Day197 パルミラ

パルミラは典型的な砂漠気候で日中と夜の温度差が激しい。8時過ぎにチェックアウトし、遺跡へ出かけるが風が突き刺さるように冷たい。薄曇りで辛うじて日は差しているが、灼熱の砂漠を生み出すのと同じ太陽とは思えないくらいその力は弱々しい。
素直に手前側から遺跡を見て回る。こじんまりとしたバールシャミン神殿から列柱を遠目に眺めながら住居跡を辿りアラブ城の方へ行ってみる。先に上から遺跡全景を眺めて距離感をつかんでおきたかったからだ。えっちらとガレた山腹を登るとすぐ城に着いた。反対側にはちゃんと道路がついていて、車でここまで上がれるようになっており韓国人グループがタクシーで先着していた。シリアはどういうわけか韓国人旅行者が多いが、ローカルからかけられる声はスィン(中国人)かヤーバニー(日本人)ばかりでコリアと呼ばれることは滅多にないので、彼らはここシリアではあまりいい思いをしていないかもしれない[:ムニョムニョ:]
アラブ城自体は小さく、展望台としての意味しかない。韓国人が入口に”Dear Visitors Don’t miss Mummies in Palmyra Museum”と書いてあったのを見て「ミイラ、ミイラ」と係員に言っていたが、彼らがキョトンとしているので、「ミイラ(Mummy)を見たい」
って言ってるよと教えてやる(貼り紙を読めるならそれがここではなく博物館にあることも理解できると思うのだが…)。ハングルでもMummyのことを「ミイラ」と呼ぶとは知らなかった。

アラブ城から遺跡を一望し、何となく「夏草や兵どもが夢の跡」の句を思い出す。柱についていえば、全てが倒れているわけでも全てが残っているわけでもなく、荒れ具合が非常に遺跡らしい遺跡だなぁと実感[:グッド:]

城を下りて、エラベール家の墳墓へ行ってみる。パルミラに点在するタワー型墓のほとんどは崩れているが、ここはきれいな原型をとどめている。内側にも装飾があるが鍵がかかっていて入ることはできない。墳墓群を抜けてディオクレティアヌス砦へと向う。この辺りを歩いていても全く人に会うことがなく、遺跡独り占めの気分を味わえる。遺跡は人がいないほうが落ち着けるし味があっていい。
ここから列柱に沿ってかつてのメインストリートを歩いていく。たまに目を閉じて、かつてここにあった巨大都市の姿を想像してみる。ラクダが交通手段だった時代、よくまぁこんな砂漠のど真ん中に巨大な石造りの町を建てたものだ。僕的にいちばん絵になる建物だと思った「四面門」をくぐって端にある「ベル神殿」に行ってみる。
ダメモトでまた2004年学生証で学割にトライすると、おっちゃんは光線に当てたりして偽造ではないか念入りにチェックしていたが肝心の年度はチェックしなかったようであっさり学生料金の10シリポンで入れてくれた。ここも屋根が完全に落ちてしまっているが、原型をイメージさせるヒントのように柱が中途半端に残されている。神殿の中は意外とシンプルだが、非常にスケールの大きなところだ。
ここで1時間くらい過ごし、通り過ぎてきたテアトロなどを見てから町へ戻る。もう2時だ、5時間以上歩き続けているのでさすがに疲れた。新しい博物館に入ってみたが、半分は工事中という状態。陳列ケース1つ1つに「JAPAN ODA」のシールが貼られているのがちょっといやらしく思えてしまうのは僕だけだろうか。なお、目玉のミイラは2階の奥に4体あったが、近づけないようになっていてよく見えなかった。
宿で荷物を拾ってバスターミナルへの道を歩く。途中でまたファラフェルを食べる。ここは大きいのに10SPと安かった。この町はバスターミナルがなく、バス会社ごとにオフィスを持っているようだ。ツーリストインフォでダマスカスまで100SPだと聞いていたので125SPというオファーをボリだと思っていたが、結局大型バス会社はどこも125SPだった。大手のカドムースでバスを待ち4時半ころダマスカスへ向け出発。すぐ暗くなったので本を読むこともできなかった。7時20分頃ダマス着、すぐセルビスでマルジェ広場へ向い、前と同じ宿にチェックインする。それから久々にネット屋に行ってメールチェックをし、ヨルダン産ビールを飲んでみた。なかなかウマイ[:ビール:]

本日の1曲 Mr.Children「I’ll be」

↓パルミラ遺跡と白ラクダ

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