スーパーホテルの山本会長が経営について具体的な例を挙げ語り、金井教授がそれに経営学的な考察を加えるという作りになっています。山本氏のお話は、戦略・マインドの両面で「こういうやり方があるのか…」と感嘆する部分が多々あり、経営者が書いた本としては僕が読んだ中で最高ランクの1冊です。スーパーホテルに宿泊したことはないのですが、リーズナブルなビジネスホテルでありながら一度泊まってみたいと思うようになりました。
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山本氏の経営で最も特徴的なことは、ご自身がおっしゃるように「二兎を追う経営の仕組み」と言えるのではないかと思います。1つのとんがった長所を持つことを説く経営書も多いですが、スーパーホテルは多面的に優れていることを目指しています。それも相対優位というレベルではなく、顧客満足とリーズナブルな価格、そして利益の捻出、全ての面でベストを目指すというものです。こうした高い理想をある程度大きな規模の企業が持ち続けるには、経営者のハートだけでは大変困難に思いますが、山本氏は様々なアイデアで仕組み化し、従業員のモチベーションを高く保ち、素晴らしい結果を出されています。
以下に本書で刺さったポイントを抜粋します。
コンセプトを明確に打ち出す
スーパーホテルのコンセプトは「安全・清潔・ぐっすり眠れる」というシンプルなものです。これが建前でなく本気である証拠に「ぐっすり眠れなければ宿泊料金全額返金」制度を実施しています。この明確なコンセプトが顧客対応における優先順位のよりどころとなり、顧客満足度の向上、無駄なコストの削減につながっていきます。
100人中1人しか困らないサービスは切り捨てる
スーパーホテルでは、1997年ころから客室に電話を置いていません。ベッドの脚もありません。また、自動チェックイン機とノーキーシステムのため、チェックアウトのためにフロントに寄る必要もありません。これらはコロンブスの卵というべきアイデアで、もともとホテル業界にいた方では思いつかない、業界の常識を大胆に打ち破る発想でしょう。
しかし、常識を疑って、これらのサービスをやめたことで失ったものはほとんどゼロ。そして、大幅なコスト削減を実現しました。生産性を高めつつ顧客満足も上げていくその相乗効果でさらに利益が伸びていきます。
ITをサービスに刷り込む
ITと温かなおもてなしは対極にあるように思われがちですが、そうしたものではありません。徹底した顧客情報管理によって、顧客の嗜好にあったサービスを人間が提供する。また、その情報はスタッフがお客様に寄り添うことで収集し、さらに精度を高めていくことで効率と顧客満足の双方を向上させます。
また、スーパーホテルでは、全店舗のクレームやアイデアを「スーパーウェア」というナレッジベースで一元管理、共有しています。これによって多数の店舗で働く面識のない従業員の中にも一体感が醸成され、助け合いが実現します。
理念浸透主義
スーパーホテルの店舗数が30を超えたあたりで稼働率が上がらなくなり、山本氏が現場へ行って支配人やスタッフと面談をしてみると、会社が定めた目標数値の意味が伝わっていなかったことに気づき、「経営指針書」とその内容をコンパクトにまとめた「Faith」を作成しました。これらのツールによって自分の勤める会社の経営理念を全スタッフが共有し、行動指針が明確になりました。
Faithに示されている経営理念2カ条
- 私達は常に「安全・清潔・ぐっすり眠れる」スペースを創造し、お客様第一主義を旨として、お客様に元気になっていただき、活力ある社会活動・経済活動をされるのに貢献いたします
- 現地現場主義に徹して、お客様に満足していただく為、私達はひたすらお客様の要求に合わせて自分を変えていきます。世界的レベルでの質の高いサービスをグループにあげて構築しながら時代を先取りする創造的な企業をめざします
朝礼では、毎日1ページを唱和し、当番の社員が該当ページの内容に関連した発表を行い、それに対して支配人・副支配人が意見を述べ対話をすることで、全従業員が経営理念を「聴く・考える・実行する」機会を持つことができ、真の意味での浸透を実現しています。
自律型感動人間を育成する
マニュアルでお客様に与えられえるのは「満足」止まりです。満足を超える「感動」を提供するためには、従業員がどうすればお客様に喜んでいただけるのかを考えて行動し、お客様の喜びを自分の喜びとして受け止めることができるようにならなくてはなりません。スーパーホテルでは、こうした人材を「自律型感動人間」と呼び、そうなるべしという育成を行っています。そのために前述のFaithが大きな役割を果たしていることは言うまでもありません。
また、「ベンチャー支配人」という制度を持っていて、(僕自身転職サイトから連絡がきたことがあったので、ユニークなシステムだなと思っていたのですが)ホテルとは無縁の希望者に4年間の期限付きで住み込みの支配人・副支配人として店舗を任せています(とはいえ、かなりの「狭き門」で誰でもなれるわけではありません)。そして、ベンチャー支配人としてまず求められる資質が「自律型感動人間」というわけです。
計数管理
社員にも数字を真摯に受け止めるよう求めています。数字は責任追及ではなく原因究明のために使用するというのが山本氏の考え方です。仕事ができない場合は「やる気がない」「やり方がわからない」の2つの要因があり、後者の場合は数字をヒントにして本社がバックアップをしていけば結果がついてくるそうです。
数字は本社が厳しくチェックし、支援の材料とされます。例えば、お客様アンケートの結果、2ヵ月連続して下位20に入った店舗は「ゴールド作戦」と呼ばれる本社支援チームによる接客教育が行われます。スーパーホテルでは4点満点の6項目アンケートの目標値を3.9としており、非常に高い水準を求めています。
社員全員がプロフェッショナル
経営指針書に「私はプロです」というページがあり、アマの考える習慣とプロの考える習慣が対比されています。
<アマ> | <プロ> |
目的が漠然としている | 常に明確な目標を指向している |
経験に生きる | 可能性に挑戦し続ける |
不信が先にある | 信じこむことができる |
途中で投げ出す | 使命感を持つ |
できない言い訳が口に出る | 出来る方法を考える |
他人のシナリオが気になる | 自分のシナリオを書く |
現状に甘える | 人間的成長を求め続ける |
ぐちっぽい | 自信と誇り |
気まぐれ | 自己訓練を習慣化 |
自分が傷つくことは回避 | 他人のしあわせに役立つ喜び |
享楽的資金優先 | 自己投資し続ける |
時間の観念なし | 時間を有効に組織化 |
失敗を恐れる | 成功し続ける |
感想
正直言って、スーパーホテルの支配人・従業員は、こうした厳しい・妥協の余地がない環境で働くのは大変だろうなと思うところもあります。しかし、一流シティホテルで働くスタッフよりずっとプロ意識が醸成されているでしょう。「人」「仕組み」「カネ(資本投下)」いずれの面でも山本流は他を圧倒しています。
宿泊業というビジネスは、(シティホテルだけが持つ宴会や披露宴、レストランといった要素を除けば)部屋をどれだけ埋められるかという稼働率勝負の非常に分かりやすいものですが、実際には多くのホテルが集客に苦労し、廃業に追い込まれるところも少なくありません。しかし、知恵を絞れば工夫の仕方はいろいろあるものだと再認識しました。他業界のヒントになることもたくさんあるように思います。
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