Day287 ヌーリーへ

ナビードの家で朝食をいただいてから、彼とその家族に別れを告げアルバン村を後にする。いちどバラコットまで戻り、フリダバード行のジープに乗ってヌーリーへ向かう。12月に一度来ているのでジープの相場も土地勘もあるので安心だ[:モグモグ:]
フリダバードまでの道は前回訪問時と大して変っていない。道は開いているが相変わらず崖崩れの上に無理やり道を通した箇所がいくつかある。パキスタンでは個人レベルでも政府レベルでも、頑張れば意外とやるじゃんというところもあるが、持久力がなく一段落つくとまたさぼりだす性質があるようだ。緊急事態を過ぎると次にはこれとこれをしなきゃと考える前に、とりあえず休むか…となり、本来やるべきことはどんどん後回しにされていくのだろう[:ムニョムニョ:]
1時間強でフリダバードのバザールに到着、バックパックを背負いなおしヌーリーへ向かって歩き出すと、バザールから一人の若者が声をかけてきた。何となく見覚えがあるが、パキスタン男性の顔を覚えるのは苦手なので誰だか見当がつかない。きっと[:?:]な顔をしていたのだろう。兄ちゃんは「ヌーリーに行くのか?イスラマバードにいただろ?テントNo14!」とうれしそうにハグしてきた。テントNo14!あぁ2週間くらいしかいなかった夫婦か…何となく記憶がある。
彼はまず茶だ、と荷物を持って僕を食堂へ招いた。そこで茶を待っていると、今度はテントNo15のオヤジ(ラフィーク)、それにイジャーズが現れ、ヌーリーに着く前に早くも懐かしい再会となった[:拍手:]
お茶とケーキをいただいている間に「これからヌーリーに行くのか?1人だけか?」など質問を受け、イジャーズ以外の大人2人が一緒に村まで上がってくれることになった。

バザールを出てすぐの路上で一台のジープが停まり、今度はパルヴェイズが現れた。ここで英語が通じる男に会えたのはラッキーだった。彼は「自分はこれから出かけなければならないが4時頃には戻る。この2人が案内するからウチに泊まりなさい。残念だけどサードとハマドは出かけていて明後日まで戻らないんだ。」と言ってジープでバラコットの方へ去っていった。それから急登を上がってヌーリーへと向かう。ここのジープ道も相変わらず巨岩がごろごろしていて復旧作業は全く進んでいない。バックパックをラフィークに持ってもらい手ぶらで坂を登るがそれでもなかなかキツイ。30分ほど登ったところで見慣れた顔がいくつか現れ、パルヴェイズ家の小屋&テントに到着。サルマ、ナディアが出迎えてくれた。小さなナジュマはもう僕のことを忘れてしまっていて怖がって泣き出した[:ポロリ:]
パルヴェイズの家は50mほど先にあるが完全に壊れてしまったので、この平坦なスペースに仮設小屋を作って暮らしているようだ。またお茶をいただき、ここまで連れてきてくれたテントNo14のシェール・ワイズが自分の家で昼食をとるように強く勧めてくれたのでラフィークと一緒に彼の小屋へ向かう。彼にはちょっと健康に問題のある姉がいる。姿が見えなかったのでグルナールはどうしている?と聞くと、今は入院しているという。しばらくして一緒に坂道を上がってきたニワトリがチキンカレーになって出てきた。さすがに新鮮でウマイ。
食後、今日は休むか?それともテント村にいた家族を見にいくか?と聞くので、もちろん早く会いにいきたいと答える。それからラフィークの案内でヌーリーの村を回る。バックパックは置いといてくれてもよかったのだが、どういうわけか彼はずっと運んでくれた。途中でグルタージュ、ナビード、アシヤ、ファルザナ、ジュウェリア、リファット、マリアム、リヤカットたちに会ってラフィークの小屋へ移動。彼の家族(トフェイル、リマ、モビア、ソヘイル)も皆元気だったが、しばらく見ないうちにまた以前の小汚い格好に戻っていた[:たらーっ:]
まだ水道が復旧していないし、寒いからイスラマにいたときのように頻繁にシャワーや洗濯することができないのだろう。いちばん下にあるのはシャクール、ナビーダの家。シャヒーンも戻っていたがオヤジはドバイに出稼ぎ中らしい。
行く先々で想像以上の歓待を受け、お茶をごちそうになる。テント村にいる間、(昼間は仕事に出ていることが多かったので)あまり男連中とは付き合いがなかったのだが、その男たちが次から次へと現れ、ハグを求めてくる。僕はコイツ誰だっけ?と思いながら一緒にお茶を飲む繰り返し。
できれば子供たちと話をしたかったのだが、ここでの僕は完全にゲスト扱いでゲストの相手は家の主人をはじめとする男たちの役割である。そのため子供たちは挨拶をしてからは追い出されてしまうのだった。ちょっと残念だが、また明日にでも改めて来ることにしよう。今日来るときは1泊だけして皆の顔を見たら翌日にはイスラマへ戻ろうと思っていたのだが、会う人が皆引き止めるし、双子(サード、ハマド)にも会いたかったのであと2、3日滞在することにした[:ニコニコ:]
今度はシャクールがポーターになって再びパルヴェイズのテントに戻るとワシームとタヒールが来ていた。ワシーム一家はここから15kmくらい先にある村に住んでいるそうだが、彼だけこの家にいるらしい。
ちょっと休んでから気になっていたザフールに会いに行く。ザフールは100mくらい先から僕のことを認めると喜んで歩み寄ってきた。僕の来訪をいちばん喜んでくれたのが彼だと思う。相変わらず会話にはならないが、彼の横に腰かけて手話?をしているとテント村に戻ったような気持ちになる。ザフールのように障害のある人には特に山での暮らしは厳しいだろう。そして、ほとんど話しかけてくれる相手もなく1日を日なたで座って暮らす生活であることは想像に難くない。いや、むしろ彼以上にその世話をするマディアたちが大変かもしれない。ザフールのオヤジは身振り手振りを交え、ザフールは坂道を登れないので背負われて上がってきたんだ。ものすごく大変だったと言っていた。
日が暮れるころになってパルヴェイズが戻ってきて、村の状況などを聞く。アルバンでは豊富にあったトタン板がここにはほとんど入っていないのがいちばんの問題らしい。長くなったので続きはまた明日。今日はチャイを11杯ごちそうになったのでちょっと胃が重い。

