Day102 震災支援スタート

援助物資やテント等を積んだ車3台でイスラマバードを早朝4時に出発、北西にあるバラコット村を目指す。今日のスタッフは総勢12人。
道は混雑も地割れもなく順調、途中支援物資を山積みしたトラックを多く見かける。マンセラを過ぎ、バラコット手前20km辺りからたまに崩れた家が目に入るようになってきたが思っていたほどの崩れ具合ではない。
しかし、バラコット村に入ると景色は一変[:びっくり:]
まともな状態で残っている家屋はほとんどないほどの倒壊だ。その倒れ方も1階が完全につぶれその上に2階部分が落ちており、本当にペシャンコというつぶれ方。多くの人が逃げる間もなくその下敷きになったのだろう。道路には乗合ワゴンやトラック、軍の車両などが連なり混乱を極めている。そして、道路脇には捨てられた支援物資の衣服が山積みになっている。家をなくし物を置くスペースがないこの状況では夏服など贈られても全くの役立たずなのだ[:ポロリ:]
跡形もなく崩れたバザールの近くに車を停めて下車。車を降りるといやな臭いが鼻をつく。それが倒れた建物の下敷きになった人たちの死臭であることは、死臭を経験したことのない僕にも容易に想像できる。悪いことに途中からパラパラと振りだした雨が本降りになってきた。まさかここで雨具を使うことになるとは思っていなかった[:ムニョムニョ:]
まずはベースキャンプ設営のための荷上げ。バザールから20分ほど北へ坂道を上がったところに3つのテントを張ってベースキャンプとする。荷上げのため坂道を2往復、途中で何か話しかけてきたじいさんに持っていたビニールシートを強奪されそうになった。キャンプ設営が終わったときにはもうずぶ濡れ…めちゃ寒い。しかも風も強くなってきてあわててテントを押さえる。
ベースキャンプの周りにも家を失った人のテントが30張以上ある。シートを2本の柱に結び付けただけの簡易三角テントも多い。両側は吹きさらしなので風が通り抜けてさぞかし寒いことだろう。
雨の中では治療活動もできないので、とりあえずテント内で天気の様子を見る。徐々に雨が弱くなってきたので火を焚いて衣服を乾かす。裏の家に住むおっちゃんがお茶とお菓子を差し入れしてくれた。もちろん彼ら自身も家を失った被災者だ。こういうところにイスラム的助け合いの心を見てとれる。冷え切った体に本当に暖かいもてなしだった[:ラッキー:]
しばらくして雨も止んだので、辺りを歩き回って状況を視察。近くの山は斜面全体が崩れ落ちていて1軒残らず崩壊している。軍隊や外国のレスキュー隊が少しづつ掘り出し作業を進めていた。しかし、もう地震から1週間、生存者がいる可能性は極めて低いだろう[:困惑:]
バザール近くでは軍のトラックが支援物資を配給しており、多くの人が押しかけ我先にと手を伸ばしている。とはいえ、新聞で読んだような強奪状態にはなっていないので少しほっとした。
午後になって同行したドクター達を中心に傷の手当など医療活動を開始。まだ我々のテントの存在もドクターがいることもあまり知られてないので訪れる人はさほど多くない。しかし、ケガをしている人の多くは地震から1週間が経過し、まともな処置もされていないため傷の化膿がひどい。化膿して皮膚にぽっかり穴が開いたようになっている人も多く、初めはまともに見ていられなかった。ラマダン(断食月)中の地震だったため栄養状態が悪かったことも災いし体の抵抗力が弱く傷の進行が早くなってしまうという要因もあるようだ[:ポロリ:]
4時頃、ドクターやスタッフの多くはイスラマバードへ戻り、後には僕を含む6人が駐在スタッフとして残った。日が沈むと急速に冷え始め夜はかなり寒い[:くもり:]

本日の1曲 The Police「King Of Pain」

↓支援物資に手を伸ばす人々

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