恥ずかしながらこの本を読むまでは黒川温泉という名前も知らなかったし、「新明館」という宿、そして、もちろんその館主後藤哲也さんが国土交通省認定「観光カリスマ」であるということも知らなかった。では、なんでこの本を手にとってみたかというと100%偶然でしかない。漠然と、宿を始めるにあたってどういう準備か必要なのか?と考えていて図書館の「観光」コーナーを探していたのだが、それらしい本が見つからず代わりに借りてきたのがこの1冊だった。
そういう訳で、さほど期待して読み始めたわけではないのだが、非常に参考になったし、示唆に富んだ本だった。なにより後藤哲也という人の存在、考え方を知ることができたというのが、この先自分の人生にも生きてくるように感じた。
本書は、1999年と2004年に行われた著者の2人対談がそのまま収められたものだ。そして、その間5年間は黒川温泉が一躍全国区になった時期でもある。2004年の後藤さんの話を聞くと、「雰囲気づくり」を一番力を入れて温泉街を作ってきた視点から、人が大勢来ることの怖さを挙げられているのが非常に興味深い。
人気が出ると、それを使って儲けようという資本が都会からやってきて、最終的に温泉場の魅力をなくしてしまう。そんな例は、山ほどあるのだ。少し離れたところにも「黒川温泉」の名を冠したクオリティの低い宿やリゾートマンション、大型ホテルの建設などが始まる。そして、まず湯量が減り、訪れた人がクオリティの低い宿を利用することで期待値に対する満足度が低下、クチコミによってお客が来なくなるという悪循環。湯があっての温泉、無限にお湯が出るわけではなく数にはキャパシティがあるというのは実際に温泉を持っている人にしか分からない感覚だろう。
世間は、「温泉手形」というアイデアのところに黒川温泉の成功の秘訣を求めるが、そんな単純なものではない。とにかく徹底して経営者がお客さんの声を聞く、10年20年先を見越してお客さんが心からリラックスして「すごい」と言われる雰囲気をデザインしていくとい「後藤流」はなかなか真似のできることではない。
もう一つこの本で得た収穫は、世間でいう温泉の多くは「循環風呂」というもので、塩素消毒したお湯を繰り返し使用していること。そのマガイモノ温泉(特に公共浴場)が温泉産業の劣化をもたらしたという事実である。これは、著者が指摘するとおり、使用する側の知識のなさも原因の一つであろう。温泉を改めて「日本文化の一つ」という認識して、楽しんでいきたいと思う。
旅館・温泉商売を考えている人は必読。もっともこれを読んだくらいでは、後藤さんのエッセンスを吸収できるわけではないだろうが…
偶然から、非常に面白い本に出会えた。本の「縁」というものがあるんだなぁ。
本日の1曲 Free「Fire and Water」
コメント