本日の1曲 Destiny’s Child「Stand Up For Love」

↓ヌーリーでの再会

Day286 製材機設置

7時に起きると周りはとっくに活動開始。ナビードももう出かけていたので一人で朝食をいただく。食後、ナビードの家族と一緒に昨日到着した機械類を運ぶためジープ道まで下っていく。機械はちゃんと届いていたがそれを運ぶ村人の姿がない[:ポロリ:]
ナビードは村人が協力して運ぶからだいじょうぶだと言っていたが、来ているのはお前んとこの家族、友人だけじゃないか…この先協力体制がとれるのかが不安になる[:ムニョムニョ:]
そんな状態でしばらく作業が進みそうにもなかったので村をぶらぶらしてみる。この辺りもトタン板造りのシェルターが多く、内側には(どこかのNGOから支給されたと思われる)プラスチック製断熱材が貼ってありなかなか防寒効果がありそうだ。2軒ほど石積みの土台の上に木の柱にトタン板を貼りつけた仮設とはいえない大きな家もできていた。耐震と居住性の両面から考えると、今後はこのタイプの石の土台+木造トタン貼住宅が多く建てられるのではないかと思われる。
さて、集落のいちばん上まで登っていくと、崩れた学校があり、その周りに子供たちが集まっていた。その一段下には男たちが6人くらい集まって机を囲んでいるので何かの調査かと思ったら先生だった。もともと300人以上の生徒がいたが、今は半分くらいになってしまったという。しばらく先生達の質問に答えたり、子供のたちの様子を見たりしていたが、実際のところほとんど授業は行われていないようだった。この先生たちは、授業もせずに子供を集めておくことに時間のムダを感じないのだろうか…
先生の一人にこの学校で今いちばん必要としているものは何か?と聞くと、「Everything」という答えが返ってきた。
授業もせず、自分たちの学校を再建しようというプランも持っていないこの人たちには支援のしようがないと判断せざるをえない。お茶をいただいてからナビードたちの作業場へ戻る。70kgあるエンジンを一輪車に積んで運ぶ準備ができていたが、相変わらず村人は来ていない。とりあえずここにいる5人で運び始める。僕も部品の一部を持って歩く。ナビードは、君はゲストだから手伝う必要はないというが、ゲストですら村のために働いているという姿でも見せないと他の村人が手伝いに来るようには思えなかった。しばらくして数人ヘルプがやって来て、彼らが製材機を交代でかついでようやくナビードの家まで全ての機械を運ぶことができた[:ラッキー:]
運搬作業が終えたところで、機械工のじいちゃんを中心に設置作業開始。水平な土台造りから始め、作業は思った以上に時間がかかるものだ。昼頃、土台の木に機械を据付けるためのナットが足りないことが分かって、ナビードが若者をバラコットまで買物に走らせる。その間に昼食休憩で2時間弱作業中断。
昼食後、引き続き作業を進め、エンジンの設置、試運転まで90%の作業が終了したのは6時近かった。刃を取り付けて実際に使用する前に刃を研磨する必要があるらしく、今日できる作業はここまでということになる。ナビードと話して、機械工に払う費用とディーゼル代などのランニングコストは利用者負担として最低レベルをチャージしていくことにした。その金額については村長を中心に村人で決めてもらうことで決定[:グッド:]
今日は丸一日機械設置作業に付き合って終わった。村人があまり協力的に見えなかったのが不安材料だがこれで僕が依頼されたアルバン村でのミッションは完了。明朝、村長と話をしてからヌーリーへ移動することにしよう。

