ダライ・ラマ法王による東日本大震災四十九日特別慰霊法要

4月29日東京護国寺でダライ・ラマ14世を導師にお迎えしての「東日本大震災四十九日特別慰霊法要」が行われた。
僕は、かなりチベット関係のニュースはひっかかるように網を張ってるつもりだが、公式にネット上で発表されたのはかなり直前だったように思う(10日くらい?)。


それでも、20分前に護国寺に着くとセキュリティチェックまで長蛇の列。改めてダライ・ラマ法王の人気ぶり?を認識。列並んでいるのは、普通の人が大半だが、中には在日チベット人、僧侶、いかにもなチベットフリーク?の姿も見える。


14時を回ったが、まだセキュリティチェックに着かない。列から大きなカメラを持ったプレス集団が境内へ足早に駆けていくのが見え、ちょっと慌てる。14時ちょっと過ぎにセキュリティチェックを終え、境内への階段を上がっていく途中で法王猊下のご入場となり、しばらく列を止められる。階段の一方を空けるように指示されたので法王猊下がいらっしゃるのかと思ったら、階段を登ってきたのは横綱白鵬だった。チベット仏教を信奉するモンゴルつながりで招かれたのだろうか…

法王猊下は階段ではなく、脇の車道からお車でいらっしゃった。列からちょっとだけお姿が見えた。そのまま入堂。我ら参拝者もしばらくして境内への入場を許可された。パイプイスは用意されていたがこの時点で満席、ほとんどの人は立ち見となった。在日チベット人は席が用意されていた。チベットの民族衣装を着ている人もけっこう多い。なお、報道によるとこの法要には4200人が参加したらしい。

境内には、堂内の様子が見えるように大型モニターが4つくらい置かれている。14:15頃ダライ・ラマ法王日本代表部事務所ラクパ・ツォコ代表の挨拶。このたびの震災に対し、法王猊下が大いに心を痛められ、日本の犠牲者、被災者ために今まで行ってきた活動について、そして今回の四十九日法要が予定されていたアメリカでのツアーへの出発日を1日早め、そのトランジット中に日本で猊下自身が参加できないかとリクエスト、調整した結果実現したことなどが説明された。猊下は28日、日本に到着されここ護国寺で既に一度お祈りを捧げられ、本日の法要に臨まれているとのことだ。


法王猊下が3回五体投地をされてから中心に座し、左側にチベット人僧侶、右側に日本人僧侶が並び読経が始まった。まずはチベット人僧侶による読経。我々には分からないが、在日チベット人たちはかなり多くが配布されたチベット語のお経を一緒に唱えたり、目で追ったりしている。若い子でもチベット語がちゃんと読めるようなので、自分たちの文化を継承させていこうという彼らの姿勢が見て取れる。五体投地をなさるときや、高い座に座る際の猊下を見るとやはりお年を感じる。

30~40分チベット読経が続き、日本の僧侶による般若心経の番になる。般若心経が3回繰り返された後、別のお経が何回か唱えられ法要は終了。読経中は、参列者が焼香するのだが、参列者の数が多く、僕らの周囲までは回ってこなかった。


続いて、護国寺ご住職岡本永司師、総持寺貫主江川辰三師らの挨拶に続いて、法王猊下のスピーチが始まった。全文訳は「宗派を超えてチベットの平和を祈念し行動する僧侶・在家の会」ウェブサイトに掲載されているのでご覧ください。

法王猊下は宗教指導者でありながら威厳とは違った明るく温かいオーラをお持ちで、それは、多くの犠牲者への法要という場でも変わることはなかった。その雰囲気自体が「いつまでも沈んでいないで前を向いて進みなさい」というメッセージのように思える。
法王猊下のスピーチ途中あたりから雨が降ってきて、一時かなり激しくなったのだが、全てのセレモニーが終わりご退場になるときには見事に雨が止んでいた。その場にいる皆、偶然とは思えない…と語っていた。


法王猊下はご退場の際も、参列者の間を2度通ってお帰りになり「ママ、ぼく、ダライラマに触ったよ!」という子どもの声も響いていた。困難な状況ではあるが、生き残った者はその困難を乗り越えることでさらに自らを高めていく。日本人はそれができるという自信を失うことはない、という力強いメッセージを胸に法王猊下をお見送りし護国寺を後にした。


↓の再生ボタンをクリックするとダライラマ法王のスピーチ(英語部分と日本語訳)を聴けます。



本日の1曲 Evanescence「Before the Dawn」

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