、展示数はさほどでもないが、バリ絵画(彫刻も少し)の地域や時代による様式の違い等日本語の解説もあってまずまずの内容。絵画のテーマはやはりラーマヤーナ、マハーラバータといった物語のシーン、それに農村や祭りの風景が多い。自画像や静物画といった西洋絵画によくあるテーマは見当たらなかった。
ここでたっぷり2時間使って町へ戻り、両替をする。T/Cで9420Rpと好レートのところがあったので100US$をチェンジ。この島の両替屋はレートがピンキリ。あまりいいレートのところはコミッションをとったり金額をごまかしたりするらしいので要注意だ。不思議なのはレートが悪い店の存在だ。1US$当たりで300Rpも低いレートの店に客が来るとは思えないのだが…。他の店のレートを見て調整しないのだろうか???
両替も済んだところで、「歩き方」オススメの3時間散歩コースを歩いてみる。観光客通りから離れたところにもギャラリーが数多くあってこの村の芸術家(?)人口に改めて感心させられた。観光客だけではなくバイヤーも相当数来るのだろう。じゃなければ需要に対して供給過剰になっているはずだ。
ギャラリーゾーンも抜けるとのどかな田園風景になる。青空に白い夏雲が映える。インドネシアの家は茶色い瓦屋根の家が多いので、庭にハイビスカスが咲いていたりする風景は沖縄を思い出させる。バロン像はシーサーの代わりだ(笑)。行程の半分を過ぎた辺りで木彫りで有名なニュー・クニン村に入る。工房を数軒あたっていい仏像がないかと探したがどうもイメージと違う。この村はどちらかというと質より量・安さというタイプの商品が多いようだ。遠目にはすごく細かい彫りに見えるものでもよく見ると安物の彫りはそれなりだということが分かる。
5時過ぎ宿に戻りしばらく休憩し、夜はケチャ(伝統舞踊の一つ)を見に行く。「ケチャでは楽器を使わず100人以上の男の声が伴奏になる」と言われても実際見るまではイメージが湧かなかったが、大勢の男達が火の周りを囲むように座り、体を揺らしながら「ケチャ・ケチャ」(と聞こえた…だからケチャというのだろうか???)を繰り返す(僕にはそれが虫の集団が鳴いているように聞こえちょっと気味が悪かった)。ア・カペラで「ボン・ボン・ボン」とバックで歌っているようなものだろう。たまにリードボーカル(?)のじいさんがメロディーを入れる。その男達の円の中でダンスが行われるのだが、それはおまけという感じ。火の明りだけなので暗いし、スペースもないので一昨日見たテイルタ・サリほど魅力的なものではなかった。興味深いものではあるが、満足度としてはイマイチ。一度見ればいいかなという程度。

↓踊りの練習をする少女達
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2005年05月07日

Day294 緑と水、そして神の島

昨日客引きしてきたおっちゃんが強く勧めるので彼のバイクでウブド周辺の見所を回ることにした(80,000Rp)。9時に出発してまずはテガラランへ向かう。村をちょっと離れるとのどかな田園風景が広がっていて田んぼの緑がまぶしいくらいだ。この周辺の田んぼは稲が3ヶ月で収穫できるので3期作が可能だという。確かに田植えしているところがあればもう穂が大きくなっているところもある。水が豊富で年間を通じて温暖な気候のおかげだろう。所々で神々の彫刻とそれにお供え、祈りを捧げる人々の姿を目にする。ジャワ島とはほんのわずかな距離でしかないのに人々の生活様式は大きく異なっているようだ。
テガラランには木彫りの店が多い。ここでは複雑、精緻な芸術性の高い彫刻よりも大雑把な土産物用の彫刻が中心のようで猫やマスクなど同じものが店先に大量に並んでいる。村を過ぎてしばらく行くと最初のポイント「棚田」に出る。雲南のような大規模なものではないが、とにかく熱帯の緑が美しい。田んぼの中にヤシの木が生えている風景が東南アジアを象徴しているようだ。ここを出てスバトゥ村にあるカウィ・エンプルというヒンドゥー寺院へ行く。きれいな泉とそれに付随する沐浴場、その奥に祠が並ぶという構成。泉の水は青く澄んでいて魚がたくさん泳いでいる。祠は新しく修復されているものが多い。普段なら修復されたものには歴史的な価値がないのであまり関心を持たないのだが、この島では祠や神像は皆「現役」であり、古くなったら当然のように修復されている。そして、それが彫刻師などの芸術家を産み出す力となっているのだろう。チベットで見たとにかくお賽銭やバターを捧げてご利益を求める「仏にすがる」姿とはまた違った「神とともに生きる」ような宗教観がここにはある。とにかくお祈り、お供えといった宗教行事が特別なものではなく自然に人々の生活に溶け込んでいる。それがバリらしさなのだろう。僕自身、この自然さがとても気に入った。生活してもいいなと思ったほどだ。
この後、タンパシリンの村へ行き、ティルタ・エンプル、グヌン・カウィといった寺院、遺跡を見て、南にあるゴア・ガジャ遺跡を見学。どこも入場料は一律で4100Rp。約50円だが数行くとばかにならない(場所によっては交渉し学割で半額)。
とにかくウブド近辺はどこへ行っても熱帯の瑞々しい緑と澄んだ水がある。緑、水、そして神がこの島には欠かせないのだ。また、観光が大きな産業となっているこの島ではどこに行っても土産物屋が軒を連ねているが、それさえも何となく自然でもう島の一部となっているような気がする。そのためなぜか他の町ほど気にならない。
最後に木彫りで有名なマス村へ行って、作品や作業の様子を見学。ここはテガラランと違って職人芸中心。店というよりは彫刻ギャラリーといった感じだ。一体の神像を彫るのに数ヶ月かかるのもざらで値段もそれなり。いい仏像、観音像があったら買おうと思っていたが、やはりどれも数万円単位で手が出ない。50cmくらいの観音像の値札が380US$、いくらなら買うんだというので正直に50$と言ったがさすがにそこまでは下がらなかった。

↓カウィ・エンプルの沐浴場
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2005年05月06日

Day293 ジャワからバリへ

4時頃目覚めたら車掌が何か言っていて、乗客の半分くらいが降りていった。何だか分からないが不安だったので確認してみるとジャカルタの到着バスターミナルが数箇所あるため別のバスと調整をしているようだった。自分が目指すターミナルの名前が分からなかったが、近くの地名を言ったらそれならあっちのバスだと移された。移った先のバスは1列5人掛けなので狭い。しかし、すぐにまた眠りについてしまった。
次に目覚めたときはもう6時過ぎ。ジョグジャを出たときはあまり早く着いても困るなぁ、なんて考えていたが6時を回ってもまだ着かず、しかもちゃんと予定していたバスターミナルに着くのかも分からない状況になると余裕かましてた自分を後悔し始めていた。というのは11時半のフライトでバリに飛ばなければならず、ジャカルタの恒常的な渋滞を考えると9時過ぎには友人宅を出なければならなそうだからだ。
7時半過ぎにバスターミナル到着。しかし、友人宅からは遠く離れたターミナル。ここで、再度行先を確認すると、これから次のバスターミナルへ向かうという。後は渋滞に巻き込まれず早く着いてくれることを祈るだけだ。8時20分ようやく予定していたターミナル到着。すぐタクシーを拾って友人宅へ。運悪くボッタクリタクシーに当たってしまい、指摘するまでメーターを倒さないし、メーターも細工してあったようだ。急いでいるので1区間だが高速を使う。出口から友人宅は500mも離れていないのに、高速出口では6800Rpだったメーターが着いてみると19500Rpに跳ね上がっていた。そしてドライバーの要求額は2万Rs(怒)。さすがに切れて5000Rp札2枚だけを彼に投げつけて一方的に車を降りて去った。
さて、友人宅に入ると、幸い、昨日スマトラに帰る予定だった彼が今日の午後発に予定変更していて在宅だった。再会を喜ぶのもつかの間、フライトが11時半だというともう30分ちょっとで出ないと危ないという。シャワーを浴びる間もなくパッキングを済ませ朝食をとる。午後の便に変更できれば一緒に空港に行けるので、可能かどうか聞いてもらうがチケットをFAXしてその確認ができてから判断するという。通常、フライトをミスしたら次のフライトに振替えになるだけなのに事前に聞くといろいろ確認が必要になるなんて変な話だ。結局、FAXして回答を待つ時間もないので、9時半過ぎお世話になった友人とその家族に別れを告げ空港に向かう。しかし、予想通りの渋滞。数km先のBlockMまでに45分かかり、そこからエアポートバスに乗るが空港は遠い。時間はどんどん過ぎ胃がキリキリするような時間を過ごす。結局、空港のチェクインカウンターに着いたのは出発時刻2分過ぎ。しかし、該当のカウンターは開いていたのでフライトが遅れたのかと思ったら、やはり「11時半の便はもう出たので次の便になるぞ」と言われる。あぁやっぱりダメか。だったらもっとゆっくりしてくればよかった。次の便の出発までは約1時間、大した待ち時間でもないのでバリの予習をして過ごす。
1時過ぎ、バリ行のフライトが出発。機内では昨夜なくしてしまったインドネシア語カンペを作り直していた。1時間半ほどでバリ島到着。この空港、タクシーしか交通機関がないという非常に不親切なところだ。しかも、そのタクシーが数km先の町クタまでで25,000Rpもとる。しかし、他に選択肢もないのでタクシーでクタへ。車から見るクタは多くがオージーと思われる白人だらけだ。完全な白人ツーリストタウン。また嫌気がさしてきた。クタに滞在する気はないので、内陸の村ウブドへ行くシャトルバスのオフィスへ行く。ここで最終4時半のバスを予約。1時間余裕があったので荷物を置いてクタの町を歩いてみる。日本語のインフォメーションがあったので入ってみると日本人の女性がいていろいろ教えてもらった。ふと、4時半のバスでウブドへ行くと言ったら、彼女が「え、もう5時ですよ。ジャカルタから1時間時差があるから…」と言う。え~!知らなかった。あわててオフィスに戻るとちょうどバスに乗客が乗り込んでいるところだった。ウブドまでは1時間強の道のり。宿を決めていなかったので客引きのバイクに乗って1泊朝食付35,000Rpの部屋を見る。コテージ風の造りで部屋も広くグッドバリューだ。400円でこのレベルの宿に泊まれるならそこら中にある100ドル以上する宿はどんな部屋なんだろう???
一休みして7時過ぎにバリの古典舞踊を見に行く。ティルタ・サリという有名な舞踊団のショーで驚くほどの観客であふれていた。2列目に1つだけ空いていた席に陣取ってダンスを見る。ジャワの音楽がソフトでスローな癒し系なのに対し、バリの音楽は時に激しく、音も金属的で対照的。ハチャトゥリヤンの「剣の舞」を思い出したほどだ。ダンスは近くで見て大正解。美しい踊り子(おばさんが2名いたが…)が指先から眼球まで使って物語を表現するもので、動きは非常に大胆かつ素早くリズミカルだ。ほとんど目を離すことができないまま5部構成2時間のショーを堪能。僕的には大満足。ただ、時折入るコミカルな演出は好きではない。あくまでトラディショナルなものを見せてほしかったが、白人家族連れなどにはユーモラスな味付けが必要なのかもしれない。珍しいのは女形のパフォーマンス。男性が女装してガムランを演奏したり踊ったりするのだが、歌舞伎のほっそりとした美しい女形と違い、ここのは一歩間違うとお○まちゃんショーになってしまうような普通のおじさんだった(笑)。