本日の1曲 ELT「SURE」

↓黒板の部分だけが残った学校で授業を受ける

Day285 アルバン村到着

昨夜はイブラールが勤めるNGO「Action Against Hunger」のテントに泊めてもらい、8時頃朝食をとってからジープでアルバン村へと向かう。ナランへと続く舗装道路を走ったのは5分もなく、ジープはすぐ村へのジグザグ道を駆け上がっていく。坂道を登ること約20分でやや平坦なところに着いて降ろされた。地震が起こってからはレギュラーな交通手段がなくなり、バラコットからわすか数kmのアルバン村でさえ必要なときには数百Rs払ってジープを呼ぶしかない状況が続いているという。通常、村人は1時間半かけてバラコットまで歩いているらしい[:ふぅ〜ん:]

ジープ道終点からアルバンまでは15分弱の歩きだ。僕は別にどうってことはなかったのだが、ナビードは昨日から具合が悪い状態が続いているらしくゆっくり坂道を上がり、3日目にしてようやくアルバン村のナビード家に到着。
ナビードの一人娘ニムランがおっかなびっくりな様子でこちらを覗いている。彼の家族や僕がしばらくお世話になるシェルターなどを案内してもらった後、ナビ−ドは「まだ気持ちが悪いからちょっと横になってる。君も休んでいたらいい。」と言ってくれるが、僕はまだ元気いっぱいなので勝手に村をぶらぶらと歩き回る。この村もバラコット周辺の村と同様、コンクリート造りの家は皆半壊〜全壊で人が住める状況にはない。半壊程度の家でもやはり余震が怖いので人間は住まず家畜小屋か物置としているのがほとんどだ。人々は地震で崩れた家の上や隣にトタン板で拵えたシェルターかテントで住んでいる。新しい家を建てるために斜面を垂直に削って敷地を作っている家も数軒あった。概ねどこの家の復興状況も同じような感じだ。
この田舎の村では、道が家と家を結ぶように作られているので訪問するつもりはなくてもいつの間にか誰かの家の庭先に出てしまうのがちょっと困る。家の人に見つかってしまった場合はとりあえず挨拶してやり過ごすか、お茶を飲むことになるかの2つに1つだ[:たらーっ:]
そして、会った人が皆、この外国人は何らかの援助をするために来ているのだろう、と期待しているのが僕を困惑させる。中には「アンタどこから来た?」の次に

