Day207ペトラ

いよいよヨルダン最大、いや中東最大の見所(?)ペトラ遺跡を見にいく。残念ながらどんよりとした曇り空で予想以上に寒い。8時半頃宿を出て歩いて遺跡へ向かう。宿からゲートまでは15分ほど、先日購入した学生証で学割1日券(11JD)を購入し、地図をもらってから入る。
しばらく進むとシークと呼ばれる岩の隙間をぬって伸びる天然の抜け道に入る。道の脇にはかつての水路跡が残っている。1500年以上前には既に素焼きレンガで作られた水道管があったそうだ。
シークの長さは約1.5km、トンネルのような道の終わりが近づくと唐突に岩陰からピンク色の「エル・ハズネ(=宝物殿」」の姿が現れる(下の写真)。なるほど、これはドラマチックだ。さんざん写真では見た光景だがそれでも感動モノ。
というのも、この宝物殿

ものすごくデカイ

高さ45m近くあるのだが、そのスケールは現物を見ないとなかなかイメージできないだろう。なお、中には入れない。入ってもがらんとした部屋があるだけだが…
ペトラには大小ものすごい数の部屋(というか洞窟)があるが、外部の装飾と不釣合いなほど中には何もない。ほとんどは四角いスペースがあるだけ、たまに台が彫られている程度だ。しかし、これがエローラみたいに内部まで彫刻だらけだったらペトラ見物は最低3日必要になってしまうだろう。うまくできたもので、外だけ見て1日で回るのにちょうどいいくらいの規模なのだ[:モグモグ:]
宝物殿から先いよいよ遺跡ゾーンに入る。次から次へと と呼ばれる部屋が続き、その先にはお決まりの円形ローマ劇場がある。このあたり物売りやロバタクシー屋がたむろっていてうざったい。右側には王家の墓が並んでいる。巨大な墓群の中でも特に「宮殿の墓」には見事な装飾が施されており、保存状態さえよかったら宝物殿以上に美しい建物であっただろうと思わせる。
ここから列柱道路の周囲がペトラのメインストリート。両側にいくつかの寺院が並ぶが、ほとんどは崩れている。柱を組んで造られた建物より、岩に彫られた部屋の方が当然地震や攻撃に強い。だからペトラは(廃墟然としたパルミラなどと比べると)現在に至るまで美しい姿を残しているのだ。
メインストリートから北東へ伸びる道がもう一つの見所「エド・ディル(=修道院)」へのルートだ。ロバ使い連中が「修道院まで歩くと3時間、ロバで1時間」などとほざくが、ロバに乗っても自分たちが歩いてついて来るのだから、時間が短縮されるわけがない。だいたい、この遺跡に大勢いる「ベドウィン」の物売りやロバ、ラクダ使いは遊牧をしていないのだからもはや「ベドウィン」ではなく、ただの元砂漠民、現露天商なのだ。
実際には45分ほどで修道院着。この登りでようやく体が温まってきた。
修道院は宝物殿をモデルにして建てられており、大雑把な作りは同じだが、装飾がだいぶシンプルになっている。ここで12時過ぎ、修道院を眺めながら昼食をとっていると小雨がぱらついてきたので、早めに切り上げて下り始める。そういえば今回の旅ではじめて中国人観光集団に会った。もう中東にまで中国人グループが進出しているのか…あと5年もすると世界中の観光地が騒々しい中国人集団に席捲されるのだろう。そうなる前に世界を見られてよかった(笑)。
途上国のインチキガイドやジゴロ連中もだいぶ賢くなった日本の姉ちゃんやおじちゃん・おばちゃんをターゲットにするより、これからは中国人を狙うほうがいいだろう。中国人は旅行に来ると間違いなく日本人以上にくだらない土産物に金落とすし、旅行慣れしていないから相場感がないはずだ。
さて、帰り道は彫刻よりも自然が作り出す色彩に目を配りながら歩く。ペトラの魅力の1つは間違いなくこのメノウ細工のような美しい岩肌だろう。紅からピンクへ鱗のようなグラデーションを描きつつ変化していくのを見て、オスロで見たムンクの「マドンナ」を思い出した。
帰り道では洞窟博物館とその裏にあるビューポイント、犠牲祭壇など眺めのいい所に上がり広々とした風景を楽しむ。高所から見ると普通に歩くルート周辺以外にも多くの彫刻があるものだと気づく。これらを全てカバーするのは1日では無理だろう。結局、5時頃まで歩き回りペトラを満喫した。今日はさすがに疲れた。

本日の1曲 Candy Dulfer「I Can’t Make You Love Me」

↓(お決まりのアングルで)ペトラの宝物殿を覗く

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