↓ティルタ・サリの舞踊
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2005年05月05日

Day292 激安ジョグジャ

ジョグジャ滞在も今日まで。しかも夜行バスでジャカルタに戻るので夕方くらいには出発しなければならないだろう。というわけで、ジョグジャもう一つの遺跡プランバナンへ行くのはあきらめる。チェックアウトをして、荷物を宿のばあちゃんに預け、クラトン(王宮)へ向かう。
クラトンは南北に分かれていて、入口が二つあるだけでなく、中もつながってない。北側はほとんど見るべきものがないので入る必要なし、でもそれをちゃんと自覚していて入場料も安い(笑)。南側はスルタンの博物館があって、それなりに展示は充実。中庭で伝統音楽の演奏と舞踊も行われていたが、踊りは10分ほどで終わってしまったのでちょっと残念。
クラトンを出てから鳥やペットを売っているガスン市場へ行ってみる。ここは旅行者もほとんど来ないローカル市場。かごに入ったコオロギがたくさん売ってるので鈴虫みたいに飼うのかと思ったら鳥のエサだった(笑)。珍しい動物としては、猿やサソリ等。ふくろうの子供は産毛フサフサでかわいかった。店の女の子がエサコオロギをくれ、餌付けをさせてくれた。そのうえ、サソリまで出して手に乗せてくれたが、こっちはあまりうれしくない。
それから、タマン・サリ(水の宮殿)まで歩いてみるが、意外と入場料が高かった(5000Rp)ので入らず。腹減ったなぁと思いつつブラブラしてると、クラトンのセキュリティーをしているというおじさんが話し掛けてきて、物売りは観光客と見るとぼってくるからいい買物をしようと思うなら自分で探していきなさいというので、でも探すったって安い店知らないから探せないよと答える。すると、おっちゃんはバティックを買うなら政府系の店、学生の作品を置いているギャラリーがあるからそこがいいと言う。さらに、ベチャ(前に乗客を乗せる三輪自転車)は1kmで1000Rpくらいで十分だという。え~「歩き方」には1km→4000Rpが相場って書いてあったぞ!
で、そのおっちゃんがベチャを呼んで例のバティック屋まで交渉してくれたので1.5kmくらい離れた店まで本当に1000Rpで行けてしまった。安い!着いた店は一昨日客引きの兄ちゃんが連れてきたところだ。あの兄ちゃんも良心的なヤツだったんだと悟る。安い店というので、せっかくだし買う気で真剣にいいものを探す。値段はピンキリだが、安いものでも探せばまあまあのクオリティのものが混じっている。1時間くらいかけ選びに選んで3枚購入。バティックは荷物にならないのでおみやげにはちょうどいい。ただ、額から外した瞬間、作品が布に変わってしまうような気になる。
もう3時近いのでバスターミナルへバスの予約をしに行かなければ。行きに乗ったバスは非常によかったのでこの会社のバスを探すが、今日はもうないと言われる。ジョグジャのターミナルはジャカルタと違ってバス会社ごとのロケット(窓口)になっておらず、代理店が各社のチケットを扱っているようだ。4つくらいあたってみるが、やはり目指すバスはなく、しかも全体的に値段も高い。6時頃出るエアコンバスがいいというと、エアコンバスは4時が最終だという。え、もうギリギリじゃん。荷物を宿に置いているので往復1時間以上はかかってしまうだろう。あわててチケットを買って、バスで町へ戻る。荷物を取ってバスターミナルへ戻ったのは出発10分前。危なかった~。

↓ジョグジャのベチャ 1km12円で営業中(笑)
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2005年05月04日

Day291 ボロブドゥール遺跡

今日は世界三大仏教遺跡の一つ「ボロブドゥール」に行く。そもそもジョグジャカルタまで来た目的はこの遺跡を見るためなのだ。早起きするつもりだったが目覚めたらもう8時過ぎ。どうもパキスタン出国以来睡眠時間が長くなっている。暑さで熟睡できていないからだろうか???
町の北へ延びる通りからバスを拾う。乗車時にボロブドゥールに行くか確認しているにも関わらずずっと手前までしか行かないバスに2本乗ってしまう。この国もかなりの「いい加減」国家らしく、平気で適当なことを言って金を取ろうとする。金は取り返すが時間を無駄にしてしまう。3本目のバスでようやくボロブドゥール到着。もう10時を過ぎている。外国人料金があると聞いていたがチケット売場には何も書いてないので、ダメモトでしれっとインドネシア語で「チケット1枚」と言ってみる。売場のオヤジはちゃんと顔を確認しているようで「どこから来た」と返された。この時点で失敗は決まったようなものだが、一応「ジャカルタ」と言ってみた。するとインドネシア語であれこれ言われるが、聞き取れず。ジェスチャーで身分証を出せといってると分かった。「ない」と言うと、別の建物でチケットを買うように言われた。やはりインドネシア人には見えないようだ。外国人料金は10US$or90,000Rp、インドネシア人は7,000Rpなので10倍以上だ。取り過ぎ(怒)。幸い学割があり、大人の6割でチケットを購入できる。学生証の期限が3月で切れているので心配したがバレずに54,000Rpで買うことができた。
この先で荷物チェックを受けいよいよ遺跡へ。小学生の集団が多くてうざったい。ここはアンコールの遺跡群とは違ってピラミッドのような巨大な石積みの寺院があるだけだ。石の大きさはピラミッドのように巨大なものではなく、コンクリートブロック程度だが、全体の大きさは半端ではなく相当離れないとカメラのフレームにも納まらない。階段を数段登って時計回りに回廊を歩く。ローカル観光客のほとんどは回廊には全く興味を示さず、そのまま頂上へと上がっていく。回廊の幅は約2m、内側にレリーフがあり、仏教に関する様々なストーリーが表現されている。特に第一回廊は内側の段が高いため、レリーフが2段に分かれており、外側にもレリーフがある。上段のレリーフでは仏陀の生誕から説法を始めるまでの場面が描かれており、いくつか「あ、この場面だ」と分かるものもあった。当然だが下の階ほど距離が長いので第一回廊をゆっくり見るだけで30分くらいかかってしまう。第二回廊から第四回廊まではほぼ同じ造りで両側にレリーフが続く。内側のレリーフは一段のみ。各階の間には仏像がたくさん置かれているが、頭の欠けているものも多い。この遺跡は 世紀に建造されたらしいが20世紀になってオランダ人によって発掘されるまで土に埋もれていて全く手つかずだったという。これは遺跡にとってはすごい幸運だったと言えるだろう。なぜなら普通に遺跡の存在が認識されていたらイスラム教の浸透に伴いムスリム達によって破壊されていたに違いないからだ。
第四回廊の次はストゥーパ群がある階となる。菱形の窓がある各ストゥーパの中には仏像が置かれている。この菱形ストゥーパ階が2段続いた後、四角窓のストゥーパが1段、最後、頂上は大ストゥーパになっている。上層階に来ると視界が開け眺めがぐっと良くなる。ストゥーパが仏教徒にとって神聖なものであることすら知らないローカル連中がストゥーパに登って休んでいたので、何人かに降りろと注意する。本来ならちゃんと監視をつけるべきだと思うのだが…。そもそも禁煙になっていないことが不愉快だ。イスラム国家だから仏教遺跡に対する敬意が欠けているのだろうが、世界遺産なんだからちゃんとしてほしいものだ。
2~3時間かけて寺院見学を終了。見応えは十分だったが、やっぱりスケール、彫刻のレベルなどの点でアンコール遺跡群には敵わない。階段を下り、出口へ向かう。わざと出口を遠くに設けぐねぐねした商店街をずっと歩かせるようになってある。ショッピングに関心のない僕には非常に煩わしい。ようやく外に出て、1.5kmほど先にある 寺院へ行くがここはしょぼかった。近くで昼食にガドガドを食べさらに先にあるムンディッ寺院へ。寺院の外観はヒンドゥー的なのだが中には大きな仏像が三体ある。外壁のレリーフもなかなかのものだ。
ここからジョグジャへ戻るバスに乗るが、来た時と同じように適当なことを言われ、やはりバス3本乗り継ぐことになった。しかもものすごい大回りをしたため2時間半以上かかってしまった。
宿に戻ってシャワーを浴びてから伝統芸能の一つ「ワヤン・クリッ」という影絵芝居を見に行く。ガムランなど数種類の楽器による演奏をバックに影絵師が数十種類にも及ぶ人形を一人で操り、物語を展開していくものである。影絵なので人形はペラペラだが、水牛の皮で作られており強度は十分、激しい動きにも耐えられる。また、きれいに着色されておりそれ自体が芸術作品でもある。ゆったりとそして透明感のある演奏の中で影絵師が両手を使って人形を操りつつ、固定マイクでストーリーを語り、さらにクライマックスでは足の指で鐘(?)をカンカン鳴らして盛り上げるという八面六臂の活躍を見せるすごい芸だ。なので、影絵(シルエット側)も美しいが、裏で人形使いの技を見るのも楽しい。これが観光客向けではないものだとオールナイトで影絵が繰り広げられるというからスゴイ。ただ残念なのは口上が全て現地語なのでストーリーが分からないこと。演劇と違って人形の動きは少ないのでそれからストーリーを察することは難しく、言葉が分からないと中国語で紙芝居を見ているような状態になってしまうのだ(涙)。そういう僕も2時間のプログラムだったが、途中退屈になり1時間ちょっとで出てしまった。