「で、アンタは何をしてくれるんだ?」

と露骨に聞いてくる者もいる。できるだけ多くを期待させないよう、友人に頼まれて来ているだけだと説明する。この斜面に沿って広がる縦長の村のいちばん上まで行くと周囲の村が一望できる。ここから見るとバラコットの被災・復興状況がよく分かる。この地域についてはトタン板と防水シートが行き届いているので上から見ると銀と青の屋根ばかりが目立つ。
そうこうしているうちに雨が降り出したのでナビードの家に戻る。曇るととたんに寒くなり、いったん体が冷えてしまうと何を着ても温かくならない。4月でこの寒さだから、よくこれで冬を越したものだと感心する。3時過ぎからはナビードと一緒に昨日送ったカッターの到着を待つ。午後からナビードの友人4人が機械の到着を待って村へ運ぶための手配をするためスタンバっているのだが、いつまでたっても連絡がない[:ムニョムニョ:]
5時半過ぎ、ようやく機械がバラコットに着いたとの連絡が入る。が、もうすぐ暗くなるので今日はジープ道終点までの運搬で作業終了とし、明朝そこからアルバンまで運ぶこととした。ジープ道終点近くの家まで全てのパーツを入れたという連絡が入ったのはもう9時近かった。それから遅い夕食をとって10時半頃睡眠。今日は機械が到着するまでの間ナビードといろいろ話をしたが、やはり真面目な男だ。しかし、あまり気が強いタイプではないらしい。
今日は午後から曇ってきたので星が一つも出ていなかったが、下を眺めるとバラコットや遠くマンセラの明かりが星のように美しく瞬いていた。

本日の1曲 Dokken「Alone Again」

↓完成したトタン製新居

Day284 返品でもっと苦労

今朝7時頃起きて朝食をいただいている席で(昨夜機械工と話したらしく)ナビードから「やはりこの機械では木を縦にカットして柱を作ることはできない。あの店の主人は適当なことばかり言っていた。製材所にあるような大きなカッターを購入したい。」と言われる。だから、昨日これで大丈夫か?と念を押したのに…[:ムニョムニョ:]
と思うがUselessなものを買っても仕方がないので昨日買ったものを返品して別のものを購入することに同意。一度現金を渡した後でスムーズに返品に応じてくれるとは思えないのでどうなるか先行き不安だ。途上国において一度払った現金を取り返すのはいかなる理由があっても非常に困難なことは身をもって知っている。
「使えないものに金を使う気はないので大きな機械を買うのは構わないが僕が預かっているのは400US$であって出せるのはMax22,000Rsだ。それで大丈夫か?」と確認すると、残額は村人でカバーする。返品については(店主に)昨日使えなかったら返す旨話してある、というので9時を待ってタクシーで再びバザールへ向かう[:汗:]
9時過ぎに到着するが件の店はまだ閉まっていて、店のオヤジが来るまで20分ほど待たされた。オヤジが来て店を開けてから早速返品の話を開始する(初めはローカルに任せる)が、やはり簡単にYesとは言わないようで口調は表向き穏やかながらも言い争いが続いている。オヤジは僕が金を出しているのを知っていて粘ればあきらめると思っているように感じたので状況をナビードに確認する。と、やはり返品は受け付けないの一点張りだというので、ここは「Threat」すべきかと思い、ちょっと激しい口調で店主に「昨日購入してまだ使っていない品物を返品するのに何の問題があるのか?今すぐリファンドしろ」と迫る[:ぶー:]
と、オヤジはレシートに書いてあるウルドゥー語の一節を指差して、ここに「返品は一切受け付けない」と書いてあると主張する。なんだ、そうなのか〜知っていたら昨日買う前にもう一度念を押したのに[:たらーっ:]
しかし、今それで納得するわけにもいかないので「ウルドゥ語は読めないから何と書いてあるかは知らんが、お前は俺にこの説明を英語でしなかったのだから俺にとってそんな文は何の意味も持たない。俺らの国ではこういったケースで返品を認めないなんて考えられない、これ以上ここで無駄な時間は使いたくないからさっさと返品を認めろ!」とさらに主張する。
しばらくしてナビードから店主が3500Rs返すと言っていると聞いたので、「そんなもん全然受け入れられん!何もしないこの強欲オヤジに1200Rsをやる気は一切ない!」と言わせまた交渉を続けさせる。
しばらく言い合いが続いてから「Reporter」という人が呼ばれ、結局返品が成立した。もしかしたら彼らが数百Rs負担することで妥協したのかもしれない…が、そこから先を問い詰めても仕方がないのでとりあえずは納得[:ノーノー:]
その足でサダル方面にある機械バザールへ移動。ここでナビード達の知り合いに仲介してもらい26,000Rsで製材機&発電機を購入することが決定。預かったお金から出せるだけをだして残りはナビードへ借りるという形にした。パキスタンの商店は完全な専門店制なので、機械を売る店ではマシン自体しか販売せず、それに必要なベルトや刃などは全て別途他の店で購入しなければならない。そういった知識のないナビードはかなりあせった様子でいろんな店を走り回っていた。そうこうして全て買い揃えたのは午後1時過ぎ。
さて、買物は済んだがこのトータル100kg以上あるモノをどうやってバラコットまで運ぶのかという問題が残っている。スズキをハイヤーするとバラコットまで4000Rsかかるというのでナビードから村長へ移送手段をどうすべきか確認させる。結果、運送業者に頼むことになったのでそこまでパーツ一式を運び、翌日午後バラコットに到着するよう契約を交わす。全ての手配を済ませてからピールワダイのバススタンドへ向かい遅い昼食をとってからマンセラ行コースターに乗り込む。
3時間強でマンセラ着、ここからバラコット行ワゴンに乗換え、着いたのは8時前。もちろん周囲は真っ暗だったが、ナビードの友人2人が迎えに来てくれており、まずは茶を飲んで挨拶。それからアルバン村へのジープを探すが結局見つからず、今夜はナビードの友人イブラールが勤めるNGOのテントで過ごすことになった。2日目にしてまだ目的地に着けないとは思わなかったが、しかたないか…

