2004年07月21日

きらきらひかる

どうも目覚めが悪い日が続いている。枕がでかすぎるからだろうか?熟睡できていないようで、十分眠っているはずなのにスッキリしない。
とにかく無理矢理ベッドから立ち上がる。幸い昨日の下痢はもう治まっているようだ。シャワーを浴びてから昨日の日記を書いていたらいつの間にか10時半を回っていた。あぁ、今日こそスパイダーマン2を見に行かなくちゃ。早速支度をしてMBKへ向かう40番のバスを待つ。なかなかバスは来ず、MBKの映画館に着いたのは開演5分前だった。
しかし、またも満席…(TT)
向かいのサイアムスクェアの屋台街で昼食をとってから、友人が勤めているカオサン通りのダイブショップへ向かう。
はっきりいって、僕はカオサンの雰囲気は嫌いだ。騒々しく、ノー天気な白人がアジアを闊歩しているのを見るのはとても不愉快だ。チャイナタウンは生活感のあるカオティックさがいいのだが、カオサンの主役は観光客でしかない。僕に言わせれば、そんな場所が魅力的であるわけがない。

さて、友人と久々に再会。彼はチベット経験者なので、いろいろ情報を教えてもらう。しばらくしゃべって、夜に一緒に食事する約束をして別れる。それから、ラチャダーのフォーチューンタウンに行って、ITセンターをブラブラしてみる。今日はネット屋を8軒くらい覗いたが、自分のノートPCをつながせてくれるところは1件もなかった。どうなってんの?タイのネット接続料は時間制ではなく、回数課金で1回の接続につき何時間でも3~5Bということんおに、ネット屋はたいてい30~50B/hもとる。超ボッタクリだ。

宿に戻って、友人が食事の誘いにくるまで持ってきた本を読んで過ごす。江國香織の「きらきらひかる」だ。彼女の作品は「冷静と情熱のあいだ」しか読んだことがなかったが、何気ない生活の一部がすごく絵になるなぁと思っていた。本人のセンスに負うところが大きいのは当然だが、こういう生活の描写は貧乏人には一生できないんだろうと思う。この作品でもそのセンスは冴え渡っていて、俺も「じゅうぶんにあたたまったアイロンをシーツのすみずみまですべらせる。…これは、睦月が私に要求した唯一の家事なのだ。」なーんてかっこいい生活をしてみたいよ、と思ってしまう。

Posted by kimkatsu at 13:35 | コメント (0) | トラックバック

2004年06月16日

「不幸な男」

最近、塩野七生「男たちへ」を読んだ。
内容は帯に書いてあるとおり「辛辣にして優雅、ユーモラスで毒がある」塩野的独断で語られたイイ男論であり、女性(彼女はそこらへんの一般的な女性とはかけ離れているが)はこういう風に男を見てるのだなぁという数々の例が非常に面白かった。
とはいえ、そこに書いてあるとおり振舞ったらエセヨーロッパ人になりそうなので、マネする気にはならないのだが…。

さて、収められた54のエッセイのうち、僕的にいちばんインパクトがあったのが「不幸な男(その一)」というものである。何でインパクトを感じたかというと、彼女の言う「不幸な男」に自分が当てはまるように思えたからだ。俺って幸せな男だと思ってたのに…。

この章では、「原則主義者は不幸な男である」というのがテーマになっている。
例の部分は割愛し、結論を引用してみよう。
「世の中には、原則に忠実であろう、と行動している人がいる。それ自体は立派な生き方なのだが、相手が存在する人間社会では、相手がどう感ずるかには関係なく、自分の立派な考えを押し通そうとしてもなかなかスムーズにいかないのが人間の社会なのだ。原則主義者が、しばしば、家庭でも職場でも不運に泣くことが多いのは、この種の、思い遣りというかセンシビリティーというか、そういう種類の感情に欠けているからである。」
原則主義者の典型であるヨーロッパ自由党は「正しいことを主張していると信じているから、それが支持されないのは、有権者が悪いのだと思っている。」

ナルホド、自分を振り返ってみると、確かにこういうところってあるんだよなぁ。自分は間違ったことしてないのに、二人の関係はうまくいかなくなるんだよね。原因は正しい、正しくないじゃなくて、思いやりにあったってことか。この章を戒めとして、不幸な男から脱却しよう。

PS 最近「原則主義者」と呼ばれる人の代表格は岡田民主党代表らしい。岡田さん、思いやりももって事にあたらないと女性票は取れませんよ(笑)。

Posted by kimkatsu at 17:24 | コメント (0) | トラックバック