↓ボロブドゥール
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2005年05月03日

Day290 ラーマヤーナ

バスは予定通り7時頃ジョグジャカルタ(以下ジョグジャ)に到着。バスターミナルは新しい場所に移転していたが、おっちゃんに中心部へ行くバスの番号を聞いて問題なく安宿街まで移動、そこからは客引きに任せ約2ドルの部屋にチェックイン。
評判通りジョグジャの物価は安いようだ。I曰く、ここは人もいいということだったので楽しみ。ただ、日本人というとやはりぼられるようなので、Iのアイデアで自分はカンボジア人だということにしてみた。が、やっぱり顔が日本人なので、結局顔を見て「コンニチワ」「ヤスイヨー」等々声をかけられてしまう(笑)。
客引きの兄ちゃんが、絵画のコンペをやってるから連れて行ってやるというのでついて行くと、まず作品を作ってるところから見たほうが言いといって早速バテイック屋に案内されてしまった。バティックにあまり関心はなかったが、3人の女の子が丁寧にロウで模様をなぞっているのを見ると大変な作業だなぁと素直に感心してしまう。ま、来たばかりなので値段だけ聞いて店を出る。と、さっきの兄ちゃんがいなくなっていたので、近くの食堂で朝食。魚唐揚げ+野菜定食で3000Rp(約35円)安くてウマイ。食後、今日の予定を考えたが、夜行明けで眠いのでとりあえず午前中は寝ることにした。
起きたらもう1時過ぎ。早速街歩きに出かけると、さっきの兄ちゃんが、今夜プランバナン寺院の野外劇場でラーマヤーナ舞踊があるので見たほうがいいと言って旅行代理店へ連れて行く。もともと滞在中に見るつもりではあったのだが、できれば明日がいいなと思っていた。しかし、スケジュールを見ると5月から10月は毎週火・木の2回だったので、チャンスは今日しかない。一番安い席で30,000Rp、加えて送迎が往復30,000Rpで計60,000Rp、思っていたより高いが仕方がない。5時集合なので、午後の自由時間があまりなくなってしまった。
今日は、町の中心マリオボロ通り周辺をブラブラしたり、市場へ行ったりして活気ある町の雰囲気を楽しむ。たまたま本屋街を見つけたのでしばらく辞書を探す。インドネシア語はアルファベット表記なので辞書があれば自分で言葉の意味を調べることができる。いろいろ迷った末、100円くらいの辞書を購入。気づくともう5時近くなっていて慌てて宿へ戻り、準備をして集合場所へと急ぐ。
会場までは30分強、開演時間の1時間前に着いてしまった。寺院脇の屋外劇場なので雰囲気もいい。伝統音楽の演奏をしていたので、しばらく横で聴いて、楽譜を見せてもらったりした。ラーマヤーナのあらすじを書いた日本語のパンフレットも用意してあり、とても便利。値段ごとに分かれたエリア内では自由席なので見やすいところを選んで座る。
英語とネシア語での前説の後、いよいよ開演。セリフはないので言葉が分からなくても問題ないし、動きも大きいので多少距離があっても楽しめる。(当たり前だが)あらすじのとおりに物語は進み、クライマックスの白猿ハヌマンが宮殿に火を放つシーンでは本当に藁葺きのセットを炎上させるという驚きのパフォーマンス。ここで第一部が終了し、しばらく休憩。第一部終了時でストーリー的には既に2/3以上きているので、第二部は30分ほどで終わってしまう。とても満足の2時間だった。実は今日の公演が今シーズン最初の屋外公演、11~4月までの屋内公演ではあんな炎上は見られなかっただろう。いい時に来ることができた。

↓ラーマヤーナのクライマックス「宮殿の炎上シーン」
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2005年05月02日

Day289 お化け屋敷

今日の夜行バスでジャワ島中心部にある古都ジョグジャカルタへ移動する。ジャカルタ→バリのフライトを予約してしまったのでそこで2泊してまたジャカルタに戻らなくてはならないのが面倒くさい。インドネシアのフライトを予約するとき、情報がほとんどなかったので、まさかジャワ島のジョグジャから海を渡ってバリ島まで1本のバスで行けると思っていなかったのだ。
Iに調べてもらったところでは、ジョグジャへは列車の方が早いが寝台車でもないのに17万Rpと高いのでバスにする。I宅から近いバスターミナルへ行って5時のバスを予約、77,500Rpだった。
昼近くからI達と一緒に昼食&買物に出かける。I姉の子はマクドに行きたいと言い張るので、女性と子供はマクドで、インドネシアまで来てマクドに行きたくなかった僕とIは近くのローカル食堂に入った。ココナツミルク味のカレーで煮込まれたチキンは定番料理だがいかにも東南アジアのテイストでウマイ。
食後、マクドで合流してIが現在住んでいるスマトラのバタムへ帰るためのチケットを探しに行く。途中、高級住宅街ポンドックインダーを通るのだが、豪邸が立ち並ぶ通りの中、1軒だけボロイ空家がある。そこは本物の「お化け屋敷」で、住む人住む人必ずお化けに遭うのでいまや誰も買い手がつかなくなってしまったらしい。お化けが出る理由もちゃんとあって、昔この家は白人の新興宗教集団が所有していて、そこで幼児わいせつが繰り広げられ、挙句に殺された子供もいたらしい。そして、お化けはその子供たちの霊というのが地元の通説だ。門は施錠されていて入れないようになっているが、仮に開いていても僕に入る勇気はない。
Iの嫁さんはBlockM近くの通りに建ち並ぶ旅行代理店を数軒あたって安いチケットを探し歩く。I達は車の中で留守番&昼寝。僕には車内が暑すぎるので、Iの嫁さんと一緒にエアコンの効いている店に入って涼む。(何度も言っているが)渋滞の街ジャカルタではどこに出かけるにも時間がかかる。チケット屋をあたっているうちに時刻はもう3時をまわり、ちょっと不安になってくる。4時前、ようやくチケットを購入して帰路に着くがまた渋滞にはまる。家に戻り、あわてて支度をしてまたIと嫁さんと一緒に車でバスターミナルへ。
ターミナルに着いたのは5時ギリギリで僕はヒヤヒヤだったが、Iはここのバスは最低でも30分は遅れて出発するから大丈夫と落ち着いたものだ。チケットを見せてバスに案内してもらう。スンベル・アラム社という会社のバスは新しいボルボのエアコンバス。もっとショボいバスを予想していたのでうれしいビックリだった。Iの言うとおり出発は30分以上遅れて5時45分頃、出発まで残ってくれたI夫妻に見送られてジョグジャへ向かう。出発してすぐ水とスナックが配られる。おぉ、トルコ並みのサービス。インドネシアやるじゃないか。バスは高速道路にのって東へと走る。僕はすぐに睡眠。9時頃夕食&お祈り休憩で停車。ミーアユム(3000Rp)を食べる。バスは30分後に出発し、再び東へ向かう。途中、道が一車線になったのであまりスピードを上げられないようだ。前後にも数台バスが連なっている。そんな夜の道路を眺めているうちにまた眠ってしまった。