本日の1曲 Jeniffer Lopez「Dame (Touch Me)」

Day283 ショッピングに一苦労

昨日、Save Pakistan BankのKさんから紹介されたナビードという男に電話をして、製材カッターを購入し一緒に彼の村へ持っていくよう話をしたので今日はその連絡待ちだ。昨日の話では「インシャアラー、明日の昼頃ピンディに着くようにする」と言っていたので、念のため10時頃電話すると、今こちらへ向かっているという返事だった。とりあえずいつ連絡が来てもいいように支度をしておく[:ラッキー:]
昼過ぎにピールワダイに着いたという連絡を受けピンディへ向かう。モバイルで連絡を取りあいながらモティバザール近くで待ち合わせ、2時前にナビードと会うことができた[:グッド:]
彼はバラコット近くのアルバン村の出身で、今回の地震で父親と妹を亡くしている。初めて会ったが、パキスタン人にしては控えめな印象だ。しばらく一緒に行動することでSave Pakistan Bankが現地での仕事を託すことができる男かどうかを評価するのもミッションの1つ。途上国での支援活動において、信頼できるローカルのパートナーを探すことはなかなか困難だ。逆に言えばそれができればかなり楽になる。
さて、早速ナビードを連れてカッターの店へ行く。途中で電気の供給が不安定なので発電機もあわせて購入したいとの申出を受ける。村には他に発電機がなく、1台5,000Rs程度のものだというのでOKする。店に着いて件のカッターを見るが、あまりいい顔ではない。「この機械で大丈夫か?もっと大きな機械をイメージしていたんじゃないか?」と聞くと、「そうだ。製材所にあるようなものを考えていた。」と言うので、「こないだ来たとき、この近辺ではこれしか見つけられなかったんだ。もっと大きな機械が必要ならそれを見に行ってもいいよ。」と提案する。
が、それを聞いていた店のオヤジが40kgもある機械をどうやって山の上まで運ぶんだ?大きな機械は消費電力も大きいから普通の発電機じゃ動かないなどと口を挟んでくる。ナビード自身はこういった機械に関する知識がないようで迷っていたが、僕は「This is NOT my shopping。僕は村の状況を知らないし、どのくらいの木材をどうカットするのかも分からないんだから、あなたがこれでいいかどうかを決めなさい。予算内ならOKだし、オーバーなら今回は購入見送りということだ。」とピシャリと言った。これで腹を決めたようで、彼はとりあえずこのカッターと替刃を数枚買って試してみると言った。正直なところ、この機械で自分たちのニーズを満たせるかどうかなぜ判断できないんだろう?と思ったが、ここまで来て手ぶらで帰るよりはニーズを100%は満たせなくても何か持って帰るほうがいいだろうと考えたんだろうと察した。
だいぶ長い間、話を聞いたりしていたので金を払ったときにはもう3時を回っていた。ナビードがこれからバラコットへ向かっても村へ行くジープを探せない、明朝出ることにしようと言うので同意。I-8にある彼のおじさんの家に一泊することになった。そのおじさんはCDAの役人で、彼の家が入っているマンション(?)は官舎だというが、部屋を見た感じ中流以上だろう。部屋には震災被災者支援の感謝状がいくつか飾られていた。
ナビードは僕が昼食を食べてなかったことを知って、食事を用意してくれた。食後、彼とそのいとこと一緒に近所を散策。この辺りは全く同じ造りの団地や家が建ち並んでいる。当然のことながら今さらイスラマの町を歩いていてもあまり面白くもない。これが山の村だったら好き勝手に歩き回って楽しめるのだが…

