Day267 マチュルー

6時半頃目覚める。9時に寝たわりには目覚めがすっきりしない。夜中何度か目覚めたりしたし、久々の床寝のため眠りが浅かったのだろう[:ノーノー:]
この辺りでは各家には水道がないので、昨日ボトルに汲んでおいた水で歯みがき、洗顔を済ませる。青空が見えていてちょっと寒いが気持ちのいい朝だ。ローティーを平らにするペタペタという音が聞こえてくるので朝食を作ってくれているのだろう。7時過ぎにお茶と朝食が運ばれてきた。プラタ1枚半で十分お腹が満たされた。食後は屋上(この辺りの家は皆屋根が平らで屋上をモノを干したり、備蓄したりするスペースに使っている)に上がって全身真っ白なマッシャブルムを眺めたりして過ごす。周囲からはメ〜という羊の声や誰かを呼ぶ甲高い女性の声など生活感あふれる音がいろいろ聞こえてくる。バルティの女性はなぜか人を呼ぶとき裏声のような甲高い声をあげるのだが、これがなんとも面白い[:ラッキー:]
9時頃アブドゥルの案内でNWAの学校を訪問。今日は来ている生徒が少なく、低学年9人ほどが英語の音読を繰り返していた。生徒は25人ほどいると先生が言っていたが、来たり来なかったりというものらしい。マチュルーに限ったことではないがバルティスタンの子は全体的に汚ない[:たらーっ:]
まず各家庭に水が来ていないから風呂に入る習慣がないし、農業が主産業で現金収入が少ないうえ僻地でモノも少ないから服や靴もボロボロになったものをいつまでも着ている。靴の先から足の指全部が見えていたりするのも珍しくない。汚れた中にのぞく赤いほっぺたの子を見るとここの人たちもチベタンの血をひいているのだなぁと感じる。比べるべきものではないのだろうが、テント村にいる地震被災者たちのほうがよっぽどいい格好をしている。もともとバルティスタンの人たちの生活水準を見ているので地震被災者たちが援助団体からもらった衣類などを洗わずに「着捨て」しているのを見るとこの人たちにこれ以上モノをあげなくてもいいんじゃないかと思ったこともある。
さて、学校を出て上流側にある隣村タシルまで行ってみる。途中には杏の果樹園、これから耕作を待つ麦畑が続いている。だだっ広い河原からそのまま畑が広がっているので洪水になったら畑が壊滅してしまうのではないかと心配になる。
1時間強で戻ってきてお茶を飲み、しばらくして昼食。食後はまた屋上に昇って寝袋を干しながら読書をして過ごす。近所の子供たちがそれぞれの家の屋根から僕を観察し、あれこれ言うのがちょっと気になるがほっとくことにしよう。2時過ぎから再びアブドゥルの案内でビューポイント、ウォーターパイプライン巡りする。マチュルーではスペイン人がゲストハウス兼クライミングスクールを開いているからか、かなりしっかりしたウォーターパイプが山の中腹から引かれている。が、この時期は雪解け水が少ないためこのパイプを通ってくる水はない。水路沿いにはポプラがたくさん植えられているがその間隔があまりに狭いので海外の団体がやったものではないのだろうと思い、この植林は村でやったものか?と聞くとそうだという。もう少し間引かないとどれも大きくならないんじゃないの、とだけ言っておいた。それからチベット寺院をモスクに転用したと思われる建物を見て家に帰る。
だいぶ歩いたから休んでなと言われ、8時過ぎに夕食が来るまで部屋で本を読んで過ごす。遅い夕食をいただいて、そのときに明日の朝スカルドゥへ戻るつもりだとアブドゥルに告げる。朝のジープは6時半〜7時だと言う。う、早いなぁ…と思ったがぼへーっといつ来るか分からない車を待つのはいやだししかたない。早起きすることにしよう。
そして9時にはさっさと就寝[:zzz:]

本日の1曲 溝口 肇「dobranc 〜おやすみ〜」

↓タシル村の少女

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