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2005年05月01日

Day288 週末のジャカルタ

今朝早く、Iの弟Cと一緒に従姉妹宅からIの家へ帰るが、I母のリクエストですぐに魚を買いに行くことになった。ここの(全てではないだろうが)魚屋は魚をいけすで飼っていて、客の注文を受けてからいけすから網ですくって売っている割烹屋のような店だ(しかし、魚は鯉)。刺身を食べるわけでもないのだからそんなに鮮度にこだわらなくてもよさそうなのに…。
今日あたりからIの家族がぽつりぽつりと各家に帰って行く。午前中にIの妹夫婦、3番目の弟が帰って、この家もだいぶ人が少なくなった。Iは昨夜もお泊りだったので、弟Cがジャカルタの人たちが週末によく出かけるアンチョルというビーチ&遊園地に連れて行ってくれることになった。まずは、近くのスーパーでビールを買ってから高速にのって北へ向かう。概して高速道路は混んでいないことが多い。ジャカルタでタクシーに乗るならできるだけ高速を使ったほうがいいと思う。
しばらく走ってアンチョルに到着。週末を家族と過ごす人達で賑わっており、駐車場もほぼ満車。僕らは車を停め、ビールを飲んでから海へ向かう。海は濁っているし、砂浜は人工的に作られたごく一部の箇所しかない。金沢八景の海の公園よりずっとショボイ。本当に都会に住む人達用に作られたビーチという感じ。島から成り立つインドネシアでこんなビーチが作られていることに(逆の意味で)驚きを感じた。が、それでも家族連れやカップルなど人は多く、思い思いに週末を楽しんでいる。ボートに乗らないかと声をかけてくるおっちゃんが少しうざったい。一通り海岸沿いを歩いてからソーマイという屋台の料理を食べる。なお、イスラム国だから子供は水着だが、水着ギャルはいなかった
ここにいる間にIから電話があり、この近くで待ち合わせをしてジャカルタの南、ボゴールに近いプンチャ峠に行くことになった。Iと合流して再び高速にのって南下、1時間ちょっと走ってプンチャ方面へ下りようとしたら道を閉められていた。I曰く、週末のプンチャは混雑するので、夕方以降上りが混雑するのを避けるために警察がブロックしてしまうことがよくあるらしい。やむなく次のICで下りてアップダウンの続く裏道を通りプンチャへ向かう。途中、何度となく道を聞くが、(道を示すという)それだけのことでチップを要求してくる連中が非常に多い。そして、Iもかなりの人に500~1000Rpを払っていた。インドネシアではショッピングセンター等で駐車場に車を停めるだけで交通整理係(?)が勝手に車を誘導してチップを要求してくる。そして、ドライバーは皆チップを払っている。金を払うに値するような行為とは思えないが…車を持てるくらいの金がある人は比較的貧乏な人たちに喜捨をして当然ということなのだろう。I自身、インドネシア人はアドバンテージにつけこんでくると言っていたので、外国人である僕にこの状況を見せるのはあまりうれしくないようだった。僕もこの手の「親切の押し売り→チップ要求(→払わないとキレる(笑)」輩は好きになれない。生きる知恵かもしれないが、やっぱり図々しいとしか思えない。まだ、黙って手を差し出してくる物乞いの方が好感を持てる。
さて、裏道を1時間近く走って幹線道路に出る。周囲は茶畑が広がっていていい景色だ。また、ここはだいぶ標高が高いので涼しい。カーブの連続する坂を登って頂点がプンチャ峠。近くに大きなレストランがあり、そこでお茶を飲んで、日が暮れていく様子を眺める。夕日で染まった空とその後、闇の向こうに点々と見える街の明かりは美しかった。お茶を飲んでしばらくして帰路へつく。

↓夕暮れのプンチャ峠
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2005年04月30日

Day287 デヴィ夫人

結婚式も無事終わり、今日は家全体がのんびりムード。Iは新婦と初夜を過ごすためホテルでお泊り(笑)。僕は8時頃起床。昨日招待客に配った菓子折が余っていたのでそれをパクパク食べる。朝食を終え、洗濯物を頼んでからしばらくリビングで子供の相手などしていたがヒマでまた眠くなってきたので昼寝をしてしまった。
起きたらIが来ていて、午後は新婦の親戚宅へ行くというのでそれに同行。またしても大渋滞。しかも彼女の家はI宅とはジャカルタ市内でも反対側なのでかなり遠い。車中、Iと話していてデヴィ(スカルノ大統領)夫人の話題になった。

僕「そうそう、デヴィ夫人って今でも日本でテレビ出てるんだよ。ゴッシプ番組でセレブ斬りをしてる(笑)」
I 「???何で、彼女が日本のテレビに出てるの?」
僕「(@_@)、もしかして彼女が日本人ってこと知らないの!?」
I 「え~、日本人だったの!デヴィ(Dewi→インドネシアではポピュラーな女性の名前)って名前だから当然インドネシア人だと思ってたよ。」
僕「意外と知られてないんだ。彼女日本でホステスやっててスカルノさんに見初められて第三夫人になったんだよ。ところで、彼女はインドネシアで人望あるの?」
I 「人望はどうか分からないけど、美人ということでは有名だったよ。」
僕「ふ~ん。」

※マメ知識
1.デヴィ夫人はホステスになる前は千代田生命に勤めていた。
2.人望があるのは第一夫人ファトマワティ(Fatmawati)らしい。彼女は前インドネシア大統領メガワティの母である。なお、I宅近くの幹線道路は彼女にちなんでFatmawati通りという名だった。

5人の妻を持っていたスカルノ大統領だが、さすがに日本から妾をもらったというイメージがつくのは避けたかったのだろうか。
夕方、新婦の妹(かわいい♪)と合流し、一緒に親戚宅を訪問。ここもまた豪邸だ。いつものようにお茶、ご飯、さらにデザートまでごちそうになる。しばらくお邪魔してから帰宅。Iは今夜もホテル泊まり。10時過ぎ、寝ようと思って寝室へ行くとIの義兄とその子が既にベッドで横になっていたので、Iの弟と一緒に一昨日泊まった親戚宅へ行くことになる。Cがちょっと酒を飲もうというので付き合う。
実際のところ、彼もそんなに酒を飲むわけではないので、夜のジャカルタを僕に見せてあげようという気持ちだったようだ。イスラム国なので普通に飲み屋を見かけることはないのだが、あるエリアに飲み屋が立ち並んでいた。どの店も音楽をガンガン鳴らしていて、飲んでいるのは若者が多い。そこで、Cおすすめのスペシャルドリンク。レシピはビール&ウォッカ&レッドブル&ライチジュース、味はビミョー。それから立ちんぼを見に行ったりして結局、3時間近く週末夜のジャカルタドライブを楽しんだ(しかも飲酒運転…)。

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2005年04月29日

Day286 結婚式

今日はついに友人Iの結婚式。昨夜はI宅がインドネシア各島からやってくる家族でいっぱいになってしまったので、近くにあるIの従姉妹宅で寝ることになった。ここが豪邸でビックリ、ダイニングに滝と池があって鯉が泳いでる(笑)。ご主人は判事さんだそうだ。そして、9時前に教会に行けばいいと言われていたのに起こされたのは日の出前の5時過ぎ。
I宅に戻りシャワーを浴びてから支度をする。僕の場合はちょっと頭を整えてただバティックというシャツを着るだけなので3分で終わるが、女性は大変だ。7時頃美容師さんが来て着付け、セットをしていた。インドネシアでは伝統的に長い髪を後ろで丸くまとめるいわゆる「デヴィ夫人」スタイルにするのだが、一般的に最近の女性はそんなに髪が長くないのでエクステンションをつけることになる。今日までデヴィ夫人のヘアスタイルがトラディショナルなインドネシア式だとは知らなかった。未だにそのスタイルを固持しているというのは彼女なりにインドネシア大統領夫人としてのプライドを持ちつづけているという証なのだろう。男達は何となく手持ちぶさたで女性の支度が整うのを待つ。
9時頃ようやく支度が終わり、車何台かに分乗して教会へ向かう。招待状には8:30からwitnessing、9:30からmatrimonyと書いてあったが、教会についたのは10時近く…いいのだろうか???
親戚が続々やってきて僕も一応紹介してもらう。意外と英語ができる人が多いのでさほどコミュニケーションに不自由はない。しばらくお茶を飲んだりしながら花嫁の到着を待つ。インドネシアでは結婚に際し、花嫁の家に花婿が迎えに行く習慣がある(ちなみにタイも同じ)ので、教会に付属する一室でそれを模して、花嫁が待つ部屋にIが入っていくというセレモニーから始まる。これがまた何の予告もなくいつの間にか始まっている(笑)。花嫁の顔を知らない僕は彼女の到着に全く気づいていなかったのだ。Iと家族がお供え物を持って花嫁を迎え、それから両家族が一緒になって食事をとる。新郎新婦は新婦の母親から食事を口に運んでもらっていた。これもセレモニーの一つなのだろう。