本日の1曲 スピッツ「ロビンソン」

Day276 ラジャバザール

昨夜、バラコットに数日間状況視察に出かけていたKさんが戻ってきた。今夜のフライトで日本へ帰国されるので、自身のヒマも手伝って今日はピンディ旧市街をご案内し、それから被災地の状況を聞くことにした。
昼食を取ってからピンディのラジャバザールへ。まずは被災者にヒアリングで要望の強かった木材カッターの価格をチェックしにいく。バラコット近辺の村ではトタン板が相当数配布されていて、村人は木の柱にそのトタン板を打ちつけて仮設住宅を作っているのだが、木を山から切り倒してきたもののカッターがないため斧で無理やり半分に割ったり、全く太さの揃わない木をそのまま柱にしている状況らしい。そこで共同のカッターが村に1台でもあればちゃんとした柱を作ることができて大変ありがたいというわけだ[:ラッキー:]
モティ・バザールでカッターを発見。イメージしていたものより小さいが値段も安い(2900Rs)。これくらいなら買ってあげられるだろうということだ。それ以外は特別MUSTはないから面白そうなものを教えてくれというので、帽子やインド式弁当箱(いわゆるババ缶)、結婚式用品店などを紹介。
店で商品を見ていると銀のお盆に小銭や10ルピー札を載せた2人組の子供が「金くれ〜」みたいな仕草をみせるので「行け!」と追っ払ったら、「チーノ」とか言い出した。カチンときたので脅かし半分で頭でも引っぱたいてやろうとダッシュで追っかけたら少年はマジでびびったらしくお盆を放り投げてバザールの雑踏へ走って行くのを追いかけある店に入ったところで捕まえた。本気で怒るつもりもなかったのだが、人だかりができるくらい注目が集まってしまいこちらも引っ込みがつかず、半泣きの子供に向かって「Never call me Chino. OK!?」と吐き捨てて帰った。途中で様子を見ていた大人から3回ほど何があったのかと聞かれたので「このガキがチーノと言って侮辱した。俺は中国人じゃないし、チーノと言われるのは不愉快だ。」と説明。概ね「OK、OK、大丈夫。もう言わないよ。」といった反応だった。Kさんのところまで戻ると皆がこちらを見ていたのでそそくさとその場を去る
それからフルーツジュースを飲んでリクエストのあった楽器屋を探すが見つからず、タクシーでイスラマに戻ってくる。それからコーヒーを飲みながらバラコットの状況などいろいろなお話を伺う。やはり村人は先日発表されたバラコット移転プランを聞いてかなり動揺しており、どうす[:たらーっ:]るのが最善策なのか分からず皆迷っていたという。Kさんがアルバン村を中心に200世帯以上ヒアリングして回ったところでは、電気は復旧しているし、食事は概ね不足なく、金についても政府から半年間の支給が決まったのでさほど心配はしていないようだ。困窮極まるといった状況ではないが、やはり確固たる情報が入らないことが不安を生み、再建への動きを遅くしているようだ。
Kさんから信用できるという人を紹介してもらったので、数日後自分の目でこれらの村を訪ねてみることにした。それがパキスタン最後の仕事になるだろう。

本日の1曲 「On My Own」(from the Sound Track “RENT”)

Day249 マラリア?

