Day108 震災支援7日目

医療キャンプを始めて1週間。徐々にテントをたたんで町へ降りて行く人たちも増え、治療はかなり落ち着いてきた。
余裕ができたので午前中はじょにぃさんと一緒に周辺を歩いて簡単な村の地図を作る。予想通り上の方にあるテントの住民は我々のテントの存在も夕食を配っていることも知らなかった。数えてみるとベースキャンプ周辺で60テント以上、約500人といったところか[:ノーノー:]
一度ベースキャンプに戻って地図を清書してもらい各テントに番号をふってそれをベースに夕食の引換券を作る。これである程度平等な配布ができるはずだ。もっとも、地図の範囲から外れたテントの人には食糧をあげられないので問題はあるのだが…どこかで線を引かなければしかたがない[:ポロリ:]
引換券ができたので各テントに午後5時頃この券を持って我々のキャンプへ来るように教えながら配布する。あわせて、モノの少ない上のほうのテントを選んで食器10セットを配る。
券を配りながら話をしていると村人の多くが食糧はないか?と聞いてくる。つい数日前までは子供たちがビニール袋いっぱいにビスケットや牛乳などを詰めて歩いている風景が普通だったのだが…地震後2週間になり徐々に緊急支援部隊も減っているのか、または車が奥まで入るようになって物資が薄く広く行き渡るようになったのだろう。毎日のようにどこかで牛や鶏が絞められていて、多くのテントでは肉をたくさん使った料理が作られている。初めは、被災地なのに贅沢してるなぁと思ったが、冷静に考えると現金がないと野菜が手に入らないから仕方なく自分たちの所有する家畜を食べているのだと分かった[:ふぅ〜ん:]
そろそろビスケットや缶詰など調理不要の非常食を中心とした配布から小麦や野菜などの原材料中心の食糧配布に切り替える時期かもしれない。
夕方、夕食の引換えを待つ人たちがたくさんベースキャンプに集まってきたところでじょにぃさん得意のオカリナ演奏&パキスタンの歌が始まった。子供たちばかりでなく大人も感心したように聴いている。何曲か演奏するうちに自然と拍手が起こったり一緒に歌ったりするようになった。電気もなく、当然何の娯楽もない生活を強いられている人たちにはいい癒しになっただろう[:ラッキー:]
夕食の引換は予想通り、引換券を持ってない人が大勢来て自分にもくれだとか、家族が多いから引換券1枚あたりの食糧を多くしてくれだとか(中には一度使った引換券の「済」と書いた部分を切って別のテント番号を書いて持ってくるガキまでいた)混乱はあったが何とか無事に配布することができた。

本日の1曲 Queen「Bohemian Rhapsody」

↓オカリナの演奏を楽しむ子供達

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