※I一家はバタック族なのでここで書いている「習慣」がインドネシアで一般的なのかバタック族独自のものかは分かりません。一般的に(自分達も言ってたが)バタック族は歌と踊りが好きらしい。

食事が終わりしばらくするとまたちゃんとしたアナウンスもないまま教会での結婚式が始まった。ここは日本で見る教会での式とほぼ同じ。しかし、暑いインドネシアでの式、神父さんの説教を聞きながらも皆プログラムをうちわ代わりに扇いでいる(笑)。式は1時間ほどで終了し、記念撮影をして披露宴の会場へ移動。そして、この会場がまたデカイ!ほとんど体育館並のサイズ、そこにステージがあり、少し離れてテーブルとイスがずらっと並べられている。その数約400!デヴィ夫人スタイルのおばさんが大勢集まっている。席は新郎、新婦それぞれの叔父夫婦席とその他席といった分類になっているらしい。親戚の中で「叔父」という存在は非常に重いものらしく、また叔父の中でも順位が決まっているということだ。
受付が終わると、生バンドの演奏が始まり、数人のダンサーの踊りに導かれて各親族グループごとに入場していく。新郎新婦と両親ほか2組の親戚はステージに用意された席に座っている。ここの披露宴はおたがいの親戚が新しい家族になるための儀式みたいなものだ。招かれているのはほぼ全員が親戚。友人として招かれているのは数人しかいないだろう。そのため必然的に招待客の年齢層は高く、密かにインドネシアギャルとの出会いを目論んでいた僕の期待は完全に裏切られた(T_T)
中心に座る一部のハイクラス叔父さん達以外は自由席らしい。食事はテーブルに用意されていて、まだセレモニーが始まってもいないのに食べ始めている人も多い。言葉が通じないのでなんだかよく分からないが、新郎側、新婦側にそれぞれプロの司会者がついていて掛け合い漫才のようなユーモラスな雰囲気で式が進んでいく、厳粛なムードは全くなく、お祭りっぽい感じだ。なお、イスラム国なので(新郎新婦一家はクリスチャンであっても)基本的に酒は出ない(後半になって飲みたいというリクエストがあったらしく、急遽冷えてないビールが出されたが…)。食事・歓談タイムになり、Iの従姉妹が気をつかって受付の女の子を僕の向かいに連れてきてくれたので、彼女と少ししゃべりながら食事。2階にもビュッフェ形式で料理が出ており、おばさんの中にはビニール袋に入れて持って帰る人もいた(笑)。
短い歓談タイムが終わるとスピーチが始まる。日本の披露宴でもスピーチはあまり真剣に聞いていないものだが、ここはもっとスゴイ。誰も聞いてないし、拍手すらしない(笑)。タバコを吸う人も多いし、Iはステージ上にも関わらずケータイで喋っていた!
延々とスピーチが続いた後は音楽に合わせて踊りながらお互いの家族がプレゼントを贈るセレモニーが続く。司会者が「Music Start!」(なぜか英語)というとクイズ番組のシンキングタイムのような音楽が始まり(生バンド)、それに合わせて踊りながらプレゼントを渡すのだ。初めは面白く見ていたが、これもあまりに長く続くので飽きる。それからクライマックスである「ウロス」を新郎新婦にかけるセレモニーが始まる。新郎新婦がステージから降りて中央に並んで座り、出席者が幸せを祈ってバタック族の織物であるウロスを二人にかけるのだ。当然、出席者は皆ウロスを用意している。受付でお金を出している光景は見られなかったのでこれがお祝儀代わりなのだろう。まず初めは新婦の母から二人へウロスが贈られる。このお祭りのような式で唯一しみじみとした場面だった。
後は親族グループ順に司会者からお呼びがかかり、次々とウロスがかけられていく。かけられたウロスはIの姉妹達が取って、裏で保管していく。式は実質的にこれでおしまいなので、遠縁の人たちは自分の番が終わると勝手に帰って行く。しかも、空いた席からどんどん片付けも始まってしまうのだw(゚o゚)w
形式ばらない式とはいえ、いくらなんでも失礼じゃないんだろうか???出席した全ての親戚がウロスをかけ終え、新郎新婦がステージに戻ると新郎の父親のスピーチ。72歳の父親が今回の式におけるホストとなっている。招待状も彼の名で「子供達が結婚するので…」という形式で出されている。この辺は日本と同じといえるだろう。本人(Iの父)も娘の結婚式は何回かやったが、今回は初めての息子の式なので、自分の役割は大変だと語っていた。
さて、そんな大事なスピーチなのであるが、もう半分以上の人は帰ってしまって、しかもガタガタと片付けが進行している中で行われるのは気の毒だ。続いて、新婦のスピーチ。内容は分からないが、本日のスピーチで(唯一女性が行ったこともあったのだろうが)珍しく拍手が起こった。続いてI、新婦のスピーチが素晴らしかったからか冷やかされながらマイクを持った。現地語だったので意味は分からなかったが、無難にまとめたようだ。
これにて式は終了。式が終わると残っていた女性達が装飾に使われていた花を片っ端から抜いて持って帰ってしまった。
終了時刻はおよそ5時!いやぁ、長かった。喋っている内容が分からない僕にとっては退屈な部分も間々あったが、面白い経験だった。結婚式や葬式は普段の生活では失われてしまった民族独自の伝統性を見ることができるので非常に興味深い。日本では一般的に披露宴ではほとんどの出席者はただ見ているだけだが、彼らの式は家族、親戚全員が参加して行われるところが決定的に違う。

その夜、Iは100枚以上になったウロスを示しながら、これは僕ら夫婦にとって宝物だよ、と言った。

↓教会での家族集合写真
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2005年04月28日

Day285 大渋滞!ジャカルタ

昨夜はIとその兄弟とで夜遅くまでしゃべっていた。Iの家は想像していたより大きく寝室にはエアコンもついている。僕は寝室の1つにIとその弟と3人で寝ることになった。(これは文句じゃなくて)日本だと普通お客さんを泊めるときは個室を用意するものだが、(結婚式で親戚等が大勢集まることもあるのだろうが)ここではお客様ではなく家族の一員扱い。その方がこちらも気を使わなくて楽だけど。
さて、この家では起きたものからばらばらと朝食をとるようなので、僕も勧められるまま食卓に用意された食事をとる。お手伝いの女の子がいて、コーヒーをいれてくれたり、おかずを出してくれたりしてくれる。食後、Iと弟Cと一緒に車で街へ出かける。Iは結婚式前日ということで色々済ませなければならない用事があるようだ。
ジャカルタは人口800万を超える大都市なのだが市内交通が車(バス、タクシー、自家用車、オートバイ等)しかないので、とにかくどこに行くにも渋滞だ。家を出て大通りに入った途端もう渋滞(涙)。走っている車は9割方日本車。日本より日本車率が高いかもしれない。意外なことにスズキやダイハツの普通車がけっこう目につく、みなインドネシア仕様車らしい。マツダはほとんど見かけない。皆、何の抵抗もなく車線変更を繰り返して進んでいく、お互いさまだからか割り込みには寛容なようだ。バイクもまた半端じゃない数が走っていて、しかも一番左のレーンだけでなく、車同様にいろんなレーンを走ってはするりするりと渋滞の車の中を縦横無尽に走っていく。車にとってはひじょうにジャマな存在だ。バイクに乗ってる人は(暑いのに)皆一様に上着を着ている。なぜかと聞いてみると空気が悪いかためバイクで長く走っていると臭いが服に移ってしまうからだそうだ。なるほど。
Iはハワイ留学時代のクラスメートなのだが、彼はハワイでは車に乗っていなかったので、この厳しいジャカルタの道路を慣れた様子で運転しているのにはちょっと驚いた。印刷屋など数軒に寄ったらもう昼近くなっていた。そうそう、インドネシアのコピーは(たぶん)世界一の安さだろう。なんと最安1枚50Rp(=約60銭)、1円しないでコピーができるものなのだろうか?
家へ戻る途中citibankへ寄ってもらい100US$両替。ここは現金、T/Cとも同レートだった。たいていの両替所、銀行ではT/C取扱不可だったり、非常に低いレートだったりするので、T/Cを換えるならcitiがいいだろう。家に戻ってから改めて明日の段取りを聞き、式で着るバテイックを借りて試着してみる。サイズは大きいが1日だけだからいいだろう。食事を済ませ午後は弟Pの運転する車でIファミリーの女性達がショッピングに行くのに同乗する(もっとも出発するときは何しに出かけるのか知る由もなかったが…)。
またも渋滞。3ヶ所ほど寄っただけで5時間くらいかかった(涙)。正直、我慢できず半分くらいの時間は寝ていた。最後に寄ったショッピングセンターでは集合時間だけ決めてもらい1人で少しぶらぶらしてみた。地下には日本食レストランが2軒もありビックリ。もっともほとんど客は入っていなかったが…。食料品コーナーにも日本食がけっこう置いてある。バリはともかくジャカルタに来る日本人観光客が多いとは思えないので、これらの食堂、食材は駐在の日本人を対象にしたものなのだろう。もしかして日本食はローカルの間でもポピュラーな食べ物になっているのだろうか???