今朝早くは涼しかったのだが、11時頃になって気温がぐんぐん上がってきた。日差しが強烈で水遊びには絶好の日和なので、水鉄砲を子供たちにかけまくって遊ぶ。ついでに自分の頭にも水をかけ冷やす。午後、M先生が追加授業を行うというのでお手伝い。言葉の壁があるので算数を教えるのはなかなか難しい。

さて、今日の本題はオフィスに戻ってから。

それは夜に始まった。11時頃から何となく胃にちくちくするような痛みを感じていたのだが、寝る頃になるとその痛みがだいぶ激しくなっていた。何とか眠ってしまおうと思ったが、痛みは徐々に強くなっていく一方でとても眠れない。さらに吐き気まで加わってどうしようもなくなってきたので1時頃、トイレへ行って吐き、便も出したがすっきりしない。再びベッドに戻って痛みに耐えながら過ごしていると、体中が暑くなって汗が噴き出してきた。腹痛は多少治まってきたが、高熱のせいか意識が朦朧としてくる。体温を測ろうと思ったが、もう起き上がる余裕もない。
そんな状態がしばらく続いていたが、今度はいつの間にかものすごい悪寒が襲ってきた。歯の根がガチガチと音をたて、体の震えを抑えることができない。やっとの思いで一度起き上がり、寝袋にきちんと入って悪寒に耐える。こんな震えは生まれて始めての経験だ。足先はすっかり冷たくなっていて羽毛シュラフの中でもちっとも温まらない。
こんな症状が出る病気は何なんだろう?回らない頭で考える。

…マラリア?

まさか、暖かくなってテント村でも蚊はよく見かけるようになったが種類が違うのか刺された記憶はない。ハマダラカは普通のイエカとは区別がつくと聞いたことがあるのだが、そんな変わった蚊は見ていない。と、すればなんだろう?

…盲腸?

虫垂炎の症状はよく知らないが、腹の痛みは胃から脇腹のあたりに移っていて部位はあたっているような気がする。

一人ガタガタ震えながら最後に時計を見た記憶は5時ちょっと前、その後ようやく眠りにつくことができた。いやぁ怖かった。

To Be Continued…

本日の1曲 The Police「King of Pain」

Day246 悲報

今日の午前中はテント村学校の手伝いをしていたのでちょっと忙しかった。高学年の子には主に計算問題をさせるのだが、数が多いと採点がかなりの手間だ。何人かの子は自信家なのか、僕がアホと思われているのか、採点して返した答案を持ってきて「これのどこが間違いなんだよ」と言ってくる。9割方子供の勘違いだが、たまに自分が間違えてたりするのでちょっとあわてる。
昼ちょっと前にオフィステントに戻ると、ローカルスタッフから「イスラマにあるどこかのテント村にいるカシミーリで亡くなった人がいて、家族を探しているという人が来たが、登録されている名前で一致する人がいなかったので該当者なしと答えた。が、名前の一部が同じ人がいて彼がちょうど数日前からカシミールに戻っているというので、奥さんに確認したらどうも探していた人らしい。」という情報が入る。登録情報に親戚の電話番号が書いてあったので、奥さんにかけさせて本人と亡くなった人が同じなのか確認させるように伝えると、パキスタンでは誰かが亡くなっても第三者はそれを家族に伝えることはしないから奥さんにかけさせるのはやめたほうがいいという。理解に苦しむ風習だが、そういった習慣は尊重しなければならない。スタッフから連絡をとらせ、どうやら本人に間違いない、カシミールで心臓発作を起こして亡くなり、もう埋葬まで済んでいるということが分かった。重苦しい雰囲気が漂うが、ここで死を公にするわけにはいかないので、ダンナさんが事故に巻き込まれたらしいみたいな話を作って対応はローカルスタッフに任せる。奥さんはさっそくテントを片付け、小さな子供を連れてカシミールへと向かった。今朝ちょうどそのおばさんから具合が悪い、吐き気がすると言われ、薬をあげていたので、体調も優れない状態で夫の死に直面して大丈夫なのか心配になる。ダンナは45歳くらいで、心臓発作を起こすような年齢でもないと思うのだがよく頭痛やセキを訴えていたのでもともと体がよくなかったのかもしれない。
地震で家を失い、テント村に入っている間に夫をなくして未亡人になった奥さんはこれからどうして暮らしていくのだろう。子だくさんの家庭でないことが不幸中の幸いかもしれない。未亡人や障害者は家族、親戚の助けを受けながら生きていくしかないのだろうが、僕らも何か彼女たちの将来に希望を持たせられるような手助けをしてあげたいものだ。

本日の1曲 浜崎あゆみ「Free & Easy」