Day112 カシミール

今日はスタッフ3人と吉村さんとで4時からバタグラムを視察にいく。バタグラムはカラコルム・ハイウェイ沿いの町で今回の地震による被害がもっとも大きかったエリアの一つだ。そして、現在は日本の自衛隊が入って活動しているところでもある。
渋滞もなく9時前にバタグラム近郊までやってくる。このエリアはバラコットと比べ軍のキャンプが多く見られ、中には海軍のキャンプもあった。さらに進みバタグラムの町に着くが、建物を見る限り被害は大したことなくバザールも多くの店が普通に営業している。倒壊にまで至った建物はほとんどなく、鶏小屋ですら揺れに耐えて残っていた[:拍手:]
バザールから少し山の方まで入ってみるが、奥まで行くのには数時間かかるというのでしばらく行って引き返す。ちょうど昨日、自衛隊がはじめて救助活動を行い2人の女性をヘリコプターで輸送したというニュースが入っていた(死者、負傷者あわせて10万人を超える大惨事の中でヘリコプターを使って2人救助したことがニュースになるというのが不思議でしかたがなかったが…笑ってほしいという意味なのか?)ので、その活動ぶりを見てみたかったのだが、バタグラムの町でその姿は見えなかった[:ぶー:]
山岳地帯で活動していたのだろうか?NGO経由で話を聞くと、いかに日本の自衛隊が(安全第一で活動しているために)役にたっていないかがよく分かる。それでもイラクでの活動やここでの支援に来る隊員には危険手当が支払われているらしい。危険じゃない活動しかさせないなら危険手当を払わなくてもいいのに…と思うのは僕だけか???
バタグラムの町を一通り回ってから南へ戻る。途中、一つのキャンプに車を停めオフィサーに被災者の状況を聞くが、まだつかみきれていないというのが現状らしい。オフィサー曰く、いちばん被害が激しいのはバラコット、このあたりでは山岳地帯での被害が大きいということだった。では、この後バラコット方面へ支援が移動していくのか?と聞くと「まだこのエリアでも支援を必要としている人は多いので当面ここに滞在しつつ徐々に北へと支援範囲を広げていく予定だ。必要があればバラコットには別のところから支援が入るはずだ」という。
当初はバラコットへ行く予定だったが、いつの間にかムザファラバードへ行くことになっていた。ムザファラバードの町を見下ろせる山に車を停め周囲を眺めると、揺れが激しかった部分で横断的に崖崩れが起こっており、その付近に断層があったことがうかがえる。「山が動いた」と住民が言ったというのも納得だ[:ニコニコ:]
ムザファラバードは被災者がもっとも多いといわれる町で、アザド・ジャンムー・カシミール(カシミールの国境未確定ゾーンのうちパキスタン側)の州都である。最近の報道はここムザファラバードからのものが多い。
普段なら印パ国境未確定ゾーンで外国人はパーミットなしでは入れないカシミールだが、NGO関係者はパーミットなしでも入れる特例措置がとられているらしい。実際のところ、警察によるIDのチェックすらなかった。この緊急事態でいちいち細かいチェックをすることはムリなのだろう。訪れる旅行者も少ないのでどんなところだろうと思っていたが、町は想像以上に大きく立派な建物も多い[:モグモグ:]
面白いなと思ったのは、町へ入るときに渡る川に一方通行しかできない細いつり橋が2本かかっていたことだ。どうして2本目の橋を架けるときにもっと大きな2車線の橋にしなかったのかと聞いたら、国境紛争地域で半戦争状態だからいざというときはすぐ橋を落として交通を遮断する目的なのだという。納得[:ポッ:]
ムザファラバードの中心は(パーセンテージではバラコットには及ばないものの)やはり崩れた建物が多い。道の周りは瓦礫の山、立派そうにみえる建物もかなり崩れていた。一回りして市内の被災者キャンプへ立ち寄る。被災者に悲壮感は見えなかったが、持っている家財道具は少ないようだ。地震直後の報道では状況がよく分からなかったため援助物資があまり入らなかったのかもしれない。また、思ったほど国際機関の姿もなかった。多くの機関がここに集中しているのかと思っていたが、どこにいるのだろう???
キャンプを出て、救急病院に行ってみる。ここはヘリポートが併設されていて、山間部からヘリ輸送されてきた被災者がまず手当を受けるところだ。テントでは軍の医療班と赤十字がケガ人の治療を行っていた。日本赤十字のベストを着たドクターもいたが、日本の医師免許ではパキスタンで治療することができないため後ろから見ているだけ…ウルドゥー語も一言も話せないためか指導すらできていない。これでも報道では「日本赤十字社は現場に医師○名を派遣し…」といかにも大活躍しているように書かれるのだろう。現場でしか見えないものは多い。メディアを見る僕の目がこの地震を境に変質していくことは間違いないだろう。
赤十字の医療テントでは治療した患者の額に黒マジックで「IRC−○△」といった番号が書かれている。囚人じゃないんだから、何も額に書くことはないだろう[:びっくり:]
人道的な組織に見えて、ちっとも人道的じゃない。アメリカやヨ−ロッパで緊急治療するときも同じように額に番号を書くのだろうか?間違いなく反発を食うと思うが…
ムザファラバードを出てマリーを経由してイスラマバードへ。直線的に南下するだけなので120kmくらい。意外と近かったんだなぁと実感。

本日の1曲 STING「Fragile」

↓ヘリコプターで搬送されたばあちゃんに寄り添うじいちゃん

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