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2005年04月27日

Day284 インドネシア初入国

今日はジャカルタ(インドネシア)へ移動する日だ。朝早く起きて寺にでも行こうかと思ったがまたも起きれず。パッキングを済ませたらもうチェックアウトタイムの10時を回っていた。
チェックアウトして、日本人宿併設の食堂で親子丼を食べ(完全に日本の味で美味かった)、そこでインドネシアの「歩き方」を借りてコピーさせてもらう。1枚1Bの店を探すのにかなり無駄な時間を使ってしまった。昼前にまたAさんの店へ顔を出してしばらく雑談、きりのいいところで別れを告げタイ最後の昼食をとってから市バスで空港へ向かう。
市バス59番は行きと違うルートを運転しており、かなり大回りして空港へ向かうこととなった。混んでいても1時間あれば着くだろうと思っていたのに1時間半かかってしまった。車内では一人焦る。空港に着いたら所定のカウンターで手続きをしてすぐチェックイン、そのままゲートへと急ぐ。
実は、インドネシアに行く目的は旅行ではなく、かつて留学していたときのクラスメートの結婚式に出席するためなのだ。免税店でその友人Iへのお土産にウィスキーを買っておく。インドネシアはムスリム国だが彼の家はクリスチャンなので酒もOKだ。買物を済ませるとすぐ搭乗案内があり、定刻通り離陸。バンコク~ジャカルタ間は約3時間のフライト、時差もない。8時半頃スカルノハッタ国際空港着。現在、インドネシア入国にはビザが必要なのでOn Arrivalのビザカウンターへ急ぐ。ちょっと前に韓国からの便が到着していたらしく韓国人が15人くらいくらい並んでいたがビザ発行手続きはスムーズ。一人1分くらいでできるようだ。
取得の仕組みは、まず25US$を払いレシートを受け取る。それを次のカウンターで機中で配布された入国カードとともに提出。入国カードはOCRシートになっていてスキャナにかけると隣のプリンタからシールビザが出てくるようになっている。よくできているなぁと感心。ビザを入手したらイミグレへ。ここはすぐ通過し空港出口へ。まずは両替、レートが非常に悪いのでとりあえず10ドルちょっとだけチェンジ。それから到着を友人に知らせるため電話をかける。彼は不在だったが弟が出て待ってるよ~ということだったので、早速空港バス(10,000Rp=約110円)でBlockMへ行き、そこからタクシーを拾って友人宅へ。トータル2時間近くかかった。意外と遠い。ジャカルタの中心部は高層ビル、ショッピングセンター、スタバ等々あって東京の景色と大して変わらない。数年前、Iを日本に呼んだとき銀座やみなとみらいなどに連れて行ったのは失敗だったと今初めて悟った。
10時過ぎI宅到着、彼はまだ帰ってきてなかったが彼のお父さんと弟が迎えてくれた。少し雑談して夕食をいただいているとIが帰宅。数年ぶりの再会を喜ぶ。前よりだいぶ太ったな(笑)。

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2005年04月26日

Day283 食い倒れ

バンコクにはこの数年ほぼ毎年トランジットで数日滞在しているので、もう観光する気もあまりおきない。物価も決して安くはないのだが、それでも食事・マッサージがグッドバリューなのでつい立ち寄ってしまう。
北パキスタンから来たせいか今回はいつも以上に暑さがこたえる。そして、女性が肌を見せないムスリム国から来るとタイギャルの生足が余計刺激的に感じる(オヤジ入ってる…)。パキスタン人のAさんが日本に来たとき地下鉄で鼻血を出したというのもうなずける(笑)。
さて、今日は近くの寺を少し回ってから昼過ぎにカオサンのダイブショップで働いている友人Aさんを訪ねる。GW前で忙しそうだったが、いつもと変わらない調子で歓迎してくれた。彼と会ったのはもう4年前、南アフリカのケープタウンの宿、そしてその後レソトでも一緒だった。バンコクに来るたび顔を出しているので、今回は出発時以来約9ヶ月ぶりの再会だ。いつものようにカウンターで四方山話をして過ごす。驚いたのはもうタイに永住することに決め、こっちの女性と結婚していたことだった。前に会ったときはそんな話をしていなかったし、バンコクにいる間は家に泊まってもいいよなんて言ってたのに…。そのせいか少し落ち着いたように見える。途中、何人かお客が来たが、日本人学生のアホらしい質問にや白人の図々しいリクエストにも懇切丁寧に対応している。それを見ていると、俺にはとてもできんなぁと感心してしまう。できれば客を選べるようなビジネスをしたいものだ。
彼としゃべっているうちに数時間が経ち、気がつけばもう3時。これから出かけるのも面倒なのでメールをチェックしたりカオサン近辺で行ったことのない通りをブラブラして過ごす。フェイク学生証が100B→150Bに値上がりしていたのにはビックリ。Aさん曰くカオサンのショバ代が高騰しているらしい。これもバブル景気の影響か???
今夜は最後の夕食になるので食い倒れ覚悟で食堂2軒をハシゴしてタイ料理を味わう。当初、海鮮屋台で炭火焼でも食べようと思っていたのだが、サバ一匹90Bとやたら高いので却下。結局、いつものソムタム&カオパットにしてしまった。満腹で満足。

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2005年04月25日

Day282 バブル景気?

今日は予約していたインドネシア行チケットを購入し、できればそれを持ってインドネシアビザを事前に入手しておきたい。チケットを頼んでいた旅行代理店は9時半オープンなのでそれに合わせて出発するが、銀行が10時半にならないと開かなかった。結局、両替して現金を用意できたのは11時近くになってしまった(涙)。
以前にも利用したことがある旅行代理店を久々に訪れる。ここには旅行中の近況報告をメールしていたので旅の様子は分かってくれていた。バンコク→ジャカルタ→デンパサール→成田という非常に大回りなルートだがそんなチケットでも売られているものだ。しかも約350US$と値段もリーズナブル。
しばらく歓談してから近くにあるインドネシア大使館へ行くが予想通り昼休み中だったので、隣にある巨大PCコンプレックス「パンティッププラザ」に行ってみる。去年来たときは以前幅をきかせていたコピーCD,DVD屋が少なくなっていて驚いたが、現在はまた復活していた。一時的に(外圧のためか)警察の締付けが厳しかったのだろう。「エロビデオ~」と声をかけてくる連中がうっとおしい。そんなにエロDVDを買っていく日本人が多いのだろうか?白人にはあまりエロいるか?とは聞いていないようなので、やはり日本人の需要が高いのだろう。エロDVDを買ってもそう何度も見るもんじゃないし、また万が一税関で見つかるとカッコ悪いからあえて海外で買うこともないと思うのだが…。あ、ここで買うとモザイクがないのかな???
僕は音楽MP3フィルが入ったCD-ROMを4枚購入。普通のCDやDVDはパキスタンの方が安いのでここでは購入せず。最近の日本の相場を知らないのでよく分からないが、PCパーツ等は日本よりやや安い程度だろうか?ま、ここで買って帰るようなモノはないだろう。
2時過ぎ改めてインドネシア大使館へ行くが、ビザ申込は午前中のみ受付と追っ払われる。そもそも日本人はVisa on arrivalの対象なので、特別な事情がない限りは(仕事が増えるだけなので)ここでビザを出したくはなさそうだった。
続いてラチャダビセック通りにできたJusco等の大型スーパーに行ってみる。さっき、パンティッププラザ近くにあるツーリストインフォのブースでバスルートマップを入手できたのでこれを見ながら移動。
…が、失敗

ペッブリー通りを東へ行き、エッカマイで南下するはずの23番に乗ったのだが、いきなり高速道路に入り30分以上走った。その間、進行方向は大雑把に言って南東。高速を降りた時点でどう考えてもとっくにエッカマイよりずっと東まで来てると思われた。同じ番号のバスでも高速を使うのに乗ってはいけなかったのだろう。バンコクのバスは同じ番号でも途中までしかいかなかったり、微妙にルートが違ったりするのでなかなか厄介だ。別の番号を振ってくれればいいのに…。仕方なくどこだか分からないところで下車し、現在地を確認。幸いスクンビット通り沿いだったのでこの通り沿いに進むバスを捕まえればアソークで地下鉄につながるはずだ。渋滞の中バスはノロノロと進み、地下鉄の駅に着いたのはもう4時半。そこから3駅ほど北上し、Jusco、ロビンソン、カルフールとスーパーが3軒並ぶエリアに到着。最近はバンコクでもアメリカ的な郊外型巨大ショッピングセンターが増えているようだ。こういったタイプの店が繁盛するということは、今まで(食料品中心に)買物していた近くの市場にはない製品を求める人が増えたということであろうし、それだけ所得水準、車の所有率も上がってきているということだろう。今までの食料品、衣料品中心のローカルマーケットは今後も残っていくのだろうか?
今朝話した旅行代理店のOさんは最近のタイはバブル景気が加熱していると言っていた。確かに前回来たときに比べ、ショッピングセンターは増え、エアコンバスの割合が高くなっているような気がする。物価も少し上がっているようだ。ただ、バーツ自体は少し弱くなっているようなので旅行者的には物価の上昇を為替レートがカバーしているためあまり割高感は感じない。このまま地力を伴った成長が続いていくのか、あるいはバブルがはじけるのかタイの経済は要注目だ。

↓夜ショッピングセンター前に現れた小象(エサ一袋20Btで商売してます)
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2005年04月24日

Day281 鶏の味がなぜ違う?

