「不幸な男」

最近、塩野七生「男たちへ」を読んだ。
内容は帯に書いてあるとおり「辛辣にして優雅、ユーモラスで毒がある」塩野的独断で語られたイイ男論であり、女性(彼女はそこらへんの一般的な女性とはかけ離れているが)はこういう風に男を見てるのだなぁという数々の例が非常に面白かった。
とはいえ、そこに書いてあるとおり振舞ったらエセヨーロッパ人になりそうなので、マネする気にはならないのだが…。
さて、収められた54のエッセイのうち、僕的にいちばんインパクトがあったのが「不幸な男(その一)」というものである。何でインパクトを感じたかというと、彼女の言う「不幸な男」に自分が当てはまるように思えたからだ。俺って幸せな男だと思ってたのに…。
この章では、「原則主義者は不幸な男である」というのがテーマになっている。
例の部分は割愛し、結論を引用してみよう。
「世の中には、原則に忠実であろう、と行動している人がいる。それ自体は立派な生き方なのだが、相手が存在する人間社会では、相手がどう感ずるかには関係なく、自分の立派な考えを押し通そうとしてもなかなかスムーズにいかないのが人間の社会なのだ。原則主義者が、しばしば、家庭でも職場でも不運に泣くことが多いのは、この種の、思い遣りというかセンシビリティーというか、そういう種類の感情に欠けているからである。」
原則主義者の典型であるヨーロッパ自由党は「正しいことを主張していると信じているから、それが支持されないのは、有権者が悪いのだと思っている。」
ナルホド、自分を振り返ってみると、確かにこういうところってあるんだよなぁ。自分は間違ったことしてないのに、二人の関係はうまくいかなくなるんだよね。原因は正しい、正しくないじゃなくて、思いやりにあったってことか。この章を戒めとして、不幸な男から脱却しよう。
PS 最近「原則主義者」と呼ばれる人の代表格は岡田民主党代表らしい。岡田さん、思いやりももって事にあたらないと女性票は取れませんよ(笑)。

コメント