今日は日曜なのでチャトゥチャク週末マーケットへ行ってみる。前回来たときも行ったのだが、今回はインドネシアの友人へのお土産を買うという大事な目的がある。カオサンからは59番のバスで乗換なしの一発だ。今日も暑く、市場の人ごみの中へ入ると熱気がさらに増し、気持ち悪くなってくるほどだ。ここに来ている白人の数はスゴイ。たぶん20~30人に1人くらいは白人だろう。よくまぁこんなに大勢タイに来るものだ。皆汗びっしょりになりながら買物している(笑)。
この巨大なマーケットを2~3時間歩き回るが、お土産によさそうなモノが見つからない。どれもこれもインドネシアでも売ってそうなのばかりだ。日本へのお土産だったらいろいろいいものがあるのだが、東南アジア圏内だとどうしてもかぶってしまう。結局、ちょっと高級そうに見える木製のキャンドルスタンドを購入。これもインドネシアで探せるだろうが、自分で買いそうなものではないのでよしとしよう。あとは日本への土産&自分用にお香を購入。インドとさほど値段が変わらないようだ。
マーケットを出て近くの巨大スーパー「BigC」へ。この暑い国での買物はやっぱりエアコンが効いている室内の方が快適だ。汗がすっとひいていく。惣菜コーナーで目をひいたローストチキン、枝豆を購入。あとは宿の近くで冷えたビールを買えば完璧だ。
続いてMBKへ移動。日曜日なので人出が多い。面白そうな映画があれば見ようと思ったがこれというものがなかった。STARWARS EP IIIは5/17上映らしい。日本公開は7月なのでタイの方がかなり早いことになる。EP Iのときは日本も同時公開だった記憶があるが、2ヶ月待たされるならここかアメリカにでも見に行こうかなと真剣に考えてしまう。
MBKはバンコクに来ると(特に理由はないが涼しいし…)必ず寄るところのでだいたい勝手が分かっている。ここの6Fにあるネット屋でメールチェック。接続が速くて驚いた。日本で使っているのと変わらない。しかし、なぜかUSBフラッシュメモリーが使えなかった。
MBKを出るともう暗くなっていたので、カオサン方面に行くバスを聞いて宿へ帰る。ビールを買って部屋で夕食。チキンは非常にジューシーでうまい。バングラ、インド、パキスタンで食べたローストチキンはどれもちょっとパサパサで、モモはいいがムネ肉がいただけない。この違いは鶏の種類によるものか人種的な好みによるものなのだろうか?世界のチキンを食べ比べ、世界初の「チキンソムリエ」になるのもいいかもしれない。

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2005年04月23日

Day280 Very Hot!バンコク

6時頃起きるともう明るくなり始めていたので荷物をまとめ空港を出る。自動ドアが開いた瞬間ムッとする空気が体を包む。インド、パキスタンでの暑さとは異質の湿度の高い東南アジアの熱気だ。そういえば昨日は空港から一歩も出てないんだった。久々のバンコクでこの空気のことはすっかり忘れていた。
バンコクは数回来ているが、今回はガイドブックがない。町の概要は頭に入っているのでバスルートマップがあれば問題なくあちこち動き回れるのだが、今回は空港深夜着だったので小さな地図1枚入手できただけ。さすがにこれだけでは町歩きは厳しい。よく来ている割にはタイ語はからっきしだし(^^ゞ
空港から59番のバスでカオサン通りを目指す。今までバンコクではチャイナタウンにばかり滞在していたのだが、今回はカオサン近くの安宿をあたってみることにした。事前にネットでいくつかよさそうな宿を調べておいたのだが、この辺の安宿は部屋にコンセントがないらしい。電源なしではPCを使えないので、この条件は譲れない。いくつかあたった末、すごく新くて清潔なMae Chaem Placeという宿を発見、エアコン、バス・トイレ付のシングルを250Btにディスカウントしてもらいチェックイン。これはグッドバリューだ。もちろんコンセントもある。
荷物を解いて、早速シャワーを浴びエアコンをガンガン効かせて一休み。それから洗濯。服が少ないので暑いところでは毎日洗濯しなければならずちょっと面倒だ。午後まで休んでカオサン通りを歩いてみる。大きな店が増えたのか以前に比べスッキリした感じだ。日本人の姿は少なく白人歩行者天国みたいになっている。バンコクに来るたびに白人が増殖しているような気がする。
無料の地図がどこかに置いてないかあたってみるが発見できず。警察に聞いてみたら、2kmほど先のツーリストポリスに行けばあるだろうというのでそこまで歩いて行ってみるが、やはりバスルートマップはなかった。カオサン周辺はBTS、地下鉄駅がないのでバスの番号がないと身動きがとれない。トゥクトゥクも高いし…。とりあえず地下鉄駅へ向かうバスの路線を確認して警察を出る。大通りに戻って地下鉄ペッブリー駅への60番バスに乗り、駅から地下鉄でラチャダビセック方面へ。去年地下鉄に乗ったときは開業記念(?)で全線一律10Btだったが、今回は10Btから段階的に料金が設定されていた。それでもBTSに比べれば割安だ。
前回見つけたラチャダビセック通りのマッサージ屋で2時間全身マッサージを受ける。たまに痛いが気持ちいい。極楽極楽。やっぱりマッサージはタイと中国に限る。他の国はまともに揉めないくせに高い。日本料理を食べたことない奴が日本料理屋をやっているようなものだ。
帰りはバスがなかなか来なかったのでカオサンに着いたのは9時頃になってしまった。楽しみにしていたソムタム&ビールの夕食。禁酒生活ともこれでオサラバだ。もうバンコクで観光するようなところもないので必然的に関心は「食」に向かってしまう。ソムタムではちょっと物足りず、その後で屋台のパッタイを食べもう1本ビールを飲んでしまった。そこでローカルの若者達に誘われ、ウィスキーをごちそうになりながらしばらく一緒に楽しむ。

↓タイの若者達と一緒に
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2005年04月22日

Day279 Back to Bangkok

今日はいよいよパキスタンを出てバンコクへ戻る日だ。成田からバンコクへ飛び、そこからこの旅は始まったので、バンコク到着をもってほとんどこの旅は終わると言ってもいいだろう。パキスタン航空のバンコク行予定出発時刻は11時45分なので、9時前に宿をチェックアウト、近くの食堂で朝食をとり、空港方面行乗合スズキの出発を待つ。
スズキは満席になるのを待って出発。名前はイスラマバード空港なのだが実はピンディから数kmのところにあり、近くて便利。20分ほどで到着、だがスズキは空港前まで行かず、手前500mくらいのところが終点になっていた。歩いて空港に入り、チェックイン。この空港はかなりチェックが厳重で、カスタムでは荷物を開けて検査されたりしたのでゲートに着くまでに1時間以上かかった。パキスタン航空は(酒が飲めないこともあり)評判悪いが、機体は普通にエアバスA310だったし、機内食も2~3種類あり味も悪くない。ただ、機中での映画が「King Arthur」っていうのはいくらなんでも古すぎるんじゃない(笑)?座席は9割方埋まってるようだ。予想通りCAは皆オバサンだった(笑)。
この便は香港経由(バンコク経由香港行のほうが近道のような気がするが…)で、5時間ほどして香港到着。半分以上の乗客がここで降りた。機内清掃、香港からの乗客が来る間、バンコク組は機内で出発を待つ。1時間半くらい待ってバンコクへ向け再出発。座席は再びほぼ満席状態になった。さすがに中国人が乗ってくると騒々しい。香港-バンコク便なのにムスリム乗客が多いのは意外だった。ムスリムはイスラム国のキャリアを好むのだろうか?
バンコクまでは2時間半。夕食をとって眠ってたら気づいたときにはもう着陸1分前だった。現地時間で深夜12時着だったのでイミグレはすいていたが、眠っていた間に入国カードが配られていたらしく持ってなかった僕はそれをイミグレで記入しなければならなかった。タイは通関がスムーズなのがありがたい。荷物をピックアップしてまずは両替。1US$=3902B、思ったよりいいレートだ。地図が欲しかったが、さすがにツーリストインフォは開いてなかったので入手できず。深夜着なので今夜は空港で夜を明かす。空港を一回りして寝るのによさそうな場所を探しまわる。セブンイレブンがあったので久々にカップラーメンを食べた。辛酸っぱいスープでタイに来たという実感が湧いてくる。
置き引きがいるのであまり人通りのない暗いところは避けなければならない。かなり歩き回った末、1F到着フロアのターミナル1と2の間にあるイスの上で寝ることにした。空港内はエアコンが効いていて寒いくらいだ。

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2005年04月21日

Day278 最後の晩餐

昨夜は相当疲れていたにも関わらず、久々の暑い夜だったせいかあまりよく眠れなかった。起床してシャワー、また洗濯をして9時過ぎに町へ出る。町が目覚めるのは遅く、店は10時頃からポツポツと開き始める。まずは散髪&髭剃り(40Rs)。髭はもう1ヶ月以上剃ってなかったが、これから結婚式に出席するし、タイの女の子は髭が好きじゃないなのでここで剃っておこう。仕上がった髭なしの自分の顔に何となく違和感を覚えてしまう。
それからCD・DVD屋へ行く。宿の兄ちゃんに教えてもらった店は全品コピーながら(笑)品揃えは充実。DVDは150Rsと高かった(ラホールなら80Rsくらいで買える)のでCDを5枚購入。購入前に持参のノートPCでチェックさせてくれと言ったら、PCで再生するとディスクに傷がつくことがあるからダメだと言われた。そんなことってあるのか???
店を出て宿に戻り数日分の日記をPCに入力。ついでに半分くらい荷造りしておく。
2時過ぎにバスでイスラマバードへ移動。ここでロックビルサという物産展があるのでそれを見に行くが、場所がなかなか分からず1時間近く広いイスラマバードを歩いてしまった。4時前にようやく到着(入場料10Rs)。会場には多くの出店、屋台があり、所々で音楽やダンスのパフォーマンスも行われていた。バックパックに余裕があれば買物したかったのだが、これ以上荷物を増やすと後々後悔するのが目に見えているのでガマンする。
夕方、青年海外協力隊員としてイスラマバードで働いているじょにぃさんと落ち合う。彼にはチケットの手配などいろいろお世話になった。しばらく一緒にロックビルサを見てからイスラマバードのメロディ食堂街で夕食をとる。パキスタン最後の夕食なので丸ごと炭火焼きチキンにサラダ、スープなど豪華ディナーをがっつり食べる。幸せ~。じょにぃさんはそろそろパキスタン滞在2年だがウルドゥー語はバッチリ。会話だけでなく(あの意味不明な)読みまでできるのには驚いた。スゴイ!彼にいろいろ現地の様子を教えてもらった。パキスタン駐在の協力隊員の多くは女性なのだそうだ。男でさえ長くいると疲れるこの国で(男性以上に制約が多く、また目立つ存在である)外国人女性が仕事をするというのは相当大変だろう。
食後、バザールへ行ってDVD屋などを回り、締めくくりにフレッシュジュースを飲む。明日はムハンマド誕生日(祝日)なのでいくつかの建物は派手にライトアップされている。イスラム国のクリスマスみたいなものなのだ。一人だったらイスラマバードに夜来ることなんてなかっただろうから、すごくいいタイミングだった。サンキュー、じょにぃさん。

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2005年04月20日

Day277 38時間!

5時半頃バス車内で目覚める。ドライバー達3人はまだ眠っているようだった。ドアを開けて歯磨きをして少し歩きバスに戻る。しばらくして皆起きだしたので、この先どうやってピンディに行けばいいんだ?と聞くとギルギット発のバスが何本か通るはずなのでそれを待てという。車内にいてもしかたないので、近くの食堂でお茶&プラタの朝食。ゆっくりしてたらドライバー達もやってきた。ここで改めて何時頃バスが来るのかなど聞くと、ドライバーが50Rs払い戻しをするからミニバスで行ったらいいというので、チケットと引換えにお金をもらう。それからすぐに彼らがミニバスを停めてくれ、移動再開。さすがにミニバスは速い。しかも、空席も気にせずどんどん走ってくれる。9時前にはピールワダイモールに到着。ここから乗合タクシーでサダルバザールへ行き、以前泊まっていたAl-Azamホテルにチェックイン。やっと着いたぁ!時刻は9時半、スカルドゥを出てから38時間経っている。さすがに尻が痛い。
荷物を解いてシャワーを浴び、まずは洗濯。寒くて穿き続けだった長ズボンなどほとんどの衣類を久々に洗いスッキリ。それからネット屋へ行ってメールチェック。ここのネット屋ではノートPCがつなげるので数週間ぶりにたまっていたメールを落とす。あまりに量が多く、1時間では終わらなかった。
それから両替、航空券の入手に出かける。両替のレートは1USD=59.88PkRs、前回より0.33Rsよくなっていた。手元に現金で250US$持っており、これでチケット代にちょうどいいと思っていたのだが、少し破れているという理由で1枚の紙幣を受け取ってもらえない。やむなくシティバンクへ行きチェックを換えようとしたら、ここは口座を持ってないと両替は受付けないと言う。しかたないのでキャッシングで金をそろえ、イスラマの友人に予約してもらっていたチケットを引き取りに行く。
旅行代理店の人はコーラを出してくれるなど、いい感じのおじさんだったが、チケットをもらい金を払う(13000Rsでデポジット1000Rsは支払い済)と、もう1回チケットを見せてくれといい。それを見て「運賃が上がったので差額2000Rsを払ってくれ」と言ってきた。

そら来た…そんなことじゃないかと思った(*_*)
ここで妥協の余地を見せたら負けだ。勢いよく声を荒げ「No!予約時に金額は決まっているはずだ。俺が払う理由はない。」と突っぱねる。向こうが初めから騙すつもりでやっているのか、本当に予期しない値上げだったのかは知らないが、こんな商売を許していたらまた他の日本人がカモられるだけだ。警察呼ぶぞ、運賃の値上げならなんでそれが分かった時点で連絡しない、損失が出たとしてもその責任は買い手にはないはずだetc思いつくかぎりの理屈を並べ立て攻撃を繰り返す。おやじも、金を返すからほかで買ってくれ、ボスと相談するから明日また来てくれ、予約して友人と相談してくれ、さらには俺が給料から1000Rsだけ出すから半分の1000Rsだけ払ってくれなどといろいろ妥協案を出してくるが一切受付けず、30分ほどああだこうだの口論を続けた末、おやじはチケットをポンと投げてよこし、もう行けという手振りをした。後味は悪かったが仕方がない。自分の撒いた種だ。
旅行代理店を出てから1kmちょっと歩いて新疆ラグメンを食べに行く。前回ピンディ滞在時、店が閉まっていて食べられなかったのだ。ちょっとイメージと違ったが麺は歯ごたえがあってウマイ。

Posted by kimkatsu at 02:30 | コメント (0) | トラックバック

2005年04月19日

Day276 災難は続く

5時半頃目が覚めたら、やはりバスは停まっていた。明るくなって見ると前にもトラックが停まっている。いつになったら道路が復旧するのだろうと思ってたら、向こうから軍人を乗せたトラックがやってきた。

…ということは車が通れる

しばらくして車内に動きがあり、どうやら崖崩れ地帯にトライするらしい。落ちるのはイヤなので、大事をとってバスを降りて問題の箇所へ先回り。確かに闇の中では危険だが、明るくなった今なら通れないことはなさそうだ。数人の乗客が降りてバスを先導して無事通過。しかし、この後不通区間待ちをしていたトラック十数台と狭い道をすれ違い通過せねばならず、まともに走れるようになるまで1時間近くかかった。そうしてKKHに入ったのは9時頃。出発後13時間以上経っている。順調なら5時間で行ける距離なのだが、すでに8時間オーバー(涙)。
9時半頃朝食休憩をとる。知らない兄ちゃん(しかも他のバスの乗客)が朝食をおごってくれた。僕のバスにはあまり英語を話す人はいなさそうだ。あとは晴天のKKHをひたすら下っていく。行きには雲に隠れていたナンガパルバットもばっちり見ることができた。チラス近くになると標高1000mを切り、Tシャツ(半袖・長袖二枚重ね)でも暑くなってくる。出発したときはこの上にフリースを着てショールを羽織っても寒いくらいだったのに…。
岩と川、そして空だけの風景の中にたまに集落が現れ、そこにだけが緑にあふれているという景観が続く。集落の雰囲気はもう初夏といった感じだ。チラスの先でポリスチェック、必要事項を記入してすぐ終了。この辺りまで来ると、美しい景色でさえだんだん目新しくなくなってくる。後はひたすら5kmおきに現れるキロポストを目で追い、あと何時間でつくかなぁと計算するだけの退屈な時間が続く。足が伸ばせる席とはいえさすがに尻が痛い。
2時頃に昼食、6時半頃お茶休憩で停車。7時頃から暗くなり、そうなると目を閉じて眠るだけ。このペースで行けば、定刻の5~6時間遅れ、午前1時過ぎにラワールピンディに着きそうだ。眠ったり起きたりを繰り返し、最後に時計を見たのが11時頃だった。
そして、午前1時過ぎ、車掌(?)に起こされる。ようやく着いたかなと思ったがちょっと様子がおかしい。少し英語を話すおっちゃんが「バスが壊れた。ピンディに行くならミニバスが来てるからこれに乗ればいい。バス会社が45Rs出すので、僕ら乗客は15Rs払えばピンディに行ける。」という。ここはピンディから約80kmのところらしい。既に乗客の多くはミニバスに移っている。
おっちゃんに「このミニバス、(中心街である)サダルまで行くの?」と聞くと、彼はドライバーに確認して
「No。バスターミナルに行く。」
「じゃ、そっから先サダルへ行くには?」
「タクシーだな」
う~ん。この夜中に何度か乗り換えて宿まで行くのは大変だし、きっと足下みられてふっかけられるだろう。結局、バスに残って朝を待つことにした。既にバス車内で30時間以上過ごしてるのでキツイといえばキツイが宿代も浮くし、あとは寝るだけだからいいだろう。バスに残ったの乗客は僕ともう一人だけ。皆を乗せたミニバスが去るのを見送ってまた眠りにつく。

↓パキスタン名物ド派手トラック